複雑・ファジー小説
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- 才能売り〜Is it realy RIGHT choise?
- 日時: 2018/08/25 11:30
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
あなたは今、満ち足りていない。あなたは今、心のどこかに「欠け」を持っている。
そんな中で、もしも、もしも、その「欠け」をあなたの才能と引き換えに補うことができるのならば。
——あなたは「欠け」を補う代償として、一体何を差し出しますか?
「才能屋」と呼ばれる店と、そこを訪れる人々の、「才能」をめぐる物語。
◆
Contents
Case1 夢喪失ワーカホリック >>1-2
Case2 「美しい」の裏に待つものは >>3-6(※若干のR要素あり)
Case3 七夕綺譚——やさしきいのちのものがたり >>7-13
Case4 あと一歩の勇気 >>14-16
Case5 Perfect Virtue >>17-
才能売り オーバーチュア >>
◆
*タイトルの字数制限によりあえてスペルミスします。
本当は「Is it really RIGHT choise?」ですからね!
更新は不定期です。ストック尽きたら一気に遅くなる……。
というかCase5以降話が浮かばないので、Case5の更新終わったらペースが下がります。その前にまた一話書ければ別ですが。
*****
あてんしょん!
私は中身のないコメントなんて要りませんよ?
コメントは大歓迎です。ただし「小説面白かった」だけはやめてください。面白かったのならばどこがどう面白かったのかしっかり教えてください。でなければ迷惑です。全然嬉しくありません。
あと、「Case」の途中のコメントはお控え願います。話の途中でコメントがあるって、読みにくくありませんか?
- Re: 才能売り ( No.10 )
- 日時: 2018/08/14 10:25
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
◇
才能売りのことを思い出したのは、それから一週間後のことだった。裕斗の死期を知ったあと私はぼんやりすることが多くなって、その日も気が付いたら店の前にいた。
「才能屋 あなたにお好きな才能売ります! 支払いはあなたの才能で」
馬鹿みたいだなと思った。才能は売り買いできるものじゃないんだ、それでも。これが愛華の話していた店だと私はわかり、一縷の望みを抱いて中に入ろうと決意した。
私には夢がない。裕斗あってこその夢だった。その裕斗の命ももうそんなに長くはない。でも裕斗には夢がある。「物語作家になりたい」という夢が。ノートに書かれた数々の物語、私はそれをよく覚えている。そして裕斗の夢は、私がいなくても達成できる類のものだ。
等価交換、という言葉が私の頭の中を行き来する。私の命を裕斗の命に。もしもそんなことが、この非現実的な店でできたのならば、それ以上のことはないと私は思った。私は思い詰めながらも、店の木造りの扉を開けた。チリンチリンという音もハーブの匂いも、今の私は一切気にならなかった。
「ようこそ、才能屋へ——。僕はここの店主、外道坂灯さ。野次馬はノーサンキューだよ。君は何の用でここに来たのかな?」
店の奥、木製のカウンターの後ろに座って笑う穏やかそうな青年。私は彼に、何の前触れもなく声を掛けた。
「命を交換することって、できますか?」
その問いに、才能屋さんは一瞬虚を突かれたような顔をした。それだけおかしな質問だと私は自覚している。それでも、私は本気だった。裕斗の命は残りわずかなんだよ? できることは何でもしておきたかった。たとえそのせいで私が命を失うことになろうとも。
才能屋さんは、ややあっておもむろに切り出した。
「僕は『悪魔』だ、できないことはないけれど……。君、自分の言っていることがわかっているかい? しっかりよく考えたのかい?」
「考える時間なんてない! あの子には時間がないんです!」
私は、叫んでいた。
私は、叫びたかったのだ。
ずっと、ずっと。
「医者もさじを投げたしあの子は余命宣告された。でもこの店の話を友人から聞いて、一縷の望みをかけてここに来た! 考える時間なんてどこにもない! わかったならさっさと、私の命とあの子の命を交換して!」
そんな私に、落ち着きなさいと才能屋さんは言う。
「……なんとなく事情は理解したよ。君は命が尽きそうな大切な人のために、代わりに自分の命を差し出そうというんだね? 命同士、確かに等価交換だ、契約は成立する、けれど……」
才能屋さんは驚きの目で私を見た。
「……君みたいな人は初めてだ」
才能屋さんは、頷いた。
「でもね、いきなり君が死んでも周囲の人は驚くだけだろう。僕は交換を行うときはなるべく、周囲に影響がでないようにしているんだ。だから、君の決意や覚悟はわかったから、」
遺書を書かないかい? と優しく彼は私に提案した。
「これまで僕は依頼人に意地悪なことばかりしてきたけれど、流石に君みたいな人にひどいことはできないなぁ。これは僕からの、君の決意への敬意を表す行為と受け取ってほしい。普通はここまで面倒を見ないんだよ」
言って、彼はカウンターの机の中をごそごそ探り始め、便箋の束と筆記具を私に渡した。
「ん、一人になりたいなら他の部屋を貸すけど、どう? 一応、店の奥には机と椅子があるしそれはお客様用になっているんだけれど……」
私は、その机と椅子で結構ですと答えた。そうかい、と才能屋さんは笑い、
「ならばせいぜい、悔いの残らないように遺書を書いてね」
と笑った。
渡された便箋と筆記具。
才能屋さんは本当に奇跡を起こせるのだろうか?
わからないけれど、渡されたそれらからはどこか、死の匂いがした。
裕斗の死期を知らされたときに嗅いだ、あの日と同じ匂いが。
- Re: 才能売り ( No.11 )
- 日時: 2018/08/16 09:53
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
◇
【愛華へ。せっかく友達になれたのにごめん。私は才能屋さんに行って、自分の命と裕斗の命を交換します。自分には夢がないけれど裕斗には夢がある。だから、私は裕斗に自分の命をあげるんです。
裕斗へ。勝手に死んじゃってごめん。本当は裕斗が死ぬべきだったのに、私はそれが許せなかったんだ。私は私の命を裕斗にあげました。だから裕斗は今、生きていられるんです。私の命と裕斗の命、私からすれば裕斗の命の方が重いし大切だと思ったから。
母さんへ。せっかく産んでくれたのに……】
私は無言で遺書を書いていく。愛華に裕斗に母に父に。それ以外の人へは書かない。それ以外の人は関係ない。
でもいざ書き出すと溢れ出す思いが止まらなくて、気が付いたら夕方になっていた。私が出来を見て満足して書き上がったそれらを持ってカウンターに行くと、カウンターには相変わらず才能屋さんが座っていて、明かりをつけて本を読んでいた。彼は私の足音に気がつくと、本から顔をあげずに一言放った。
「書き終わったのかい」
「はい」
私が答えると、才能屋さんは読んでいた本から顔をあげて栞を挟み、私に向き直って、
「今日は七夕だね」
「はいぃ?」
唐突に、そんなことを言った。
才能屋さんは朗らかに笑う。
「七夕の日は願いが叶うんだっけ? ははっ、丁度いいよ、最高の日だ」
才能屋さんは、優しく笑って、囁いた。
「絶対に叶えるよ、君の願い」
でもその代わりに、私は死ぬ。
私は願いが叶った先の世界に、存在しないのだ——。
わかっている、わかっているけれど、無性に悲しくなって泣けてきた。
そんな私の頭を、カウンター越しに手を伸ばして撫でながらも才能屋さんは店の奥に声を掛ける。
「ウツロ、来てくれないかい。話は聞いただろう? 僕はうまく歩けないからさぁ、代わりに君が行ってくれると助かるんだけど」
すると店の奥から、「了解した」と低い男の声がして、
髪も瞳も夜の闇みたいに漆黒をしていて、褐色の肌を持つ全身黒づくめの男が現れた。男は、名乗る。
「外道坂 虚(げどうざか うつろ)だ。聞いただろうが灯は歩けない。だから代わりに俺が付き添うが……灯、俺の留守のうちにまた、何かに巻き込まれるなよ?」
そんな男に、才能屋さんは笑って返した。
「大丈夫だってば。僕は『悪魔』だよ?」
「自分の身も自分で守れない奴がそれを言うか」
「虚は心配性すぎるんだよ」
「……やはり心配だ、よし、決めた」
二人だけでやりとりをすると、虚、と紹介された男はカウンターの後ろに回って、有無を言わさず灯さんを背負いあげた。
「わわっ、何するんだい」
「安全策」
虚さんは短くそう言うと、灯さんを背負ったまま、私を見た。
「で、行くんだろ」
「は、はい……。で、あなたたちは具体的に、どうするんですか」
病院に忍び込む、と虚さんはこともなげに言った。
「大丈夫だ、俺たちは人であり人ならざる存在だからお前以外は見えないようにした。『交換』するには対象の額に触れる必要がある、という厄介な制限付きなんだよ。で、『交換』が終わったらお前は脳卒中やら心臓麻痺やらで死ぬことになる。でも代わりにお前が本来生きる分まで、お前の大切な人は生きながらえるだろう。契約内容はそれでオーケーか?」
私は、頷いた。
私が本来生きる分まで裕斗が生きる。私の命で裕斗が生きる。
それは、私の本望なのに。
どうしてだろう、涙がこぼれていた。
そんな私を虚さんは感情のない瞳で見つめて、一言。
「行くぞ」
こうして私は死出の旅に、出向くことになったのだった。
- Re: 才能売り ( No.12 )
- 日時: 2018/08/18 07:55
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
◇
私は、死ぬ。裕斗の代わりに。裕斗にこの命、捧げて死ぬ。
死ぬまでにあと何回、私のこの心臓は脈打つのだろう? 死ぬまでにあと何回、私はこの肺で息をするのだろう?
死の予感。それは病院へ向かえば向かうほどに鮮明に感じられてきて。
「怖いか?」
からかうように、灯さんを背負った虚さんが私に問いかけた。ち、違うもんと私はムキになって返す。
「いや、確かに死ぬのは怖い、けれど……」
私は歩きながらも、ふと空を見上げた。
夕暮の空、黄昏の空に、きらり、堕ちた流れ星。
それは科学の発展した現在では宇宙のゴミが大気圏で摩擦されて発光しているだけだとわかっているけれど、今の私には自分の死を暗示しているようにも見えた。
私の頭の中に裕斗の顔が浮かぶ。諦め、少し達観したような顔、本当にうれしそうな心からの笑顔、いつも大人ぶっているくせに、子供っぽく拗ねた怒り顔……どれもが愛しい、それらが浮かんだ、から。
怖くは、ないよ。
「あの子が助かるなら、怖くは、ない!」
一言ひとこと、噛み締めるように言って虚さんを見た。そうかと虚さんは頷き、「着いたぞ」と私に知らせてくれる。
戸賀谷総合病院。裕斗の眠る病室のある所。
気が付いたら日はすっかり暮れて、夜の帳が辺りを包み込んでいた。
七夕の夜、星降る夜、年に一度の再会の、約束の夜。
そうだよ、こんな日には奇跡の一つや二つ、起こってもおかしくはない!
私は大きく息を吸い込んで、病院の扉を開けた。
「高梨裕理です。高梨裕斗の、弟のお見舞いに来ました!」
受付でそう名乗ると、カードみたいなのを渡されて病室への道筋を教えてもらう。私はそれに従って、通い慣れた病室へ向かった。
「裕斗、私だよ、入るよ」
軽くノックをして中に入れば。そこには身体のあちこちをチューブでつながれた、やつれ果てた裕斗の姿があった。前にお見舞いに行った時はこんなことなかったのに。裕斗の命は危機的状況にあるんだなと、私はそういったことを改めて理解した。それでも集中治療室にいないのは、症状の進行が緩やかだからなのだろうか? 何にせよ、医学を学び始めたばかりの私にはわからなかった。
裕斗は眠っていた。その白い顔には疲労と、時折苦痛が垣間見える。その胸はしっかり上下していたけれど、たまに動きが不規則になって細い喉から喘鳴が漏れた。そんな裕斗を見ているのが、私は辛かった。
知らず裕斗の手を握った私に、虚さんが声を掛けた。
「この子に命を捧げるので、合っているか?」
ええ、と私は頷いた。頷いたら涙がこぼれた。そうだよ、私はもう二度と、生きたままで、目覚めたままで、この子と再会するときはないのだ! それがどうしようもなく悲しくて、苦しくて、辛くて、こらえようとしても溢れ出した涙はとどまることを知らなかった。
そんな私に、灯さんは優しく声を掛ける。
「大丈夫だよ、この子の命は、僕らが絶対に救うから」
その時だった、その瞬間だった、裕斗が夢うつつのままに「姉さん……」と苦しげに呟いた。私はますますこの子が愛おしくなって、悲しみや何かもあったけれど、救いたいという思いが一層強くなった。
私は言った。
「やるなら早くやって! この思いが揺らがぬうちに、早く!」
灯さんは頷いて、虚さんに言った。
「虚、下ろして」
「了解」
虚さんが慎重に灯さんを下ろすと、灯さんは裕斗のベッドにつかまりながらも慎重に立った。その身体を、横から寄り添うようにして虚さんが支え、「ありがとう」と灯さんが笑えば「気にするな」と短く虚さんが返す。仲の良い二人。それはまるで、私と裕斗を見ているような気がした。二人の間に流れる空気はいたわりに満ちていて、温かかった。
「じゃ、始めるよ……」
虚さんに支えられた灯さんは、私の額に右手を当てて、裕斗の額に左手を乗せた。——始まる。
「最後に、何か言いたいことはあるかい?」
灯さんが優しく私にそう訊ねた。私は少し考えてから、泣き笑いのような表情を浮かべて言った。
「裕斗……今まで、ありがとう。
そして才能屋さん。あなたは私にとって、七夕の日の奇跡だよ、神様だよ。私は短冊に『あの子の命を延ばして』って書いたんだ。それを叶えてくれて……ありが、とう……!」
「どういたしまして」
灯さんは、笑った。最高に、綺麗な笑顔で。
そして灯さんは、目を閉じた。何かが、始まる。
私の額の中から何かが抜けていくような感覚がした。私の全身から力が抜けていき、身体が急速に冷えていく。不思議と苦痛はなかった。ただ、眠かった。それが死へと誘う眠りだとわかっていても、私はぁ……それに……さから、え、なぁい……ふあぁ……。
——死ぬって、こんなことなの?
唐突な眠気の中で、私はそう思った。
ならば死は、そこまで怖いものじゃ……なかった、んだ……。
私は、消えた。
◇
弟の手を握ったままくずおれる少女の身体。それはもう息をしていない。しかし手を握られた弟の顔には血色が戻り、身体に取り付けられた機器の全ての数値が正常な値を示していた。それは、少女の命が少年に譲られたのだという事実を、残酷なほど明確に示していた。少女は死んだ、もう戻らない。しかし少年は生き返ったのだ、己を蝕む死の淵から、帰ってきたのだ来れたのだ、少女の、かけがえのない命の犠牲によって。
その様を見ながら、
「……終わったね」灯が言えば、
「終わったな」と虚が返す。
灯の表情はとても悲しげだった。
「悲しい、交換だった。二人を見ていると……僕らを、思い出す」
「その『僕ら』に俺は入らないな? ああ、あいつのことか。……こんな例は初めてだな、ああ。この俺でも少しは感傷的になる」
灯は、物言わぬ骸となった少女の身体を見て、呟いた。
「……僕は神様なんかじゃないよ、高梨裕理」
少女は、答えない。
灯は、どこか泣き笑いのような表情を浮かべていた。
「僕は『悪魔』さ、神様なんかじゃあ、ない」
まあそれでも、と、彼は窓の外に目をやった。
七夕の日。病院のあちこちに飾られた笹と短冊、そしてたまに空をよぎる流れ星。
それはどこか物悲しく、美しい光景。
「……でも、たまにはいい人になったって、いいだろう、なぁ」
悲しいけれど、とても美しい絆だったよと灯は呟いた。
灯と虚は二人して、しばらくずっと病室にたたずんでいたがやがて、不意にその姿を消した。
残されたのは、少女の遺体と、
——彼女が書いた、四通の遺書のみ。
- Re: 才能売り ( No.13 )
- 日時: 2018/08/19 01:11
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
◇
どうして、僕は生きているのだろう。先程までは死にそうなほど苦しかったのに。
僕はぼんやりと、僕の手を握ったまま眠っているような姉さんを見た。明るい朝の光の中、その手はなぜか氷のように冷たくて、姉さんの全身からは死の匂いがした。
「……姉さん?」
お見舞いに来てくれて、そのまま眠ってしまったのだろうか。僕は姉さんに声を掛ける。でも、声を掛けても掛けても姉さんは目覚めない。死人の肌のような感触が、握られた手からした。僕は姉さんを注意深く観察してみた。そして、気付いたんだ。
——姉さんは、息をしていない。
姉さんは死んでいる!
どうして、と疑問が僕の中を吹き荒れた。どうして、どうして、僕が死なずに姉さんが死ぬの。病気の僕はどうして生きていて、健康な姉さんが死んでいるの。どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして……
溢れ返る「どうして」に押し潰されそうになったとき、僕は床に置いてある四通の手紙に気が付いた。僕はそれを拾うためにそっと姉さんの手を僕の手から離し、その中に「裕斗へ」と当てられた一通を見つけ出して、それを読んでみた。
そして僕は真実を知った。
真実を、知って。流れたのは、涙。
「どうして……?」
僕は再び同じ疑問を口にする。
姉さんは、まだ生きていられたのに、どうして、僕なんかに命を譲ったの。姉さんにはまだ未来があったのに、どうして僕なんかの未来を優先させたの。
僕がこんな病気である以上、二人で一緒にいられる時間はもうそんなに長くはないと知っていたけれど。
逝くならば僕が先だと思っていた。なのにどうして、姉さんが先に逝ってしまったの。
僕は、思う。才能屋さんとやらは悪魔なのか、神様なのかと。そのどちらにせよ人智を超えた存在だということは理解した。才能屋さんのしたことは確かに姉さんの願いを叶えたのかもしれない。でも、僕は? 父さん母さん、そしてあんなに仲の良かった愛華さんは? 残された人はどうなるの?
七夕の日は過ぎた。奇跡の一夜は終わった。だからもう奇跡は起きないのだろう。でも、僕は「どうして」と疑問を抱かずにはいられなかった。
——ねぇ、神様、悪魔様、才能屋様。
あなたはどうして、姉さんの願いを叶えたんですか?
依頼人の願いだから叶えるのだ、と言われても、どうしてあなたは姉さんを止めなかったの。それとも、止められないほど姉さんの意思は強かったの?
わからない、何一つわからない。死人に口なし、冷たい姉さんの身体は何も答えてはくれない。
病気が、治って。驚くほど軽くなった僕の身体。でもその代償は姉さんの死。
喜べばいいのか悲しめばいいのかわからなかったから、僕は泣き笑いのような表情を浮かべて顔をくしゃっとゆがめた。
◇
それから一週間後のこと。
手紙をそれぞれ受け取って、退院した僕のもとにみんなが集った。僕と父さんと母さんと、そして姉さんの一番の親友だった愛華さん。愛華さんは家に皆で集まるなり、いきなり地面に額をこすりつけて土下座した。
「——ごめんなさいっ!」
……愛華さんは、泣いていた。
呆気にとられた僕らの前、愛華さんは自分の罪を訥々と語る。
「愛華が、愛華がぁ! 才能屋さんの話さえしなければ裕ちゃんは死ななかったんだよね! 裕ちゃんは何も知らないから、こんなことにはならなかったんだよね!」
「でも才能屋さんの奇跡がなければ、裕理の心は壊れていただろう」
そう答えたのは父さん——高梨相馬。
父さんは、言うのだ。
「裕理はね、あの子はね、裕斗のことを心から愛していたんだよ。裕斗の死期を知った後のあの子はどうなった? ただぼんやりとして、何も手につかなかったじゃないか。つまりだね、愛華さん。悲しいことに、こんな結末にならなかったとしたら、裕理の心は確実に壊れていた。裕斗が死んだら裕理は廃人になっていた。だから愛華さん、あなたが裕理の壊れる前にそんな結末へ導くための噂話をしてくれたことは、そこまで責めるようなことではないんだよ」
そうか、と僕は思った。
僕が死んだらあの姉さんは、きっと壊れる、壊れてしまう。
医者になりたいという夢も、僕のためなんだと姉さんは言った。だから僕が死んだらその夢も捨てて、一生にニートかフリーターか。僕の死をずっと抱えたまま、きっと碌な人生を歩まない。
対して、今のこの状態。姉さんは死んだけれど僕は生きている。そして僕ならきっと、潰れたりしない、壊れたりしない。姉さんの死を、きっときっと乗り越えられる。
奇跡が起こる前は、僕が死んで姉さんが壊れるはずだった。
奇跡が起こった後は、姉さんこそ死んだけれど、僕は壊れずに生きていける。
このままだったら破滅に向かうだけの僕ら家族。才能屋さんはそれを、ある意味の最良の結末へ持っていってくれたのではないか。僕の心の中に、そんな考えが浮かんだ。
でもでも、と愛華さんは泣きじゃくる。
「愛華が裕ちゃんを死なせたのは事実でしょ!?」
それは、彼女に宿った深い罪の意識のあげた、悲鳴。
「……違うよ、愛華さん」
気が付いたら、知らず、僕は呟いていた。
土下座する愛華さんに、「もうやめなよ」と手を差し出しながらも、僕は言った。
「愛華さんのせいじゃない。愛華さんでは姉さんの心を動かせない」
それは、冷たい言葉だった。でもそれはある意味真実だった。
姉さんは僕しか見ていなかったから。姉さんを動かせるとしたら姉さん自身か、僕しかいない。
「姉さんは自分の意思で動いたんだよ。だからこれは姉さんの選択、愛華さんがどうこう言っても何も始まらないんだ」
「でも愛華がぁ」
「いい加減にしてくれよ」
ずいぶん、大きな声が出た。愛華さんは僕の冷たい大声に、びくっとその身をすくませた。
僕は冷静に愛華さんに言った。
「自分が悪いからって自己憐憫に浸るのはやめてくれる? 愛華さんが言わなくても、その話はいずれ誰かがしていたさ。有名な話なんだろう? だからさ、自分だけが悪いとか自分が罪を被るとか、そういうの気持ち悪いからやめてくれる? そんなに自己憐憫に浸っていても、何も始まらず、何も終わらない」
僕の言葉は冷たかったろう。でもそれは真実だ、ゆえに冷たいのだと僕は信じる。
愛華さんは、涙を拭いて頷いて、ゆうらりと立ち上がった。その背を母さんが優しく抱いてあげると、愛華さんは母さんの胸で子供みたいにわんわんと泣きだした。ようやく愛華さんは泣けたのだ。罪の意識から解き放たれて、ようやく、心から、大声で。
僕はそんな愛華さんを見た、父さんを、母さんを見た。姉さんとつながる全ての人たちの顔を見た。
みんなみんな、同じ痛みを背負っている。みんなみんな、同じ悲しみを背負っている。
七夕の日、星降る夜に、奇跡は起こったのかもしれないけれど。その奇跡は僕らの心に、決して消えない傷を残した。決して癒えない傷を残した。
僕はこの日を忘れない。僕は姉さんを忘れない。
姉さんに譲られたこの命、姉さんが生きていくはずたったこの人生。だから、だからこそ、精一杯、
——生きていくよ。
◇
そしてまた季節は巡って、七夕の日が訪れる。
家の仏壇に置かれているのは、姉さんの遺影。笑っている、心から嬉しそうに、楽しそうに笑っている、姉さんの写真。
僕に何もなければ、僕らに何もなければ、今頃みんなでこの日を祝っていたのだろうか。そう思うとどうしようもなく胸が苦しくなって、悲しくなって、息が詰まる。胸が張り裂けそうな悲しみに襲われる。
言い忘れていたこと。僕の誕生日は七夕なんだよ?
僕は姉さんの遺影に、僕に命を譲ってくれた姉さんの遺影に、呟いた。
「……姉さん、ありがとう。僕は無事、二十歳を迎えられました」
届くだろうか、届かなくてもいい。でも、姉さんのこの犠牲がなければきっと、僕は二十歳を迎えることはなかった。だから、お礼を言いたかったんだ。
ふと窓の外に目をやれば、今度は星は落ちなかった。今度は死の予兆はなかった。
二十歳になった僕、大人になった僕は、短冊に筆ペンの字を走らせる。
願うのは、たったひとつ!
『幸せに、生きて、姉さん』
今度こそ、誰かのためにその命を使ったりしないで、自分の人生を、自分だけの人生を、幸せに生きて、生きて、その生を全うしてほしいんだ。
今僕は、姉さんのおかげで夢へ確実に近づきつつあるから。
僕はあの日を、忘れない。
〈Case3 七夕綺譚——やさしきいのちのものがたり 完〉
- Re: 才能売り ( No.14 )
- 日時: 2018/08/20 10:28
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
〈Case4 あと一歩の勇気〉——風間秋人
僕には好きな子がいる。
いきなり何を言うんだと君は言うのだろう。でも、僕には好きな子がいる。
その子のことが気になりすぎて、僕は愛が止まらない。でもさ、告白する勇気が、あと一歩の勇気が、どうしても出せないんだ。それが恋する僕の悩み。
馬鹿みたいだろう? そう、馬鹿みたいなのさ。恋なんかにかかずらってる暇があるなら、高校生なんだし受験のことを考えろって親は言う。それは正しいことだ、理屈ではわかっているさ、ああ。
でも、あの子のことが、川島江莉香のことが、僕は気になって仕方がない。
振られてもいいよ、好きって言ってくれなくてもいいよ。僕はあの子にこの気持ちを伝えたい。駄目かも知れないけれど、何もやらないよりはいい。でも勇気がないんだ、あと一歩の勇気が!
そんなヘタレの僕だった。そんなヘタレの僕でした。
あと一歩の勇気さえ、あればなぁ……。
◇
「風間、川島の方ばかり見て、好きなの?」
昼休み。僕の友人の井上が話し掛けてきた。
「好きならさっさと告っちゃえよー」
僕は慌てて顔の前で手を振った。
「ち、違っ」
「何、ツンデレ? 大きな声で言えないカンジ?」
井上の言葉に僕の顔は赤くなる。
井上は意地悪そうな顔で僕に言った。
「お前さぁ、風間さぁ、昔っから奥手だったよな? そんなんだったら俺が川島ちゃん取っちゃうぞー」
「やめてください」
「え、好きでもない女子なら俺が取っちゃってもいいじゃん」
「…………」
僕の困った顔を見ると、井上も罪悪感が湧いたのか、さっきの冗談だよと僕に返した。
「それにしても川島さん、超可愛い。清純系ってやつ? 風間はそんなのがタイプなのなー」
川島江莉香、17歳。吹奏楽部で担当はフルート。平凡な家庭に育ったらしく、下には美人さんの妹がいる。平凡な女の子だけれど、彼女は僕の心をつかんだ。
吹奏楽部のコンサートで、偶然見たあの笑顔。僕は彼女の何気ない笑顔に、どうしようもないほど惹かれてしまったんだ。まさにフォーリン・ラヴ、一目惚れってこんなものなんだと僕は思った。
「ところでさ」
井上が話を切り替えた。
「才能屋って、知ってるか?」
何だそれ、聞いたことがない。最近の僕の心は川島さんにとらわれて、噂話も耳に入らない。結構重症だと自覚してはいるけれど、僕があまりに奥手過ぎるから! 僕は何も変わらないまま、秘めた心だけ胸に抱いて日々を過ごすことになるんだ。
僕が知らないと井上に返すと、井上は面白いものでも見つけたように目を輝かせた。
「眉唾ものの都市伝説だぜ? でも結構信憑性があるんだって。面白いよな!」
井上は勝手にぺらぺらと語りだす。いわく、
この県の、戸賀谷という町には才能屋という店があるらしい。そこには外道坂灯と名乗る青年がいて、彼は人々に臨む才能やエトセトラを与えてくれるが、代わりにその人の持つ才能やエトセトラを対価として払わなければならないという。
「エトセトラって何だよ井上」
「命とか美貌とかちょっとした勇気とか心とか感情とか、様々らしい。『才能』はあくまでもその代表的な一部なんだと」
「命を交換できる……? なんか恐ろしい話だな」
「言いから続きを聞きやがれ」
井上とそんなやりとりを交わす。
井上は語る。いわく、
才能屋は望んだものを、どういった仕組みでか必ず客に与えてくれる。しかし必ず、客が対価として払ったものを客の中から持っていくという。そして才能を「交換」できるのは一生に一度だけとかいうルールがあるらしい。そんな不思議な才能屋は、「悪魔」を自称していたと。
「これで俺の話はおしまい。パチパチパチー」
そう締めくくった井上に、僕は疑問を隠せない。
「……どうして、僕にそんな話したの」
決まってるじゃないかと井上は僕の背中をばんばんと叩いた。
「そこで『勇気』をもらえば、恋に悩めるコーコーセー、風間秋人の問題も解決だろぉ? 俺ってあったまいい!」
……僕は、驚いた。
一見、軽薄そうに見える友人。彼がそんなことまで考えてその話をしてくれたんだと思うと、僕の胸が熱くなる。こいつ、意地悪なところもあるけれど結構いい奴じゃな
「なんてのは今その場で考えた言い訳でした、ちゃんちゃん」
茶化した井上によって、気持ちを壊された僕の額に青筋が浮いた。
「あとで体育館の裏に来ようか、いーちゃん?」
「ま、待ってくれ俺は無罪だ笑顔がなぜかすっごく怖いんですけどごめんなさい許してくださいでもさっきの完全に騙された顔は見物だったな写真撮ってツイートしたい……って、あ」
ついつい漏れた井上の本音に、僕の笑顔が深くなる。
「大丈夫、殺しはしないからね?」
「つまり痛めつけるってこと!? うわぁごめんなさいすみませんもうしません申し訳ございません申し訳が立ちません立つ瀬がありません」
最後に変なのが二つ紛れていたような気がするけれど……まぁいいか。
こうして僕らの日常は続いていく。
それでも「才能屋」のことは、しっかり頭に留めておいた。
井上を適当にボコってから、僕は自宅のインターネットで「才能屋」って検索してみた。それだけ有名な都市伝説ならヒットするだろうと思っていたわけで……「才能」まで打ちこんだら、検索候補に「才能屋」「才能屋 便利」「才能屋 謎」「才能屋 戸賀谷」などたくさん出てきた。僕はとりあえず「才能屋」とだけ出ている候補だけをクリックして、サイトの中でもよさそうなのを見つけて適当に流し読みしてみる。
やがて、僕は才能屋がどんなものなのか、なんとなくわかってきた。とてもじゃないけど井上のちゃちな説明では、理解できなかったから。
「才能屋、ね……」
僕は一人呟く。
もしもそこであと一歩の勇気を、あと一歩の勇気さえもらえれば、僕の生活は僕の心は、一気に楽になるのに。
他力本願だけれど仕方ないだろ? 僕は川島さんに恋をしてしまったんだから。
でも代わりに何をあげられるだろうかと僕は思った。あと一歩の勇気、そう、欲しいのはあと一歩だけ。つまり大きな対価は払えない。ならば僕には何が残っているのだろう?
考えても思い浮かばない。とりあえず戸賀谷の才能屋の地図はプリンターでコピーしておいたので、行こうと思えばいつでも行ける。同じ県にある中でも、結構静かで雰囲気のよさそうなところだった。僕が最後に見たサイトは目撃者などが次々と情報提供をするところみたいで、才能屋の店構えの写真が貼ってあったのだが、そこに書いてあった名前は安西きららとあった。一緒に添えてあったコメントは「野次馬に来ました」。この安西って人、絶対無断で撮影しているよなとか僕は思いつつも、その写真を目に焼き付ける。
とりあえず、そろそろ学校はテスト週間に入る。まずはテストを頑張ろう。高校二年生、あまり暇じゃないんだから。