複雑・ファジー小説
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- 才能売り〜Is it realy RIGHT choise?
- 日時: 2018/08/25 11:30
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
あなたは今、満ち足りていない。あなたは今、心のどこかに「欠け」を持っている。
そんな中で、もしも、もしも、その「欠け」をあなたの才能と引き換えに補うことができるのならば。
——あなたは「欠け」を補う代償として、一体何を差し出しますか?
「才能屋」と呼ばれる店と、そこを訪れる人々の、「才能」をめぐる物語。
◆
Contents
Case1 夢喪失ワーカホリック >>1-2
Case2 「美しい」の裏に待つものは >>3-6(※若干のR要素あり)
Case3 七夕綺譚——やさしきいのちのものがたり >>7-13
Case4 あと一歩の勇気 >>14-16
Case5 Perfect Virtue >>17-
才能売り オーバーチュア >>
◆
*タイトルの字数制限によりあえてスペルミスします。
本当は「Is it really RIGHT choise?」ですからね!
更新は不定期です。ストック尽きたら一気に遅くなる……。
というかCase5以降話が浮かばないので、Case5の更新終わったらペースが下がります。その前にまた一話書ければ別ですが。
*****
あてんしょん!
私は中身のないコメントなんて要りませんよ?
コメントは大歓迎です。ただし「小説面白かった」だけはやめてください。面白かったのならばどこがどう面白かったのかしっかり教えてください。でなければ迷惑です。全然嬉しくありません。
あと、「Case」の途中のコメントはお控え願います。話の途中でコメントがあるって、読みにくくありませんか?
- Re: 才能売り ( No.1 )
- 日時: 2018/07/29 00:32
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
〈Case1 夢喪失ワーカホリック〉——山本雪也
日本のどこかの県の片隅、戸賀谷という町に「才能屋」と呼ばれる店があるらしい。その店では自分の才能と引き換えに、こっちが望む才能を与えてくれるっていう話だ。例えば料理が上手くなりたいならそれを望めばいいけれど、代わりに自分の持つ他の才能をその店に払わなきゃならないんだってさ。才能だけじゃない、性格や性質、趣味や命すらも担保にできるし買うことができる。例えば「誰かのために自分の命を」みたいなことも可能だってさ。どこのファンタジー世界の話だよ? 眉唾ものとしか思えないよな、そんな話。才能は品物じゃないんだぜ? それなのにその店では、才能がまるで品物のようにして扱われているんだってさ、おっどろき。
まぁ、そんな訳なんだけど、いざ戸賀谷を訪れてみて、口コミで聞いた話をもとにその店があるという場所に行ってみると、実際にあったんだよ、「才能屋」が。嘘じゃなかったんだなぁ。
「才能屋 あなたにお好きな才能売ります! 支払いはあなたの才能で」
そんな馬鹿みたいな看板が、町のはずれの、やや大きな木造の建物に掛かっていたんだ。
「実在するんだ……」
思わずおれがそんな声を上げてしまったのも、仕方ないだろう。だってその話はもう都市伝説みたいになっているんだぜ? でも都市伝説にしてみれば話が妙に正確で、店の正確な住所も調べれば出るし、周知の事実と化しているんだ。だからおれでもたどり着けた。気分は半信半疑だったけれどもな。
そうそう、おれはただの野次馬なんかじゃないからな? おれにはおれの目的がある。そのためにはどうしても新しい「才能」が必要なんだよ。だからわざわざこんなところに来たんだ。電車で片道一時間ってさぁ、遠くね? いや、もっと遠くから来ている人もいるけれど、ここはおれの家からはそれなりに遠いぜ?
そんなわけで、おれ、山本雪也はこの店の扉を開いた。木製っていうのが落ち着くよなぁ。
扉を開けると、そこに鈴か何かついているのかチリンチリンと音がした。その音とともに、優しく穏やかそうな青年の声がおれを迎える。
「ようこそ、才能屋へ——。僕はここの店主、自称『悪魔』の外道坂 灯(げどうざか ともしび)さ。君は何を望み、代わりに何をくれるのかな? ははっ、楽しみだよ」
店に一歩入ると、何かのハーブみたいな爽やかな香りが鼻をついた。店は全体が木でできていて、正面には木製のカウンターがあってその目の前に椅子があって、そこに一人の青年が座っていた。青年は少し色の薄い黒の髪と同色の黒の瞳をしていて日本人らしい顔立ちをしていたが、その肌は何故かが外人みたいに白かった。白の、左の胸元に鷹だか鷲だかの描かれたパーカーを羽織り、チャックの隙間からはグレーのシャツが見え隠れしている。この位置からズボンは見えないが、こざっぱりした雰囲気の青年だった。その顔には優しそうな表情が浮かんでいた。
「悪魔」という名乗りとその特異な名字に驚きながらも、ざっと彼を観察し終えたおれはここに来た用件を告げる。
「えーとさぁ、簡単に言うと、おれ、頭が良くなりたいんだけど」
ば、馬鹿にするなよな? これでもおれは本気なんだっつーの! おれが頭が良くなりたいて思っているのはそう単純な理由じゃないんだよ。おれは現在高校三年生。で、どうしても受からなきゃならない大学があるの。でもでもっ、今のおれの学力じゃあ、逆立ちしても受からないんだってば! だからわざわざこんな店に頼ったんだよ。おれ、努力したよ? あまり遊ばないで努力したよ? それでもE判定っておい……冗談きついぜぇ。
店主——灯さんはそんなおれの反応を面白いものでも見るかのような顔でじっと見ていた。
「わかった、君の望む才能をあげるよ。じゃあ代わりに君は何をくれるんだい? 君のくれるものが大したものではなかった場合、僕があげる才能も大したものではなくなるけれど」
それについて、おれはもう決めていた。
「サッカーの才能」
そうだよ、おれはサッカーが得意なんだ、得意なんだぜ? 小中高とサッカー部に所属していたし県大会にも出た。おれの誇れる唯一の才能、それは「サッカー」なんだ。
おれは灯さんを見て、はっきりとした声で言った。
「灯さん、おれは県大会レベルのサッカーの才能を持っているんだ。だからさ、おれにそれと同等の学力をおくれよ。おれ、今のまんまじゃ、お先真っ暗なんだってば!」
「……いいよ、わかった。でも選択に後悔はしないようにね」
灯さんは頷いた。
「契約成立さ。ただし言っておこう。僕はこれから才能の交換をするけれど、その結果については何を言っても無駄だし返品は受け付けない。そのことをよく理解しておいてね。たまに勘違いした人が僕に危害を加えようとしてきて困るんだよ。君は違うと嬉しいなぁ」
大丈夫だとおれは強く頷いた。才能屋も大変なんだなぁ。
灯さんは淡く微笑んでおれに言う。
「じゃあ、もっと近くに来てくれないかな。才能の交換には君に触れる必要があるのさ。そしてね……僕は、勘違いした誰かさんに傷つけられて、あまりうまく歩くことができない身体にされてしまったのさ」
言って、灯さんはカウンターに隠された足を軽く叩いた。
才能屋。相手の望まぬ結果になってしまった場合は傷つけられることもあるのか。自分で望んで店を訪れ、契約内容をしっかり確認して才能を交換したのに? 理不尽だなとおれは思うが、人間というのは醜いのだ、それくらいあって当然なのだろうか。
おれは足を踏み出す。「もっと」灯さんの声。おれはさらに近づいていく。「オーケー、そのまま」灯さんの声。彼に指示された位置で、おれは立ち止まった。
「それでは始めるよ……。最後にもう一度確認だ。君が望むのは勉学の才で、代わりに君がくれるのはサッカーの才だね。合ってるかい?」
「ああ、合ってる」
おれが肯定すると、灯さんは真剣な顔をして、おれの額に手を当てた。おれの身体が硬直すると、「そのまま」と鋭い声が飛ぶ。なんだかよくわからない感覚が全身を吹き荒れ、おれは金縛りにあったみたいに動くことができなくなった。灯さんの顔もとても真剣だった。ああ、とおれは理解した。今この瞬間、平凡な日常では決して体験することができない超常的な何かが起こっているのだと。だってそうでなければ、「才能を交換する」なんてことが説明できるわけがないだろ? 才能っていうのはその人に固有のもので、交換できるような代物じゃあないんだから。
そして時間が過ぎる。おれにとってこの緊張に満ちた時間はまるで永遠のようにも感じられたが、時間はあまり経っていなかったらしい。
「終わったよ。じゃあ早速質問さ。えーと……7、3、7、3と四則演算子(+−×÷)を使って24を作ってみて?」
は? そんなわけのわからない難しい問題、このおれに解けるわけがないだろ! おれは内心で憤慨したけれど。
「……え? どうして?」
気が付いたらおれの頭は、勝手に演算を開始していた。分数を使えばうまくいくか? 単純計算じゃ絶対に無理だ。出されている数字をこう使えば……。
そしておれは答えを出した。……答えを出せた。
おれは自分に驚きながらも、導いた答えを口にする。
「……(7分の3+3)×7」
「お見事さん」
パチパチと、乾いた拍手の音。
おれは驚いていた。本気で驚いていた。ここに来る前のおれならば絶対に解けていない、解く方法の糸口すらわからなかっただろう難問。それを短時間で解けた、おれ。その事実は、紛れもなく才能の交換が行われたことを示していた。
「じゃ、君の払った代償についても検証しようか」
そんなことを灯さんが言いだした。灯さんは身体の向きを変えると、店の奥に「ウツロ、検証。サッカーボール持ってきて」と声を掛けた。そのすぐ後に、店の奥からサッカーボールが飛んでくる。動けない灯さんはそれを捕まえられないから、おれは自分の方に転がってきたサッカーボールを拾い上げた。灯さんは店の奥に文句を言った。
「ウツロ? あのさ、僕が上手く動けないの知ってるよね!?」
店の奥に反応はない。おれは苦笑しつつも、拾い上げたサッカーボールをまじまじと見つめた。
そしておれはさらなる驚きに包まれる。
「サッカーボールが、重い、だって?」
これまでは、風のように軽く感じていたサッカーボール。しかし今おれが持っている、どう見てもサッカーボールとしか思えないこれは、何故か重く感じられたのだ。
「それ、リフティングしてみてくれないかい?」
灯さんの指示に従い、おれはいつもの練習通りにボールを軽く蹴りあげて頭の上で……
リフティング、できなかった。
それ以前。おれの蹴りあげた足は見事に空を切って、バランスを崩したおれはたたらを踏んで大きくよろけた。おれは愕然とした。
リフティングだぜ? 練習みたいな動きだぜ? できて当然の動きなんだぜ? これでもおれはストライカーだったんだ、リフティングはそれなりにうまかった。
それなのに、できない。できないどころか大いに空振ってよろけてしまった。
このストライカーの山本雪也が。
おれはリフティング以外の動作もやってみようと動いてみた。しかし、慣れた動きを頭の中で思い返すことはできても、身体が動かなかった。おれは固まったまま動けなかった。
おれはしっかりと理解する。
「……これが、代償か」
「代償というよりは対価だね」
おれの言葉に灯さんは律義に返す。
「わかったかい? 君は勉学の才を手に入れてサッカーの才を失った。得た才をどのように使うのかは君次第。でも、いくら努力したって失われた才は戻らない。それが才能屋の取引なのさ」
「……わかり、ました」
おれはしばらく呆けたような顔をしていた。得たものと失ったもの。合格の可能性が見えてきた大学受験、永遠に戻らないストライカー。おれの未来とおれの過去。未来の栄光と過去の栄光。
得たものの大きさも、失ったものの大きさも同じだと灯さんは言う。それでもどこかで、ストライカーでなくなった自分を惜しいと思っている自分がいた。
「ありがとう、ございました」
複雑な思い。もやもやした何かを抱えながらもおれは灯さんに礼をして、逃げるように店を去った。
どうしてだろう、おれの未来は確約されたはずなのに、胸にぽっかりと大きな穴が空いたような気がして、それがおれの心を鬱にさせた。
- Re: 才能売り ( No.2 )
- 日時: 2018/07/30 09:37
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
◇
「って、ボール置いていかないでよ!? あ、いや、お客様の仕事じゃないけれど、僕はうまく動けないんだから……ッ!」
少年が出て行った後で、灯は溜め息をつきながらも渋々カウンターの椅子から立ち上がる。立ち上がった瞬間、彼の両足に激痛が走って彼はそのまま椅子から転げ落ちた。
「いたたー……。って、最近ますます歩けなくなってるかも。20代で車椅子は嫌だなぁ、まったく」
そんなことを呟きながらも、彼は近くに立てかけておいた杖を手に取り、それを支えにして何とか立ち上がろうともがく。すると、彼の前に無骨な褐色の手が差し出された。その手を見て、灯は呆れたような呟きを漏らす。
「虚、遅いよ」
「済まない」
申し訳なさそうな顔をした彼は、闇から生まれたような黒い髪と同色の瞳をしており、その肌は褐色で、まるでファンタジーの剣士が着るみたいな漆黒のマントを身につけていた。
「お前がうまく歩けないこと、たまに失念してしまうのだ」
「怪我してもう一年は過ぎるってば。いい加減覚えてよ」
「初めて出会った時のお前はもっと元気だった……」
「それから何年過ぎたと思っているのさ、まったく」
二人はそんな会話を交わす。もはや日常茶飯事となっているような光景である。
灯と虚、二人の関係は近しいし虚も灯と同じく「外道坂」を名乗ってはいるが、二人に本当に血縁関係があるのかは謎である。そもそもこの二人、あまりに謎が多すぎるのだ。
「あの少年、馬鹿だと思わないかい、虚」
不意に灯がそんなことを言い出した。
「才能の量は同じくらいを与えたけれど……彼は本当に大切なものが何か、まるでわかっていなかったんだねぇ」
でも、なかなかに面白いお客さんだったよと彼は言う。
「ね、選択の果ての結末がどうなるのか見てみたいよ。面白そうじゃないか」
◇
勉学の才は本当に役に立った。お陰でおれは出世街道まっしぐらだ。行きたい大学にも受かってその後は学年順位トップ10になって四年間ずっとその成績をキープし続けた。おれの持っていた、灯さんに対価として差し出したサッカーの才ってそれだけすごいものだったんだな? 正直おれは驚きを隠せない。
あれ以来おれはサッカーをやめた。練習すらまともにこなせなくなったんだ、続けられるわけがない。おれは所属していたサッカー部に退部届を出して帰宅部になり、空いた時間はひたすら勉学に費やした。勉学に励めばサッカーのことなんて忘れられる、そう思っていたのにどうしてだろうな? それでもたまに、ストライカーだったおれ、山本雪也のことが頭に浮かんでそう簡単には離れてくれないんだ。望んだ道には進めたのに、今こそ人生の中でも相当に幸福な時間のはずなのに、どうしてだ?
それを考えると頭がおかしくなるような気がしてきたので、おれはあえてそこを考えないようにした。だって信じたくなかったんだよ、勉学の代わりに失ったものの大きさが、思っていたよりもずっとずっと大きかったってことを。
そしておれはいつしか、大人になった。
行った大学は東大だ。そこでのトップ10なんだ、十分に誇っていいだろう。それでもおれは、心にぽっかりと空いた空白を無視することはできなかった。おれは満ち足りていたのかもしれないけれど、同時にどこかが欠けていた。おれはサッカー以外の趣味を見つけられなくて、勉学に励み、働くしか能がないワーカホリックになってしまったんだ。
そんなある日、おれは中学時代からの友人に出会った。
「おい、おい! そこにいるのユキヤだよな? ホントにホントにユキヤだよな? ゆっきーだよな?」
掛けられた、声。その声の調子と「ゆっきー」というあだ名に、おれの記憶が猛反応する。
おれは恐る恐るその名を呟いた。
「……アツシ?」
「そーだよそーだよ、あっつんだよ! うっひょお、ゆっきーインテリ系? 変わったなぁ!」
「アツシは、変わってないな、ちっとも」
「そこはアツシじゃなくてあっつんでしょ! あっつんって呼べよゆっきー!」
言いながら、ばんばんおれの肩を叩いてくるアツシ——あっつん。
中学時代から明るく騒がしく太陽みたいだったコイツは、ちっとも変わってはいなかった。
アツシは、あっつんは、言う。
「そーだそーだ、そう言えば、ストライカーさんよぉ、山本雪也さんよぉ。せっかくこうやって再会したんだしさぁ、みんな呼んでサッカーやってみねぇ? おれ、ゆっきーシュート見てみたいわー、また!」
その言葉を聞いて、おれの身体は固まった。
サッカー。ストライカー。ゆっきーシュート。暑い夏の芝草の上、駆ける無数のサッカーシューズ。
その全て、おれの好きだったことすべて、おれは勉学の才と引き換えに捨て去ってしまったんだ。
おれはアツシに訊いてみた。
「……なぁ、アツ……あっつん。お前、今、何しているんだ?」
アツシはおれのそんな質問にきょとんとした顔をすると、ああ、と頷いて喋りだす。
「おれさまは今、絶賛フリーター中でっす!」
「……は?」
アツシは明るく、言うのだ。
「それでも今、たのしーよ。フリーターだけんど、やりたいことはできているんだからなぁ! リアルで充実してまっす! 彼女いないけどおれさまはリア充な!」
人生は失敗したのかもしれないけれど。
好きなことを好きなようにやっているアツシは、とてもとても幸せそうに見えた。
人生は成功したのかもしれないけれど。
好きなことを見失ってワーカホリックになってしまったおれとは、まるで違う生き方。
どっちが幸せなのだろうか。貧乏でも、失敗人生でも、好きなことを好きなようにやれるアツシと、成功人生だけれどやりたいことを見失ったおれ。
大好きだったサッカーを失って、代わりに成功人生を歩み始めたおれは今、最高に不幸せだ。
大好きだったことを捨てず、代わりに失敗人生を歩んでいるアツシは今、最高に幸せそうなのに。
そして、おれはついに気づいた。あの日、才能屋でおれが何を対価として払ってしまったのかに。
おれは東大に受かれなくても、サッカーだけは、ストライカーの山本雪也だけは、捨てるべきではなかったんだ。だってそれこそがおれそのもの、おれがおれである証だったから。愚かだったあの頃では決してわからないことだった。あの頃は成功人生を歩むことしか頭になかった。だが違う! いくら成功人生を歩んだところで、心が貧しければ幸せなんてつかめようはずがない! 一見幸せそうに見えても、心からは幸せにはなれない! だから、だからおれはあの日あのときあの場所で、サッカーだけは、捨てるべきではなかったんだ!
アツシを見て、おれは自分の中に広がった空白の正体に、ようやく気付いたのだった。夢喪失ワーカホリック。おれは夢を失って、働くことしかできなくなった! おれに趣味や生きがいはなくなったんだ! しかしいくら後悔しても、もう遅い。だからおれは、アツシに言った。
「そっか……それは良かったな、あっつん。でもおれはもうサッカーはやめたんだ。もうサッカーなんてできねぇよ。今のおれはストライカー山本雪也じゃねぇ。……働くことしか能がない、夢失った社畜だよ。夢喪失ワーカホリックだ、よ」
おれのそんな暗い言葉に、アツシは目を丸くした。
「なんか……ゆっきー、変わったな、マジで」
「だからごめん、斎藤。おれはお前の誘いに乗れない」
名前でなく、名字で呼んだのはわざとだ。
おれがあのとき才能屋に来さえしなければ、きっとおれはアツシと、斎藤敦と楽しく笑いあうことができたのだろう。でも、無理なのだ。自分の出世のために自分そのものを捨てたおれには、無理なのだ。だから「あっつん」と呼ばずにあえて「斎藤」と呼んだ。それは訣別の意味を込めた言葉だ。
アツシは呆気にとられたような顔をしていた。おれはそんなかつての友人に、畳み掛けるように言葉を投げる。
「おれは歩く道を間違えたんだよ。東大に受かったからって、趣味を失って何が幸せなんだよ。……そんなわけで、ごめん」
謝って、おれは足早にその場を去る。驚いた顔のアツシが残された。
「あっつん……」
こいつと一緒にいると、胸が苦しくなる。
こいつはおれが捨てたものを、全て持ったまま幸せに生きているから。
貧乏でも、フリーターでも、こいつは確かに幸せだった。
エリートで、金持ちなおれが不幸せなのと対照的に。
ああ、才能屋よ、今も覚えている外道坂灯よ。あなたはわかっていたんだな? おれがいつかこうなることを。
「選択に後悔はしないでね」さりげなく言われた言葉は裏返せば、「それは本当に正しい選択?」と念を押す言葉になるのだろう。
あの日あのときあの場所に、才能屋に訪れさえしなければきっと、おれはこんなことにはならなかったのに。
でも、おれは才能屋を恨まない。灯さんは確かに、さりげなくだけれど確かに、おれに忠告してくれたんだから。その結果おれのした選択について、あの人に罪はない。——選んだのは、おれなんだ。
ああ、どうしておれは、あの日あの時の愚かなおれは、短絡的な「成功」に飛びついてしまったのだろう。失うものについて、深く考えなかったのだろう。若気の至りという言葉があるけれど、あれはまさしくそれだった。おれは勉学を望んでも、おれそのものみたいなサッカーだけは、対価として差し出してはならなかったんだ。おれは人生を間違えた!
あの店の教えてくれる教訓は、きっとこうなんだろう。
「身の丈に合わないものを望むな」
おれは身の丈に合わないものを望んだから、今、不幸せなんだろう、きっと。
ストライカー、山本ゆっきーは死んだ。今いるのは夢失ったワーカホリック、山本雪也だ。
気づいてしまった今、おれはこれからどう生きることになるのかわからない。でも、いくら成功して家庭を持っても、心から満たされることだけは絶対にないのだろう。そしておれはサッカーが嫌いになる。失われたものを思い出させるから。それでいつか働き過ぎて過労死でもするのだろうか。好きなことをなくしたおれは、働かなければ退屈に殺されてしまうんだ。働いても疲労に殺されてしまうんだ。おれはどうすればいいんだ、なあ!
才能屋が、灯さんが、笑う声が聞こえた気がした。
(それは本当に正しい選択?)
ああ、おれは間違えた。人生の選択を間違えた。
最初から、自分で努力すれば良かったんだ。才能屋なんかに頼らずに——。
〈Case1 夢喪失ワーカホリック 完〉
- Re: 才能売り ( No.3 )
- 日時: 2018/08/02 22:46
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
※ 2018/8/1分を章のタイトル変更
〈Case2 「美しい」の裏に待つものは〉——安藤美波
あたし、安藤美波。恋するジョシコーセーだよっ、きゃははっ。
最近ねぇ、あたしねぇ、恋しちゃったの! お相手はぁ、聞いて驚け、あの、あのスポーツ万能で成績優秀の武藤先輩だよっ。あの先輩は可愛いコが好きみたい。そりゃあブスよりも可愛いコの方がいいよねっ。ならあたしはあたしは? って思ったけれど、あたしって顔には自信がないのよねぇ。二重じゃないし眼鏡だし、出るとこ出ないでちっちゃいし、美容クリームつけてるのに顔はにきびでいっぱいだし、おまけに声もかすれてヘンだ。叶わぬ恋なのかなぁ。クラスでも人気者のあの先輩の心を射止めるのは誰なのかなぁ。あたしだったらいいのになぁとはつくづく思うんだけれど、駄目だよね、駄目に決まっているよね。
そんな恋するジョシコーセーのあたしが窓の外を見ながら溜め息をついていたら。
「みなみん、武藤パイセンが好きってマジ?」
クラスメートたちが寄ってきた。
「でもみなみんじゃ無理だよね! それよかウチとかほのみんとかのっちーとかのほうが絶対に可愛いよね! 武藤パイセンの事なんか諦めて他のカレ狙ったら?」
きらっち——安西きららはあたしにそんなことを言った。ひどくない!? でも、でも、そんなこと言われても! あたしは武藤先輩に恋しちゃったんだよ? 恋はモーモク! そう簡単にあきらめてたまるかい!
あたしが憤慨してきらっちに何か言い返そうとした時だった、不意にあたしたちみたいな騒がしい女子のものではない、静かな女子の声がした。
「……持っていないものは、自分で手に入れればいいじゃない」
「はい?」
声の主は清楚可憐なお譲様、東寺 夏鈴(あずまでら かりん)。どこかの財閥の令嬢だってさ! そんな彼女がなぜこんな高校にいるのかねぇ。どこか謎めいた彼女は冷めた口調であたしに訊いた。
「才能屋……って、知ってる?」
あたしは知らなかった。するとクラスメートの一人がそれ知ってるよと大声を上げる。
「知ってる、知ってる! 戸賀谷でしょ? 自分の望む才能をあげるけれど、対価として自分の持っている別の才能を払えってやつ! 実在する都市伝説なんだって! まゆことかほのかとか、野次馬で直接行ったことがあるんだって!」
まゆこもほのかも騒がしいクラスメートの一人だ。そんな都市伝説があったなんて、悔しいことにあたしは知らなかった。
わかっているのなら話は早いわと東寺さんは言った。
「武藤先輩の心が欲しいのならば、それには何が自分に欠けているのか考えて才能屋さんにお願いすればいい。そうすれば願いは叶うでしょう」
あたしに何が欠けているか? 簡単だ、あたしにはルックスが足りないんだ。でもそんなもの、半分は生まれつきでもう半分は本人の努力次第。それ以外の要因で何とかなるもんじゃないでしょ? 眉唾だよそんな話ぃ!
あたしは相当怪訝そうな顔をしていたのだろう、きらっちが東寺さんの話を補足する。
「嘘じゃないよ、ホントだよ。どうしても嘘だって言うのならば今度戸賀谷においでよ! これだけは、才能屋だけは実在する都市伝説なんだってばぁ!」
……そんなに言うのならば、行ってみようかなぁ。
でも戸賀谷って遠いんだ。電車で片道二時間ってねぇ。それだけの価値ってあるの?
「なんならウチが交通費払ってあげる! 嘘じゃないんだからね、証明してやるぅー!」
きらっちがそんなことを言ったので、結局あたしは才能屋とやらに行ってみることになった。行き当たりばったりだけれど、結構面白そうな気がした。
- Re: 才能売り ( No.4 )
- 日時: 2018/08/02 09:23
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
「戸賀谷—、戸賀谷—」
電車内のアナウンス。「降りるよ」ときらっちが言った。
着いた戸賀谷の町は、都会の林立するビル群とは違って落ち着いた雰囲気のするところだった。一軒家が多く、道路は完全に舗装されてはいるものの、ちょっと遠くを見ると畑も見える。穏やかな町だなぁとあたしは思う。あたしの町はバリバリ都会だ。田舎でもなく、都会でもない。こんな町を訪れるのは初めてである。
「えっとね、確かこっち。ウチもまゆこやほのかと一緒に野次馬に行ったことがあるんだよ? 店主の外道坂灯さんって素敵な人! 武藤パイセンとは違った雰囲気があって結構好きかもー! また会えるんだ、覚えているかな、わくわくぅー!」
きらっちのテンションはかなり高い。外道坂灯さん。外道坂なんてずいぶん物騒な名字だけれど、一応記憶に留めておく。
穏やかな町を十分くらい歩いた。きらっちは何度もきょろきょろしながら道を確認していた。
そしてやがて、きらっちは足を止めた。
「ここだよ、ここ、ここ! 才能屋!」
それは木で造られた、少し古そうな建物だった。二階建てで、余計な装飾はされていなくて、入口らしき扉の上に看板があるだけだ。その看板もまた穏やかな感じがしてなんだかいいところだなぁとあたしは思った。
「才能屋 あなたにお好きな才能売ります! 支払いはあなたの才能で」
看板に書かれていた文字。それだけ見ると何ふざけたこと言っているんだと突っ込みたくなってくるけれど、とりあえず都市伝説の「才能屋」は実在することは判明した。
きらっちは嬉しそうにぴょんぴょん跳ねてあたしの手を引っ張った。
「行こ行こ入ろ! さぁ早く! あ、これでみなみんが武藤パイセン取ったってウチは怒らないゾ? というか見てみたいわぁ、才能屋さんの奇跡! ウチらは前に野次馬として来ただけで何もお願いしていないんだ! みなみんはするんだよね? してして!」
無責任なきらっちの言葉に半ば押されるようにしながらも、あたしは才能屋のドアを開いた。ドアを開けるとチリンチリンと涼やかな音がした。
「ようこそ、才能屋へ——。って、君は前の野次馬じゃないか。知らないお友達連れて、どうしたんだい?」
その音とともに、少し驚いたような青年の声があたしを迎える。
店は木でできた優しい雰囲気。入口の奥には木製のカウンターがあって、その中にある椅子に優しげなおにーさんが座っていた。
わぁお、優しい系? きらっちは俺様系が好きだって聞いていたけれど、意外だわぁ。
そんなことは置いておいて。あたしは恋するジョシコーセーなんだから。
「えっと、きらっちは付き添い。あたし、お願いがあるの」
ブス、ブス。男子たちに言われたこのサイテーなルックス。何とかできればあたしの恋する武藤先輩の心を射止めることもできるんじゃなぁい? そもそもの話、こんなところまではるばる来たのはあたしの恋が原因なんだから。それにきらっちが面白がってついてきたんだから。
灯さんは、あたしのその言葉を聞くと優しく笑った。
「君は野次馬じゃないんだね。わかった、この才能屋、承るよ。ああ、紹介が遅れたね。僕は外道坂灯、現代に舞い降りた自称『悪魔』さ。ま、腐れ外道でも灯さんでも、好きなように呼んでくれていいさ」
その瞳には、茶目っ気がある。あたしは彼のそんな態度に緊張を解いて、あたしの願いを口にした。
「あたしって、可愛い?」
でも、口から出たのは違った言葉だった。
あたしは知りたかったんだ、知り合いじゃない他の人から見た、あたしの顔がどう見えるかってことを。
あたしは言った。
「あたし、きれいになりたいんです。あたしってブスだから、好きな先輩に見向きもされない。だからあたし、きれいになりたいんです!」
あーあ、言っちゃった。言っちゃったよ、言っちゃった。
そうだねぇ、と灯さんは目を細めた。
「正直な感想、君の見た目は人並み以下だよ。で、何だい? 君の願いは『きれいになりたい』でいいのかな? じゃあその代わりに何をくれるんだい?」
人並み以下。初対面の人に、そう言われた。あたしはこの日のために精一杯着飾ったのに、それでも顔の醜さはは変わらないんだ。ショックだよぉ。
そうだよ、あたしはきれいになりたいんだよ。こんな顔なんか大っ嫌いだよ! でも代わりに、か。代わりに何をあげられるのかなぁ? わからなくて、あたしはきらっちにきいてみた。
「ねぇきらっち、あたしって、何かあるのかな?」
あたしはブスなだけの、あとはフツーのジョシコーセーだ。才能も何もあったものじゃないよ。顔がブスだから女子力だけは上げてきた。でも女子力をあげたら顔だけになっちゃうよぉ。きれいになりたいけれどそれだけは嫌!
そうだねぇ、ときらっちは思案顔。しばらくして、彼女はぽんと手を叩いてあたしに言った。
「そうだそうだ! みなみん、料理うまいじゃん?」
あっ、なるほど、料理かぁ。確かにあたしは料理上手だよ。その腕には自信があるの。だからその腕と同じくらいの美しさを手に入れられれば、武藤先輩もあたしに振り向くかも? ナイスアイデアだよきらっち!
あたしは嬉しくなって、はずむように灯さんに言った。
「決—めた! ねぇねぇともしー、あたし、自分の料理の才能をあげるから代わりに美貌をちょうだい! あたしのお願いはこんなカンジ!」
カンペキでしょ? これで武藤先輩もあたしにイチコロだぁ。
すると一瞬だけ、灯さんの顔に影が差したような気がした。
「……君はそれで、本当にいいんだね?」
何言ってるのさ。さっさとあたしに美貌をちょうだい!
あたしの返事を聞くと、灯さんは深くうなずいてあたしに言った。
「わかったよ、契約成立さ。あ、でも才能の交換後の返品は一切受け付けないからそこのところよろしく。前に勘違いした人にひどい目に遭わされたこともあったから、君は違うと嬉しいなぁ」
だいじょーぶだよとあたしは答えた。逆恨みかぁ、自分で選んだ結果なのにひどくない? 才能屋さんも大変なんだなぁとあたしは思った。
灯さんは淡く微笑んであたしに言う。
「じゃあさ、もっと近くに来てくれないかな。才能の交換には相手に触れる必要があるんだ。僕はうまく歩けないんだよ。立ち上がるのも億劫だから、いつも椅子に座ってる。ああちなみに生まれつきじゃないよ。勘違いした誰かさんにやられたのさ。ひどいよねぇ、まったく」
言って、灯さんはカウンターに隠された足を軽く叩いた。ひどい人もいるものなんだなぁ。
そんなわけで、あたしは灯さんに近づいた。あたしはカウンターの木に自分のおなかをくっつけて元気よく笑った。「これでいーい?」とあたしがきくと、「オーケー、そのまま」と返事が来る。きらっちはそんなあたしと灯さんとを興味深そうな目で見つめていた。今から才能が交換されるんだ、そりゃあ面白いだろうな。
灯さんは、言う。
「それでは始めるよ、お嬢さん。最後にもう一度確認だ。君が望むのは美貌で、代わりに君がくれるのは料理の才だね。これでオーケー?」
「オーケーでぇす」
あたしがうなずくと、灯さんはその顔から穏やかな笑みを消してあたしのおでこに手を当てた。あたしがびっくりして固まると「動かないで」と声が飛ぶ。これが才能を交換するということ? よくわからない感覚が、あたしの中を吹き荒れた。派手な音も光も無い。魔法じゃない、けれど魔法みたいな奇跡。あたしは今、非日常の中にいる。そんなことを感じさせるような奇妙なひとときだった。
何かがあたしの中にやってきて、代わりに何かが永遠にいなくなったような気がした。
それからしばらくして。
「……終わったよ」
声がした。あたしは思わず力を抜くと、ぐらりぐらりと視界が揺れた。「大丈夫?」と駆け寄るきらっち。ああ、あたし、相当緊張していたみたい。
そしてあたしに駆け寄ったきらっちは、つぶらなその目を真ん丸にして、あたしを見て固まった。
あたしはあたしの顔を見ることなんかできないよ。でも、きらっちにはモロに見える。
きらっちはわなわなと唇を震わせて、言った。その顔は青ざめているようにも見えた。
「才能屋さんって、本当だったんだ……」
「ひどいなぁ、疑われていたのかい」
そんなきらっちに灯さんは朗らかに笑う。
「じゃ、君にもその証拠を見せてあげるよ。えーと、鏡、鏡……あった、これだ」
灯さんはしばらくカウンターの中をごそごそやったあと、シンプルなプラスチックの枠の鏡を取りだしてあたしに差し出した。あたしは緊張しながらもそれを手に取る。灯さんは何かカウンターをがさごそやりながらあたしの方を見ずに言った。
「これが君の答えだよ」
そしてあたしは、
見た。
鏡の中に映っていたのは、絶世の美少女だった。
くりくりしたつぶらな目。綺麗な二重でまつ毛が長い。つやつやした紅い唇にはどこか蠱惑的な美しさがあり、あたしの肌は雪のように真っ白で、髪は夜の闇のように綺麗な黒をしていた。白雪姫ってそんな表現をされるような顔だったっけとあたしは思った。もちろんにきびなんてない。鏡に映ったそれはあたしであってあたしじゃなかった。確かにあたしの顔なんだけど、確かにあたしらしさを残した顔なんだけど、でもあたしじゃない顔。別人みたいな顔、でもあたしの顔だった。
そしてそんなあたしの顔は、まぎれもない美少女の顔。
これなら武藤先輩も引っ掛かるだろう。でも、鏡に映ったこの顔を見るとあたしがあたしじゃなくなったような気がして、あたしは少しさびしかった。あんなに大嫌いな顔だったのに、どうしてなのかな。
とりあえず。これまでのあたしは死んだんだ。
「お気に召したかな?」
笑う灯さん、優しく穏やかに笑う灯さん! でも、でもだよ、灯さんは奇跡を起こした。この現実世界じゃあり得ない奇跡を!
だからあたしは思ってしまったんだ。この人を、「悪魔」だと。
非日常を運んでくる、現実世界に舞い降りた悪魔。この人はそう表現するのが正しいのかもしれない……。
「君が対価として払ったものは、今ここで証明することはできない。でもいつか気付くだろう、君は何を得て、代わりに何を失ったのか」
得たものは絶世の美貌、失ったものは料理の腕。
得たものについては良くわかったけれど、失ったものについてはまだ実感がない。
それでも、願いはかなったんだ。拍子抜けするほど、あっけなく。
「……行くよ、きらら」
だからあたしは鏡を返して、放心するきらっちの手を引いて店を出た。