複雑・ファジー小説

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ムーンタワー
日時: 2018/10/02 21:51
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY (ID: hd6VT0IS)

 

 嗚呼、私のムーンタワー。どうか、私たちの罪を照らさないで。



 

Re: ムーンタワー ( No.12 )
日時: 2018/10/02 21:53
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY (ID: hd6VT0IS)

 
 席に着き、お冷が運ばれてきて早々に、雨郷はたらこスパゲッティを注文する。百点満点の笑みを浮かべる店員に、俺はドリンクバー、と呟いた。
 就職祝いに母にもらった腕時計を確認すると、既に13時を過ぎていた。昼食は事前に済ませている。俺は不器用な人間だ。人の死体を見たあとすぐに食事などできやしない。
 スパゲッティのみを頼んだらしく、ちょびちょびとお冷を飲んでいる雨郷をおいて立ち上がり、ドリンクサーバーの前に移動した。昔は苦手だったアイスコーヒーも、今では好きになった。30を超えて久しい。俺は大人になった。
 歩く度に氷がカラカラと音を立てる。かつての俺は、氷を食べるのが好きだった。子どもっぽいと言われて、やめたっけ。
 席に戻ると、雨郷はお冷を飲みきってしまったようで、つまらなそうにスマホをいじっていた。その四角形の物体で俺にあのメールを送っていたのだと考えると、不思議だ。俺たちは、お互いのLINEを知らない。雨郷と俺の時間は、6年前から止まったまま。

「煙草、吸わないんですか」

 スマホから目を離し、彼女が呟く。このファミレスは禁煙席と喫煙席が分けられている。テーブルの隅に無造作に置かれている灰皿が、彼女がわざわざ後者を選んで座ってくれたことを示していた。

「いつもは吸わないよ。しばらく禁煙していたんだ。でも、今日くらいは許してほしい、なんて」

 はて、と思う。俺は誰に許されたいのだろう。

「月子、死んじゃいましたね」
「6年も苦しんだんだ。苦しそうな顔じゃなくてよかった」

 内海の死に顔は安らかだった。もういつのことだったか思い出せないが、記憶の端に残っている彼女よりも随分と痩せていて弱々しかった。それでも眠っている彼女は、何か重いものから解放されたような、何も心残りのないような、そんな表情を浮かべていた。

「私、ひとりぼっちだ」

 空っぽになったお冷のグラスを無感動に見つめながら、彼女はぽつりと呟いた。

「先生は、魚美さんが見つかったことは知っていますよね」
「……うん」

 静かに頷く。俺は数日前、夕方のニュースで見覚えのある場所と聞き覚えのある名前を目にした。ムーンタワーの見えるあの公園で、一橋 魚美の白骨遺体が見つかった、と。彼女は6年前からずっと行方不明だった。警察は家出だろう、と言っていたが、まさかすでに死んで、土の下にいただなんて、誰も思わなかったに違いない。

「魚美さんを見つけたの、月子の妹さんらしいですよ」
「え?」

 素っ頓狂な声を上げた俺に、雨郷はどうかしましたか?と首を傾げる。少年のような格好をしたあの子は、何も知らない、と言っていた。つん、と猫のように澄ました態度が、今になって俺を苛立たせる。つまり、彼女は俺をおちょくったということだ。

「世海くん、魚美さんと仲良かったからショック'だっただろうな」
「そうだったんだ」

 女の子なのに世海「くん」と呼ぶのか、と思ったが、何故だかそっちの方がしっくりきたので、黙って会話を続ける。

「はい。あの二人、年齢は全然違いますけど、よく似ていたから」

 あの二人が似ている?俺は、記憶の中の一橋 魚美を手繰り寄せた。豊かな長い髪と垂れ目の瞳。対して、内海 世海は癖のない短めの黒髪とつり目がちの瞳。俺には共通点が全く見当たらなかった。

「世海くんと魚美さんは、どこか他の人と違うところがあって、人を惹きつける魅力がありました。私、魚美さんも世海くんも大好きだったんです。とっても」

 雨郷は、濁った瞳を俺に向けた。どろりとしたその瞳は、海の中によく似ている。

「金村先生。いいえ金魚さん。あなたが人魚を殺したんですね」

Re: ムーンタワー ( No.13 )
日時: 2019/03/06 19:39
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY (ID: hd6VT0IS)

 
「よく勘違いされるんですけど、私は昔から、ドジでどこか抜けてておっちょこちょい。でも、馬鹿ではないんですよ。だから、魚美さんが先生と付き合ってることも魚美さんが虐待されていたことも知ってました」

 小さいですけど、この街では名の知れてる会社の社長令嬢ですからね、と雨郷は笑った。アイシャドウで彩られたその目は相変わらず俺を見つめている。

「まあ、先生と魚美さんが付き合ってたことを知ったのは、私が先生のことをずっと見てたからだっていうのもありますけど。私、先生のこと、好きだったんです」

 ほんの少し恥ずかしそうに呟く彼女の瞳に光はない。俺は、彼女のこんな表情なんて知らなかった。

「だからわかるんです。先生が殺したんだって」

 お待たせしました、と店員がたらこスパゲッティをテーブルに置く。その瞬間、彼女の目がそちらに吸い寄せられるようにして俺から離れた隙に、ふぅ、と張り詰めていた息を吐いた。ふと膝を見ると掌に爪が食い込んでいて、ずっと右手を握りしめていたことに気づく。そして今に至るまで、アイスコーヒーを一滴も飲んでいなかったことにも。
 年頃の少女が成熟した男に惹かれるのはよくあることだ。自分よりも器が広い大人に憧れる。けれど、自分が大人になってみると、やがて、その男も大して大人ではなかったことに気づく。そういうものだ。さらには彼女は虐待を受けていた。彼女はいつだって信用できる大人を求めていた。
 時間が経って水滴がまとわりついているアイスコーヒーを震える手で飲み干し、テーブルに置く。ガン、と思ったよりも大きな音が響き、情けないことにぴくり、と肩が震えた。

「たらこスパゲッティ、好きなんですよねー」

 フォークを手に取って、彼女はスパゲッティをつついている。彼女の首から上がどうしても見れなくて、俺はただただずっとスパゲッティが巻かれてゆく様を見ていた。1度目を離してしまったら、もう彼女の瞳を見ることができない。

「どうして殺したんですか」
「……俺は殺してない」
「嘘!」
「本当だよ」

 雨郷が動きを止めた。美しく巻き取られていたスパゲッティが、はらはらと乱れてゆく。

「俺が彼女を、魚美を、殺すはずないじゃないか」

 そうだ。俺には魚美を殺す動機がない。

「確かに、俺と魚美は付き合っていた。でも、それはごく普通の健全な付き合いだったし、俺は彼女を傷つけることをしていない。絶対に」
「絶対に?」
「神に誓って」

 彼女は解けたスパゲッティを少々行儀悪く口に運んだ。まるでラーメンを食べるかのように、麺をすする。

「妊娠させたとか」
「ありえない」
「暴力を奮っていたとか」
「それは彼女の父親だ」

 息を吐いて、俺は彼女の瞳を真っ直ぐに見つめた。彼女との関係に後ろめたいことは何もない、と伝えるように。何十秒経ったのだろう。いや、もしかしたら数分間のことだったのかもしれない。ふと、彼女の目が和らいだ。

「そうですよね。優しい先生が、そんなことするはずないですもんね」
 
 くすりと彼女は微笑んで、今度はお手本のように綺麗にスパゲッティを巻き上げ、口に含んだ。
 今の俺の受け答えのどこかに、何か確信できる要素があったのだろう。正直、ゾッとした。俺が魚美を殺していないことは自分のことなのだからわかるが、他人から見れば確かに俺が1番怪しい人物なのかもしれない。痴情のもつれ。教師と生徒の禁断の恋愛。

「先生は、どうして魚美さんと付き合うことになったんですか」

 彼女の声から、俺を押しつぶすような圧力が消えた。会話を楽しみましょう、と言っているのだろう。その気軽な問いかけに素直に従っていいものか、と躊躇ったが、何処か有無を言わさぬ笑顔に、俺は口を開いた。

「俺は当時、自殺志願者のサイトの運営者だったんだ。今はやってないけど」
「悪趣味ですね」

 咎めるような視線を受けて、俺はため息をつく。自分でもわかっていた。だが、それが俺のストレス発散の方法だったのだ。自殺志願者の書き込みを見て、自分がどれだけ幸せかを再確認する。そんな薄汚れた欲望から、俺はサイトを運営していた。

「そんなある日、偶然、コンピュータ室で魚美がそのサイトに出入りしていることに気づいた。『ヒトミ』という名前で彼女は一緒に自殺をしてくれる人を探していたんだ」

 まさか、学校の生徒がそのサイトに書き込みをしているとは思っていなかったので、魚美が書き込みをしているところを見たときは驚いた。
 
「俺は頃合いを見て、彼女に話しかけた。もちろん、自分が自殺サイトの運営者だということは隠してね。最初はやんわりと『虐待されているんだろう?』と訊ねたから随分警戒されていたけど、何度も何度も関係ない話題を出したり声掛けをしていくうちに打ち解けて、彼女は色々と話してくれるようになって……」

 彼女がねっとりとした視線でこちらを見ていることに気づいた。何故だかにやにやとしている。なんだ? と思って首を傾げると、なんでもない、続けて、と言った。

「……それで仲良くなって、付き合い始めたんだ。俺は彼女を守りたくて、家から出てはどうかと提案した。彼女もそれに賛成して、あの日は荷物を持って俺の家に来るはずだったんだ。いつも逢引していたあの公園で。でも、試験の採点で仕事が長引いてしまって、約束の時間よりも遅めに行ったら、彼女はそこにいなかったんだ。魚美はそれからずっと行方不明のままだ」

 そこまで口にしたところで、嗚呼そうか、と心の中で呟いた。状況的に見れば、俺がやはり1番怪しい人物なのだ。

「なるほど。つまりはそのときから彼女とは会っていない、と」
「……そうだ」

 頷くと雨郷は腕を組み、う〜んと唸り始めた。

「ということはやっぱり、先生が人魚を殺したわけじゃないのかぁ」
「……さっきからそう言っているだろう」
「まあそうですよね。じゃあ、やっぱり……」

 再び自分の中で黙考し始める。俺はその隙にコーヒーに手を伸ばした。冷たい感触が喉を通り過ぎてゆく瞬間、ふと疑問が浮かんでくる。

「……なぁ、雨郷」
「はい、なんですか」

 雨郷が顔を上げる。

「なんで君は、犯人を探しているんだ」

 人魚は6年前に消えた。泡となり、海のどこかへ消えた彼女の記憶は、俺の中で風化して、すでに原型をとどめていない。骨が見つかったことで、誰かに殺されたのかと推測することはあっても、そこに激情はなかった。それに、そのうち警察が犯人を見つけるだろうから、自分から行動を起こさなくてもいいんじゃないか。

「あっ、そっか」

 雨郷は口元に手を当て、上の方を見つめる。何か上手い言い訳を考えようとしている子供のようだった。

「6年も経てば思い出は風化してしまいますから。でもね。私の中で、彼女は特別な存在で。だって、あんな美しい人魚のことなんて忘れられるはずないですよね」

 先生は薄情な人なんですね。くすくすと雨郷が笑う。

「それに、人魚を地に埋めたのは私だから」

Re: ムーンタワー ( No.14 )
日時: 2019/03/09 23:41
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY (ID: 4m8qOgn5)
参照: Twitterやめました。当分はやらないです

 
「は?」

 は???????

「ごめん。どういうこと?」

 俺の聞き間違いか?

「だから、私が魚美さんを、あの公園の桜の木の下に埋めたんですよ」

 にっこりと笑う。

「え?」

 え???????

「近くの公衆トイレにスコップが置いてあったのでそれで埋めました。あの辺街灯が全然ないので、先生が来たとき気づかなかったのも無理ないですね」
「は?」
「ふふ、先生、『え』と『は』だけで会話はできませんよ?」

 雨郷は組んでいた手を解き、フォークを握る。そしてあっ、と目を見開いた。

「私は埋めただけですよ。私があの公園に来たときには彼女、心臓が止まっていたので」

 胸元に耳を近づけて確かめたので間違いないです、とスパゲッティを飲み込んで言う。

「あの公園、塾の帰り道から見えるんです。それで先生と魚美さんがあのベンチで会っているのも知ってました。あんなに暗いのに? 私夜目が効くんです。なので見えました。魚美さんが倒れているのも」

 彼女はスパゲッティをくるくると巻きながら、その瞳に間抜けな顔をした男を映している。

「魚美さん、頭から血が出ていました。多分、石かなにかで殴られたんじゃないかな。衝動的な犯行って感じでした。魚美さんは制服を着ていて、周囲にはキャリーバックが転がっていました。直感的に、先生の家に行こうとしていたんだろうな、と思って。だから、私は先生が犯人だと思ったんです」
「ちょっと待ってくれ」

 俺は彼女の前に手を翳す。彼女は俺を見ていたはずだったが記憶の景色を見ていたらしく、突如現実の物体に遮られ、ぴくっと瞼が跳ねた。

「……君が亡くなっている魚美さんを見つけたのはわかった。そして君が殺していないこともわかった」
「はい、そうですよ?」

 彼女は不思議そうに首を傾げる。

「なぜ、埋めた?」

 埋める必要なんてなかったはずだ。そのまま警察に通報していれば。いれば? 何か変わっていた? 少なくとも、こんな悲しい結末を迎えずに済んだのではないだろうか。例えば、内海が死なない未来だとか。そんなことはありえないのだが。

「なぜ????? なぜって……そんなの決まってるじゃないですか」

 彼女がぐにゃりと顔を歪めた。

「人魚は人間の脚を手に入れるために声を失った。ね? 人魚っていうものはそういう生き物なんです。彼女は父親からの虐待を受けていた。私の両親はものすごく優しくて、私に怒ったことなんてないんです。だから私は醜い。彼女は美しい。彼女の美しさには理由がある。魚美さんは美しかった。その死に顔までも美しかったんです。こんな美しい人魚を燃やしてしまうのはいけないと思った。人魚は美しいまま消えるべきだ。そう思って埋めたんです。人魚が泡となって消えてしまうみたいに」

 何を言っているのかわからなかった。いや、確かに魚美は美しい少女だったし、人間を燃やしたくない、というのはわからないでもない。けれど。

「人魚は美しいまま消えたんですよ。あのまま掘り返されることがなければ、それは永遠だった」

 恍惚に浸った目で言う。やっぱりさっぱりわからなかった。

「でも骨が見つかってしまったから美しくなくなってしまった。だから、また美しくしてあげようと思って。じゃあ、彼女の死の真相を暴けば、どうだろう。その犯人を殺せば。ほぉら、とっても美しいじゃないですか」

 誰よりも醜い雨蛙の私が、彼女の仇を討つ。なんて美しい結末。
 そうやってうっとりと呟く雨郷は美しい化粧を施していたが、俺にはちっとも美しくは見えなかった。

「……誰だ、お前は」

 歯の奥から絞り出した言葉に、キラキラとしたアイシャドウの目が三日月の形に歪む。

「嫌ですね。冗談はやめてください。雨郷 花依ですよ、センセ」

Re: ムーンタワー ( No.15 )
日時: 2019/03/13 18:37
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY (ID: hd6VT0IS)

 
 あの後どうやって帰ったのか、正直覚えていない。会話は覚えているが、あのままどうやって別れ、帰宅したのかわからない。気がつけばリビングにいて、ニュース番組の雑音が流れ込んできたのだった。

『そっか。先生は犯人じゃないのか。じゃあ、怪しいのは……その先生が運営してた自殺志願者のサイトとかで、魚美さんと特別に親しかったりした人っていなかったんですか』
『いや……あ、』
『いるんですか?!』
『いることには。でも……』
『連絡は?』
『あのサイトは削除されたからね。でも、魚美の書き込みのほとんどはオフラインでも見られるように保存しておいたから、遡れれば見ることができると思う。確か、あの掲示板に書き込みをしていた1人とメールアドレスを交換していたと思う』
『じゃあ、その人に連絡を取ってみてください』
『……もうそのメルアドを使っていないかもしれない』
『それでも、です。わかったら連絡お願いしますね』

 煙草に火をつけ、右手の人差し指と中指を擦り合わせるようにして挟む。そうしてベランダで煙を吐く。落下防止の手すりに肘を置きながら、俺はぼんやりとムーンタワーを眺めていた。

『あっ、そういえばムーンタワー、もうすぐ取り壊されるらしいです。うちの会社も投資とかで関わっていたのでとても残念だなって父が言ってました。それじゃあ、また』
「それで別れたんだったな」

 自分の行動を思い出す。記憶の中の彼女は華奢な手を振って歩き出していた。
 そろそろだろうか。花火の時間は。始まるまで、メールでも打っておこう。
 「ヒトミ」と特に親密なやり取りをしていた人物はすぐに見つかった。微かに記憶していた通りメールアドレスも残っていて、俺はスマホに指を叩きつける。

『初めまして。私は以前自殺サイトを運営していた者です。──』

 などとつらつらと書き連ねながら、これではただの迷惑メールみたいだと感じたため、一応自分の本名と職業も明かしておいた。

『あなたはヒトミさんと仲良くしていらっしゃいましたね。実は、ヒトミさんが殺害されていたことがわかりました。ヒトミさんのことについて詳しく聞きたいので──』

 会おう? いやいやそれは突発的すぎるだろ、と灰を落としながら「また御連絡ください」と打ち込み、送信した。
 部屋着のジャージのポケットにスマホを仕舞って、再び目線を開けた世界へと向ける。マンションの上の階や下の階では、子どもたちが手すりから身を乗り出して花火を今か今かと待ち構えている。おいおい危ないぞ、とヒヤヒヤしながらも、そういえば俺もあんな子どもだったな、と思った。
 麻痺している。父親が亡くなった日から、誰かがいなくなる、ということに俺は苦痛を感じなくなっていた。魚美が消えたときも、もしかして死んでしまったのだろうか、ダムに飛び下りたのだろうか、などと考えた。それでも何か行動を起こそうとはしなかったし、やがて彼女との思い出は風化して消えた。そういえばそんな生徒もいたな、ぐらいに思っていたのだ。

『俺の家においで』

 あの激情は、果たして自分の言葉だったのだろうか。わからない。母が死んだ今となっては、さらに麻痺している。心が。
 彼女を助けたい、と思ったのは事実だと思う。虐待を受けている姿を見て、俺が守ってやらなきゃ、とも思った。ちょうどその頃虐待に関する事件があって、国は頼れないのだと悟った。なら、俺じゃないと駄目だ、と思ったのだ。あの美しい人魚を守れるのは、俺しかいない、と。
 ひゅるるるるるるるるる、と白い尾を引いて、どーーーーん、花が空に咲く。

「嗚呼、そういうことか」

 俺はぽつりと呟く。

「俺は人魚がほしかったんだ」

 そして雨蛙は今も欲しているのだ。
 俺はもたれ掛かっていた手すりに額を擦り付け、目を閉じた。煙草がまだ口の中に居座っている。

『私、お父さんが怖い。だから今まで逃げようとしても足がすくんで動かなかったの。でも、先生とならできそうな気がする』

 微笑みの中で彼女はその長い睫毛を伏せ、俺の掌に口づけた。

『ありがとう、金魚さん』





 ヴーという微かな音で俺は目を開けた。どうやら少し寝てしまっていたらしい。煙草はずっと握りしめていたままで、床には灰が溜まっている。あんな花火大会の爆音の中よく眠れたな、と口の端だけで笑うと、スマホの通知音で起きるのもおかしいんじゃないか、と今度は顔全体で笑った。少し足踏みをしてからスマホを取り出し、また手すりに腕を置く。

『こんばんは。僕の名前は内海世海といいます』

 思わずスマホを落としてしまうところだった。9階から。

Re: ムーンタワー ( No.16 )
日時: 2019/03/14 17:25
名前: とりけらとぷす (ID: u/mfVk0T)


こんにちは、お久しぶりです。とりけらとぷすです( ´ ▽ ` )

本業がひと段落し、久々に戻ってきました。

鳴子さんの独特な、謎に包まれた感じ、好きです。
毎回思うのですが、少し読めばすぐに小夜鳴子ワールドに引き込まれていく感じなのです。
私は読書が好きでいろんな作家さんの本を読んできましたが、あ!この人の文だ!とすぐ分かるような、独自の文をお持ちだな、と思います。(語彙力なくてすみません)

雨郷さんの急に溢れ出した狂気にぞっとしました。彼女はそれを当たり前だと思っているんでしょうね。
美しいから、美しいままにしたかった。
わからないでもないです。
芸術家は苦を経験したものこそ美しいものを生み出せる。
苦こそ、人間のえげつなさを、本能を、生々しさを、美に変えることができる。本当の人間らしさを表せるのだと、中学生の時誰かが言っていました。
私はどちらかといえばのうのうと育ってきた者なので、そういう苦からの脱却を経験したことがないに等しい。
もし、本当にそういう類の苦が新たな美を生み出せるならーーーと考えたことはありますね。
何の話でしたっけ。随分話が逸れてしまいました(笑)
感想を書こうと思うのにいつもこうなってしまうんです。自分読書日記をつけているのですが、お話の内容はほとんど書いていない。遠い記憶と結びつけた自分のことばかり書いてしまいます(ーー;)

人魚を殺したのは誰なのか。

続き、楽しみにしてます。
それでは、ごゆるりと更新頑張ってください。




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