複雑・ファジー小説

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生卵男 完結!
日時: 2020/04/29 12:41
名前: モンブラン博士 (ID: daUscfqD)

待望?の新連載です!今回は子供向けの推理ものです!

Re: 生卵男 ( No.11 )
日時: 2020/04/28 16:53
名前: モンブラン博士 (ID: daUscfqD)

母に抱かれる凛さんの姿は、自慢の長髪が顔にかかり、とてもぐったりしているようでした。親友が良くなりますようにと祈りながら、真紀子さんは帰路につきました。
それにしても凛さんが見た男の顔に何があったというのでしょうか。
恐ろしく醜かったのでしょうか?
それとも刺青でもしていたのでしょうか?
疑問符を浮かべながら歩いていますと、目の前にひとりの男が現れました。
夏だというのに分厚いコートをはおり、目深にソフト帽をかぶっています。
二メートル近い長身の大男です。
通路には真紀子さんと男以外は歩くものはありません。
ふたりきりなのです。
真紀子さんはキツイ口調で訊ねました。

「あなたね、凛を泣かせた男は!」
「……」
「しらを切るならそれでもいいわ。私は警察に電話するだけだから」

スマホを取り出し、警察に連絡を取ろうとした時でした。男が無言でソフト帽を外したのです。その顔を一瞥した真紀子さんはボタンを押す指が止まり、腕の力が抜けてスマホを落としてしまいました。
むりもありません。男の顔には目も鼻も口も無かったのです。ろうそくのように真っ白な顔ののっぺらぼうだったのです。

「きゃああああああああああああッ!」

喉の奥底から、本能的にありったけの声を出し、落ちたスマホを拾うことも忘れ、一目散に走り出す真紀子さん。男はそっと彼女のスマホを拾いあげてコートのポケットに入れますと何もない顔から笑い声を発しました。
そして、手足を動かし、逃げた少女を追いかけます。
その早いこと。20メートルほど距離があるのですが、ぐんぐんと差を縮めてきます。巨体で厚着とは思えない速度です。逃げても逃げても追いかけてくる男に、真紀子さんは生きた心地がしませんでした。そして、同時に思いました。
凛も同じ思いをしたのだろうと。息が荒くなり、汗が噴き出します。
ちらりと背後を振り返りますと、男の手にゅっと伸びて真紀子さんの髪を掴もうとしました。

「ヒッ……」

声にならない悲鳴を出して後方に下がります。
再び男の手が接近してきます。
真紀子さんは無我夢中で鞄の中のものを投げつけ、少しでも相手をけん制しようとします。教科書や筆箱を投げられ、ほんのわずかに怯みますが、のっぺらぼうは諦めようとはしません。
その時、幸運なことに警察官の笛が真紀子さんの耳に入りました。
偶然通りかかったパトカーが彼女の身の危険を察知したのです。
真紀子さんをかばうようにして前に立ちはだかる三名の警官たち。
応援を受け、駆け付けた警官が更に三人増えて、合計六人になりました。
普通の犯人ならば人数さに観念して掴まる道を選ぶでしょう。
けれど、この怪物は違いました。
取り押さえようとする警官たちを振り払い、真紀子さんを追跡しようとするのです。背中には三人もの警官がしがみついているにも関わらず、歩みを止める気配はありません。恐るべき馬鹿力です。

「大人しくしろ!」

警官の一人が警棒で男の頭を殴りますが、まるで効きません。
それどころかその衝撃で男はますます興奮したようでした。
顔の無い怪物の暴れぶりに業を煮やした警官たちはついに発砲しました。
弾丸は顔に命中し、男はパタリと倒れます。
息絶えたのでしょうか。ところが男は額を貫かれても、尚も立ち上がってきます。
相手は人間を超えた怪物なのでしょうか。あまりに奇怪な出来事にさしものの警察たちも釘付けになっていますと、男は容赦なく彼らを殴って気絶させ、どこへともなく消え去ってしまいました。
平和な街に突如として現れたのっぺらぼうは白い顔が生卵を思わせるという理由から「生卵男」と名付けられ、被害を心配した親や警察がパトロールをはじめ、子供たちの登下校は親が付き添うことになりました。
これがうまくいったのでしょうか。
その後、三週間、男はぱったりと姿を消してしまったのです。
あれだけ大きな体を持つ男です。逃げても隠れても目立つに決まっています。
すぐに見つかるはずなのです。ですが、見つけられたものはいません。
いったい、彼は何が目的で少女たちを襲うのでしょうか。
そして恐るべき不死身にはどういった秘密があるというのでしょう。

Re: 生卵男 ( No.12 )
日時: 2020/04/29 12:40
名前: モンブラン博士 (ID: daUscfqD)

ある日の土曜日のことです。凛さんは真紀子さんに遊びに行かないかと誘われました。もう怪人が何日も姿を見せていないことと、久しぶりに遊びたい気持ちがあってか、凛さんは喜んでそれを受け入れ、公園で待ち合わせをすることになりました。昼ご飯を食べて、公園に向かいます。公園にはベンチで座って新聞を読んでいるおじさん以外は誰もいません。白いワンピース姿の凛さんは、時折吹いてくる風に長い髪を遊ばれながらも、親友が到着するのを待ちました。
けれど約束の時間になっても真紀子さんが来る様子はありません。

「遅いなあ。どうしたんだろう」

腕時計を見て不満を口にした時です。

「凛、遅れてごめん!」
「もう、遅かったじゃない」

声をかけてきた真紀子さんに微笑みながら振り返りますと、そこにいたのは親友ではありませんでした。ソフト帽にロングコートの大男、紛れもなく、あの生卵男だったのです。凛さんは恐怖で身体が硬直し、逃げだすことさえできません。
ソフト帽を取り、何もない白い顔を露わにする怪人に、歯をガチガチ鳴らしながらも震える声で訊ねました。

「真紀子の声色を使って騙したのね」
「……」

例によって怪人は無言です。何も告げず、ゆっくりと彼女のほうに向かっていきます。助けを求めようとベンチのおじさんを見ますが、彼は新聞に夢中でこちらの異変に気付いていないようです。顔無し怪人は身を屈め、鳥類が羽を広げるかのように大きく両腕を広げますと、その巨体で凛さんの身体を包み込もうとしました。せつな、凛さんが男の腹に膝蹴りを見舞ったのです。全くの不意を突かれ、まともに食らった怪人はよろめきますが、凛さんは拳を固めて腹に一撃。


「ぎゃああああああッ」

これまで全く無言だった怪物がはじめて声を出したのです。しかも、腹の部分は流血したのでしょうか。赤く染まっています。七転八倒するのっぺらぼうに少女は冷たい目線を向け。

「あら、喋れたのね」
「貴様ぁ、俺を騙したのか!?」
「引っかかったわね!」

左のパンチを受け、怪人はまたもひっくり返りました。銃弾を額に命中されても立ち上がってきた不死身の怪物が拳だけで痛がり、言葉を話しています。これは、一体どういうことなのでしょうか。
すると木の陰から真紀子さんが現れました。

「こうまでうまく引っかかるとは思わなかったわ」

つかつかと歩み寄る真紀子さん。彼女は男のコートの腹のボタンを外しました。
そこから出てきたのはもう一つの顔でした。腹の顔は目も鼻も口もちゃんとあります。しかも男ではなく、髪を白色に染めた若い女の顔でした。更にその下から突き出てきたのは二本の腕でした。怪人は上と下に二つの顔と腕を持つ、何とも奇妙な形です。下の腕で真紀子さんの首に手を伸ばしますが、それよりも早く、先ほど新聞を読んできたおじさんが両者の間に入り、男の下の両手に手錠をかけてしまったのです。

「お前を逮捕する!」
「おのれ……」

手錠をかけられもがく下の顔でしたが、外せないとわかると観念しました。
それが合図だったかのように公園の木や遊具から警官たちが次々に飛び出してきました。

「私を待ち伏せしていたのかっ」

怪人の腹から女の腕を掴まえ引きずり出しますと、怪人はぺしゃんこにつぶれてしまいました。


「これが、怪人の正体だったのか」
「ちょっと頭を働かせればすぐに分かったわ」

関心する警官に真紀子さんは得意げに言いました。
わからないのは女のほうです。
悔しそうに歯ぎしりをしながら、凛さんに訊ねます。

「私は完璧にお前を騙したつもりだった。なのにどうして、嘘だと見抜いた」
「答えを教えてくれたのは、コレよ」

凛さんが取り出したのはスマホでした。

「真紀子はあの時、あなたにスマホを取られたの。でも、昨日の夕方にかかってきたあなたの電話は私のスマホに直接かかってきたのよ。あの日以来、真紀子は私の家の固定電話にしかかけないから、すぐにわかったわ」
「奪ったスマホが仇になったようね」

真紀子さんはぐしゃぐしゃになったのっぺら怪人のコートからスマホを奪い返し、嬉しそうな顔をしました。
怪人は真紀子さんを利用しておびき出そうと考えていましたが、その計画は最初の段階で彼女らに裏をかかれていたのです。怪人の知らないところで、秘密裏にリベンジははじまっていたのです。

「だが、どうして私の本物の顔まで分かったのだ」
「発想の転換よ。あれほど大きな男が煙のように消えるはずがない。どこへ逃げても目立つはず。だったら怪人は大きいのでなく、本当は小さい奴なんじゃないかと思ったの。こんな着ぐるみを作るなんて、才能の無駄遣いよ。生卵男の顔の中身は特殊な金属で作られているんでしょう? 頑丈だし、本物の顔じゃないから、銃弾が当たってもビクともしないし、血も出ない。だから警察官さんたちは不死身の怪物だって驚いたわけ。あなたはコートのお腹の中から外の景色を見ていたのね。そして、馬鹿力が出せたのは、そのスーツに秘密がありそうね」

女が着ていたスーツは機械が取り付けられていました。

「私が開発したメカスーツ、自慢の品だったが、まさかこんなに早くタネが明かされるとはね」
「観念なさい!」

指を差された女はうなだれて、抵抗するのをやめました。
額からは赤い血がだらだらと流れています。

「最後に一つ教えてくれ。君が凄いパンチ力を出せたのは、手に石を握っていたからだな」
「正解よ」

凛さんは笑顔で二つの拳に握られていた石ころを投げ落としました。
若い女は目を閉じ、自嘲的に笑いました。

「これほど愛らしい少女たちに負けたのだから、良かったのかもな」

パトカーに連行される女の最期を見届け、凛さんと真紀子さんは大きなため息を吐きだしました。

「一時はどうなるかと思ったわ」
「でも解決できて良かった。私としては最初の被害者で怖いって思いももちろんあったけど、やられっぱなしじゃ悔しくて、どうしてもあいつに一矢向く痛かったんだよ」
「これでもう、あんな化け物とはおさらばね」
「うん。月曜日から思いっきり登校できるのが嬉しいよ!」

互いに微笑みあい、ハイタッチをする凛さんと真紀子さん。
ふたりの機転によって生卵男は対峙されました。
もうこの街に奇怪な怪人が現れることは、もうないでしょう。

おわり。

Re: 生卵男 完結! ( No.13 )
日時: 2020/08/11 22:29
名前: モンブラン博士 (ID: daUscfqD)

夏休みも数日後にひかえたある日のことでした。高校二年生の希さんは、夏休みの宿題を忘れたので、夜中の学校に取りにきました。

「怖いよぉ。おばけが出そう……」

たったひとり、懐中電灯の光だけを頼りに暗闇の中を歩き、教室へと向かいます。
とても小柄で泣き虫な希さんにとって、怪談の舞台にもなる学校は怖いものでしたが、宿題を忘れたことがどうしても気になり、取りに来たのです。
どうにか目的のものをとって学校の出口に向かう通路の途中でガサゴソと音がしました。

「誰かいるの?」

訊ねても返事はありません。幻聴だったのかと安心したとき、確かに声が聞こえました。

「の・ぞ・み・ちゃん」

誰かが自分の名前を呼んでいます。知らない声の人でした。少女は涙を浮かべ、もう一度訊ねます。

「誰なのっ」
「わ・た・しよ。の・ぞ・み・ちゃん」

声のする方向を照らしてみますと、そこには全身を白い包帯で巻いた女性がいました。ミイラ男ならぬミイラ女です。包帯の隙間からわずかにのぞく瞳が怪しく光り、真夜中の学校で異様な光りを放っています。女怪人はゆっくりと少女に迫ります。

「来ないで……」
「こ・わ・が・ら・な・い・で・あ・そ・び・ましょ?」

一音一音、途切れ途切れに包帯の奥に隠れた口から言葉を発し、少女に近づいてきます。希さんは少しずつ後方に下がりますが、遂に壁際に追い詰められてしまいました。包帯女の手が伸びて、少女を壁に押し付けますと、壁を軽く叩きました。若者たちの間で有名な壁ドンです。男子が女子にする分にはメロメロなシチュエーションなのですが、死体であるミイラが実行した例は人類史でも初めてのことです。あまりの恐怖で腰を抜かした希さんの黒髪のボブカットを優しく撫でますと、ミイラ女は空気の中に溶け込むように消えてしまいました。

「た・の・し・かったわ。ま・た・あ・い・ま・しょう」


警備員のおじさんは夜の見回りをしていました。懐中電灯を味方に、学校に怪しいものが潜んでいないかどうか確かめるのです。しばらく校内を歩いていますと、どこからともなくすすり泣く声がしました。

「今は八時だ。こんな時間帯に誰がいるんだろう」

疑問に思った男性が声する方向に進んでいき、電灯で照らしますと、そこにはうずくまった少女の姿がありました。一瞬はぎょっとしたおじさんでしたが、すぐに平静を取り戻し、声をかけます。


「君は希ちゃんじゃないか。どうして学校にいるんだい」
「宿題を取りにきたの」
「うん」
「それで帰ろうとしたら、ほうたいぐるぐるのおばけに会ったの」
「包帯ぐるぐる? それじゃあミイラ男だな」
「女の人だったんだよ」
「ミイラ男ってのは聞いたことがあるが、ミイラ女ってのは初めてだ。で、その化け物はどこから出たんだい」
「あっち」

少女が指さしたのは教室が連なる暗闇に覆われた通路でした。試しにおじさんは通路を行ったり来たりしましたが、それらしいものが現れる気配がありません。ですが、希さんが泣いている様子を見ても嘘を言っているようには思えません。そこで、こんな仮説を立てました。

「きっと希ちゃんは恐怖で幻覚を見てしまったんだよ。おじさんが校門まで送ってあげるから、気を付けて帰るんだよ」
「うん。とっても怖かったからパパとママに電話したの」
「それじゃあ安心だ。ご両親が来るまで校門で待つんだよ」

手を繋いで校門まで一緒に歩きます。
この高校でいちばん小さく幼い顔だちをした希さんとおじさんが連れ立って歩くさまは、まるで親子のようにも見えました。


希さんが帰ったあと、警備員は再び見回りを続けました。
その後は特に異常は見られなかったのですが、夜から早朝になりかけた時、声が聞こえてきたのです。

「ゆ・る・せ・な・い」
「誰だッ」
「の・ぞ・み・に・ふ・れ・た。ゆ・る・さ・な・い」
「姿を現せ!」

突然の声に強い口調で怒鳴りますと、かすれた声は答えました。

「わ・た・し・は・こ・こ・よ」

声は上の方からします。日が昇ってきたことも手伝い、ある程度は景色が見えますから光を使わず肉眼で真上を見上げますと。
何と天井を四つん這いではりついている包帯で身を固めた女がいるではありませんか。怪我人ではありません。これこそ、希さんの言っていたミイラ女です。
女はまるでヤモリのように天井から壁をつたって床に降り立ちます。四つん這いで、腰を浮かせる姿はまるで狩りをする直前の肉食獣のようです。おじさんも警棒を構え、攻撃の用意をします。するとミイラは床を蹴って、警備員にパッと襲い掛かりました。

「ぎゃああああああああっ」

おじさんの絶叫が木霊したかと思うと、そのあとは校内は静寂が広がるばかりでした。



登校時刻。校門前では大変な騒ぎでした。というのも、包帯で何重にも身体を縛られた警備員が発見されたからです。先生方は協力して彼の拘束を解こうとしますが、中々うまくいきません。朝の挨拶もそっちのけで包帯と格闘していますと、ひとりの生徒が登校してきました。

「おっす、先生」
「何がおっすだ。とっくに登校時間は過ぎてるぞ」

担任の先生は腕組みをしてむっとします。
遅れてきた生徒、名前は金城さんといいます。一応、制服は着ているのですが、髪を金色に染めてポニーテールにし、耳には赤いピアスをしています。
遅刻してきたのにヘラヘラと笑い、反省の色は全くありません。

「いいじゃんそれぐらい。小さいことを気にしていては人生の荒波はわたっていけませんぞ」
「何を言うか、生徒の分際で。そして金城、毎度のことだが、お前の髪は校則違反だから黒に染め直してこい」
「金城は金髪って意味があるの。黒にしたら黒城になっちゃうじゃん」
「つまらん冗談はいいから早くいけ」
「もう時間無いし。見逃してよ」
「ダメに決まっているだろうか。さっさといけ」
「そんなことを言わずに、そこを何とか」
「認めんぞ。それからスカート丈、膝上じゃないか。ちゃんと長くしろ」
「この方があたしは好きだし、別にいいじゃん」
「お前を許したら校内の風紀が乱れる」
「硬いことばかり言ってるからいまだに先生は独身なんだよ〜」
「それは関係ないっ」

言い合いを続けている担任と金城さんでしたが、ここで金城さんは警備員の哀れな姿が目に入りました。そして先生の静止も聞かず彼に近づき、膝を曲げて目線を合わせるとニカッと笑います。

「おじさん似合ってんじゃん。学芸会の出し物の練習?」
「違うよ。ミイラ女にやられたんだ」
「へ、何それ。まあ、困ってるんなら助けてあげるよ」

金城さんは包帯に手刀を入れますと、たったの一発で包帯はすべて切られ、警備員は自由を手にしました。

「助かったよ。ありがとう」
「お礼なんて良いって。あたしは気まぐれでやったんだし。それで、ミイラ女?について詳しく聞かせてよ、面白そうだし」

制服の胸ポケットから棒付きキャンディーを取り出しペロペロ舐めながら訊ねる金城さんを見ていた担任は、怒りに火が付きました。

「いい加減にしろ金城。ここをどこだと思ってるんだ」
「学校だけど」
「わかっているなら規律を守らんか」
「じゃあ、交換条件しようよ。あたしがこの学校に巣食うミイラ女をつかまえて事件を解決するから、先生はあたしの格好をを見逃してくれない?」
「何を言い出すんだお前は」
「でも、このまま放っておいたらヤバいよ。犠牲者どんどん出ちゃうだろうし、最悪休校なんてことになったら先生たちも困るっしょ?」

先生は眉間のしわを掴んでうなりました。
彼女の言う通り、このままにしておくわけにはいきません。

「……わかった」
「よっしゃ! 先生優しい〜」
「二日与える。その間に事件を解決しろ。できなければ規律を守るか、でなければ退学だ」
「りょーかいっ!」

わざとらしく敬礼をして学校に入っていく金城さんを見て、先生はため息をつくほかありませんでした。


昼休み。金城さんは大の仲良しの希さんと机を合わせてお弁当を食べます。
しかし、今日の希さんは元気がありません。

「どうした、のぞみん。元気ないぞー?」
「金城ちゃん、実は……」

わけを話しますと金城さんは目をまん丸にして。

「ええええーっ!? のぞみんもミイラ女にビビらせられたの!?」
「うん。すっごく怖かった」
「のぞみんをビビらせるって聞きゃあ、あたしが黙ってるわけにはいかないね。
安心しな。アンタの仇はこの金城がちゃんと取ってやるからさ!」

腕まくりをして自分の腕をポンと叩く金城さんに、希さんはようやく笑顔になりました。

ホームルームが終わり、下校時間になりました。すると金城さんは椅子から立ち上がり、明るい声で言いました。

「よっしゃ、じゃあ行きますか」
「どこに?」
「図書館だよ。のぞみんも行く?」
「うんっ」

図書館についた金城さんは本ではなく、新聞をいくつか手に取り、机において読み始めます。希さんは隣に座って不思議そうに訊ねました。

「どうして新聞なの?」
「ちょいと調べるものがありまして。多分遅くなるだろうから、のぞみんは先に帰っていいよ」
「私は金城ちゃんと一緒に帰りたい」
「こいつ、可愛いやつだな。うりゃうりゃ〜!」

希さんに抱き着き、優しく彼女の頭をぐりぐりします。しばらく喜んでいた希さんでしたが、周囲の人の視線に気づき、おずおずと告げました。

「図書館だから静かにしないと」
「おっ、さすがのぞみん。真面目、気が利くねえ」

希さんを自分の膝に座らせ、一緒に新聞記事を読む金城さんでしたが、時折、左右を射るような視線で睨みます。

「どうかしたの?」
「いや、何でもないよ」
「だと、いいんだけど……」

調べ物が終わって、希さんと金城さんは手を繋いで帰ります。
性格も背丈も胸の大きさも全てが正反対ですけれど、彼女たちはまるで姉妹のように仲が良いのです。途中までは同じ道なのですが、横断歩道を渡ったら、ふたりは別れなければなりません。家が違う方向にあるからです。信号を待っていますと、金城さんは穏やかに微笑みました。

「今日は楽しかったよ。のぞみんにも会えたし、図書館にも行けたし。
まあ、授業はつまらなかったけど」
「だから授業中、寝てたんだね。ダメだよ、ちゃんと聞かないと」
「それを言われると耳が痛いなあ。じゃ、また明日!」
「うん、また明日ね!」

手を振って別れた後、金城さんは歩きながら真剣な目つきになりました。
彼女はある覚悟を秘めていたのです。


「やっぱり夜の学校ってのは迫力あるねえ」

ぶるぶるっと身体を震わせながら、ひとりの女の子が夜の校舎を歩いています。
黄金色に輝く金髪に赤いピアスをした少女は金城さんです。彼女は包帯女の真偽を確かめるべく、夜の学校に来たのです。今日は警備員のおじさんも休んでいますので、本当にひとりです。希さんが歩いていた道を同じように歩きますと、遠くの方から声が聞こえてきました。

「あ・な・た・も・いっしょに・あ・そ・び・ましょ」
光を当てますと、ぼんやりと白い影が見えました。

「出たね。長い間スタンバってご苦労様」
「の・ぞ・み・ちゃん・は・どこ?」
「のぞみんなら家にいるよ。今日はあたしと遊ぶんだ。ちょっと痛い遊びだけどね」

金城さんは白い影に突進しますと、いきなり前蹴りを見舞いました。
蹴りを食らったミイラはうめき声をあげて腹を押えます。

「干物なのに痛覚があるとか面白すぎるんだけど」

けらけらと笑いながら、金城さんは手刀を打ち込んでいきます。
その強烈なこと。ミイラの包帯がピリピリと破れる音が聞こえます。

「暗くてよく見えないから電気でもつけるとしますか」

壁にあるスイッチを押しますと、通路の電気がつき、包帯女の全貌が明らかになりました。自慢の包帯はところどころが破かれ、黒いシャツが見えています。

「あんたの変装は警備員のおじさんやのぞみんはビビらせても、私を怖がらせるには百年早いね」
「四千年前のミイラを馬鹿にした罰を受けるがいいっ」
「ふーん。片言喋りはやめたんだ。キャラが安定していないんだね」

おどろおどろしい声で金城さんを脅すミイラですが、彼女は平然としています。
包帯のおばけは自分の身体をパンパンと叩きます。すると包帯から白い粉が飛び散りました。

「ウッ……」

突然、金城さんが両膝をついて倒れこみました。

「私の魔の粉を吸い込んだものは永遠の夢の中をさまようのさ」

ゆっくりと歩み寄り、自分の包帯の端を握り締めました。

「お前を縛っておけば、希ちゃんは私にますます恐怖するだろうね。
あの子の青ざめた姿が目に浮かぶよ」

金城さんは瞼を閉じ、静かな寝息を立てています。ミイラは少女に馬乗りになりますと、顔を近づけました。

「お前は整った顔をしているから、縛る前に味見といこうかな」

少女の柔らかな唇に自分の乾いた唇を重ね合わせようとした、その時です。
パチリと金城さんの目が覚め、両腕で包帯女の両側頭部を掴むなり、頭突きを見舞いました。


「ぎゃあっ」

額から流血し少女から離れたミイラ女は疑問符を浮かべます。

「なぜだ。どうして私の魔の粉を吸って蘇ることができる……!?」
「御大層な名前を付けちゃって。今の粉はただの眠り薬だろ? あたしにはあんたのネタは通用しないんだよ。包帯を全身に巻き付け化け物を装うなんて、古臭い手だと思うんだよね。せめて骸骨くらいに化けるべきだったんじゃない?」
「黙れぇ!」

ミイラが掌底を打ちますが、金城さんは彼女の手首を掴みます。その掌には吸盤のようなものがついていました。

「コレを使ってまるでタコみたいに天井とかに張り付いていたんだ〜。足にも付けていたんだろ。あたしのダチを悲しませた礼は高くつくよ」

優しそうな笑顔から一変し、鋭い目で睨む金城さんに怪人は怯え、その手を払って逃走しようとします。ですが、金城さんはそれを追いかけ、胴体に手をまわして動きを封じます。そして、小声でささやきました。

「あんた、本当は干物なんかじゃない。ただの人間さ。それも、ここに来る前にいくつか事件を起こしていたね。一つは鮮血の男爵事件、もう一つは生卵男事件。どっちもローカルな事件だったから探すの大変だったけど、そのおかげであんたの行動を先読みすることができた」
「……」
「世界史の先生のところに飾られているミイラの複製と夜になったら入れ替わって、いろいろな生徒を驚かせようとしたんだろ。あんたの悪趣味はあたしにゃ通用しないんだよっ」
「ここまで私を愚弄したものは初めてだ。ミイラの本当の恐ろしさを教えてやろうかね」

肘鉄で金城さんの拘束から脱出しますと、彼女の側頭部を蹴ります。しかし、金城さんは腕を使って巧みに急所を守ります。

「干物にしては結構いい蹴りをするじゃん」

プッと口に含んだ棒付きキャンディーを勢いよく吐き出し、目潰しをして動きが怯んだところで、ミイラの身体を高々と抱え上げ、その背骨を立てた膝に思いきり打ち付けました。シュミット式バックブリーカーです。怪人は悶絶し、七転八倒していましたが、やがて体を痙攣させ、最後にはがっくりと動かなくなりました。金城さんは拳を鳴らし、爽やかに笑いました。

「毎日鍛えているあたしに喧嘩で挑むのは分が悪いって。さてと、ミイラはミイラらしく、棺の中に入ってもらいましょーか」

あらかじめ持ってきた縄で怪人の手足を縛り、スマホで警察へ連絡しました。
警察が到着したところで、金城さんはミイラの顔に手をかけました。

「のぞみんを泣かせた干物ちゃんの顔を拝見させてもらうよ」

包帯の仮面が外れますと、中から現れたのはざんばら黒髪の若い女でした。
警察に身柄を捕らえられたところで、ようやく女の目が覚めました。
その視界に映るのは金城さんの姿です。

「あんたって本当にバカだね。なんのためにこんなことをするんだか」

すると女は笑い声をあげて舌舐めずりをしました。

「私は可愛い女の子が好きでたまらないのよ。でも、ここまでの完敗ははじめて。あなたのお名前は、可愛い金髪さん」
「金城だよ。娑婆の土産に覚えておきな」
「金城さんね。ウフフフフ、いつの日かあなたを心底怯えさせて、その唇を奪ってあげるわ。またひとつ、楽しみができたみたいねえ」
「寝言は寝てからいいな。あんたは一生あたしには勝てないよ。それと、もうのぞみんに手を出すんじゃないぞ」

悪魔のような形相の女を軽く小突いて、踵を返します。それから大きく伸びをして。

「今回はかなり骨が折れたよ。先生が来たら約束は守ってもらって、今日は一日休むとしようかな」

この一件から金城さんと若い女の果てしなき因縁がはじまるのでした。

おわり。

Re: 生卵男 完結! ( No.14 )
日時: 2020/08/11 22:33
名前: モンブラン博士 (ID: daUscfqD)

ウニ男


「海に行こうよ!」

夏休みがはじまって何日か経った頃、金城さんの家に遊びに来ていた希さんが、大きな声をあげました。その言葉に対戦ゲームをやめて、金城さんは訊ねます。

「どうしたの、急に」
「金城ちゃんは暑いと思わない?」
「まあ、今日も三十五度くらいになってはいるけどね」
「でしょでしょ。こういう時は冷たーい海に入って遊ぼうよ!」
「うーん……」
「ねえ、行こうよ!」
「わかったよ。じゃあ、明日、海に行こうか」
「わーい!」

飛び上がって喜ぶ希さんでしたが、金城さんは背中に冷たい汗をかきました。

翌日。海水浴場に来た金城さんと希さんは、海を見渡し感嘆の声を上げます。

「みんな考えていることは同じみたいだねー。大人気じゃん」
「じゃあ、着替えてこようか」
「あー……のぞみんは着替えてきて。私は待ってるからさ」
「そう?」

小首を傾げる希さんに金城さんは小さく手をあげ、パスの意思表示をします。
不思議に思った希さんでしたが、今は深く聞かないことにして着替えることにしました。

数分後。青いビキニに着替えて現れた希さんに金城さんは目を輝かせました。

「うおおーっ、可愛いよのぞみん! へそ出しとは大胆だねえ」
「ありがとう」
「ハグしたげる!」
「苦しいよぉ」
「ごめんごめん」

希さんの水着姿を堪能した金城さんはアイスクリーム売り場に向かい、バニラ味のソフトクリームを購入し、浜辺に戻りました。ビーチパラソルの下では希さんが一生懸命浮き輪を膨らませています。

「のぞみん、もしかして泳げないの?」

きししといたずらっぽく笑いますと、希さんはぷうっと頬を膨らませて。

「泳げなくても浮き輪が助けてくれるからいいもんっ」
「私もその方がいいと思うよ。つーわけで、泳いでおいで」
「うん!」

ぷかぷかと浮き輪で浮かびながら海水浴を楽しんでいる姿を眺め、金城さんはうっとりとした気分になりました。

「やっぱのぞみん、小動物みたいで可愛すぎるわ。何時間でも見てられる」

時折、ソフトクリームを舐めますと香ばしいバニラの香りと甘さが口いっぱいに広がり、更なる幸せを呼び込みます。

「久々に来たけど、海も悪くないのかも」
「彼女」

満悦していた金城さんは突然の男の声に気分を害されました。
横目で一瞥し、口を開きます。

「彼女って私のこと?」
「そうに決まってんじゃん。俺と一緒に泳がない?」
「んー、私、今はそんな気分じゃないんだよねー」
「いいじゃんいいじゃん」

やんわりと断る金城さんに男はなおも迫ります。

「もしかしてナンパ? 勇気あるねー」
「海に来た目的って言ったら男はみんなそうっしょ」
「堂々と言い切るのは凄いけど、私はその気はないんだ。また今度!」
「泳ごうぜ。な」

押しても引いても聞かない男に内心イライラした金城さんは愛想笑いで手を差し伸べました。握手と勘違いした男がその手を掴みますと、彼女は彼の人差し指と中指を掴み、逆方向に極めてしまいました。

「ぎゃああああッ」

半裸の男は絶叫し、その場にへたり込んでしまいます。
金城さんが手を離しますと、男はそそくさと退散していきました。

「ふう。これでやっと観察に集中できる……」
「たくさん泳いで疲れちゃった」
「そっか」

泳ぎ終わりブルーシートで寝転がった希さんの頭をポンポンと叩き、嘆息しました。先ほどの男が邪魔さえしなければ、もう少し長く希さんの泳ぐ姿を見ることができたのにと口の中で不満を転がしていますと、眠っていたはずの希さんが疑問を口にしました。

「金城ちゃんは海が嫌いなの?」
「嫌いってわけじゃないけど、泳ぐのは苦手なんだよね。
人に言ったら笑っちゃうような情けない理由なんだけど」
「私、笑わないよ」
「え……」
「たとえどんな理由であっても、私は金城ちゃんのこと馬鹿にしたりしないよ」
「そっか。嬉しい」

互いに海を眺め、言葉だけのやりとりをする仲良しふたり組です。
彼女たちには顔を合わせずとも心は通じ合っていました。
そっと目を閉じ、金城さんはぽつりと話し始めます。

「私、小さい時にホラー映画を見てさ。ホラ、あのでっかい鮫が海に現れるやつ。
アレ見て、海に行ったらあんな化け物が現れるかもって想像したら怖くなっちゃって、それっきり泳がなくなったんだよね。ごめんね、気ぃ使わせちゃって」
「私はいつも通りだから、大丈夫だよ」
「ありがとね、のぞみん」
「どういたしまして。って、私は何もしていないんだけどね」

ここでふたりは顔を見合わせ、思いっきり笑いました。
さんざん笑ってお腹が疲れたところで、金城さんが腕時計を見ますと時刻はお昼過ぎでした。

「そろそろ、ランチにしようか」

そう言って金城さんが持ってきた包みを開けますと、中にはサンドイッチやおにぎり、唐揚げにポテトサラダなど料理が山ほど入っていました。

「のぞみん、たくさん泳いだしお腹すいたっしょ? じゃんじゃん食べて」

どの料理も希さんが美味しそうに食べるので金城さんは作ってきて良かったと心から思いました。自分もおにぎりを頬張っていますと、遠くの方で何やら見知った人がいるのに気が付きました。目を凝らしてみますと、紫のビキニを着たスタイル抜群の女子で、浜辺を歩きながら色々なポーズをとっています。
希さんの肩をつついて、金城さんは小声で言いました。

「アレってモデルの絵里香だよね」
「うん。ほんとだ」
「スタイル抜群、羨ましいなあ」
「金城ちゃんだって負けてないよ」
「んもう、のぞみんは口がうまいんだから」

観察していますと絵里香さんは海の中へ入りました。どうやら撮影は終了し、今度はプライベートで泳ぐみたいなのです。絵里香さんはバタフライなどをしてゆうゆうと泳いでいましたが、突然、その姿が海中に消えました。

「素潜りかな」
「どうだろう」

話し合っていますと、海の中から白く長い腕が飛び出てきました。絵里香さんの腕です。大きく手を振っています。けれど様子が変なのです。喜んでいる感じではなく、苦しいような雰囲気です。そして、その腕は海中へ消えていきました。

「ヤバいッ」

異変に素早く気づいた金城さんは希さんに待つように言い、自分は浜辺に駆け出します。到着した時には絵里香さんは浜辺に打ち上げられ、撮影チームはパニックに陥っていました。人の波をかき分け静止を振り切り、その場で人工呼吸を開始します。対応が早かったこともあり、絵里香さんは心音も脈も正常に戻りました。額の汗を拭って、金城さんはその場を離れようとします。
すると、絵里香さんが目を覚ましました。

「おっ、目が覚めたんだね。マジで良かった」
「あなたは?」
「絵里香のファンってところかな。それじゃ」

軽く挨拶して立ち去り、希さんと一緒に帰宅します。
その道すがら、金城さんはこんなことを言いました。

「なんかへんなんだよな」
「へんってどこが?」
「絵里香は足をつったわけでもないし、毒にやられた様子もなかった。
普通は海で溺れたら、浜辺まで打ち上げられるはずがないんだよ。
だのに、絵里香は浜辺まで来た。呼吸が止まっていたから自力だとは思えない。なんだか嫌〜な予感がするんだよな」



「金城ちゃん、これ見て」
「やっぱり……」

数日後、勢いよく部屋に入ってきた希さんに新聞記事を突き付けられ、金城さんはため息を吐きました。そこには大きな見出しで海水浴場の事故が多発していることが書かれていました。
絵里香さんも含め、これまでの四人も犠牲者が出ています。

「金城ちゃん、これって事故じゃないよね」
「わかってきたじゃん。これは事件だよ。間違いなく」
「記事によると女の人ばかりが犠牲になっているんだって。全員命は無事みたいだけど。それから、証言によるとウニのおばけが出たって」
「ウニのおばけ!?」
「おっきなウニのおばけに針で刺されたら動けなくなったんだって」
「ひょっとするとあの海にはネッシーもいるかもしれないな……」
「冗談はいいから! 助けてあげようよお」
「今回、事件発生現場が海なんだよね」

口にキャンディーを含んで、金城さんは思案します。
このまま事故が続けばきっと海水浴場は閉鎖になるでしょう。
そうなれば希さんと海を楽しむこともできなくなるかもしれません。
泳ぐのは好きではありませんが、それ以上に希さんと楽しいひと時が過ごすことができなくなることのほうが、彼女にとってはつらいことでした。
ガリガリと飴をかみ砕き、胸をどんと叩いて宣言します。

「この金城に任せなさい! 必ず事件を解決してみせるから」
「ありがとう!」

きらきら輝くおめめで見つめられ、金城さんは苦笑いしました。

「私ってほんと、のぞみんに弱いなあ……」



金城さんは船の上にいました。酸素ボンベを背中にしょって、水中マスクと水中メガネをつけて、どぶんと海の中へ潜っていきました。何しろ敵は海にいるので、生身で挑むのは分が悪いのです。泳ぐのは苦手な金城さんですが、希さんや被害を受けた少女たちのためにも引きさがるわけにはいかないのでした。五メートルほど潜った時、足が急に重くなる感覚を覚えました。まるで何かに引っ張られているかのようです。

「海藻でもかかったのかな?」

下を見ると、海藻ではなく化け物が彼女の足を掴んでいたのです。まん丸の頭に人の身体をして、全身には無数のとげを生やしています。これこそがウニの化け物に違いありません。金城さんは蹴りを浴びせてウニの怪物から逃れようとしますが、水中では泡が上がるばかりでウニ男は平然としています。海水が打撃の威力を著しく弱めているのです。怪人は金城さんの足から胴へ、胴から肩へとよじ登っていき、真正面で向き合う格好となりました。金城さんはいつものように笑顔で挨拶をします。

「あんたがウニちゃんか。人に迷惑をかける悪いウニは私が食べちゃうぞ」
「……」

怪人は両肩を両手で掴みつつ、両足を少女の胴に回して固定し、動きを封じます。
そしてトゲトゲのついた頭で頭突きを何度も打ち込んでいきます。金城さんのウエットスーツには幾度も棘が刺さり、激痛を与えていきます。

「やるなあ、こいつ」

金城さんは腕を伸ばし、怪人の首を絞め、体勢を崩したところで馬乗りになりました。首を絞められる上に金城さんの体重が合わさることで化け物ウニはどんどん海中に沈んでいきます。敵の身体を砂地に打ち付け勝利を確信した少女は海面へ上昇していき、顔を出しました。船に引き上げてもらい、スーツを脱いで体力の回復に努めていますと、船長が声を張り上げました。

「化け物が出たぞお」

急いでデッキに戻りますと、ウニの怪人が船に這い上がってくるところでした。慌てて蹴りを見舞いますが怪人には通じず、遂には船に乗りあがってきたのです。大きく手を広げる異形のものに怯える船長ですが、金城さんは冷静です。

「安心してよ。こいつは化け物じゃない。人間がスーツを着て化けているんだ」
「……」
「全身のトゲの正体は麻酔針で、そいつで女の子を刺して眠らせていたんだろ? 反論しないところを見るとどうやら図星のようだねえ」
「ウガーッ」

怪物は吠え、少女に挑みますが棘のない喉元を貫手で攻撃されてダウン。
動かなくなった怪人に船長が恐る恐る歩み寄り、その頭部をはぎ取りますと、中からは緑に髪を染めた若い女性が出てきました。金城さんはあぐらをかいて自分の顎を触り。

「今度は緑かい。あんたも飽きない人だねえ。どうせ犯行動機は眠らせた女の子達にキスをしたかったんだろう。でも、最初の現場に私がいたのが不運だったね」

すると、気絶から回復した女性が上半身を起こして不敵な笑みを浮かべました。

「あなたに邪魔をされたのは二回目ね。あなたの推理は見事よ。犯行の動機も正解。前にも言ったけれど、私は可愛い女の子が大好きなの。特に怯え切った顔を見るのが生きがいなのよ」
「アンタの感覚は私には理解できないよ」
「でしょうね。自覚はしているわ」
「ま、警察は呼んでおいたから観念しな」
「今回は降参するわよ。でも私は自分の趣味をやめるつもりはないわ」
「本当に才能の無駄遣いだと思うよ。この技術や執念をもっと別の方向に生かしていれば、ひょっとすると偉人になれたかもしれないのに」
「お世辞がお上手なこと。でも私は変わらないわ」
「それならそれでいいけど、あんたの取り調べは男の警官にするようにって頼んどく」

途端、女の顔が青くなりました。

「待ちなさい。それだけは、それだけはやめてちょうだい」
「残念だけど諦めるんだね。アンタにはたっぷり反省してもらわないと」
「いやよぉ」

被害者を最小限度に抑え、金城さんはウニの怪物に勝利しました。
それにしても謎の女性はどうしてこれほどまでに女子に執着するのでしょうか。
彼女の素性が明らかになる日も近いのかもしれません。


おわり。

Re: 生卵男 完結! ( No.15 )
日時: 2020/08/11 22:40
名前: モンブラン博士 (ID: daUscfqD)

これまで幾度となく、様々な街に現れては女の子を驚かせる謎の女。
ある時は血染めの男爵、またある時は生卵男に包帯男、いくつもの怪物の顔を持つ彼女は、どうしてそのようなことを行うのでしょうか。それには、彼女の過去に秘密があるかもしれません。
みゆきさんは、若い頃に恋をしました。けれど、それは決して叶わぬ恋だったのです。
三角関係になり、愛する人から身を引いた彼女は、段々と歪んでいきました。強すぎる愛は拒絶すると怨みにかわってしまうのです。彼女もまた、そうでした。

「世界中の女の子を恐怖に震わせて、楽しませる。これが私の生きがい!」

そのように思い行動し続けるうちに、いつしか本気でそのように思うようになり、彼女は罪を重ね続けました。警官に捕まっても反省の色など見せません。
何度も脱獄するだけの力量がありましたし、心の底から生きがいと思っているのですから止める理由がないのです。
謎の女性はこれからも女の子達を驚かせ続けるでしょう。
彼女の愛が本当の意味で救われる時がくるまで。


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