複雑・ファジー小説
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- 聖女の呻吟【ジャンヌ・ダルク列聖百周年記念】
- 日時: 2020/07/01 21:12
- 名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
どうも、カキコで創作を投稿させてもらっているマルキ・ド・サドです(*^_^*)
さて、この度はどうしても書きたかった新作を投稿しようと思います。
2020年と言えば、ジャンヌ・ダルクの列聖から、ちょうど100年が経った年でもあるのです。
その記念として彼女にまつわるミステリー小説を書きます。
※注意
悪口、荒らし、嫌み、不正な工作などは絶対にやめて下さい。
私は小説が不器用なので全く恐くないと思いますがこの文を見て不快さを感じた場合はすぐに戻るをクリックする事をお勧めします。
物語のあらすじ
・・・・・・1920年5月16日。ジャンヌ・ダルクが教皇ベネディクトゥス15世によりカトリック教会の聖人に列聖される・・・・・・
パリに事務所を構える私立探偵の『エメリーヌ・ド・クレイアンクール』と助手の『アガサ・クリスティー』。
2人は久々の休暇に羽を休めている最中、ある依頼人が訪れ、奇怪な仕事が舞い込む。
それは数世紀前に火刑により処刑されたジャンヌ・ダルクの本当の死の真相を突き止めてほしいと言う内容だった。
予想だにしていなかった依頼に困惑するエメリーヌであったが、依頼人の想いに心を動かされ頼みを承諾する。
数世紀前に埋もれた事件の真相を探るため、アガサと共にフランス西部に位置する湿地帯の孤島『ヴァロワ島』へと向かう。
- Re: 聖女の呻吟【ジャンヌ・ダルク列聖百周年記念】 ( No.14 )
- 日時: 2022/01/11 19:07
- 名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
集落に戻ったエメリーヌとアガサはジョルジュの再び酒場を訪れ、部屋を借りる。教会での捜査以降、その日は外出する事はなく、事件に関するプロファイリングを優先した。時は川のように流れ、暗雲が晴れない孤島は夜の暗闇に覆われる。
今日、2日目の仕事を終えた2人は食事を済ませ、暗い寝室に閉じこもっていた。夜も遅く、幼い体で疲れ切っていたアガサは先に寝床に就く。エメリーヌはまだベッドに横たわらず、机に腰かけたまま沈黙を保ち、何か深い考え事でもしているような様子だ。事実、彼女はある事が頭から離れずにいた。
(教会で見つけた書物に触れた途端に見えた幻影は何だったのだろうか?映っていた2人の女性は一体、何者だったのでしょう?身なりからして、どう見てもこの時代を生きる人間には見えなかった・・・・・・何か深刻な会話をしていたが、上手く聞き取れなかった。私が捜査している事件と関係があるのか?妙な胸騒ぎが治まらない。この島は奇妙な事があまりにも多過ぎる)
いくら、複雑なピースを合わせても結論には至らず、疲労が溜まるばかりでエメリーヌにも睡魔が襲い掛かる。彼女はやる気を喪失した溜め息を吐き出すが、席を立たなかった。机に置いていたポーチから1枚の写真を取り出し、切ない顔で眺める。
「アルテュール・・・・・・」
写真に写った人物の名を呟き、泣き顔を繕った時
「エメリーヌさん・・・・・・」
ふいに背後から声をかけられ、我に返ったエメリーヌは一瞬、焦りを生じさせた。振り返るとショボショボした目を擦るアガサが立っている。
「アガサ。どうかしましたか?」
「いえ、別に。何故か、目が覚めてしまいまして・・・・・・エメリーヌさんは寝ないんですか?」
「私も今、ベッドへ向かおうとしていたところです。明日のためにも体力を補わなければいけませんからね」
「あの・・・・・・」
すると、アガサは前々から胸に溜め込んでいた疑問を投げかける。
「いつも気になっていたんですが、エメリーヌさんはよく1人で写真を眺めている事がありますよね?何を見ているんですか?」
「写真?これの事ですか?」
エメリーヌは隠そうとせず、素直に大事な写真を助手に手渡す。アガサは映っている人や景色を見て、大した反応は示さないで、ただ質問だけをした。
「エメリーヌさんの隣にいるこの男性は誰ですか?」
「彼は"アルテュール・ル・メヴェル"。私の最初の助手であり、恋人です」
「私が最初の助手じゃなかったんだ。しかも、その人がエメリーヌさんの恋人だったなんて・・・・・・」
意外な事実を知り、アガサは少し真剣にながら、更に質問を重ねる。
「でも、私はこの人には出会った事がありません。アルテュールさんは今どこに?」
すると、エメリーヌは落ち込んだ暗い面持ちを浮かべ
「彼は・・・・・・行方不明となりました・・・・・・」
「行方不明・・・・・・!?」
「昨年の事です。私に仕事の内容も告げぬまま、探偵事務所を出ていった切り、消息を絶って・・・・・・」
エメリーヌは悩みを1人で抱え込もうとはせず、自身に降りかかった悲しい過去を正直に打ち明けた。
「彼の背中を最後に見たあの日から、私はずっと彼の帰りを待っているのです。"必ず帰って来る"・・・・・・そう去り際に言い残した言葉を信じて・・・・・・」
「詮索すべきではない事を聞いてしまいましたね。ごめんなさい・・・・・・」
アガサのションボリとした素直な謝罪に、エメリーヌは暗黒が晴れたような笑みを浮かべた。
「謝る必要なんて、ありませんよ。逆にあなたに悩みを打ち明けた事で、心が幾分、楽になりました。アガサ。あなたは、私の助手になったばかりの頃の時より、モラルを弁えられるようになって、大きく成長していますね」
「えへへ・・・・・・」
少女らしく、可愛く照れるアガサ。エメリーヌも愉快な気分を取り戻し、写真をしまって席を立った。蝋燭の明かりを吐息で消し、ベッドに向かう。薄い布団を胸元までかけると、2人は互いに就寝の挨拶を交わし、深い眠りにつく。
依頼を受けて3日目の朝を迎える。起床したエメリーヌとアガサは、服を着替え、身なりを整える。仕事に必要な準備を済ませると、借り部屋を出て、下階へと降り立った。
時刻はまだ、早朝であるが、ジョルジュが既に店の経営に取り組んでいた。彼の酒場には、相変わらずみすぼらしい格好をした船乗り達が集い、見た目の悪い朝食を頬張る。陰気臭い雰囲気は、もう見慣れた。
「おお。あんた達か」
ジョルジュは2人の存在を視野に入れると、頷くように一礼した。親し気な関わり合いは求めようとせず、やるべき仕事に専念する。
「おはようございます」
エメリーヌは軽い笑みで挨拶を送り、カウンター席に座る。アガサも彼女の隣に並んだ。
「調査は順調か?事件はなるべく、ゆっくり解決してくれよ?金貨をくれる気前のいい客がいなくなるのは嫌だからな」
ジョルジュは真面目らしさの欠片もないジョークを零し、苦笑した。エメリーヌは、その意外な一面に目を丸くするも、やがて破顔し、朝食を注文する。
「そう言えば、俺もあんた達に大事な用があったんだ」
「大事な用?どのようなご用件でしょうか?」
聞き捨てならない発言にエメリーヌの表情が真剣になる。
「俺も正直、驚いているんだ。ついさっき、妹のレイがこの店にやって来てな。これを渡してほしいって頼まれたんだよ」
そう言って、ジョルジュは2つの洒落た封筒をカウンターに置く。エメリーヌはその片方を手に取り、じっくりと眺める。アガサも一応は目を向けるも、大して関心を示さず、空腹を満たす事に夢中だった。
「・・・・・・これは?」
「ブランシャール家からの招待状だ。シャルロッテの御令嬢様があんたらに直接、お会いしたいって事だ」
思わぬ人物からの誘いに驚愕し、アガサはむせて噛んでいた途中の海老を吐き出し、汚らしく咳き込む。エメリーヌは動揺せず、恐ろしいくらいに凛としていた。
「この島の統治者が・・・・・・しかし、何故、急に私達と面会など望んだのでしょう?」
思った疑問を独り言にするが
「さあな。よそ者であり、風変わりな事件を調査しているあんた達に興味でも湧いたんじゃないのか?正直、羨ましい気持ちだよ。この島に住むほとんどの人間が姿すら見た事もない謎多きお嬢様の姿を拝見できるんだからな。この酒場に戻ったら、どんな人物だったかを詳しく聞かせてくれないか?」
- Re: 聖女の呻吟【ジャンヌ・ダルク列聖百周年記念】 ( No.15 )
- 日時: 2022/01/24 21:46
- 名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
エメリーヌとアガサは朝食を食べ終えると、早速、シャルロッテの屋敷へと足を運ぶ。屋敷へと続く道は集落から北の方角と伸びた1本道だけ。そこを何分か掛けて歩き、やがて、行き着いたのは森への入り口だった。
森は人が立ち入れないよう鉄製のバリケードが築き上げられていた。 高く聳えた金属の柵は、左右に果てしなく続いており、見事なほど、森林とそうじゃない外側を区切っている。通路の先には鉄格子に酷似した門が閉じており、その手前に見張りが1人、修復を施した形跡がある斧を手に堂々と待ち構えていた。
その人物は2人にとって、見覚えのある男だった。向こうも、こちらの存在を認識した途端、会いたくなかったと言わんばかりに苦い顔をする。まるで、思い出したくもない因縁の記憶を無理やり、呼び覚まされたかのように。
「レイの奴が、人をよこすと言っていたが・・・・・・あんたらだったのか・・・・・・」
見張りの正体は、ヴァロワ教会でエメリーヌに痛手と屈辱を負わされたアルノだった。昨日までの性格とは異なり、暴虐で先手を打つような好戦的な面影はなく、沈着し切っている。
「昨日は、ご迷惑をおかけしました。痛みは、もう癒えましたか?」
「ああ、今はもう、何ともない・・・・・・(うるせぇ・・・・・・)」
アルノは語尾の暴言を聞こえないトーンで呟き、一旦は武装を解いた。代わりに、腰にかけてあった錆びた鍵を鍵穴に差し込み、門を開く。
「屋敷まで案内してやる。ついて来い。念のために忠告しておくが、離れるなよ?」
森林は常に太陽の日差しが当たらない環境なだけに、かなり薄気味悪かった。静寂とひんやりとした空気が漂う自然の中、他に誰かが潜んでいる気がして、妙に落ち着かない。まるで、木々の間の黒い隙間から、誰かが目を覗かせているような・・・・・・そんな、得体の知れない気配を生む。草むらには、薄緑色で花の蕾のような形をした丸々とした謎の果実が、いくつも自生していた。
「・・・・・・きゃあ!」
突如、葉を散らし、枝から飛び立ったカラスが不自然な鳴き声を上げながら、2人の頭上を横切った。驚いたアガサは自分の意思とは関係なく、エメリーヌにしがみつく。
「大丈夫ですよ。ただの鳥が飛び去っただけです」
探偵は冷静に、恐れ戦いた助手を安堵させる。
「気をつけろよ?ここはオバディア教徒の領分だ」
アルノはライフルをいつでも撃てる状態を維持しながら、先頭を歩く。
「オバディア教?確か、集落の酒場でも1人、見かけました。ヴァロワ島に住むオカルト集団だとか・・・・・・」
「そうだ。この島の疫病神であるシシスを崇拝する狂信者共だ。連中はこの森のどこかに潜んでいて、何やら怪しげな儀式に明け暮れてるらしい」
「儀式ですか・・・・・・?」
アルノは正面を向いたまま、歩みを止めず、会話を繋げる。
「まあ、詳しい事は知らんがな。連中は島民には危害を加えんが、非友好的な奴ばかりだ。信用できるものが陰湿な同胞と足元に生えた果実だけなんだろう」
「足元に生えた果実?ひょっとして、これらの事ですか?」
エメリーヌは少しばかり、周囲に視線をやって問いかける。
「ああ、これ全部が聖女の涙だ。この島特有の資源で食えば、どんな怪我や病気もたちまち治る奇跡の化身だよ。1つくらいなら、採っても構わねぇぞ」
「聖女の涙・・・・・・これが、そうなんだ・・・・・・」
初めて、果実の原型を目の当たりにしたアガサがボソッと独り言を呟く。
「それにしてもシャルロッテという当主はオバディア教が麓にいても、恐ろしくはないのでしょうか?」
エメリーヌの立て続けの質問にアルノは今まで通り、普通に答える。
「笑える話だが連中の方こそ、彼女の事を魔物だとか幽霊だとかと恐れてやがんだ。だから、屋敷に近づこうとはしねぇのさ」
「アルノさんはシャルロッテという人物にお会いした事は?」
「あんたの詮索好きには困ったもんだな。実は俺も会った事がねぇ。俺は彼女の元で雇われてる立場だが、仕事の内容は全部マリアという修道女の伝言を介して伝えられる。ヴァロワ教会の時もついさっき、森の入り口を見張ってたのも頼まれてるからだ」
「マリア・・・・・・ですか・・・・・・」
エメリーヌは名前だけ知っていて、実際には会った事がない人物の名前を口に出した。
しばらく足を働かせ、3人はようやくオバディア教徒の森を抜ける。その先に待っていたのは、高く聳える緑のない灰色の岩でできた山岳だった。複雑に曲がりくねった石造りの階段が、屋敷があるだろう頂上へと続いている。空を見上げると、暗雲が渦巻いているように見えた。
「残念だが、俺のガイドはここまでだ。この先は、あんたらだけで行ってくれ」
アルノは冷たい口調で役目を終えた事を告げる。その辺にある岩場に腰を下ろし、足元にライフルを置く。取り出した煙草を口にくわえ、錆びたライターで火をつけた。
「ここを登るんですか・・・・・・?」
苦労が容易に想像できる山道に、アガサは躊躇いの意を抱くが
「ええ。この階段を上って屋敷まで向かうのです。さあ、案内はされたのですから、早く行きますよ」
エメリーヌは助手を甘やかす事なく、前進を促す。しかし、そう言ったはずの彼女は、1段目の段差を踏む前にピタリと足を止めた。道を引き返すと、煙たい一服を味わうアルノの元へ寄る。
「・・・・・・んだよ?まだ、何か用があんのか?」
「ええ。大事な事を忘れてしまうところでした」
そう言って、金貨を2枚、アルノに差し出した。
「ここまで、私達を安全に導いてくれたくれたお礼です。先日、怪我を負わせてしまったお詫びの分も」
「・・・・・・マジかよ。俺が普段、やってる仕事よりも高い報酬じゃねえか。ホントに貰っていいのか?」
アルノは気前のいい謝礼に、歓喜した本性を苦笑という形で表した。相手の気に入った様子に、エメリーヌも破願する。
「後で返してくれと言っても、返さねえからな?」
「さあ、アガサ。行きましょう」
2人は高価な見返りを嬉しそうに眺める案内人を背に、山頂への階段を登り始める。
- Re: 聖女の呻吟【ジャンヌ・ダルク列聖百周年記念】 ( No.16 )
- 日時: 2022/02/01 20:55
- 名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
山岳の階段をようやく登り終えた末、屋敷の前に辿り着く。豪邸は小さな城と宮殿が合成されたような品のある構造をしていた。しかし、当分の間、建物に手入れが施されてないらしく、建築に使用された素材は黒ずみ、柱は絡まったつるの葉でで覆われ、劣化が目立つ古い外見と化している。玄関の手前の花壇に植えられた花も全てが萎れ、汚く変色し切っていた。
招待した立場故に、中には人がいるだろう。しかし、誰かがこちらを覗いていそうな窓からは灯りはともされておらず、眺めれば眺めるほど薄気味悪い。
「はあはあ・・・・・・!足が、痛い・・・・・・!」
体が幼く、体力が乏しいアガサは、何段もの段差を踏んだ事に両脚に痛感を覚え始めていた。今にも泣きだしそうな辛い表情で弱音を吐くが
「ようやく、辿り着きましたね。さあ、館の主人に会いに行きましょう」
疲れ切った助手とは裏腹に、エメリーヌの呼吸が乱れておらず、更に歩みを進めようと助手に促す。
「はあ・・・・・・はあ・・・・・・エメリーヌさんは、疲れないんですか?少し、休ませて下さい・・・・・・」
「招待者を待たせるのは、失礼に値します。中に入れば、私達は客間に案内されるはず。そこで休息を取りましょう」
エメリーヌは甘さを与えず、即座に行動に移る。
「ボーっとしていると、置いて行きますよ?」
「・・・・・・あ!ちょっと!待って下さい・・・・・・!」
2人は屋敷の手前にまで行くと、呼び鈴を鳴らす。すぐには反応はなく、十数秒の時間をおいてから、ゆっくりと階段を降りてくる足音が聞こえた。やがて、足音は内側の玄関で止まり、鍵を開錠すると、扉を大きく開ける。出迎えたのは、エメリーヌと同い年くらいの少女で訪問者を見て、軽く微笑んだ。
少女の容姿は美しく、綺麗に整えられ、つやのある白い髪は片目を覆い尽くしている。透き通るような美しい肌に、統治者が繕うに相応しい面持ち。服装も裕福な物で、首元に赤いスカーフをぶら下げ、白いスーツを着こなしていた。その見た目は、山岳のふもとに住む人間とは随分と差があり、見事なほどに身分の上下を区別している。
エメリーヌとアガサはモラルに従い、姿勢を正すと胸に手を当て一礼し、深く首を下げた。上級階級の人間と対峙すると、自然と緊張感が、込み上げてくる。
「あなた方が、この島にやって来た探偵ですか?」
少女は物静かで落ち着いた口調で、相手の素性を問いかける。
「左様でございます。私はエメリーヌ・ド・クレイアンクール。この子は、助手のアガサ・クリスティーです。この度は、私達をこのような素敵な館に招待して頂き、大変光栄でございます」
エメリーヌは、礼儀作法のなった姿勢を保ったまま、堅苦しい挨拶を送る。称賛が込められた礼に機嫌をよくしたのか、少女は、笑みの色をより濃くすると、
「ようこそ、おいで下さいました。私がこの館の主人であり、ヴァロワ島の統治者。"シャルロッテ・フランソワ・ジュネ・ド・ブランシャール"です。呼びづらいので、お好きなようにお呼び下さい。この山岳を通り、ここまで来るのは とても、苦労した事でしょう。客間にご案内しますので、そちらで休息をお取りになって下さい」
探偵と助手は、シャルロッテを先頭に館に足を踏み入れた。貴族が暮らすには相応しい場所ではあるが、富豪の住宅らしい使用人の姿はなく、メイドの列が出迎える事はなかった。
代わりに中世時代の甲冑や金細工の置物が飾られたロビーが3人を招待する。天井に巨大なシャンデリアがぶら下がるロビーのさらに先にある階段を登っていく。そこから、左右に扉が点在する長い廊下を歩き、そのうちの1つの部屋へ招かれた。
2人は低いテーブルが手前にあるソファーへと腰掛け、シャルロッテは煎れたばかりの強い香りを放つハーブティーを客人に振舞う。もてなしを済ませると、彼女自身も向かいに座る。
「どうぞ。お召し上がり下さい」
遠慮なしに、熱いお茶を啜るアガサとは裏腹に、エメリーヌはすぐには飲まず、まずは香りを堪能する。
「不思議な香りですね。このようなお茶を出されたのは、初めての経験です」
と、目の前にいるシャルロッテを凝視しながら、感想を述べる。その目には、疑惑が宿っていた。
「様々なハーブを調合したブレンドティーです。この島にしか、自生していない薬草も含まれているんですよ」
「・・・・・・そうですか」
ひとまず、納得したエメリーヌは、気を許してお茶を啜る。相変わらず、思考が読めないシャルロッテは、島のふもとを一望できる窓に視線を送って言った。
「この館に、島民以外の人間を招いたのは、何年ぶりでしょう?それも、珍しい事に探偵の方々とは・・・・・・"運命とは、蜘蛛の化身であり、張り巡らされたその糸に偶然はない"・・・・・・」
彼女の言い放った謎の語尾の言葉に、エメリーヌとアガサの動きが止まる。しかし、その意味の理解には至らず、大して気にも留めなかった。
- Re: 聖女の呻吟【ジャンヌ・ダルク列聖百周年記念】 ( No.17 )
- 日時: 2022/02/13 18:51
- 名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
「屋敷にお住まいになっているのは・・・・・・あなた、お一人だけなのでしょうか?使用人やメイドの姿が見当たらないのですが?」
エメリーヌは個人的に気になっていた事を伺うと、シャルロッテはクスリと怪しい笑みを繕う。
「かつては、大勢いましたわ。でも、大分昔にその全員が亡くなりました。ここに住んでいるのは、私1人だけですの」
返された返答の内容に違和感を覚えながら、エメリーヌは次の質問をしようとした。しかし、その矢先に相手の台詞が先手を取ったため、声を発せられなかった。
「エメリーヌさん、でしたっけ?あなたはどのような目的で、この島を訪れたのですか?もしよろしければ、詳しいお話を、お聞かせ願えませんか?」
その要求にエメリーヌは、即答せず、判断に困惑する。自ら問いかけるのは例外だが、事件の調査の事は探偵の依頼人だけの機密事項であるためだ。 しかし、同時に不思議と、相手が何か重要な秘密を握っているような妙な予感が過った。複雑な気持ちが胸に渦巻く状態のまま、探偵は沈黙を破り、重い口を開く。
「どこから、説明したらよいか・・・・・・逆に質問をお返しするようで申し訳ありませんが、シャルロッテ様はジャンヌ・ダルクについてご存知ですか?数世紀も前に活躍した聖女がカトリックの聖人として、バチカンで列聖されました。数日前の事です」
「いえ、存じ上げませんね。私はこの世に生を受けた時から、人生のほとんどをこの館で過ごしてきました。無論、他国に行った経験もありませんわ」
その証言をした直後、シャルロッテに異変が生じる。彼女の視線が微小ながら、逸らされたのだ。隠し事をしている時の動揺を、エメリーヌの目は見逃さなかった。
「実はフランス本土にある私の探偵事務所にある依頼人が訪れました。本名を告げる事はできませんが、その方はジャンヌ・ダルクの子孫を名乗っていました」
アガサはお茶を啜りながら、2人のやり取りをただ傍観していた。
「続きをお聞かせ下さらないかしら?」
シャルロッテは実に興味深そうに、探偵の述べようとする話の続きを促す。
「その方は、私に奇妙な事件の捜査を依頼したのです。火刑に処されたジャンヌ・ダルクの本当の死の真相を解明してほしい・・・・・・と。そして、その鍵はこの島にあると睨んで、ここを訪れたのです」
「実に面白いお話ですわ。有名作家の小説を読んでいる気分にさせられますわね」
落ち着いた口調で言って、音を立てずにお茶を啜るシャルロッテ。
「ジャンヌ・ダルクについて、いくつか聞きたい事がございます。あなたがよろしければ、捜査にご協力して頂きたいのですが?」
エメリーヌは普段通りの人格を演じ、聞き込みに持ち込む。
「勿論、喜んでお付き合い致しますわ。こんな面白い事、滅多に経験できませんもの。楽しい退屈しのぎは本当にお久しぶり。あ、少しお待ちになって下さらないかしら?ただのやり取りするのもなんですし、上等なお酒を飲み交わしながら行いましょう」
「ええ、是非とも」
すっかり、上機嫌になったシャルロッテはソファーから立ち上がると、後ろにあった酒棚の方へ移動した。愉快な鼻歌を歌いながらアルコール瓶を取り出し、グラスを用意する。
(アガサ、あなたに頼みがあります)
エメリーヌは屋敷の主人に聞こえない声でアガサの耳元で囁いた。助手もトーンを合わせ、返事を返す。
(あなたはこの部屋を出て、屋敷を探索してほしいのです。怪しい所を調べ上げて、事件の手掛かりを探して頂けませんか?)
(私が・・・・・・ですか!?)
自信がなさそうに、不安そうな顔をするアガサ。
(生憎、私はシャルロッテとの面会で席を外せません。できるだけ、会話を長引かせて時間を稼いでみます。あなただけが頼りなのです)
(・・・・・・わ、分かりました・・・・・・できる限りの努力はしてみます・・・・・・)
「ふふっ。お二人だけで、どんな内緒話をしてますのかしら?」
高そうな酒瓶を抱え、2人の元へ戻って来たシャルロッテが優しく微笑む。
「あ、いえ。実は・・・・・・お恥ずかしい事に、この子がお手洗いに行きたいと言い出したもので・・・・・・」
エメリーヌが恐縮しながら、助手の生理現象を器用に偽る。
「あら、それは大変ですわね。ただせさえ、この島は気温が低いだけに体が冷えるのは無理もありませんわ。お手洗いは1階にありますけど、広い館内で迷わないよう私が付き添いましょうか?」
「いえ、お構いなく。この子は利口な子ですから1人で行けます」
「そうですの?少し、心配ですわ。やっぱり、付き添ってあげた方がよろしくて?」
「お、お気遣いなく!すぐに戻って来ます!」
余計な邪魔が入る前に、行動に移る必要があった。アガサは慌てたふりをして、そそくさと客間を退室する。
「さて、私達は美酒を飲み交わしながら、話の続きとまいりましょう」
シャルロッテは2人分のグラスにアルコールを注ぎ、その片方をエメリーヌに渡す。
「どうも」
気楽な礼を言って、エメリーヌは差し出されたもてなしを受け取ろうと、シャルロッテの手に触れた時だった。
「・・・・・・!!」
突如として、再び脳内に電流のような痺れが走った。痛みは瞬く間に増していき、ヴァロワ教会で経験した謎の現象が起こり始める。
ザザ・・・・・・ザザ・・・・・・ザザザ・・・・・・ザ・・・・・・
激しい頭痛と共に、目の目にいる人物の姿が歪んで視界が霞む。意識が遠のき、またあの映像が映し出された。深刻な顔で何かを話し合うこの時代の人間らしからぬ2人の少女。相変わらず、内容ははっきりとしないが、幻覚は以前よりも鮮明に描かれている。
映像の色が濃くなるにつれ、だんだんと声が鮮明になっていく。
- Re: 聖女の呻吟【ジャンヌ・ダルク列聖百周年記念】 ( No.18 )
- 日時: 2022/03/03 20:15
- 名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
ザザ・・・・・・ザ・・・・・・ザザ・・・・・・
『"--様・・・・・・--様が、私にジャンヌをあの孤島に連れて来るように申し付けられました。ですが、私はジャンヌの身に良からぬ事が起きそうで心配なのです・・・・・・!"』
『"マリア、あなたは何を心配しているの?はっきりと教えて?何をそんなに怯えているの?"』
『"--様の目に理性なんてなかった・・・・・・抑えがたい罪の誘惑が奥に潜んでいるのが見えました・・・・・・!"』
ザザ・・・・・・ザ・・・・・・
『"ジャンヌは、この事を知っているの?"』
『"いえ、--様にはまだ何も話していません・・・・・・!ですがっ・・・・・・!"』
ザ・・・・・・ザザザ・・・・・・ザ・・・・・・
『"つまり、あなたの仕えている--がジャンヌに危害を及ぼすかもしれないのね?"』
『"--様!私は一体、どうすれば・・・・・・!?"』
『"・・・・・・仕方がないわね。私がーーーーして、あの方にーーーー"』
ザザザ・・・・・・ザザ・・・・・・
『"しかし・・・・・・それではあなた様が・・・・・・!"』
ザザ・・・・・・ザ・・・・・・ザザザ・・・・・・
『"あなたの予想が的中しないとも限らない。もしもの事があってジャンヌを失えば、フランスは希望そのものを失う・・・・・・それに彼女をあらゆる悲劇から守るのが影武者である私の役目よ。あの方の元には私が行く。安心して。あなたにも決して、危害を加えさせない"』
『"アメリア様・・・・・・!"』
ザザザ・・・・・・ザ・・・・・・ザザ・・・・・・ザザザ・・・・・・ザ・・・・・・ザザ・・・・・・
「・・・・・・ア、アメリア・・・・・・!?」
「どうしましたの?気分でも悪いのですか?」
シャルロッテの気遣いの声が聞こえた時、映像は途切れ、頭痛が心地の悪い違和感を残して消え去った。我に返ったエメリーヌは、頭を抱える姿勢を正し、苦しそうな顔を上げる。
「急に蹲るものだから、心配したのですのよ?一体、何があったんですの?」
「い、いえ。何でもありません。ご心配なく。少し頭痛がしただけです」
エメリーヌは具合が悪そうな口調で誤魔化すとルコールを口に含みながら、彼女は思った。
(アメリア・・・・・・)
探偵にとっては、聞き覚えのある名前だった。最近、耳にした感覚があったため、すぐに記憶の中から掘り起こされる。
(アメリア・・・・・・確か、依頼人であるクリスティアさんが言っていたジャンヌ・ダルクの影武者・・・・・・映像に映った少女と同一人物なのか・・・・・・?それが本当なら、映像は数世紀前の古き時代を映している事は明白。マリアという片方の人物についても聞き覚えがあるが・・・・・・彼女は何者?)
「本当に大丈夫ですの?何やら、誰かの名前を口にしていましたが?」
「ええ。ご心配なく。探偵という職業柄、独り言を漏らしてしまう癖がありまして・・・・・・」
エメリーヌは納得しそうな理由を述べ、嘘に嘘を重ねる。
震える身を縮こませながらアガサが1階の通路を彷徨う。数人で歩き渡るのと単身で歩き渡るのとでは、恐怖の感染に大きな差がつく。静寂で無人であるはずの館内に誰かがいるような気配という奇妙な錯覚を生んだ。不気味な肖像画が、こちらを監視しているかのように睨む。
「気持ち悪い絵・・・・・・私だったら、こんな趣味の悪い絵を飾ったりはしない」
アガサは気味の悪さを感じながら、後退りして間もなく、背中に堅いものが当たった感触にビクッと硬直する。おそるおそる振り返ると、剣を杖のように刃先を下に下ろす背の高い甲冑が聳えていた。
「ひぃっ・・・・・・!」
アガサは涙目になりながら、逃げ去るように廊下を走り、通路の角を曲がる。壁に背を預け姿勢を低く、涙目になりながら、不満を愚痴にして吐き捨てる。
「もう、こんな所にいたくない・・・・・・!どこで手掛かりを探せばいいのかも分からないのに!・・・・・・諦めて、エメリーヌさんの所に戻るしか・・・・・・」
諦めかけた時、そう遠くない傍で一層強く漂う気配が伝わった。アガサは人形のように硬直し、恐怖で錆びついた首をゆっくりと左側へと回す。
少女の視界に映ったのは、背の高い1人の女性の姿だった。年齢や身長もこちらよりも長い気品のある外見。その表情は暗く、廊下の中心で物寂しそうに立ち尽くしている。奇妙な事に肌は青白く、全体が透き通っているようにも見えた。
ふいに女性は歩き出し、目の前にあった一室へと入って行った。
「え?この屋敷には、私達とシャルロッテさん以外、誰もいないはずじゃ・・・・・・」
存在しないはずの存在を目の当たりにし、アガサの足の行方は自然と動き始める。何故か危険を感じさせない奇妙な感覚が好奇心を芽生えさせ、彼女は女性の後を追った。