複雑・ファジー小説

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微睡みのエンドロール
日時: 2020/11/24 21:47
名前: ネイビー (ID: CAVbJ4NS)

※ドキドキのラブラブな話が書きたい(大嘘)。
※暇潰しの為の書き物。クオリティは低い。
※ネイビーは好きな色。
※よろしくね

Re: 微睡みのエンドロール ( No.1 )
日時: 2020/12/18 20:41
名前: ネイビー (ID: CAVbJ4NS)




 男の性器を舐めている時、目にするだけで不快なその顔面が快感で悦に浸っている時、醜悪なもの全てを自身にぶつけられている時、アタシは生きていると実感する。今すぐにでも喉奥にあるコレを噛みちぎって、道端に吐き捨ててやろうかとも思う。それとも、もっと唇を窄めて可愛がってやろうか。どちらを選ぶのかの決定権を持つアタシが一番強いから、弱いものイジメをしないってだけで、この男の性器は守られているのだ。
 すべての行為が終わった後、金を貰ってすぐに一人でタクシーに乗り、口内に残る妙な違和感に慣れたフリをして家へと帰る。こんな事をしているけれど、アタシは自分が汚れたなんてひとつも思っちゃいない。アタシが若くて綺麗だから、あいつら馬鹿みたいに寄ってくるんだろうし。
 家に入る前に携帯を開いて、メールを確認する。
 どうでもいい奴からの連絡は途絶えないのに、アタシが欲しい彼からのメールは一通もない。たかがメールで涙が溢れそうなほど悲しいけれど、待つしかない。彼は気まぐれで、自分の都合の良い時にだけアタシを呼ぶ。それでもいいし、そんな彼だから惹かれているのかもしれないし。
 泣きそうな顔をしていると母親がうるさいので、平然を装って家に入る。
 そのまま誰にも会わず自分の部屋に入って、ふうっと大きく息をつくと手中の携帯が鳴った。反射的に、相手を確認せずに

「もしもし、宮川先輩!?」

と相手に吠えた。
 向こう側の笑い声で、相手が彼ではない事を知って、はぁぁぁ〜と空気が抜けた。歯磨きをしていないせいで、精液臭くて余計に萎えた。

「なぁんだ、翠か」



1

 煙草の吸い殻が、今朝よりも随分と増えている。安っぽい、アニメキャラクターが描かれている筒状の灰皿から、溢れんばかりに主張するそれを、僕はぼんやり見つめた。家を空けていたあいだ、この2LDKのアパート一室の変化といえば、吸殻の量ぐらいなものだ。現に、翠は朝と変わらぬ体勢で、ソファに縮こまって眠っている。冬で、室温もなんとか二桁を維持している状態だというのに、彼女は無地の薄っぺらい白シャツにジャージのズボン、素足でいる。ブランケットも何も羽織っていないので、僕は自室から自分のものを取り、彼女にそっと被せた。
 ピクッと肩が動き、かと思えばゆっくりと瞳が開かれる。しばらく宙を見ていた眼球はじろりと僕を捉える。「ただいま」と短く言うと、のそのそと翠は上半身を起こし、テーブル上の煙草に手を伸ばす。とりあえず寒いので暖房をつけた。室温10度でよくもこんな薄着でいられるものだ。間抜けな空気音をたてながら稼働するエアコンの下に翠は立ち、ガラス戸を開けた。一気に冷たい空気が部屋に入ってきて、僕は思わず身震いする。それに構わず、翠はマッチを擦って煙草に火をつけた。吸って、吐いて、テーブル上の灰皿に灰を落とす。きっと、僕がいないこの部屋で幾度も行われたであろう行為。
「これ、田島さんが翠にって」
 働いている居酒屋の店長からもらった『まかない』を、テーブルに置く。風で灰がとんで酷く汚なく思えたので、ウェットティッシュで拭いた。翠は『まかない』をチラッと見て一言、「あっためて」とだけ言った。
 レンジで温めているあいだに喫煙行為は終わり、翠がソファの定位置に戻る。ついでに自分用に珈琲を用意しようと、ヤカンを火にかけた。
 今日は焼きおにぎりと鳥の唐揚げだった。いつも僕が持参している、翠用のタッパーに詰めてくれる。ぎゅうぎゅうに。翠は本当に食が細い。そもそも興味がないのか、生命維持のために最低限を摂取する程度だ。……僕がいなければ、それさえやめてしまうだろう。洗い物が面倒だと言って、手掴みで食べる緑の隣に腰を下ろし、僕は淹れたての珈琲をゆっくり飲む。早く部屋が暖まればいいのに。
「今日は何をしていたの?」
 沈黙が怖くて聞いてみた。
 翠は唐揚げを頬張りながら、「寝てた」と答える。
「いつもやってることじゃん」
「煙草を吸った。トイレに一度行ったかも」
「その格好じゃ風邪をひくよ」
 僕のブランケットは足元に落ちている。
「一縷は何をしていたの?」
「いや、働いていたんデスヨ…」
 遊び歩いているように見えるのか?今日は昼から今まで田島さんの所で働いていた。酔っ払い同士で揉めて、警察を呼ぶか呼ばないかのところまでいったわけだけど、全て田島さんに任せて先に帰ってきた。閉店時間ギリギリまで居座って、本当に迷惑な客だった。田島さんなりに気を使ってくれたのだろう。僕は警察が嫌いだ。
「明日は久々に休みなんだ。翠は何か予定がある?」
「んー……。たぶん、ある」
「イラストの締め切りはいつ?」
「1ヶ月……いや、3週間後だったかな」
 翠がうーんと指折り数える。どんな計算が頭で為されているのか知らないけれど、彼女は仕事に対しては正確だ。
 フリーのイラストレーターをしている彼女は、度々ネットで知り合った人から仕事の依頼を受けている。在宅でできる仕事だし、気が乗らなければ断ればいいので、自由にやっているようだ。便利な世の中になったが、ますます翠の引きこもりを推奨してしまっている。
「どこか出かけてみる?」
 ダメ元で聞いてみた。
「いや無理」
 即答。
 ですよねーと珈琲を啜る。翠は空になったタッパーを洗いに立った。洗剤にまけると言って、彼女はゴム手袋をはめて食器を洗う。変に神経質なのだ。
 戻った彼女はまた煙草を吸うらしく、ガラス戸を開ける。寒いので換気扇を回してその下で吸って欲しい。
「もうそろそろクリスマスよね」
 1週間後に控えた聖夜には、がっつり仕事が入っている。でも別に、翠は聖夜のイベントを待ち望んでいるわけではない。
「一縷の、誕生日だね」
「……そうねー」
 テキトーに返事をする。それに気づいたのか、少しムッとした顔で翠がこちらを向いたが、無視した。火を消して、翠が中に入ってくる。目の前に立たれると、腰まで伸びた黒髪から濃く煙草の匂いが漂った。覚えのありすぎる匂いに、胸糞が悪くなる。
「なんか今日、意地悪だね」
「そうかな」
「そうよ。一縷じゃないみたい」
 ……本心からそう言っているのなら、性格が悪いとかの域を超えている。心の上澄みに灰汁が溜まっている様な感覚を覚える。それでも僕は、忍耐には自信がある方だ。
「たぶん仕事で色々あったから、それで気が立ってるんだよ」
「ふうん。一縷も苛立つことがあるんだね」
「僕をなんだと思ってるの」
 翠がほくそ笑む。僕を視界に捉えているのに、彼女が感じ取っているのは僕自身じゃない。その矛盾に余計に苛ついたけれど、僕はそれを顕著に示せば示すほど、彼女は満足そうに顔を歪ませる。
「×××××××」


 大嶋翠と住んで分かったことは色々とある。
 彼女は素晴らしく切ない音でアコギを弾く。音楽を嗜んでいるとは予想外で、ここに引っ越す際にアコギを持ってきた時は素直に驚いた。白くて細い指が重く弦を弾いて、おそらく彼女の脳内で奏でられているであろうコードをその通りに音に乗せる。感情を上手く表に出来ないけれど、アコギの音は率直に彼女の本心を表す。
 あと、これは意外でもなんでもないけれど、寝ることがすごく下手だ。睡魔に好かれやすいくせに、入眠まで半日かかることがある。かと思えば気絶した様に倒れて、1日としばらく起きないこともある。起きる時間帯もバラバラで、初めて過眠状態に陥った時はそのまま一生目を覚まさないのではないかとヒヤヒヤした。病院にはもう通っていないのかと訊ねると、無言のまま平手打ちを喰らったことがある。確かに通院歴の有無を僕が問うべきではないな。
 元々色白なのに、深く染み付いた隈がますます病的に見えて、近寄り難い雰囲気がぷんぷん漂っている。今みたいに眠っている時は、文句なしに美人なんだけれど。24歳にしては幼い寝顔。僕より歳上なのに妹みたいだ。……僕にはロクデナシの兄がいただけで、妹なんて存在していないのだが。
 昨夜、ソファベッドで再び横になろうとした翠を、なんとか引きずって寝室に連れてきた。途中、何度か殴られそうになりながらも、無事にベッドにダイブして、そこからは大人しく寝てくれた。6時間後の今、自然と目覚めた僕と、まだ眠っている翠。彼女が目を覚ますのは、一体いつだろう。

Re: 微睡みのエンドロール ( No.2 )
日時: 2021/01/29 20:01
名前: ネイビー (ID: CAVbJ4NS)


 僕が起きたのは、昼を少しすぎた頃だった。
 翠が日光を嫌っているので、カーテンは隙間なく締め切られているので、朝か昼かの判断がしばらくつかなかった。スマホで時間を確認した後、隣を見る。僕に背を向けて眠る翠がそこにちゃんといて、何故だか安堵し、柄にも無く頭を撫でてみる。小さくて形の綺麗な頭部。指がすうっと入っていく細い髪の毛。完璧な造形の彼女は、不完全な悪夢の続きを見ているのだろうか。それとも、何も考えずに眠れている?うなされていないから、後者だといいなと思いつつ、彼女が起きないようにベッドから出た。
 リビングの暖房をつけ、湯を沸かし珈琲を淹れる。流し台にそのままの、スーパーで半額になった消費期限の1日過ぎたロールパンをそのまま齧る。もそもそと、口内の水分を吸って小麦粉の塊と化したそれを飲み込みながら、ネットニュースに目を通す。
 虐待、自殺、逮捕、覚醒剤……。
 そんな暗いニュースにばかり目が止まって、ぼんやりと僕の父親を思い浮かべる。父は、表向きは善人の魂を全て結合させて練り込んだような男だった。法のもとで悪人を裁く仕事をしていて、彼の放つ言葉は多くの人間の運命が委ねられていた。
 元々の生まれ持った気質なのか、職業柄、人間のドブ臭い心情にあてられてそうなったのか定かではないが、家での父は、平気で子どもの腹に蹴りを入れる化け物だった。母のことは、僕はほとんど覚えていない。というか、ほぼ知らない。写真を見たことは何度もあるが、それが母であるといまだに実感できていない。僕が2歳の時に既にこの世からいなくなっている。深くは聞いていないけれど、自殺だったらしい。
 父は、カッとなって手をあげるというより、上機嫌に、時折歌を口ずさみながら、道に転がる空き缶と同じように僕を扱った。最初は痛くて泣いていたのを覚えている。憤りを感じたことも勿論あった。でも、人間の適応力というものは恐ろしく、やがて何もかもがどうでもよくなり、自分の身に行われている暴力や暴言を心が受け止めなくなった。いちいち反応していたら相手が悦ぶだけだし、何より悲しみや怒りを感じると非常に疲れてしまう。
 だから19歳になった今、5つ歳上の翠に振り回されても、僕は別に構わない。いっそのこと、何もかもがどうでもよくなるぐらい振り回してほしいぐらいだ。
 ネットニュースを閉じて、眉間を親指で強く押す。
 翠に対する自分の気持ちを探ろうとすると、いつも頭痛がする。これ以上は考えるなということだろうか。答えなんて単純なはずなのに、そこを覗くことが恐ろしくて見ないふりをしている。深淵を覗く時なんとやら、だ。
 一日仕事が休みだからといって、特に予定はない。翠はああだし、自分から誘う相手もいない。……自分からは、だ。
 そろそろだろうかと思った時にスマホが鳴ったので、相手を確認せずに画面をタップする。僕のシフトを知っているうえで連絡をしてくるなんて、あいつだけだろう。

「もしもし」
『宮川、暇?』

 だからそれを知って電話をかけてきたんだろう。

「暇だけど」
『翠さんは寝てるの?』
「寝てる寝てる」

 きみはそれも知っているだろう。

『俺も暇だから、メシ食いにいかない?』

 退職金で生活しているのだから、昨日も明日も時間があるだろう、きみは。

「いいけど。30分後に出られる」
『オッケー。なら、迎えに行くわ』

 とゅるるん、と間抜けな音がして通話は切れた。
 ロールパンを追加でもう一個食べようとして袋から出していたが、中に戻して、冷凍庫に雑に入れる。寝室を覗くと翠が静かに寝息をたてていて、「ちょっと出てくる」と小声でかけた言葉は、彼女に届かず泡みたいに弾けた。何かバリアでも張っているのだろうか。眠っている彼女は無敵だ。

「行ってきます」

 返事は返ってこない。わかっている。
 それでも言葉にしないと。
 ちゃんと帰ってこられるように。

Re: 微睡みのエンドロール ( No.3 )
日時: 2021/02/23 14:27
名前: ねいびー (ID: Rn9Xbmu5)

 約束の30分後に田島はやってきた。
 グレーの軽自動車の中はぼんやりとした煙草の匂いが充満していて、座席シートには細かい灰が落ちている。助手席に乗って少しだけ座席を後ろに倒し、「いつものところ?」と訊ねる。
 彼は頷き、「さっみぃな」と言いながら空調を上げた。
 僕が働いている居酒屋は田島の父親の店だ。彼のことは田島さん、隣の男のことは田島と呼んでいる。下の名前は千里とかいて、せんり、と読むのだが、本人は「いまいち」と思っているらしい。ニット帽を深く被り、はみ出た耳たぶを片手で弄りながら、

「“フラウ”、人が混んでないといいんだけどな」

と呟いた。
 フラウというのは車で6分ほど走ったところにある喫茶店だ。喫煙ができることと、一人で来る客が多いので店内が静かということが良いと、田島は気に入っている。僕的には、カウンターに並べてある外国からの土産物に被っている埃の方が気になる。不思議なデザインの置時計や妙竹林なオブジェの足元に、埃が溜まっているのだ。一体、いつから掃除をしていないのだろうと思う。
 フラウはあまり客が入っていなかった。
 一番奥の対面しているソファ席に座り、深く腰掛ける。この店は、ソファの座り心地が素晴らしく良い。大きすぎないBGMも。
 テーブルに置かれたお冷とおしぼりには手を着けず、メニューを抜いて、壁にある時計を確認する。

「ランチ、ギリ間に合うな」

 常連と化している田島は、メニューを見ずに言った。
 僕は片手で数えるほどしか来ていないので(全部田島とだ)、メニューをペラペラめくり、ランチのページを見つけると「ああ、これ美味しかった」とカツサンドの写真を指した。
 田島が軽く手を上げると、すぐに従業員の女性が来た。
 目配せされたので、カツサンドセット(サラダとポタージュが付いているらしい)と食後に珈琲を注文する。田島はベーコンとレタスサンドセット、ミルクティーを頼んだ。
 従業員が去ると、すぐに田島は煙草を取りだす。

「吸うか?」
「んー、気は向かないから」
「そうか」

 未成年の喫煙は法律で違反されているのだが、この人は知っているのだろうか。……知っとるだろうが。

「仕事、探さないの」
「うーん。しばらくは自由に生きていたい。別に貯金はあるし、結婚とかもする気は無いし」
「その前に相手いたっけ」
「いねぇよ。女、面倒くさいもん」
「──僕を見てそう思った?」
「やめろよ。翠さんは、面倒くさいとかそういうのじゃないだろ」

 田島が乾いた笑いをあげる。舌のピアスがきらっと光った。
 少しして食事が運ばれ、僕たちはほとんど無言でそれを食べた。カツサンドは大きすぎて、ぼとぼとと皿に零れ落ちたので、今度からは止めておこう。食べづらいものは苦手だ。ポタージュはジャガイモだった。白濁色の甘い液体が喉を通るたび、体がじんわりと温まっていく。僕の肉体が生きているという証拠だ。

「クリスマスまであと1週間だけどさぁ」

 突然、田島が口を開いた。

「翠さんと、なんかするの」
「──なにも」

 言って、ぼんやりと続ける。

「翠は、クリスマスのイベントを楽しみにしているわけじゃないから」
「──ハッピーバースデイ」

 わざと含みのある声色で、田島が呟いた。
 そうだよ、と僕は頷いてみせる。なるべく顔色を変えないように努めながら。その努力が伝わったのか、田島が深く息を吐く。

「宮川、お前のことが俺はひどく心配だよ」

 従業員が空いた食器を片しに来たので、食後の珈琲を持ってくるように頼んだ。「かしこまりました」と規則正しい発音とテンポで応え、そしてすぐにそれは運ばれてきた。田島はその見た目に似合わず、甘い飲み物を好む。

「お前が小学生の頃から知ってるけどさ、なんか、危なっかしいんだよな」
「なにそれ。至って真面目な純情ボーイだったよ」
「いやいや。あの頃から俺はお前の異質さに気づいていたよね」

 そういえば、僕の家の前でたむろっている奴らのなかで、話しかけてきたのは田島だけだった気がする。もう遠い昔で覚えていないけれど、あのころあの場所にいた奴らは、今どこに行ったのだろう。生きているのだろうか。

「そして──お前の兄ちゃんの恐ろしさにも、気づいていたよ」

 田島からそこに触れるのは、これで二度目だ。
 一度目は、僕が翠さんと一緒に住むと決めた日。自ら血と憎悪と腐った道に進むことを、この人だけは止めなかったし、この人だけは許してくれなかった。

「なんか、こうして時々お前を連れ出してやらないと、死んじゃいそうで怖いんだわ」

 どう反応したらいいのか分からず、ただ珈琲をすすることしかできない。田島は僕の反応を期待しているわけではなく、ただ、純粋に僕のことが心配なのだ。切っても切れない、断とうとするとより一層強まる結び目が、この人と僕にはある。そして、その結び目より強固たるものが、僕と翠の関係なんだけれど。

「死なないよ」

 へらっと笑ってみせる。
 笑えているのかは別として。

「まだまだ、死ねないなぁ」

 長生きをするつもりはないけれど、明日死ぬわけにはいかない。やり残したことも、未練も、まったく無いけれど、翠がまだ見限らないでいてくれるのなら、それだけで僕の存在価値がある。
 僕を生かすも殺すも、彼女次第だ。

「翠さんのことが大切なわけか」
「うん、まあ、そうだけど」
「あの日、何があってそうなったんだよ」

 ……今日はずいぶんと踏み込んでくるなぁ。
 程よい距離感を保っていれば、どちらも傷つかないというのに。納得できないという様子だったが、すぐにそれは諦めの色に変わった。本当に、僕の気持ちを尊重してくれる男だ。

「また誘うから」
「早く仕事を探せよ」
「うっせぇよ」

 会計は田島が払ってくれた。
 1760円だった。

Re: 微睡みのエンドロール ( No.4 )
日時: 2021/02/24 19:18
名前: ネイビー (ID: CAVbJ4NS)



 アタシの周りにはチャラついた奴やいかついイキりが多く群がるけれど、そいつらから絶対に言われたのは「そこの高校にいる宮川って奴に気をつけろ」だった。当時中3だったアタシは、すでにこの底辺高校への入学が決まっていて、春休みもほぼほぼ遊び倒していたわけだけれど、高校名を伝えたら必ず人からその名前を聞いていた。
 マジでやばい。
 オーラが違う。
 関わるとろくなことにならない。
 でも、格好いい。
 一度でいいから抱かれたい。
 女にも容赦はない。
 周りの先輩や他校の子達から聞く「宮川先輩」は、それはそれはとてつもない極悪人らしい。アタシと一つしか違わないから、顔を合わせる機会はあるんだろうなと、なんとなく思いながら、春にアタシは高校生になった。
 そこで同じクラスになった翠と不思議と仲良くなり、同じ中学だった奴等とも縁は切れず夜通し遊び、いつのまにか宮川先輩なんて都市伝説じゃねぇのー?と忘れかけていた頃。
 遊び金欲しさに始めた、男の欲を弄ぶ小遣い稼ぎの帰りだった。
 ホテルから出たアタシは男と別れ、なるべく人通りの多い通りを足早に歩いていた。知り合いには会いたくないけれど、一応、女一人だし子どもだし。自分が無力なガキンチョってことぐらいは理解している。ちょっとした用心のつもりで居酒屋だとかバーだとかが並ぶ、賑やかな繁華街に出た。金曜の夜は、次の日が土曜ということもあって、日付が変わろうかと言うのに人は多い。早くタクシーを捕まえなきゃ、その前に警察なんかに年齢を聞かれたら面倒臭いなと、気持ち焦っていた。
 制服ではないし、化粧をしていれば多少大人びて見えるアタシの外見。よく派手だとか色気があるとか周りは言うし、それは間違ってはないのだろうけれど、小学生の頃は発育の良すぎる胸とかがペシャンコに潰れればいいのにと思っていた。
 信号が青に変わるのを待ちながら、翠からの内容のなさすぎるメールを返しているとき。
 横断歩道の向かい側で、男が思いきり女の人の髪を鷲掴みにしている姿が目に入った。
 あまりにも見慣れない光景に一瞬体が硬直する。男はアタシと同い年ぐらいか少し上で、女の人は四十代ほどだった。顔こそ近づいてはいるけれど、甘い雰囲気とかではない。「痛いっ、痛い!!」と甲高く叫ぶ声が響いた。周りの人がドン引きし、かといって助けに入る者はおらず、信号が青になった途端に足早に彼らから遠ざかる。
 痴話喧嘩だろうか。ずいぶん、年が離れていそうだけれど。なるべく目を合わせないように横断歩道を渡り、もたつく彼らとすれ違う瞬間、好奇心から視線をそちらに向けた。

「あんまり怒らせないでよ。殴りそうになるでしょうが」

 そう言う彼の表情は、ぞっとするほど優しくて穏やかで、悪戯をした子どもに言い聞かせるような声色だった。やってることと違いすぎる彼の様子に、違和感しか覚えず、けれど目を離すこともできず、なんだか奇妙な感覚に体が支配されていた。
 男は乱暴に髪の毛を離すと、横断歩道を渡らず、なぜか、本当に謎にアタシの後ろについてきた。
 …、え?

「え、いや、え?」

 かなりビビる。なんでアタシを見ているんだ。怖いんだけど。走ろうかと思ったけど、転ばないように歩くので精一杯だった。
 真後ろに接近した男は、動揺して振り返るアタシをじいっと見た後、

「もしかしてさ、同じ高校の子だよね。千里とたまに話してるじゃん」

 親しげに話しかけてきたのだ。
 こんな人、うちの高校にいたっけか。これだけ派手で綺麗な見た目だと、絶対に目立つと思うんだけど。
 男の言った千里というのは私の一つ上の先輩で、中学は違うけれど他校の奴らとつるむうちに仲良くなった男子だ。高校が一緒になったから、時々2年校舎に行って話はする。

「俺、宮川っつって、千里の大親友なんだよねー」

 宮川。
 え、宮川ってあの宮川?
 その名前を、何度も耳にした。危険人物。極悪人。絶対に関わるなって、みんなが口を揃えて言っていた。

「あれ。シカトしてる?…困った、俺、シカトされんのちょっと苛つくんだわ」
「いや、し、してない。ちょっとビックリしただけです」

 なんとか答えると人懐っこい笑みを浮かべて、宮川先輩が私の手を握る。……何で手を握る?

「敬語、やめな。アンタ今から帰るところ?」
「そうだけど……」
「タクシー乗るの?俺も帰ろうと思ってたから、同じ方向なら一緒に乗らん?」
「え、それはいいけど……あの人は……」
「あの人?」
「なんかさっき、揉めてたじゃん」

 既に女の人は姿を消している。青ざめて泣きそうになっていたけれど、付き合っている人だったのだろうか。触れてはいけない気がしたけれど、好奇心が勝った。
 宮川先輩はつまらなそうな表情で、

「いいんだよ。そういう頃合いってわけだから」

と妙な答えを返し、自分の家の住所を言った。
 アタシの方が早く降りるけれど、方向が同じだったのでタクシーを捕まえて一緒に後部座席に乗った。そこでメアドを交換して、そして何故か降りる時に軽くキスをされた。運転手が気づいていたのかどうかは、わからないけれど。


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