複雑・ファジー小説
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- 王国の守護者
- 日時: 2023/05/06 19:24
- 名前: 牟川 (ID: HAhG.g1E)
あらすじ
突然の退学処分に驚いたことを、今でも覚えている。
そして、退学処分が決まった俺に対する……周りの者たちの態度を。
元々俺が嫌われていたのかは判らない。
トラウマとなり、俺は退学後直ぐに引きこもりになった。
さらに、追い詰められた俺はただ逃げる思いで、家出をすることを決心した。
夜中に自宅を出て、ホームレスなどが多い地区へと逃げ込んだのである。今ではホームレスの姿はあまり見られないが、当時は、とても多かった。
※
あれから数年が経つ。
その数年の間に、俺は生死の境を何度も潜り抜けながら、今日もまだ生きている。もはや、大抵の事では死ねなくなっただろう。
そして、今は個人的な理由のため冒険者になった。親友だったオーガスト……彼を殺した奴を探すためである。
そのために冒険者に登録したのだ。
無論、賭けのような要素は否定できないが、現状ではそれしか思いつかない。
冒険者など直ぐに辞めるつもりなのだが、今俺は『脱兎の耳』というパーティに所属している。リーダーを務めるデニスという有望株に、強引に勧誘されたためだった。
なら、しばし冒険者生活を続けても良いと思った。
ところが、ここにきて俺はパーティを追い出されそうになっていたのである。
- Re: 王国の守護者 ( No.12 )
- 日時: 2023/05/17 22:28
- 名前: 牟川 (ID: TWcGdVfz)
第11話
俺の頬に平手打ちを喰らわせた少女が、今こうして俺の目の前で立っている。
相変わらず華奢で小柄な少女のいで立ちは、なんと弱々しいことか。
しかし、その内に秘める信念は強いのかもしれないと思っている。だからこそ俺は、彼女たちの誘いに応じて、パーティメンバーとして付き合ってきたのだ。
「彼らがイゴルの新しいパーティの人たちなの? 」
「いや、即席のパーティだ。今引き受けている依頼が終わったら、解散するよ」
「そ、そうなんだ。そうよね。貴方はソロがお似合いだもん。ずっと一匹狼をやっていればいいわ。だけど、いずれハンターに捕まるのがオチよ」
ハンターに捕まる?
彼女の意味不明な発言に俺は、返す言葉に悩む。
まあ、少なくとも冒険者としてはソロで活動する方が良い、そう俺も思っている。
「ご忠告ありがとう。連れを待たしているから、じゃあな」
俺はそう言って、エリンたちと別れたのであった。
それから、少し進むと一冊の本が落ちていた。誰かの落とし物だろうか……。
俺はそれを拾う。
「何パクってんの? 」
と、脇からミヤビが言う。
「いや、落とし物なら届けてやろうと思ってな。ただ放置され続けるのも可哀想だろう」
俺はそうミヤビに言いつつ、本の表紙を見てみると『王女と傭兵物語』という小説だということが判った。
なるほど。
状況からして、誰が落としたのか大体の目星はつく。
念のために、本に挟んであるしおりを確認してみると、エリン・アストリーと記されていた。
今度会ったときに、返してやるとしよう。
さらに進み、街道を反れて森の中へと入った。
「先に行きなよ」
ミヤビが、俺に先頭を譲ろうとする。
全く、人を盾にするなんてな。
「言っておくが、2人も後方の確認も怠るなよ? いつ襲われるか判らないわけだから」
後方どころか、常にありとあらゆる場所からの攻撃に備えておくことがベストだ。頭上からかもしれないし、地面からかもしれない。
まあ、オオドクヘビがそのような場所から人を襲うことは殆どないにでせよ、他にも魔物はいるわけだ。
「後ろは任せてくれ」
ユウがそう返事する。
俺たちはゆっくりと進んだ。こうして森の中を進むのは、とても懐かしく感じる。懐かしいと言っても、決して良い思い出ではないがな。
「随分慎重だな。アンタなら派手に突き進みそうに思ったけど」
あまりにも遅く感じたのか、ユウがそう文句を言い出してきた。
「そうね。ここまで慎重にならなくても良いんじゃないの? 」
ミヤビもユウと同じく、この状況に飽きてきたのかもしれない。
そんな2人の様子を窺っていた俺は、経験が人を慎重にさせる……そう1人で納得するのであった。
とはいえ、確かに慎重が過ぎるかもしれない。
俺もそう思い、歩みを速くしようとした。だが、今さら先へ進む必要もないようだ。
「確かに、慎重過ぎだったかもな。だが、これ以上は先に進む必要がない」
大きな蛇が何匹も、待ち構えている。
時折、細い舌を突き出して、こちらを見ているのだ。俺たちは、獲物として見られているのだろう。
「うわぁ」
ユウが怯えた声でそう言った。
やはり、彼は臆病なようだな。そして、そんなユウの背中に隠れるようにして立っているミヤビもいる。
「今さらだが、ユウとミヤビは森の前で待ってても良かったな」
元々、俺と2人で交わした約束はそうだった。
複数人で依頼を受けたという言い訳ができるように、依頼の目的地付近まで同行してくれれば、報酬を山分けするというものだ。
「いや、折角の機会なんだしアンタの動きを見たいんだ」
「そうか」
俺はそう言い、オオドクヘビの群れに近づく。
「ふんっ! 」
オオドクヘビの頭を地面に叩きつけるようにして、思いっきり殴りつけた。地面に大きな穴が開く。
「まず一体」
それから2体目、3体目、……あっという間に目標討伐数である20体を越えたのであった。その代償として、周囲の地面に巨大なクレータが出来ており、そのせいで何本かの木が倒壊している。
周囲に、オオドクヘビの姿は見えない。
「……殴って、殺しやがった」
ユウたちが唖然とした表情で、俺を見ていた。
「暇なら、コアの回収を手伝ってくれ」
「お、おう」
そして、3人でオオドクヘビのコアを回収し、直ぐに王都まで戻るのであった。
※
イゴルたちが森でオオドクヘビの討伐を行っていた頃、王都ムーク市のギルド支部では、副支部長とB級冒険者のデニスがため息交じりに話し合っていた。
「デニス君。イゴルの件は、支部長自らが処理することになったよ」
「あの支部長が……ですか。しかし、副支部長の権限は変わらないはずですよね? 」
デニスが言いたいのは、要するに現時点でも副支部長の権限でイゴルを追放できるということだ。
「言いたいことは判る。だが、支部長の顔に泥を塗ることになるだろう? その上、支部長はイゴルの調査を『遊撃騎士団』に依頼している。ここで俺たちが余計なことをすれば、勘ぐられるだろう」
「しかし……」
デニスは自らの欲望のために、イゴルを追放したいのだ。どうにかして、自分が深く関わる形でイゴルを追放したいのである。そのため、自分の知らないところでイゴルが追放になっても面白くないのだ。
「だが、俺たちでも情報収集は続けよう。イゴルの奴を追放する理由を探すためにな」
そう言う副支部長の言葉に、デニスは妙案を思い付いたのであった。支部長が直接動くにしても、自分自身が関われば、それだけで彼の欲求は満たされるのだ。
- Re: 王国の守護者 ( No.13 )
- 日時: 2023/05/20 10:13
- 名前: 牟川 (ID: kaDNG7L3)
第12話
「……依頼達成目標は20体ですよね? 」
受付嬢ヒルダが俺たちを、いや俺だけに視線を向けてそう言った。
一見すると、討伐数が少なくて怒られているように思われるかもしれないが、決してそうではない。
結果から言うと、オオドクヘビのコアは100を超えていたのだ。
「3人で力を合わせた結果だろ? キミも言ってたじゃないか、ソロ活動はやめろと」
俺がそう言うと、ヒルダは鋭い視線を向けてきた。
「とりあえず、オオドクヘビのコアはコアは精算係まで持っていきます。ですが、イゴルさん。貴方には別室まで来てもらいますね。お話があるので」
俺はそう言われて、応接室まで連れてかれた。
まあ、既に支部長から目を付けられているわけだ。今後も、このようなことに毎回付き合わされるかもしれない。
俺は渋々、ヒルダについて行った。
「オオドクヘビも、決して弱い魔物ではありません。それを100体も倒すとは、通常F級冒険者には無理な話です。E級冒険者の2人と一緒だとしてもですよ? 」
無理だと決めつけられるのは、とても不快だ。
「しかし俺たちは、現実に100体を超える分のコアを持ってきたわけだ」
つまり、100体以上のオオドクヘビを倒したことの証明になる。
そもそも、コアの回収を討伐の証明方法として採用しているのはギルド自身だ。
返って来る言葉は判っている。
「どのような方法で、オオドクヘビのコアを回収したのですか? 」
不正を疑っているのだろう。
「オオドクヘビを倒して回収しただけだ」
「……わかりました。不正の証拠はないです。ですから、これ以上の追及はできません」
捏造や解釈のミスでもない限り、不正を示す証拠などあるわけがない。それでも俺をとことん疑っているのだろう。
「何度も言うが、俺たち3人でオオドクヘビを倒した。それだけだ」
厳密に言えば、俺が1人で倒したのだがな。
「私はイゴルさんが心配なのですよ? 何か悪い人たちに利用されていないかと」
情に訴えかけて、自白でもさせようという魂胆があるように感じられる。
仮に俺がここで、ふざけて「不正を行った」と言ったら彼女はどういった行動にでるのだろうか。
表向きは心配するふりをして、後で支部長にも報告するに違いない。
いや、彼女にとっては仕事なのだから当たり前か。
「引きこもりだったからそう感じるだけだろ。そもそもこれは取調ではないはずだし、もう出ていって良いよな? 」
俺はそう言い残し、勝手に応接室を出ていった。
※
イゴルが、ユウやとミヤビの2人と冒険者ギルドに戻って来た頃。
B級冒険者のデニスは、自身の自宅で会議を開いていた。
と言いつつも、デニスが1人で会議と称しているだけで、実際のところは下僕となった者たちに対して一方的な命令を下しているに過ぎない。
「良いか。お前たちはF級冒険者イゴルを誘って一緒に酒を飲むんだ。それだけをすれば良い。ただし、酒場は俺が指定した場所にしろ。段取りが狂うからな」
下僕たちが、深々と頭を下げて返事をする。
ここに居るのは全員、デニスの陰謀によって冒険者ギルドを追放された者たちだ。デニスの餌食になったのは、冒険者としての能力がなく、さらに冒険者を辞めた後の生活にも困るような者たちだったからである。
デニスは、そのような者たちを罠に嵌めたのち、自分の下僕にすることで快感を得るタイプの人間なのだ。
そしてイゴルも、引きこもりだったという噂話が流れており、さらに結果的に2度もパーティを追放されていることから、こうしてデニスに目をつけられてしまったというわけである。
「じゃあ、さっさと行動に移ってくれ」
デニスはそう言うと、男達が出ていった。
そして、残ったのはデニスと女1人だ。彼女は、この家の中で唯一の女であり、先日客人の対応をしている。
「お前には、ハニートラップを仕掛けてもらう。こういう手を使うのは初めてだろうが、お前は僕のおかげで男とのそれには慣れているし、簡単だよな? 」
「はい」
と、呟くようにして女が返事をする。
デニスは、下僕たちをありとあらゆる意味で道具として利用しているのだ。
「今回の仕事が終わったら、ゲルトのところへ移ってもらう予定だから、覚えておけよ」
デニスはそう意味深な発言を残して、部屋を去った。
※
俺が冒険者ギルドを出ると、3人の男達が絡んできた。
「イゴルさんじゃないですか!? 」
「ドラゴンを倒したっていう話、是非聞かせてくださいよ」
「実は、俺たちも前は冒険者だったんですよ」
どのような目的で絡んできたのかは判らないが、関わると面倒なことになるのは間違いないだろう。だが、朝から尾行している奴とは別件だろう。
このように公の場で堂々と絡んでくるなら、最初から尾行などしないはずだからだ。
「悪いが、急いでいる」
俺はそう言い残し、足早と去った。
しばらく目的地を決めないまま、街中を歩く。
そして予想していた通り、何者かによる尾行が始まったのである。
- Re: 王国の守護者 ( No.14 )
- 日時: 2023/05/20 16:07
- 名前: 牟川 (ID: Q2Am3366)
第13話
「全く。どこの誰が付けているんだか」
大体の予想はつく。
支部長の息がかかった者に違いない。俺が不正を行っているという証拠を掴もうと、色々と動いているのだろう。
このままでは、俺のルーティンな生活にも支障をきたす。だが、冒険者を辞めてしまえば尾行も終わるのかもしれない。
あと少しばかりが過ぎれば、冒険者である必要もなくなるわけだ。
しかし、尾行されるのは癪に触る。
少し遊んでやるとうしよう。
そういうわけで、俺は尾行を撒くために王都ムーク市を歩き回ることにした。
生憎、体力にも自信がある。わざわざ歩き回って、相手を疲れさせようというわけだ。
ところで、尾行を躱すのは、如何にその地域を知っているかだと思う。例えば、あまり知られていない裏道などを使うといったものだ。
王都ムーク市内をテキトウにぶらついた俺は、とある小さな喫茶店に入った。
カウンター越しで、俺はコーヒーを注文する。
流石に相手も、店の中にまで入って来ることは無いだろう。
「ちょっとトイレを借りたいのだが」
店主にそう告げる。
「トイレならそこにあるだろ。勝手に使ってくれ」
「かなり長くなりそうだなんだ……」
俺は腹を押さえてそう言った。流石に、察するだろう。
「……ったく、なら従業員専用のトイレを貸してやる。他の客に迷惑だからな」
店主は、2つの鍵が付いたホルダーを手渡してきた。
俺はそれを受け取り、トイレの扉を開けた。中に入るとさらに扉が2つあり、1つは個室に入るための扉で、もう1つの扉には『従業員以外立ち入り禁止』と札が掛けられている。
俺は受け取った鍵を使い、その『従業員以外立ち入り禁止』の扉を開けた。
廊下に出る。
扉は3つ。俺は、鍵を使って一番手前の扉を開けた。
そして、地下へと続く階段。
この階段を降りると、廃墟と化した地下道に出る。聞いた話によると、強大な魔族軍からの侵攻に備えて、約500年程前に当時の国王による命で作られたらしい。
この地下道は王都ムーク市の至る所に繋がっているため、今の俺のように尾行されている者にとっては都合の良い道ということになるのだ。
そして俺は、魔法で指先を光らせて暗い地下道を進んだのであった。ところで店主から受け取った鍵は、あくまで合鍵の1つであるので、しばらく持っていても問題はない。
もちろん、なるべく早く返すつもりではある。
※
「畜生! ……お前らさ、もっと粘れよ! 」
B級冒険者のデニスがテーブルを蹴り飛ばしながら、そう怒鳴り散らした。自分の思い通りにならなかったからである。
イゴルを嵌めようという策が、失敗したのだ。
「すみません。飲みに誘ったのですが、断られてしまいまして」
1人が答える。
「あのさぁ。イゴルはどうせ雑魚なんだから、無理にでも誘えばいいじゃん。3人も居れば余裕だよな? 」
要するに、チンピラのように行動しろというわけだ。
「……はい」
「本当に使えないよね。キミたちって。まあ、だからこそ僕の下僕としてしか仕事が出来ないんだよね。拾ってあげた僕に感謝しろよ? 」
3人は、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべるが、反抗することは無かった。
自分たちには、1人で生きていくだけの能力が無いと思っているからである。それはデニスの洗脳的なものが大きいが、実際に冒険者としての活動で思うような成果が出せなかったという事実もあるからだ。
だから、反抗して追放されるのを極端に嫌がっているのだ。
追放もまた、彼らにとってはトラウマなのである。
「すみません」
「今度はもっと巧くやります」
「チャンスをください」
だから、謝るしかなかった。
そしてそれが、デニスを気持ちよくさせる。
「僕は寛大だから許してやる。明日、また奴を誘うんだ。わかったな」
デニスはそう言って、部屋を出て行った。
※
冒険者ギルドの支部長室で、1人の女性冒険者が活動報告をしていた。
報告の相手は当然、支部長その人である。
「朝と夕方の2回に渡ってイゴル・ボルストを尾行したものの、いずれも姿を眩ませました」
「そうか。何度も姿を眩ませているわけだな。少なくとも、これで益々(ますます)怪しい人物であることは判ったよ」
「はい。姿を眩ませた後、何か人には言えないことをやっているに違いありません」
「その可能性は充分に考えられるが、判断するにはもう少し情報が欲しい。他の『遊撃騎士団』のメンバー共々、明日からも引き続き尾行を頼む。ロミーナ君」
「任せてください。あの日、妹はずっと涙を流していました。妹のため、そして尊敬するイルザ先輩のためにも、絶対にイゴル・ボルストの悪事を暴いて見せます! 」
そう大声で、宣言するロミーナ・アストリーであった。
- Re: 王国の守護者 ( No.15 )
- 日時: 2023/05/21 11:18
- 名前: 牟川 (ID: HAhG.g1E)
第14話
翌朝。
今日は特に用事はない。何か手ごろな依頼でも引き受けて、夜の酒代にでも稼ごうと考えている。
しかしながら、支部長に目を付けられているわけだ。
今は、討伐系の依頼は引き受けない方が良いのかもしれない。
そう、色々と考えながら、俺は冒険者ギルドにやって来た。
掲示板を見つめる。討伐系の依頼が数多くある中、それらを無視して手ごろな依頼がないかを1つずつ確認していく。
「薬草採取か。良いかもしれないな」
報酬は当然、歩合制。
1キロごとに銀貨5枚。
暇つぶしには、ちょうど良い。
今日も遊んでやるとしよう。尾行している者がどういった者なのか、確定的に判るかもしれないからな。
仮に下手うって襲われることでもあれば、その時は応戦して何とかすれば良い。
俺は薬草採取の依頼票を手に取って、受付カウンターに持って行った。
受付カウンターには、毎度おなじみの人物がいる。今の俺にとっては面倒この上ない者だが、手続きを終らせるには致し方ない。
「この依頼を受けたい。ハンコを押してくれ」
「……はい。どうぞ」
ヒルダはいつもとは違い、ただ単調にハンコを押した。
薬草採取という比較的簡単な依頼だからだろうか。いや、昨日の一件が原因だろうな。
「どうも」
俺は、受理印が押された依頼票を受け取りギルドを後にした。
王都ムーク市内を進む。
俺に対する尾行が始まった。
今日は尾行を撒くつもりは無い。テキトウに尾行させて無駄足を踏ませてやるとしよう。
王都ムーク市を出て、草原地帯にやって来た。薬草は草原地帯で多く生息しているためである。
そして草原地帯であるため、身を隠す場所はさほど多くはない。
俺は、尾行者を挑発するように周囲を見渡した。
周囲には他の冒険者らしき者たちも活動しているため、尾行者がこの草原に居ること自体は不審な行動とは言えない。
「なるほど。尾行していた奴は女だったのか」
遠目からだが、女がこちらを見ていることに気づいた。
俺が視線を向けると、その女が視線を逸らす。それに気配から感じ取れる位置関係からしても、俺を尾行していたのは、あの女で間違いないだろう。
その後、俺は特に行動を起こすことはせずに、薬草採取に勤しんだのであった。
※
「今日、奴は薬草採取に出かけたようだ。場所的にも王都から近いし、夕方には帰って来るだろう。奴が冒険者ギルドで報酬を受け取った後に仕掛けろ」
と、下僕たちに命じるのはB級冒険者のデニスである。
その命令に下僕たちは、ただ返事をする。
「昨日予定していた通り、とにかく酒をたらふく飲ませろ。奴を褒めてやって、良い気持ちにさせるんだ。お前たちは、ただそれだけをしろ」
イゴルが良い気持ちで飲み屋を出たところで、女下僕を使ってハニートラップを仕掛けるという算段だ。昨日は、そこまで持って行けずに失敗している。
「ほら、早くギルド前にでも行ってずっと張り付いていろよ。僕はキミたちとは違って、B級冒険者としての活動があるし忙しいからね」
デニスがそう言うと、男下僕の3人は部屋を出ていった。
残っているのは、デニスと女下僕の2人だけである。デニスは家の窓から男下僕たちが出かけていくのをこの目で確認した後、女下僕の方へ視線を向ける。
その視線は下卑たるものだった。
「最近はご無沙汰だったし、今夜の本番前に練習するか」
と、デニスは言う。
女下僕は特に抵抗する素振りも見せず、デニスにすり寄って来る。そこに、初々しいぎこちなさは無い。慣れもあるが、デニスに対する愛など微塵も無いからだ。
2人は服を脱ぎ、素早くソレを済ませる。それから、風呂で体を洗い服を着る。
「まあ、悪くないよね。でもやっぱマンネリかな」
デニスはそうボヤく。
その言葉を耳にしても、女下僕は特に反応しない。当然、何も心に感じないというわけではない。あくまでも、相対的な力関係によってねじ伏せられているだけなのだ。
女下僕は特に何も発しない。
「まあ、ゲルトの奴に売ることは決まったし、そのカネで高級娼婦を1回くらいは買えるし、キミもそう言う意味では役に立つよな。とりあえず、今日は頼むよ」
デニスは、人の心を踏みにじることを何の躊躇いもなく言い、部屋を出たのであった。
- Re: 王国の守護者 ( No.16 )
- 日時: 2023/05/27 11:18
- 名前: 牟川 (ID: HAhG.g1E)
第15話
適当な量の薬草を採取した俺は、王都ムーク市に戻るべく移動していた。単に来た道を引き返せば良い。しかも、整った街道を進めば良いのだ。
至って簡単な話だが、面倒が起こらないというわけではない。
「へぇ、今日は1人のようだね? 」
そう声をかけて来たのは、『乙女隊』のリーダーを務めるエリン・アストリーだ。帰り道に彼女たちと遭遇してしまったのである。
彼女たちと絡むと、精神的に色々と疲れる。
「1人だが、何か問題か? 」
ソロでの活動自体に、問題はない。
「当然、問題アリよ」
しかし、エリンはそう断言した。
何を根拠に問題なのかは知らないが馬鹿にされた気分になる。
「どうしてだ? 」
「前にも言ったけど、ソロで活動しているとハンターに狙われるかもしれないわ。実力のある冒険者だって何人も犠牲になっているという話なんだから」
ハンター……か。
先日も、エリンはそんなことを言っていたな。どうやら、エリンになりに心配してソロ活動が問題アリと言ってくれたようだ。
「ハンター? 」
「そう。冒険者を無差別に殺害する正体不明の殺人鬼のことを、そうやって呼んでいるの」
冒険者を無差別に殺害するだと?
今まで、そのような話は聞いたことがない。
「それは確かな話なのか? 」
「いえ、あくまでも都市伝説のようなもの。だけど『遊撃騎士団』が非公式に調査を行っているらしいの。まあ、私も偶然知っちゃっただけなんだけど……」
非公式ということは、事実の有無に関わらず公にはされていない情報のようだな。
しかし俺が調べようと思えば、それなりに情報を得ていたかもしれない。我ながらとんでもない失態だ。
「それで、ハンターの話が囁かれるようになったのは、いつからなんだ? 」
エリンたちと絡んで面倒だと言っている場合ではない。
とにかく、今は情報を収集しよう。
「それは知らないけど、何年も前から噂されている話だね。毎年、冒険者大会の時期になると、みんなハンターの話をするようになるの」
「どうしてだ? 」
「毎年冒険者大会が開かれる時期が、ハンターが最も活動する時期だからと言われているわ」
冒険者大会が開かれる時期が、ハンターの活動時期……だと?
馬鹿たれ。俺はどうしようもなく怠惰だ。引きこもりと言われても仕方ない。この程度の情報さえも、今まで得ていなかったのか。
どうして、俺は間抜けなんだ。
本当に。
ちょっと、ほんの少し、他の冒険者たちと仲良くしていれば、この程度の話など既に耳にしていたことだろう。
決めたやり方を実行するだけ……それしか考えていなかったのだ。
もっとアンテナを張っておけば、他にも道はあったというのに。
「ど、どうしたの? 」
「いや、ちょっとな……。色々と教えてくれて、ありがとう。俺は急ぐから、また今度な。あ、あとこれ落としただろ」
俺はエリンたちにそう言って、走り出す。その間際に、彼女の落とし物を預かっていたことを思い出し、『王女と傭兵物語』を手渡した。
「今さら遅いよ。このバカァァァァァ」
エリンの声が木霊する。
ともあれ、意外なところから意外な情報を得た俺は、直ぐに王都ムーク市に戻ったのであった。
王都ムーク市に戻るなり、俺は冒険者ギルドへは向かわずに、ある場所へと向かった。
それは、探偵事務所である。顔なじみである探偵であり、これまで何度か調査を頼んだことがあった。知り合ったきっかけは、親友のオーガストだった。彼が過去にその事務所で勤めていた経緯から、紹介してもらったわけである。
ハンターとやらついて、早速調査を依頼しようと思っているわけだ。
事務所のドアをノックすると、探偵が出てきた。
「おや、イゴルさん。……また調べものですか? 」
調べて欲しいことがなければ、わざわざここへは出向かない。
「ああ。実は冒険者の間で、ハンターという正体不明の殺人鬼が噂になっていてな」
「ハンター……ですか。聞いたことがありませんね」
探偵も、ハンターに関しては知らなかったようだ。
「俺も今さっき知ったばかりだ。それで、ハンターとやらは、冒険者大会の時期になると活発なるんだとよ」
「なるほど」
「既に、『遊撃騎士団』という冒険者のクランが非公式に調査を行っているらしい。俺が知っているのは、ここまでだ」
「わかりました。ハンターとやらについて、調べてみましょう。……ひょっとして、そのハンターとやらがオーガスト惨殺事件の犯人だと睨んでるのですか? 」
「まあな。話が早くて助かる」
「あの事件は惨殺死体以外、殆ど手がかりが無いと言える状況でしたからね。しかも捜査が突然中断となったり、私も気になっておりました」
「ああ。当初からお前に依頼する手もあったが、俺は1つの賭けに出るつもりでいた。地道に調査するよりは、そっちの方が手っ取り早いと思ったからね。だが今回、思わぬところから意外な情報を知らされたわけだ」
俺はそう言って、金貨10枚を手渡した。
「わかりました。早速伝手を当ってみます」
「ああ、頼むぞ」
俺はそう言って、探偵事務所を後にしたのであった。
※
ロミーナ・アストリーは、昨日に続いて今日もイゴル・ボルストの尾行を行っていた。
イゴル・ボルストは、不正な手段で物品を取得してギルドで売買を行っている疑惑が浮上しているのだ。
しかもその物品の中には、ドラゴンのコアも含まれている。
「なるほど……今日は薬草採取に行くのね。まあ、F級冒険者としては順当なところか」
と、ロミーナが呟く。
彼女の言うとおり、F級冒険者が薬草採取を行うのは見慣れた光景であるため、何ら不自然なところはない。
それから、ロミーナはイゴルを追跡した。
するとイゴルは、草原地帯で薬草採取を始めたのだった。そのため、ロミーナは身を隠す場所を探すのに迷うはめになる。
しかし、なかなか身を隠す場所など見つからない。
「あっ! 」
追跡対象のイゴルと目があってしまい、ロミーナは内心焦る。
直ぐに、視線を逸らしたものの、怪しまれたのは間違いない……そう彼女は思ったのであった。
「ダメね。なんてドジなのかしら、私は」
ロミーナがそう声に出す。
場合によっては、尾行の事実すらバレてしまった可能性もある。
だが、実際には可能性などという段階を超えて、既にバレているのだ。イゴルは尾行の事実に気づいており、さらにたった今起こったアクシデントで、誰が尾行しているのかも判ったところである。
そして、イゴルは薬草採取を止めて帰路についた。
王都ムーク市へと戻る途中、イゴルは『乙女隊』のメンバーたちと遭遇する。
「あれは……エリンたちじゃない」
エリンはロミーナの妹だ。
「何を話しているのかしら……」
イゴルは真剣な表情を浮かべて、エリンと話しているのだ。ロミーナは少し距離がある場所から見ているため、その話の内容までは伝わってこない。
「引きこもりで怠惰な癖に、またエリンを誑かしているの!? 」
ロミーナはそう勝手に解釈し、怒りを覚えた。
一方でイゴルはエリンとの会話を切り上げると、途端に走り出したのであった。急展開すぎたため、ロミーナからすると、意味不明な展開を迎えることになったのである。
「エリンが気になるけど何かされたわけでも無さそうだし、それに仲間もいる。今はイゴルを追いかけよう」
ロミーナはエリンが心配ではあったが、イゴルを追いかけることにしたのであった。途中でエリンとすれ違ったが、特に絡むこともなく、彼女はイゴルを追いかけることに優先する。
そしてイゴルを追いかける形で、王都ムーク市へと戻って来た。
ロミーナは、イゴルが冒険者ギルドへ行くのだと思ったが、彼が真っ先に向かった場所は私立探偵の事務所だったのだ。
事務所の看板を見るなり、ロミーナはさらに困惑することになる。
「探偵? 一体何の用事があるのかしら……」
ロミーナは考える。
どう考えても、エリンと何かを話してからイゴルの行動はおかしくなったのだ。
エリンとの会話の直後に突然走り出し、そして探偵事務所へやって来たのである。
エリンとの会話に何かある。
そう考えたロミーナは、今夜の予定をメモ帳に記しだしたのであった。