複雑・ファジー小説
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- 王国の守護者
- 日時: 2023/05/06 19:24
- 名前: 牟川 (ID: HAhG.g1E)
あらすじ
突然の退学処分に驚いたことを、今でも覚えている。
そして、退学処分が決まった俺に対する……周りの者たちの態度を。
元々俺が嫌われていたのかは判らない。
トラウマとなり、俺は退学後直ぐに引きこもりになった。
さらに、追い詰められた俺はただ逃げる思いで、家出をすることを決心した。
夜中に自宅を出て、ホームレスなどが多い地区へと逃げ込んだのである。今ではホームレスの姿はあまり見られないが、当時は、とても多かった。
※
あれから数年が経つ。
その数年の間に、俺は生死の境を何度も潜り抜けながら、今日もまだ生きている。もはや、大抵の事では死ねなくなっただろう。
そして、今は個人的な理由のため冒険者になった。親友だったオーガスト……彼を殺した奴を探すためである。
そのために冒険者に登録したのだ。
無論、賭けのような要素は否定できないが、現状ではそれしか思いつかない。
冒険者など直ぐに辞めるつもりなのだが、今俺は『脱兎の耳』というパーティに所属している。リーダーを務めるデニスという有望株に、強引に勧誘されたためだった。
なら、しばし冒険者生活を続けても良いと思った。
ところが、ここにきて俺はパーティを追い出されそうになっていたのである。
- Re: 王国の守護者 ( No.7 )
- 日時: 2023/05/12 06:52
- 名前: 牟川 (ID: 57S6xAsa)
第6話
早朝。
俺は、ミズロン村を出て北へと向かった。目的は当然ながら、ドラゴンの消息を探るためである。
昨日の男が嘘を言っている可能性もあるが、別にそれはそれで良い。とりあえずの目標があれば、それだけでやる気が湧いてくるからだ。
捜査能力は皆無だが、行動力だけは人一倍あると自負している。
何キロ歩いたのだろうか……。
既に、太陽は頭上にある。つまり、昼に差し掛かったところだろう。
「北と言っても、あくまで飛んで去ったのなら痕跡も無くて当然か」
と、俺はため息交じりに独り言を声に出した。
痕跡が残っていれば良いのだが、ここまでの道中で何も痕跡らしいものは見つけられていない。
今日は引き上げるとしようか……。
いや、この辺にはドラゴンの棲息地はないはずだ。
俺はそれをずっと気にしていたのである。なら、思わぬところから痕跡が見つかるかもしれない。
と、考えたものの、そう都合よく痕跡など見つからない。
それからも、色々と思考を巡らした。
「……なるほど」
気が付いた。
何も痕跡が無いという、その不自然さについてだ。
俺は昨日、シェヌロカの町から東に向かってミズロン村にやって来たのだ。その際、村に近づくなりドラゴンによると思われる破壊の痕跡があちこちにあった。
しかし、今は村を出て北へと向かっているというものの、何らドラゴンによる破壊の痕跡がないのだ。
もちろん、北側だけ偶然何もしなかった可能性もある。
それに、ミズロン村の西側(シェヌロカの町からミズロン村へ向かう道中)だけ被害が出ただけかもしれない。
だが、現状何も痕跡が見つからない以上は、この点に賭ける価値はあるだろう。
「一度村へ戻ってみようか」
俺は、駆け足でミズロン村へと戻った。
体力にも自信はある。
そして村へ戻って直ぐに、俺は村から南、さらに村から西の方角を探索した。
結果、どちらもドラゴンによる破壊の痕跡があちこちにあった。つまり、ドラゴンはミズロン村から北の方角以外を荒らし回ったということになる。
男の話では、ドラゴンは北から来て、北へ逃げたのだという。
どうして、村の北側だけには何も痕跡がないのだろうか?
帰り道だから、ただ飛び去っただけなのだろうか?
既に夕日が赤く染まっている。
今日はこのくらいにしよう。
俺は、調査を止めて寝床へと向かった。
明日もう一度、北の方角を調査してみよう。さらに何か見つかるかもしれない。
「おい! 」
ほっと一息吐こうと思った矢先、男から声をかけられた。
振り返ると、そこには冒険者らしき男女が複数人立っている。決して歓迎すべき状況では無いだろう。
「お前、今日どこにもいなかったが何をしてたんだ? 」
1人がそういう。
「俺がどこで何をしていようとも、それがキミたちに関係するのか? 」
「穀潰しがっ! みんな村の復興のために働いているのに、よくもサボれるな。流石は引きこもりのイゴルだな」
「キミたちは、その復興活動をして対価、つまりは日当はを得てるんだろ? 俺は今日の日当は貰っていない。何も文句を言われる筋合いはないな」
いちいち、他人が何をしているのかを気にするのかね。
「だが、お前はこの村に来るだけで報酬が手に入って、そしてただ飯が食えるから来ってわけだろ? 人の不幸を飯のタネにしやがってな」
俺は今日、殆ど村の外にいた。だから俺に八つ当たりをしたくなる気持ちも分からなくはないが、少しは冷静になって欲しいところだ。
他のメンバーも、男に便乗して俺を罵倒する。
「いくらなんでも言いすぎだ。安っぽい正義感を俺にぶつけないでくれ。そんなのは、ガキ相手の説教だけにしてもらいたいな」
「この野郎っ! 」
突然、男が殴りかかってきた。
俺は咄嗟に躱す。
「やめとけ。こんな屑を殴るための拳じゃないだろう」
連れの1人が、男を諫める。
「あ、ああ。こんな糞野郎ごときに手を汚すところだったぜ」
男がそう言うと、冒険者の集団は俺の前から去って行く。
全く、嫌な気分にさせてくれるものだ。
「複数で行動しているってことは、パーティなんだろう? 」
連中の去り際に、俺はそう訊ねたが、連中が返答することは無かった。
顔は覚えた。今後も何かしてくるようなら、俺にも考えがある。
それにしてもだ。そろそろ、俺の経歴を回りに吹聴して回るかね……。こんな目に遭い続けるのも、いい加減うんざりだ。
いや、今さらそういう話をしても、自慢話にしか聞こえないだろうな。
ミズロン村は復興途上だが、幸い酒の提供は行われている。連中のせいで気分も悪いし、一杯やってから寝床に戻るとしよう。
※
某所。
数名の男たちが、集まっていた。1人はフードに星形のバッチを3つ付けており、またもう1人は同じく星形のバッチを1つつけている。その他の者たちは、特にバッチをつけてない。
「明日、再び村を襲撃する」
と、バッチ3つの男が言う。
「……そうか。我々は上の指示で、貴殿に派遣された身。貴殿の決定に異を唱えるつもりはない。例え、我々の同胞に犠牲者が出たとしてもな」
そう答えるのは、バッチ1つの男だった。
「帝国での件は、残念に思う。だが、それがキミらの主人との取引だ」
「判っている」
要するに、バッチ1つの男と数名の男たちは、本来所属する組織から派遣された者たちなのである。派遣された先がバッチ3つの男ということだ。
「まあ、次も問題なく実験できるだろう。特に上級クラスの冒険者もいないし、王立騎士団もやる気が無いのか、わずか数名だ。それに王都ムーク市民連隊や、ボワド市民連隊も長期間の大規模演習のため不在。やりたい放題できるってわけだ」
バッチ3つの男はそうに言ったものの、内心では懸念していることもあった。しかし酒も飲んでいたため、やけに積極的な思考になっていたのだ。
バッチ1つの男は一瞬だけ呆れた表情を浮かべたが、直ぐに引き締める。
「だが、警戒すべき相手は他にもあるんだろ? 」
「まあな。しかし、懸念していた連中は早々に帰った。問題ないだろう」
「……で、ドラゴンは何体連れて行くんだ? 」
「先日通り、1体で良い。まだ数体を操る技量もないからな」
「では、その通り準備しておこう。お前ら、明日は早いぞ」
バッチ1つがそう言うと、彼と数名の男たちがこの場を離れたのであった。
1人になったバッチ3つの男は、呟く。
「ガゴル団か……。流石は、敗戦国の武装集団と言ったところだな。最後の意地なのだろう」
- Re: 王国の守護者 ( No.8 )
- 日時: 2023/05/12 20:08
- 名前: 牟川 (ID: HAhG.g1E)
第7話
翌朝。
俺は昨日と同様に、村の北を探索していた。しかし、ただひたすらに先へと進むのではなく、周囲を見渡しつつゆっくりとだ。
本来なら、ミズロン村を含む一帯を管轄する街道保安官という者が行うべき仕事だろう。
だが、昨日に続いて、街道保安官や保安官補らしき者たちの姿は見られない。復興活動で忙しいのか、はたまた日常的に起こり得る様々な案件で忙しいのだろうか。
同様に、王立騎士団の騎士や従士数名もミズロン村にやって来ているようだが、ここで捜査をしている形跡はない。村の惨状を確認しに来ただけのなのだろう。
一歩一歩。
じっくりと見て回る。
地味で疲れる。こういう作業特有の疲労感に参りそうだが、手がかりはそういうところから発見されたりすることも多い。
「これは……」
見つけた。
「そんなことが……。いや、ありえない話ではないか」
青色に輝く結晶の残骸。
それが、あちこちに落ちていたのだ。
「……もう実用化の段階まで進んだのか? 」
俺の知っている情報に照らし合わせれば、青色に輝く結晶の残骸は≪扉≫なる業が為されたことを意味する。
≪扉≫とは、簡単に言えば物体をワープさせる技術を指す名称のことである。
「≪扉≫を使ってドラゴンを放った……? 」
そうだとすればミズロン村の事件は、人為的なものによる犯行と言うことになる。
そして、ドラゴンは魔物だ。魔物である以上、一部の者たちにとっては使役の対象になる。
一体誰が魔物を使役するか……。
それは、≪魔族≫という人種である。
しかも、≪扉≫という技術をずっと昔から研究していたのも、≪魔族≫たちが治める国なのだ。
つまり、≪扉≫を使って、ミズロン村付近に放つという、2つの条件に合致する。
ただ、このような≪扉≫が使われた大規模な事件は他にない。
「まだ試験的な運用というところか……」
直ぐに王都へ戻らなければならない。
それに、付近から妙な気配も感じる。
俺は青色に輝く結晶の残骸を素早く集めて、帰路についた。
※
1体のドラゴンが、大空を飛んでいた。
ドラゴンは、その主人が定めた標的に向かって高速で飛び進む。それは、ミズロン村だった。
まもなく、標的となっているミズロン村に到着する。
……はずだった。
※
妙な気配の正体は、ドラゴンであった。俺のある能力では、魔物の気配など感じとれないのだが、どうやらドラゴンは違うようだ。他の魔物と格が違うことの表れかもしれない。
さて、もう1つ気になる気配があるのだが、今は俺の頭上を飛び去ろうとしているドラゴンをどうにかするのが先決だろう。
既に、村が視界に入っている。
放置すれば、また村が襲撃されるかもしれない。
そう考えた俺は、ドラゴンに向かって魔法を放った。火炎放射である。俺の魔力が尽きない限り、激しい炎は延々と出続けるのだ。だからトコトンやってしまえば良い。
「グァァァァ」
ドラゴンはそう大きな音を出して鳴くと、俺の目の前に舞い降りて来た。
そして、俺を睨め付ける。
明確な敵意を向けて。
俺は、隠し持っているピストルに触れる。
咄嗟のことだったわけだし、昔の癖でつい触れてしまったのだろう。
だが、こんなものではドラゴンは倒せない。仮に、大砲が複数あって同時に砲撃を行ったとしても微妙なところだろう。
つまり、俺が身に付けた……身に付けさせられた業で対応しなければならない。
先ほどの火炎放射のように。
「グァァァァァ! 」
ドラゴンが口から炎を吐き出す。
俺も、負けじと火炎放射を行う。次第にドラゴンが吐き出す炎の威力が弱まり、俺の放つ炎によって包まれた。
「グァァァァァ! 」
またドラゴンが鳴くと、俺に向かって突進してきた。そして近づくなり、鋭い爪で俺を攻撃しようとする。
「遅い! 」
俺はそれを避けて直ぐにドラゴンの背後につき、拳に魔力を集中させて思いっきり殴った。
「ギャアアアアア! 」
ドラゴンはそれまでにない声で鳴きながら、遠くに吹っ飛んでいく。一方で俺の拳は液体で汚れていた。その液体の正体は、ドラゴンの血やその他の体液だろう。
「そこで大人しくしてろ。今すぐ息の根を止めてやる」
俺は止めを刺すために、ドラゴンが吹っ飛んでいった方へと走って向かう。ドラゴンはあまりの衝撃を受けたためか、必死に起き上がろうとしている。
しかし、なかなか起き上がれないようだ。
ドラゴンに近づき、俺は再び拳に魔力を集中させた。
そして、ドラゴンの顔面を殴ったのである。
「終わったか」
ドラゴンの頭部は、血をまき散らしながら砕け散った。つまりそれは、ドラゴンの死を意味する。
とりあえず、ドラゴンの討伐には成功した。
だが、問題の根本解決には至っていない。それは、ミズロン村の付近に≪扉≫が使われた形跡があったからだ。
要するに≪魔族≫による仕業と考えれば、≪魔族≫を何とかしなければならない。
とはいえ、今ここで深く考えたところでどうにもならないだろう。
「そういえば、俺は冒険者だったな。ドラゴンの素材でも回収するとしようか」
ドラゴンも魔物である以上はコアがある。それを回収すれば討伐の証拠になる。それにドラゴンのコア自体、高値で取引されているのだ。
そして、ドラゴンのコアを回収し一旦村へ戻った俺は、直ぐに王都ムーク市へと戻るべく支度をし、村を出たのであった。
※
バッチ3つの男の表情は、落胆を表していた。
「……俺が浅はかだったか」
「災難だったな。とはいえ、ドラゴンはまだここに沢山いる。追加で受け取るのだろうし、そこまで落ち込む必要はないだろう」
バッチ1つの男がそう言う。
「ああ。しかし、ミズロン村から手を引くべき時が来たようだ。姿こそはっきり見えなかったが、あのようにドラゴンを呆気なく倒したこと考えると、≪影の兵団≫が配置された可能性もある」
「≪影の兵団≫か。聞く限りでは、最大限警戒すべき連中らしいが……。当初、派遣されていた教会の≪仮面騎士総隊≫ではないのか? 」
「まあ、強力な戦力を有する組織はいくらでもある。いずれにせよ、これ以上の襲撃はこちらの損害を増やすばかりだろう」
「なるほど。ではしばらく、我々は帝国での活動に集中することになるわけだな? 」
「そういうことだ。俺も俺で、別件でやるべきことが溜まっているし、引き際にはちょうど良いだろう」
この日、某集団はミズロン村の襲撃から手を引いたのであった。
- Re: 王国の守護者 ( No.9 )
- 日時: 2023/05/12 20:13
- 名前: 牟川 (ID: HAhG.g1E)
第8話
「イ、イゴル……さん? 」
受付嬢のヒルダが戸惑った表情を浮かべながら、そう声に出す。
どうしてこうなったのか。もちろん、判りきっていることだ。F級冒険者の俺が、ドラゴンのコアを持っていることが原因に決まっている。
「ドラゴンのコアだ。さっさと買い取ってくれ」
そう言いつつ、俺は自身のアホさを痛感していた。誰も居ないところで、買取を要求すれば良かったのだ。しかし、もう手遅れである。
「……わかりました。お預かりします」
受付嬢のヒルダは、相変わらず戸惑いを隠せないままではあるがドラゴンのコアを受け取り、精算係の下へと行く。
その間、俺は併設されている酒場で飲むことにした。この後、予定があるので軽く1杯飲むだけだ。
「見たかよ? あの引きこもり、ドラゴンのコアを渡していたぞ」
「うわぁ。完全にズルだよね……」
「見栄のために、どこかで買ったんじゃないのぉ」
周囲の冒険者たちが、そう会話を楽しんでいる。
その話題は専ら、この俺だ。まあ、有名人なわけだし仕方のないことなのだろう。本当に……。
悪い意味でな。
酒が不味くなるが、所詮は暇つぶしだ。
後で別の店にでも行って、飲みなおせば良い。しかしそう思った矢先、酒場の空気は一気に変わった。それは、ある人物がやって来たからである。
「お、おい。あれって、イルザじゃないか! 」
冒険者の1人が、そう大きな声で言う。
イルザというのは、俺と違って良い意味での有名人だ。何せS級冒険者なのだから。現状、俺とは正反対の立場にいるというわけである。
凛としたその姿に、魅了される者も多いことだろう。
「この時期に、どうしてここに……? ってことは『遊撃騎士団』のメンバーたちも他に来てるってことかな」
「そうだよな」
「実は俺、『遊撃騎士団』に入りたかったんだよね」
「あんたじゃ無理よ」
周囲は騒めいている。
『遊撃騎士団』は、冒険者たちから最も高い評価を受けているクランであり、当然所属するメンバーたちは一流の冒険者と認められた者たちだ。そのためメンバーは皆、B級以上と言われている。
そしてS級冒険者のイルザは、『遊撃騎士団』に所属しているわけだ。
そんなS級冒険者様であるイルザ嬢は、周囲の喝采など無視して、ただ俺だけに視線を向けている。睨め付けられていると言った方が、正確だろうか……。
絡まれると面倒だ。
しかも、タイミングが悪いことに今はドラゴンのコアの買取査定中である。
引きこもりのイゴルという名で知られている俺が、ドラゴンのコアを売ろうとしていると知られたら色々と追及を受けかねない。
「イゴルさん」
と、ヒルダが受付カウンターから呼びかける。何もかも、タイミングが悪すぎるだろう。
しかし、ただじっとしているわけにもいかないので、俺は席を立ち受付カウンターへと向かった。
「金額はどのくらいになったんだ? 」
「金貨1000枚になりますが、額が額なだけにお支払いは後日になります。よろしいですか? 」
「ああ。それで構わない」
俺はそう言って、直ぐに冒険者ギルドを後にしたのである。
それから俺は、落ち着いて飲めるバーへと向かった。
予定していた時間よりは早いが、遅れるよりかはずっと良い。
※
ちょうど、イゴルが冒険者ギルドを後にしたころ。
副支部長の部屋には、B級冒険者のデニスが訪れていた。
「デニス君。ちょうど良い理由が見つかったな」
「ええ。副支部長のおっしゃる通りです。F級でドラゴンは倒せません。何か、不正を働いたのは間違いないでしょう」
「直ぐに、書類作成に取り掛かる。後はデニス君の好きにすれば良い」
「ええ。最近、自宅の地下にある倉庫で物品を預かってましてね。少々気味の悪い物品ですが、イゴルなら好みそうですね」
「無能な奴に新しい職場を提供するなんて、デニス君。キミはさすがだよ」
「いえいえ。では、そろそろ失礼します」
デニスはそう言って副支部長の部屋を出ると、そのまま冒険者ギルドを後にした。足並みは早く、誰から見ても急いでいるように見える。
実際彼には、どうしても外せない予定があるのだ。
そして汗だくなったデニスは、目的地……自宅に到着した。デニスの自宅は高級住宅街の一画にある。つまり、高級住宅に住んでいるわけだ。
「お客様がお見えになっております」
デニスが玄関に入るや否や、1人の女がそう言った。
彼女は、決して使用人やメイドといった類の立場ではないが、それに近い仕事もしているのだ。
「判っている」
デニスは、直ぐに応接室として使っている部屋へと直行した。
「お待たせしてすみません」
焦った表情で部屋に入ったデニスは、疲れもあってかソファに座った。その様子を見た女は、一旦部屋を離れる。
「いや、構わん。きちんと仕事さえしてくれれば良いのだ。それに、キミが紹介してくれた彼も手際よく掃除をしてくれたし、今後も期待しているよ」
特に気にする様子もない見せない客人が、寛ぎながらそう言った。
すると、直ぐに女が戻ってきて水を運んできた。デニスはそれを飲み干す。
「……例の物は、地下に保管してあります」
「では、早速確認しても良いか? 」
「はい」
そして、デニスと客人は地下室へと向かったのであった。
※
「話は聞いた。俺も≪扉≫が使われたものと思う」
相席している男が、そう言った。
もちろん、偶然の結果で相席しているわけではない。元々、ここで会う約束をしていたのだ。
「ええ。これで我々に敵対している魔族諸国は、色々な場所を容易に攻撃できるようになったわけです」
「ああ。早急に手を打つ必要がある。近いうちに、またお前に苦労をかけることになるかもな」
「わかりました。それまでに、私も自分のしたいことを済ませておきますよ」
俺は、個人的にやりたいことがある。冒険者になったのもそのためだからだ。
「いや、お前には大人しくしてもらいたいものなのだが? 」
個人的にやりたいことについて、ある程度危険が伴うのも事実である。彼はそれを充分判っているからこそ、そう俺に言ったのであろう。
とはいえ、俺はただ黙って大人しくするつもりはない。
「もし私が個人的なことで死ぬ奴なら、お役に立てないでしょう? 」
「……あまり自惚れないことだ。どんなに才能にありふれた奴でも、呆気なく死ぬ。俺だって、その可能性がある。まあ、とにかく慎重に頼むよ」
彼の言い分も判る。それが、俺の個人的なものだったとしても。
ある意味で、俺が死なないことは≪仕事≫の1つなのだろう。
≪仕事≫は俺に与えられた役割なのであって、忠実に遂行しなければならない。それが、俺に与えられた役割ならば、死んでしまったら終わりだ。
しかしながら、俺だってやりたいことはある。
俺だって1人の人間なのだ。
「いざという時は、私の個人的なことに協力してもらって良いですか? 俺が確実に死なないためには、それしかないと思いまして……」
「すまん、余計なこと言ってしまったな。で、お前のしたいことは、俺たちがやるべき仕事にもなり得るものだ。協力以前に、必要性があれば我々も正式に動く。とりあえず、ドンパチに必要な頭数は、お前でも揃えられるだろう? 後は俺がバックアップしてやるから、何も気にせず派手にやれば良い」
「ありがとうございます」
それから、軽い雑談などで時間をつぶし、それぞれ店を出たのであった。
- Re: 王国の守護者 ( No.10 )
- 日時: 2023/05/13 09:33
- 名前: 牟川 (ID: HAhG.g1E)
第9話
翌日。
俺はいつも通り、冒険者ギルドにやって来た。
主な目的は、ドラゴンのコアを売った代金を受け取るためである。まあ、何か簡単な依頼でもあったら引き受けるとしよう。
「イゴルだ。代金を受け取りにきたのだが……」
「はい。ご用意しておりますので、少々お待ちください」
受付嬢のヒルダは、そう言って奥に入っていった。
それから数分が経ち、他の者を連れて戻って来た。
「担当の者です。別室へご案内いたします」
担当だという者は、中年男性だった。
俺は一先ず、その中年男性について行く。
そして、案内された部屋に俺は入った。『支部長室』と書かれていたのは、気のせいであろうか……。
「さて、きちんとした紹介はまだだったね」
男がそう言う。
「私は冒険者ギルドの王都ムーク市支部に於いて、その支部長を務めるアレクサンダー・バラデュールという者だ」
まさか、支部長が直々に絡んでくるとはな。
ここの支部長は不在が多い。そのため、普段は副支部長がこの支部の業務を取り仕切っているのだ。
「そろそろ来る頃だろう」
と、支部長が言う。
少し時間が経ち、部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。
「入りたまえ」
「失礼します」
若い女が入ってきた。
見覚えのある……馴染みのある顔だ。
「こちらはイルザ・ボルスト君だ。当然、イゴル君も知らないわけがないよね? まあ、今日は兄妹同士で水入らずに話をすると良い」
俺のストレスゲージは急上昇する。
意識が朦朧となり、動悸も激しくなってきた。
「ちょ、ちょっと待ってください。代金を受け取るために俺はやって来たのですよ? それにこれから用事もあるわけですし、こういうことは事前に伝えてもらわないと……」
しかし、支部長は俺の言葉をスルーする。
代わりに、イルザが近づいてきた。
「冒険者なんてやめなさい。貴方には無理よ」
この感じからして、イルザは自分の言いたいことを言うためだけにここへ来たのだろう。
なら猶更、俺も対抗しなければならないな。
「別に俺が何をしようが、それは俺の勝手だ。S級冒険者の忠告は、それなりに重みがあるのは間違いないと思う。しかしそれでも、俺のことに口を出すな」
「ドラゴンのコアは誰から貰ったの? 」
「自分で倒して、そして手に入れた。それだけの話だ」
「嘘よ」
「何で嘘なんだ? 」
「貴方は、ドラゴンを相手にした時の状況を本当に知っているの? 上級冒険者が複数で取り掛かっても多くの死者を出す……それほどの相手だよ。私だって、仲間の死を間近で見てきたわ。何度もね」
イルザが、俺を疑ったり忠告したくなる気持ちは判る。
彼女も、ドラゴン相手にそれだけの経験はしてきたのだろう。
「つまり、引きこもりのはずの俺には到底倒せないってわけだな」
「そうやって、卑屈になって誤魔化さないで。誰に渡されたの? それとも脅されていて話せないの? 」
要するに、俺は犯罪集団の使い走りだと思われているわけか。
「俺は事実しか話していない。俺が自分の手でドラゴンを倒して、コアを手に入れた。どうしてもその事実が気に入らないのであれば、証拠でも捏造して後は好きに事実をでっちあげるなりしてくれ」
俺はそう捨て台詞を吐いて、支部長の部屋を出た。冒険者をクビになっても構わないが、今すぐにクビになるわけにはいかない。
あと少し。
それだけの辛抱だ。
※
F級冒険者イゴルが、支部長を出てしばらく経った頃である。
「『遊撃騎士団』に、支部長として正式に依頼する。イゴル・ボルストの情報を可能な限り集めて欲しいのだ」
支部長もまた、F級冒険者イゴルを不審に思っているのだ。
しかし、この問題に支部長が関心をもつようになったのは偶然が重なったためだった。
それは、支部長が珍しく王都ムーク市の支部へ戻って来たタイミングで、大きな騒ぎになっていたからである。その騒ぎとはもちろん、F級冒険者イゴルがドラゴンのコアを売ろうとしていたことだ。
その騒ぎに出くわした支部長は、支部に於ける業務の殆どを任せている副支部長を差し置いて、自ら事態の収拾に出ることにしたのだった。
「本来なら、イルザ君にお願いしたところだが……」
先ほどまで、そのイルザも支部長室にいた。
「副団長は、数日休暇をとることになりまして……。『遊撃騎士団』では、メンバーが休暇をとるのはよくあることなのですが、もし副団長に任せたいなら連絡をとりましょうか? 」
支部長の問いに答えたのは、甲冑姿の男だった。
『遊撃騎士団』の中では、一応幹部に当たる人物である。
「休暇か……。いや、彼女の大事な休暇を奪うのもよくない。まあ、よろしく頼むよ」
「任せてください。可能な限り、イゴル・ボルストの情報を集めてきます」
※
とある屋敷にて……。
不意に、星形のバッチを3つ付けた男が現れる。
「殿下は? 」
と、寛いでいた青年に訊ねた。
「しばらく表向きの用事で忙しいみたいですよ。今夜はレゲムーク王家に招待されたとか」
「そうか。なら、色々と仕事がしやすくなるな。ところで、前々から頼んでいた件はどうなっている? 」
「各地から人員を集まってますし、例の物も無事に運ばれてきてます。あれだけの資金があれば、簡単ですよ。まあ、どうやって稼いだのかは知りませんけどね」
「そうか。では早速で悪いが、今度はこいつを尾行してくれ。例の物の一部をネコババしているようだからな。指示は逐一出す。定期連絡を忘れずに」
星形のバッチ3つの男は、そう言うと1枚の写真を取り出して青年に渡す。
「……わかりましたよ。帰ってきて早々、人使いが荒いですね。ホント、嫌になっちまいますよ」
青年は、文句を言いながらも仕事に取り掛かったのであった。
- Re: 王国の守護者 ( No.11 )
- 日時: 2023/05/14 09:50
- 名前: 牟川 (ID: HAhG.g1E)
第1章 王都での陰謀
第10話
「イゴル! オーガストの惨殺死体が発見された」
その言葉に、俺は目が覚めた。
俺は連日の徹夜業務で疲れていたため机に突っ伏して寝ていたのだが、眠気も一切消え去ったのである。
「なっ、何だって!? 」
突然の報告に、俺はそう叫んだ。
親友が死んだ。
それだけに、全身の感覚がおかしくなっているのだろう。フワフワしたように軽く、そして同時に重く感じるのだ。
所謂(いわゆる)、血の気が引いているというやつだろうか……。
「場所はどこなんだ」
「場所は、レゲムーク王国とゾラン公国との国境に近い……具体的に言えば関所に近い廃屋だそうだ」
ゾラン公国は、治安の悪い国家で有名である。そんな国に、わざわざオーガストが向かっていたと言うのだろうか……。
だが彼なら、ありえなくもない話だ。
上級冒険者だからである。上級冒険者となれば、きな臭い仕事も回って来るらしい。何かしら、そういう類の依頼を受けて動いていたところ、それをよく思わない者たちに殺されたのかもしれない。
「せっかく優勝したばかりだっていうのに……」
しかし、思うところがある。
毎年行われる冒険者大会。その優勝者の殆どが、直後に行方不明になっているのだ。まさか、オーガストも優勝したから殺されたのだろうか……。
俺は特に旅をする用意もせず、路銀だけを手にして職場を抜け出したのであった。
※
レゲムーク冒険者大会に関連するポスターが、王都ムーク市のあちこちに貼られている。
近々、ここ王都ムーク市で冒険者大会が開かれるのだ。冒険者であれば、誰でも参加が可能である。
大会の主催者は冒険者ギルドである。
そして、協賛者としてレゲムーク王家などが名を連ねており、毎年王都ムーク市で開かれている。
「街中が賑わってきたな……」
冒険者大会の期間は、連日お祭り騒ぎになるのも毎年恒例の出来事であるし、ホテルなども満室になる。外から人が流れてくるためだろう。
そんな浮かれた街中を流れに任せながら進む。周囲の高揚感によるであろう賑わいに反して、俺の気分は良くない。
今朝(けさ)見た親友の死に関わる夢を見たこと、そして何者かが俺を尾行しているからである。
俺は特殊能力を応用することで、自身が尾行されているか否かをある程度判断できるのだ。とはいえ、それだけでは誰に尾行されているかまでは判らないのだが……。
尾行を撒くために時間をかけて、王都ムーク市を出た。
「待たせたな」
待ち合わせ場所に到着した俺は、先に来ていた2人と合流した。2人はE級冒険者のユウとミヤビである。先日、スライムのコアを大量討伐していた際に知り合った仲だ。
「あ、ああ。そ、それじゃ早速行くか……」
ユウが震えた声で、そう言った。
その理由は、恐らくこれから討伐する魔物だろう。今回の依頼は森に大量発生したオオドクヘビの討伐である。
最低20体の討伐が、依頼達成条件だ。
もちろん、オオドクヘビのコアを回収することになる。20体未満でも買い取ってくれるだろうが、依頼達成条件を達成していればコアの買取価格も少しばかり割増になる。
少しでも多くカネが欲しいなら、依頼達成条件を充たすのは当然のことだろう。
さてオオドクヘビだが、成人男性1人を丸呑みに出来る程度の大きさなのだ。
その上、噛まれれば猛毒が人体を蝕むことになる。
慎重に相手しなければならないのは間違いないだろう。
そのような危険性が考慮されてのことなのかは判らないが、オオドクヘビ討伐の依頼を受けられるのはE級以上の冒険者(と一緒に同行するF級冒険者)からになっている。
「ど、ドラゴンを倒したみたいだし……大丈夫だよな? 」
「ドラゴンはアンタの炎で倒したの? 」
「殴って殺した。まあ、殴る前に火で炙ったがな」
端的に言えば、嘘はついていない。
「……そう、なんだね」
それから、俺たちは無言のまま目的地へ向かって進んだ。
少し気まずい状況だが、所詮は一時的な即席パーティだ。直ぐに2人とは別れて、それぞれの為すべきことをする。
無関係に近い関係……そう割り切ってしまえば良い。
だから、変に気を使う必要も無いだろう。
反対方向から、冒険者らしき集団が向かって来るのが見えた。
そして、すれ違う。
「あの引きこもり、また新しいパーティに入ったのか? 」
「また追い出されるだけだろう。しかし、あの2人も優しいよな。出来損ないを迎え入れるなんてな」
「あの出来損ないにも、報酬を分けるわけでしょ? 可哀想じゃん」
俺は大きなため息をつく。
この調子だと、冒険者を辞めても色々と嫌みや暴言を言われそうだ。
「アンタ、ああ言われて何とも感じないのか? 」
ユウがそう訊ねてくる。
「何も感じないわけではないが、怒ると、どっと疲れるんだよ。だからイライラしつつも我慢しているわけだ」
怒った後は疲れる。
なら、イライラしつつもそれを我慢した方が良い。それでも、流石に相手の度が酷すぎれば話は違うがな。
「てか、アンタ本当に引きこもりだったのか? 」
「まあ、引きこもりだったのは事実だ。だけど、周囲が思っているほどその期間は長くはないな」
「つまり≪引きこもりのイゴル≫っていう通り名は、大げさってことか」
「ああ。俺から言わせるとそうなる。これ以上は……あまり俺の経歴は話したくない。変に詮索されたくないからな」
あれこれ聞かれたくない。
だから、俺はあまり自分から経歴は話さないことにしているのだ。とはいえ、別に隠しているわけではないので、俺の経歴を知っている者もそれなりにいるだろうがな。
「でも冒険者になるまで、別の仕事をしてたんだろ? 」
「それは当然だ」
俺がそう答えると、ミヤビが馬鹿にしたように笑った。
「じゃあ、あの時の火炎放射はその仕事に関係しているわけだよね。詮索されたくない割には、調子に乗って色々やってない? ドラゴン倒したりさ。おかしいでしょ」
小娘め。
正論だ。
「脇が甘いんだよ。昔から。所詮は頭が単細胞だからな。闘技場で無作為に暴れてるのがお似合いだ」
実際に、闘技場で魔物相手に暴れた経験がある。何だかんだで、楽しかった思い出の1つだ。
「向いてそう。だって、アンタ馬鹿そうに見えるもん」
全く。
調子の良い奴らだ。しかし、変なプライドさえ持っていなければ、こういう会話も楽しいものだな。
俺たち3人は、さらに先へと進む。
しばらく進むと、見覚えのあるパーティ一行が前方を進んでいるのが見えた。人数は3人。つい最近まで4人で行動していたパーティだったが、事情によって3人になってしまったわけである。
そのパーティ名は『乙女隊』。
俺がつい最近まで所属していたパーティである。
彼女たちの進む足取りは、決して速いものではなかった。
だから、俺たち3人は直ぐに彼女たちを追い抜く。
「イゴル!? 」
背後から、声がする。俺の名を呼んでいるのだ。
「エリンか」
俺は、歩みを止めて振り返るであった。