複雑・ファジー小説
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- 王国の守護者
- 日時: 2023/05/06 19:24
- 名前: 牟川 (ID: HAhG.g1E)
あらすじ
突然の退学処分に驚いたことを、今でも覚えている。
そして、退学処分が決まった俺に対する……周りの者たちの態度を。
元々俺が嫌われていたのかは判らない。
トラウマとなり、俺は退学後直ぐに引きこもりになった。
さらに、追い詰められた俺はただ逃げる思いで、家出をすることを決心した。
夜中に自宅を出て、ホームレスなどが多い地区へと逃げ込んだのである。今ではホームレスの姿はあまり見られないが、当時は、とても多かった。
※
あれから数年が経つ。
その数年の間に、俺は生死の境を何度も潜り抜けながら、今日もまだ生きている。もはや、大抵の事では死ねなくなっただろう。
そして、今は個人的な理由のため冒険者になった。親友だったオーガスト……彼を殺した奴を探すためである。
そのために冒険者に登録したのだ。
無論、賭けのような要素は否定できないが、現状ではそれしか思いつかない。
冒険者など直ぐに辞めるつもりなのだが、今俺は『脱兎の耳』というパーティに所属している。リーダーを務めるデニスという有望株に、強引に勧誘されたためだった。
なら、しばし冒険者生活を続けても良いと思った。
ところが、ここにきて俺はパーティを追い出されそうになっていたのである。
- Re: 王国の守護者 ( No.2 )
- 日時: 2023/05/06 19:52
- 名前: 牟川 (ID: HAhG.g1E)
第1話 パーティからの追放
「イゴル。キミにはうんざりだ。もう俺たちのパーティから出ていってくれ」
と、パーティリーダーのデニスが言う。
その表情からも、俺に対してうんざりしていることが判る。そして、他のパーティメンバーたちの表情も同様のものだった。
「わかった」
俺は素直にそう返事をする。
「長年……キミは引きこもりだったんだ。悪い言い方をすれば、使えなくて当然だよな」
デニスの口調は、次第に強くなってくる。まあ引きこもりだったのは事実だが、それは何年も前の話だ。
その話を持ち出されても、俺としては困るところなのだが……。
しかし、その事実を知らないパーティメンバーたちは、デニスに便乗して嘲笑する。
「イゴルって、本当に使えないよね。こんな奴のために、報酬が減るのはホントっ嫌」
と、『脱兎の耳』メンバーの1人である女冒険者アンナが言う。彼女は、俺が『脱兎の耳』に加入した当初から毛嫌いしていた節があった。そのためか、ここぞとばかりに俺を責め立ててくる。
「素直に応じているんだ。これ以上言わないでくれよ」
俺も人間である以上、あまり言われるとイライラする。
だから、そう言った。
「何がこれ以上言うなだよ? このパーティに入って4カ月。キミは何もしなかったじゃないか。そんなキミにも報酬を山分けしていたんだぞ? この穀潰し! 」
デニスの怒りを食い止めていた壊れかけのダムが、ついに決壊したのだろう……。
「悪かったよ。なら、今まで分け前として貰った報酬は全て返す」
「返す? なら、奴隷として僕のために何でもしてくれるんだよね? お詫びの印として、そのくらい出来るよね」
この野郎……。
「わかった。なら、カネは返さない。自由に使わせてもらう。じゃあな」
俺はそう言って席を立ちあがり、冒険者ギルドの建物を後にしたのであった。
「このクズが! また引きこもりにでも戻るんだな! 」
デニスの大声が聞こえてきたが、まあ放っておくとしよう。これで、B級冒険者パーティ『脱兎の耳』とお別れだ。1匹のネズミが消えて、さぞ気が晴れたことだろう。
俺はそのまま、自宅へ向かって歩く。
と、その前に飲みなおして帰るとしようか。
それにしても、やはり王都ムーク市内には浮浪者の姿が全く見えない。これでも数年前は、市内のあちこちに居たというのに……。
1カ月後。
冒険者ギルドに併設された酒場にて……。
「イゴル。貴方には出ていってもらう」
と、パーティリーダーのエリン・アストリーが言う。
まさに、1カ月前を思い出させてくれるシチュエーションだ。俺はあれから、ルーキーたちで結成されたパーティ『乙女隊』にスカウトされていた。
『乙女隊』だけに、俺以外のパーティメンバーは全員女性だったわけだが、まあ俺が今回抜けることで名実とも完全に『乙女隊』になるわけだな。
「わかった」
我ながら、あっさりしているような気がする。何だか人間味を感じない。
「イゴルには……このパーティは相応しくない。でも他はすぐ見つかるはずよ」
「そうか。で、今まで俺が貰った報酬はどうする? 」
1カ月前、デニスにそう訊いた時のことを思い出す。返すと言ったら、奴隷になれと言われたのだ。
「それはそのまま、イゴルの分で良いよ。当然の報酬なのだから」
デニスと違って、エリンは優しいようだ。
「そうか。じゃあな」
俺はそう言って、席を立ち上がろとする。
パチン!
俺の右の頬に、衝撃が走る。エリンがビンタをしたのだ。
彼女は涙目になっている。
「……どうした? 」
咄嗟に、俺はそう訊く。
暴行を受けたわけだが、怒りは湧いてこない。それほどに、突然のことで驚いているからである。
「……」
しかし、彼女は黙ったままだ。だが何も言葉を発さない代わりに、涙がポロポロと流れる始末である。
どうやらエリンは、デニスとはまた違う感情を俺に対して抱いているようだ。
まあ、それが具体的にどういうものか俺には判らないが……。
「と、とりあえず俺は冒険者ギルドには顔を出す。もし何か言いたければ、その時に好きなだけ言ってくれ」
俺はそう言って、逃げるように冒険者ギルドを後にした。
「明日からソロで活動するか」
冒険者として……さらにソロで飯を食っていくのは、俺からすれば簡単なはずだ。
むしろ、他の冒険者といがみ合いながらどこかのパーティメンバーでいるよりかは、ソロの方が気楽で良いかもしれない。
ただ、依頼によっては、複数人での活動を条件とするものもある。そして、そのような依頼に限って報酬も良いのだ。
とはいえ、そもそも俺はカネが欲しいという理由だけで冒険者を始めたわけでもない。
冒険者という身分を欲して、冒険者になったのである。冒険者であれば、冒険者大会に参加できるからだ。
つまり、無理して依頼を受けなくても良いわけだが、それでも目先の「あぶく銭」というのは、強烈に欲しくなるときがある。
翌日。
俺はとりあえず何かしらの依頼を受けるために、冒険者ギルドへとやって来た。
「見ろよ? あの引きこもり、またパーティを追放されたって言うのに、今日もここに来るとはな」
「他に仕事が無くてしがみついているんだろ? 無様な姿だね」
「あいつの天職は引きこもりなのにな」
と、あちこちから心無い言葉が聞こえてくる。
さらに、すれ違った女性冒険者が侮蔑の籠った表情を向けてきた。
だが、そのようなことは放っておくに越したことは無い。ここへやって来た理由は、あくまでも依頼を引き受けるためなのだからな。
俺は、冒険者ギルドの掲示板を眺める。
1つの依頼で金貨数枚は欲しいところだが、あいにく俺はF級冒険者だ。通常、その額が手に入るだけの依頼を受けることは出来ない。
「スライム退治で良いか」
選択肢があまりない俺は、スライム退治の依頼を受けることにした。街道にスライムが大量発生して通行の妨げになっているらしい。
報酬は、スライム一体の討伐で銀貨1枚だという。討伐の証明方法として、スライムのコアを拾う必要があるのだが、その銀貨1枚にはスライムのコア買取の分も含まれているとのことだ。
まあ、とりあえず100体倒せば、金貨1枚になる計算だな。
「すみません。スライム退治の依頼を受けたいのですが」
俺は、貼り付けられた依頼票を手にして受付に向かった。
どうやら担当していたのは、顔なじみの受付嬢ヒルダだったようだ。
「この依頼を受けたい」
「あら? イゴルさん。今日は……ソロですよね」
受付嬢のヒルダも、俺の話は聞いているのだろう。
「ああ。まあ、スライムくらいならソロでも充分だろ」
「確かにそうですけど……イゴルさんはF級冒険者です。スライムだからと言って侮ってはいけませんよ? パーティの斡旋もやっていますので、もしよければどうですか? 」
「いや、しばらくはソロでやらせてもらうよ」
「そうですか」
受付嬢ヒルダはそう言って、依頼票にハンコを押す。
「……ではお気をつけて。危ないと思ったら、直ぐに逃げてくださいね」
それから俺は直ぐに、スライム退治に向かったのであった。
※
イゴルが去って行く姿を眺める2人の姿があった。
1人はB級冒険者のデニス、もう1人は冒険者ギルドの王都ムーク市支部における副支部長を務める男である。
「副支部長。今度は彼にしましょう。今度は彼をこの冒険者ギルドから追放するのです」
そう言うデニス。
表情こそ神妙な面持ちだが、彼の内心はその表情に似合わないものだった。自己の欲求を叶えたいだけなのだ。
「デニス君の言うとおりだな。あいつ(イゴル)は2度もパーティから追放されている。その上、ソロ活動中に失態でもされると我々冒険者ギルドの名も下がる。そろそろ冒険者ギルドからも追放するのが良いだろう」
「まあ、1回目は僕が追放させたんですけどね。……ところで、今月分です」
デニスはそう言うと、副支部長に金貨数十枚をこっそりと手渡す。
「ありがとう。いつも助かるよ。そろそろ戻る。仕事があるからね」
手慣れた手つきで、それを受け取った副支部長は去って行く。
そして、デニスの表情は途端に変わるのだった。醜悪な笑みに。
「キミの絶望した表情を見せてくれ。そして僕の忠実な下僕になるんだ」
と、誰にも聞こえない声で呟くのであった。
- Re: 王国の守護者 ( No.3 )
- 日時: 2023/05/06 19:56
- 名前: 牟川 (ID: HAhG.g1E)
第2話 ソロ活動と取引
俺は引き受けた依頼をこなすためホウキとチリトリを買い、王都ムーク市を出て指定された街道にやって来た。
「確かに、スライムで溢れかえっているようだな」
街道を埋め尽くす限りのスライムたち。通行を妨げる……どころではなく、もはや通行が不可能なレベルに違いないだろう。
「とっとと終わらせてしまうか」
スライム大量発生の原因も気になるところだが、ここは魔法でも使って早いところ終わらせるとしよう。時間を無駄にして、他の冒険者たちに邪魔はされたくない。
「俺の火炎放射でも喰らうんだな! 」
俺は、手から炎を出した。
目の前のいるスライムたち見る見るうちにが溶けていく。もちろん魔力の消費量は半端ないが、出し惜しみをする必要はないだろう。
俺は炎を出しながら、先とへと進む。
焼き尽くした痕には魔物のコア(スライムのコア)が多数転がっていた。魔物のコアは、魔物ごとに形状・大きさ・色が異なるもので、魔力が込められている。
「スライムのコアでも拾うとしようか」
せっかく倒しても、証明になるコア収拾をしなければ倒したことにはならない。
俺は落ちているスライムのコアを広い、ガラ袋の中にどんどん入れていく。
「おい見ろよ!? スライムのコアが大量に転がっているぜ」
面倒なことに、他の冒険者たちもやって来てしまったようだ。
「ねぇ、引きこもりのイゴルもいるんだけどぉ。1人でコアの収集かなぁ」
と、俺に絡んでくる。
どうやら、連中はパーティのようだ。男1人と女1人。年齢も近いものと思える。恋人同士のパーティなのだろうか……。
「1人でコアの収集をやってて悪いか? 」
「ソロじゃろくに魔物も倒せないもんな? 良かったな今日はコアが転がっていて」
こいつらは、俺がスライムを焼き尽くしたという可能性には考えが至らないようだ。それだけ、俺に対する『引きこもり』という評価が強烈なのだろう。
とりあえず、無視して収集を続けるとしよう。
「ちぇっ。無視しやがって」
そう捨て台詞を吐きつつ連中も、俺から離れてコアの収拾を始めた。ここに転がっている分は全部俺が倒したわけだが、まあ良いか。
俺は、ホウキとチリトリを使って効率よくコアの回収をする。
周囲では相変わらずスライムたちが蠢ているわけだが、俺にとっては大したことではない。一方で俺に絡んできた冒険者パーティは、蠢くスライムたちを警戒しながら回収作業をしていた。
それから、小一時間ほどで俺は大量のコアを拾い集めたのであった。
「まだガラ袋もあるし、もう1回焼き尽くすか」
俺は、再び火炎放射を始める。
焼き尽くされていくスライムたち。数こそは多いものの、単調な仕事には違いなかった。
「ああ。暇だな」
単調故に、暇で退屈だ。
スライムどもも、立ち向かってはこない。ただ蠢いていて、そしてただ焼かれていくだけなのである。
「ま、マジかよ……」
「そんな……スライムが可哀想」
先ほど俺に絡んできた冒険者パーティの連中が、そう声に出す。
まだ居たのか。全く面倒な奴らだ。
「何を見ている? コアでも回収すれば良いだろう」
まだスライムのコアは、そこらに散らばっている。俺には構わず、それを回収すれば良いものを。
だが、彼らはその場で立ち尽くす。
「俺のような引きこもりが、こんな技を使っているのを見て絶句しているのか? 」
俺はイヤミ混じりにそう言った。
そもそも俺は、周りが言うほど引きこもりの期間が長かったわけではない。
「ありえねぇだろこんなの。アンタ一体なんなの? 」
と、男の冒険者がそう言う。
「ただのしがない冒険者だ」
彼らは黙り込む。
出会った当初とのギャップに、俺は内心面白く感じる。あれだけ人を馬鹿にしておいて、小一時間が経った今となっては立ち尽くして絶句しているのだから。
「ところで提案があるのだが……」
俺はそう切り出した。
彼らは尚も黙っている。だが、決して無視しているわけではないのだろう。視線は俺に向いているのだ。
「スライムのコアは好きなだけ拾ってくれて構わない。だから俺と取引をしないか? 」
「きょ、脅迫のつもりか!? 」
男の冒険者が、怯えた表情を見せ、かつ震えた声を出してそう言った。一緒に居る女冒険者も心配そうな表情で俺を見つめる。
「脅迫のつもりではないし、そもそも勝手にスライムのコアを拾って行っても、文句を言うつもりは無い。それに、後で危害を加えるつもりもないよ」
俺はあくまでも、相手の良心に訴えたい。
「何をしろって言うんだ」
「依頼によっては、複数人での活動を条件とするものもある。もし、俺がそのような依頼を引き受けたいときに、協力してもらいたいと思ってな」
基本的なソロで活動するつもりだが、いざという時のためにも準備はしておくことに越したことはない。何も戦力が欲しいというわけではない。とりあえず、その手の依頼を引き受けるために必要な頭数さえ揃っていれば良いのだ。
「きょ、協力って何をしろって言うんだよ」
尚も、男の冒険者は声を震わせて、そう言う。
「そう怯えるな。俺としては、そういう類の依頼を一緒に依頼を引き受けてくれれば良いだけなんだ。もちろん体裁を保つために、依頼を達成するであろう場所付近までは同行してもらうことになるがな」
「……それなら……」
ようやく男の冒険者は承諾してくれたようだ。
「ちょ、ちょっと待って! そんなのごめんなんだけど」
だが、女の冒険者が騒ぎ出した。
俺の提案は決して悪いものでは無いはずだが、何か不満でもあるのだろうか……。
「何が不満なんだ? 」
「騙そうと思っても無駄。今ここでスライムのコアを拾わせてくれる代わりに、今後一生無償でアンタに付き合えって魂胆なんでしょ! 」
なるほど。
どうやら俺は、言葉足らずであったようだ。
「いや、当然報酬は人数ごとに山分けしようと思っているのだが? 」
仮に3人で行動し成功報酬が金貨100枚でなら、1人当たり金貨33枚程度になる。
「えっ……ホント!? 」
「ああ。もし気が乗るなら、是非協力してくれ。協力する気が無くても、スライムのコアは自由に拾ってくれて構わないよ。王都ムーク市の支部には今後頻繁に顔を出すつもりだから、声をかけてくれ」
「……ありがとう。ほら、ユウもお礼を言いないよ」
「あ、ああ。ありがとな」
まあ、2人にとっても悪い話しではないはずだ。ちょっと協力してくれれば、それでカネを得られるのだから。
「じゃあな」
俺はそう言って、スライムのコア回収作業を続けたのであった。
- Re: 王国の守護者 ( No.4 )
- 日時: 2023/05/06 20:45
- 名前: 牟川 (ID: HAhG.g1E)
第3話
複数のガラ袋を手に、俺は冒険者ギルドに戻って来た。
周囲の冒険者たちの視線を感じる。まあ、引きこもりにして無能と言うレッテルを貼られている俺がこんなにもガラ袋を持っていれば、怪しむのも仕方ないだろう。
だが俺はそんな視線など無視して、ギルドの受付へと向かう。
「イゴルさん。お帰りなさい」
と、受付嬢ヒルダが愛想よく声をかけてきた。
「とりあえず、精算を頼む」
俺はそう言って、複数のガラ袋をカウンターの上に置いた。
すると、受付嬢ヒルダは驚いた表情を浮かべる。
「い、イゴルさん……!? どうやってこれを? 」
「少なくとも違法な手段で手に入れたわけではないし、依頼の趣旨に反してはいないはずだ」
違法な手段とは、例えば盗みや略奪などが挙げられる。そして依頼の趣旨というのは、つまり実際にスライムを倒したかどうかということだ。
「……そうですか。とりあえず精算をしますが、少々お時間を頂きますね」
「わかった」
まあ、あれだけの量である。
精算に時間がかかるのは致し方ないことだろう。
俺は時間を潰すために、テーブル席に座り軽食を注文した。
それから2時間ほどの時間が経過した。既に注文した軽食は食べ終わり、尚も暇つぶしのために新聞を読んでいる。
「イゴルさん」
と、受付嬢ヒルダが近づいて来た。
「精算は終わったのか? 」
「はい。直ぐに受付カウンターまでお越しください」
「わかった」
俺はそう言って新聞を折りたたんだ。ようやく精算が終わったようだ。かれこれ2時間程度は経っている。
ともかく、受付カウンターへと向かった。
「で、どのくらいの額になったんだ? 」
「はい。金貨62枚になりました。かなりの儲けですね。まあ、精算係の人は大変そうでしたけど……」
金貨62枚か。
つまり、スライムのコアを6000枚程度は回収したことになる。だが、スライムのコアはまだ散らばらっていたし、もしかしたら1万匹は軽く討伐しているかもしれないな。
「それはすまないことをさせた。金貨2枚を担当の精算係に渡してくれ」
俺は受け取った金貨62枚の内、2枚を受付嬢に渡した。
まとまったカネを手に入れたのだ。少しくらいは、担当者にくれてやっても良いだろう。
「よろしいのですか? 」
「ああ」
「……わかりました。担当に渡しておきますね」
「よろしく」
俺は、そう言って冒険者ギルドを後にした。
金貨60枚も手に入ったのだ。これだけあれば、数カ月は働かなくとも生活できる。もっとも俺は月に一度まとまったカネが入るので、遊びや嗜好品に使ってしまっても問題ないが……。
数日が経過した。
俺はその間もテキトウに依頼をこなして、平均して1日当たり金貨2枚程度の稼ぎ得ていた。ソロ活動初日に得た金貨60枚に比べれば明らかにに少ないが、決して悪くはない。
「今回は、この依頼を受けようと思う」
俺はそう言って、依頼票を受付嬢ヒルダに手渡した。
「イゴルさん……。確かにこの依頼はF級冒険者でのソロ活動は可能となっていますが、流石に危険ですよ? 」
と、受付嬢ヒルダが心配する。
まあ、彼女が心配する理由も確かに判らなくはない。
「ドラゴンによって襲撃された村の復興活動の手伝い。依頼自体に危険性はそこまでありません。しかしドラゴンが襲撃したということは、まだ付近にドラゴンがいるかもしれないのですよ? 私は反対です! 」
「なるべく気を付けるから、早いところハンコを押してくれないか? 」
他にもF級冒険者向けの依頼はあったが、個人的に、ミズロン村で起こったことに興味を持っため、この依頼を引き受けることにした。
まあ、依頼を受けずともミズロン村へ行っても良いのだが、この依頼は報酬が都合よく設定されているのだ。とりあえず依頼を引き受けて現地に行くだけで、金貨5枚の報酬を得られるのである。
さらに、滞在中に実際に復興活動を手伝えば、銀貨30枚の日当がもらえるのだ。
また、滞在中には最低限の衣食住も提供されることになっている。
「私は何度もルーキーたちの不幸を見てきています。順調な日々が続いている時こそが、一番危険なのですよ? ほんの少しだけ傲慢になって、そして死んでいくのです」
「良いから早くハンコを押してくれ」
しつこすぎる。
少なくても俺は、この冒険者ギルドでは悪口の対象になっている身だ。それなのに、どうして彼女はここまで俺を心配するのだろうか……。
むしろ俺は、そんな彼女を鬱陶しく感じた。
「イゴルさん。ここ数年、多くの冒険者が何者かに殺されているんですよ? そういう意味でもソロは危険なんです。冒険者大会(・・・・・)も近いですし……」
イライラさせてくれる。
「良いから」
俺はそう言うと、ようやく彼女は依頼票にハンコを押した。
それから、俺は冒険者ギルドを後にしたのである。
- Re: 王国の守護者 ( No.5 )
- 日時: 2023/05/07 10:03
- 名前: 牟川 (ID: HAhG.g1E)
第4話
村の名前はミズロン村。
この村こそ、今回俺が向かおうとしている目的地であり、ドラゴンによって襲撃された村だ。
今現在、ミズロン村まで直接行く馬車は無い。それは、ドラゴンの襲撃によって、付近の街道にも被害が出たからである。
つまり、最終的には自分自身の足を頼りに辿り着かなければならないのだ。
因みに、王都ムーク市からミズロン村に行くまで片道2日~3日かかるのが一般的と言われている。
まず、ミズロン村に一番近い町であるシェヌロカの町に行くまで普通の馬車で2日かかり、さらにそこから移動するわけだ。今回は、ミズロン村まで行く馬車は運行していないため、シェヌロカの町からは徒歩になる可能性が高い。
そんなわけで、なるべくなら早く出発したいところなのだが、俺はとある喫茶店にやって来ていた。つまり、まだ王都ムーク市すら出ていないわけだ。
「ミズロン村に行くのか? 」
「ええ。既にご存知だとは思いますが、ドラゴンに襲われたみたいですのでね。少し調べてきますよ」
相手の問いに、俺はそう答えた。
「そうか。お前のことだし、好きにしてきたら良い」
と、相手が言う。
「わかりました。あくまでも冒険者として……程々に調べてきますよ」
「冒険者として……か。お前には無理だろうがな」
「無理ですか……? そういう言い方をされるとなると、もう既に何か掴んでいるのですか? 」
「大した情報は入ってきていないが、ドラゴンは魔物だ。魔物ということは当然使役の対象になるだろう」
「なるほど。魔物を使役するような連中が絡んでいるなら、お互いに真面目に取り組まなくてはならなくなりますね」
「そういうことだ。……ところでシェヌロカの町に寄るだろう? そこの街道保安官の事務所にこれを届けて来て欲しい」
そう言って、相手が封筒を手渡してきた。
「判りました。シェヌロカの町に寄ったら、渡しておきます」
俺は、その封筒を受け取る。
「実は、シェヌロカの町で拘束していたある男が逃走してな。そいつ自身の魔力は大したことはないのだが、厄介なことに魔物を使役する魔法を習得しているんだ。まあ、よろしく頼むよ」
「……魔物を使役する魔法ですって? 」
まさか、そいつがドラゴンを操っているのではなかろうか。
「そう驚くな。今言ったとおり、奴の魔力は大したことはない。それに目を赤く光らせて暴れることも無かったことから、少なとくとも奴単体での脅威度は低いだろう。だが、奴の自宅には骸骨の模型が無数にあったんだ」
「なるほど……」
その骸骨の模型を使って、何か危険な行動に出ようとしていたのかもしれない。
「さて、お前もこれから出かけるんだ。そろそろ、解散しようか」
「はい」
そして俺と相手は、会計を済ませて喫茶店を後にした。
相手とはそこで別れて、俺は馬車駅へと向かう。
寄り道をしたとはいえ、特急馬車でも使って一秒でも早くミズロン村に行きたい。
ただ、報酬額である金貨5枚が上限だ。今回の依頼では、旅費などの手当ては全く付かないので、金貨5枚を超えてしまったら赤字になってしまう。もちろん日当で稼ぐ手もあるが、そこまで長居するつもりはない。
報酬はついでだ。赤字にならず、そして少しだけプラスになれば良い。
「シェヌロカの町まで行きたいのだが、特急馬車の値段を教えてくれ」
「ここからシェヌロカの町までだと、銀貨50枚になるね」
銀貨50枚か。
つまり、特急馬車を往復で利用すれば金貨1枚になる。
「わかった」
俺は代金を支払い、窓口の係員から特急馬車のチケットを受け取った。それから直ぐに、シェヌロカの町方面へ行く特急馬車に乗り込んだのである。
退屈な馬車の旅も、シェヌロカの町に到着したことで一旦終わった。
王都ムーク市を出たのは今日の朝だ。既に夜になっているが、わずか1日でシェヌロカの町に到着したのである。
俺はシェヌロカの町で一夜を過ごし、朝一番に街道保安官の事務所へ立ち寄り、封筒を渡した。特に会話をすることも無く、数分もしない内にやり取りは終った。
それから、徒歩でミズロン村を目指すことになった。
途中の馬車駅までは運行している可能性もあると考えていたが、係員に訊いたところミズロン村方面の馬車は一切運行していないと告げられた。
具体的な距離は判らないが、先ほどの係員から徒歩で半日かかるとは聞いている。今日中にはミズロン村に着けるだろう。
ちらほらと、冒険者たちの姿が見える。その中には、王都ムーク市のギルド支部でよく見かける連中もいた。
「見ろよ? 引きこもりのイゴルだぜ」
「マジかよ。引きこもりなのに復興活動の手伝いなんか出来るのかね」
「むしろ、復興活動の妨害とかしそうだよな」
と、連中は俺の姿に気づくなり、ゲラゲラと笑いながら俺を小馬鹿にするようなことを言ってくる。
相変わらず、俺の評判は悪いようだ。
だが、ひたすら先に進むと連中の姿は無くなっていった。大方、疲れて休んでいるのだろう。冒険者ならもう少し体力があっても良いだろうに。
途中の馬車駅を越え、さらに進む。
ただひたすら歩くのが、少々懐かしく感じてくる。
さて、ミズロン村に近づいてきたのかは判らないが、道の真ん中に大きなクレーターが見えてきた。確かにこのような状況では、馬車は通れないだろう。
そして、周囲の草原も一面が真っ黒に染まっていた。
「酷いありさまだな」
と、俺は素直な思いを呟く。
本来、この地域にドラゴンが棲息しているという情報は無かったのだ。理由……原因は一体どのようなものなのだろうか。
俺は、そのようなことを考えながら先へと進んだ。
- Re: 王国の守護者 ( No.6 )
- 日時: 2023/05/07 10:25
- 名前: 牟川 (ID: HAhG.g1E)
第5話
ドラゴンの襲撃によるものか……。
とにもかくにも、酷い有様の道をさらに進むと、複数の建物が見えてきた。まだ遠いのではっきりとは見えないが、黒く焦げているだろう建物もある。
そして、集落らしき場所に着くと立札が立っており、ミズロン村と書かれていた。
どうやら、ミズロン村に到着したようだ。
「ミズロン村へようこそ。冒険者の方ですか? 」
村の入り口の付近に立っていた男が、そう声をかけてきた。
「はい。復興支援のためにやってきました」
「そうですか。では、村長宅まで案内します。そこでギルドカードと依頼票を見せてください。確認が取れたら、報酬を払うので」
男に案内され、早速俺は村長宅へと向かった。
村は、破壊の限りを尽くされている。残っている建物も、その全てが黒焦げになっており使い物にならなくなっているのだ。
そんな有様な中、冒険者らしき者たちが解体作業に当たっていた。
王立騎士団らしき者たちの姿や、この地域を管轄する街道保安官の関係者らしき姿もあった。一方で国家憲兵隊や国民衛兵軍らしき者の姿はない。
まあ、初めから判っていることだが……。
無言のまま、男と俺は先へと進む。
そして男は少しばかり大きい天幕までやって来ると、そこで立ち止まった。
「ここが村長宅です」
男がそう言って手で指し示し、中に入る。
「村長。また冒険者が来ましたんで、案内しましたよ」
男はそう言うと、直ぐに天幕から出てきてこの場から去って行く。
それから数秒の後、天幕の中から30代くらいの男が出て来た。
「ようこそ。ミズロン村へ。私が臨時で村長を務めている者です。早速ですが、依頼票とギルドカードを確認しますね」
と、30代くらいの男が言う。
臨時ということは、元々居た村長はドラゴンによる襲撃によって死んでしまったのであろうか……。
ともあれ、俺はギルドカードと依頼票を鞄から取り出した。
「はい確認が出来ました。では報酬をお支払いします」
と、村長が小さな袋を差し出してくる。
「どうも」
俺はそう言って、その小さな袋を受け取った。
それから俺は、細かい説明などを受けた後、滞在中に使用する居住スペースに案内された。
小さな天幕が密集して張られている。その1つ1つの天幕に、冒険者らしき者たちの姿がある。
スペースは極めて狭いが、雨風をある程度防げるだけで贅沢なもんだ。
とはいえ、プライバシーや盗難などの問題を考えれば、決して良い環境とは言えないだろう。つまり貴重品など大切な物は、常に肌身離さず持って置かなければならない。
今から、復興活動に従事するつもりはないが、村を回って見てみることにしよう。
俺は、あくまでも表向きは復興支援のために来たわけだが、その心の内ではドラゴンがこの村を襲った理由を知りたいのだ。
そのため、村を回って情報を得ようと考えたのである。
「やあ」
俺は、村人らしき若い女に声をかける。
「何ですか? 」
女は警戒した目つきで、そう答えた。
「ドラゴンがこの村を襲撃した時の話を聞きたい」
「……」
女は何も答えず、去って行った。
要するに、何も話したくないのだろう。
「おいっ! 」
男の声がする。
女と入れ違い様に、男がやって来た。見覚えがある。
「先ほどはどうも」
と、俺は言って軽く会釈をした。
彼は、村長宅まで俺を案内してくれた男だ。
「ナンパ目的なら、直ぐにここを去ってくれ」
強い口調で彼が言う。
その表情は、見るからに激しい怒りを感じさせるものだった。ナンパ目的でやって来た冒険者に、何度も遭遇したのかもしれない。こういう復興が必要な場所では、そういうことはよく起こる。
「別にそういう目的があって、声をかけたわけではない」
「じゃあ何が目的で声をかけたんだ? 」
「ドラゴンが襲撃してきた時のことが知りたいのだ」
「……あの時のことを聞いてどうする? 何が目的か知らないが、そういうことを聞くのはやめてくれよ。みんな辛いんだ」
彼の気持ちはよく判る。
それなのに、俺は単に気になったという理由だけでドラゴン襲撃時のことを質問しているのだ。微かに自己嫌悪を覚える。
しかし、俺は質問を止めるつもりはない。
「ドラゴンはどの方面からやって来て、そしてどの方面へ逃げ去ったのか。それだけでも判れば、とりあえずは充分なんだがな」
「偉そうな態度を取るなよ! 」
「俺はドラゴンの行方を追うつもりだ。だから情報が欲しい。ドラゴンが、またここを襲撃しにくるかもしれないだろう? 再び、あんたの身近な人たちが犠牲になるかもしれない」
「っんだと! 」
男がそう声を出すと、俺の胸倉をつかんだ。
まあ、俺の言い方が悪いのは判っている。相手の気持ちなど、いちいち考えない性分だからな。
「悪いが、俺は被災者の心のケアが専門じゃないんでね。そこのところは判ってくれよ? 」
「この野郎……」
男はそう声にだしつつも、俺を鋭い眼で睨め続け、そして深呼吸をする。
その間、俺は何も発しなかった。
「ドラゴンは北から来て、そして北へ逃げた」
ようやく、彼は情報を教えてくれた。事件の真相究明のため、合理的に対応してくれたのかもしれない。
「北から来て、北へ逃げたんだな? 」
「ああ。だけど、あんた1人でどうにかなるのか? それとも戦闘担当が別にいるならともかく……」
「俺のことは心配するな。そもそもドラゴンの居場所が判らなければ、どうすることも出来ないだろ。あと、カネも取るつもりはないから安心しろ」
「そうか。まあ、あんた1人死んだところで、今更気にすることもないしな。とりあえず、テキトウに頑張ってくれ」
男はそう言って、去って行った。
とりあえず、明日は北へ向かって散策してみよう。

