二次創作小説(新・総合)
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- Re:Re:ポケットモンスター REALIZE
- 日時: 2023/05/31 20:14
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: HBSbPqD3)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=12355
現在のあらすじ
一番の仲間を失った深部集団最強と言われている青年ジェノサイドであったが、世界を一変しかねない騒動を収めて以降平穏な日々を送っていた。
そんなある時、これまで確認されることの無かった"メガシンカ"が発現したという噂を聞き、調査へと乗り出す。
それと同時に、深部集団の世界では奇妙な都市伝説が流布していた。結社の人間を名乗る男の手紙を受け取った組織は例外なく消滅してしまうという、悪戯にしては程度の低い噂。
メガシンカを追っていたジェノサイドの元に、正にその手紙"解散礼状"を受け取ってしまった組織の人間が現れて……。
結社。それは、深部集団そのものを含めた裏社会全般を作り上げた、大いなる存在。それが今、ジェノサイドと相見える。
第一部『深部世界』
第一章『写し鏡争奪篇』
>>1-7
第二章『シン世界篇』
>>8-24
第三章『深部消滅篇』
>>25-
第四章『世界終末戦争篇』
>>
第二部『世界の真相』
第一章『真夏の祭典篇』
>>
第二章『真偽の境界篇』
>>
第三章『偉大な旅路篇』
>>
第四章『タイトル未定』
>>
第五章『タイトル未定(最終章)』
>>
〜あらすじ〜
平成二十二年(二〇一〇年)九月。ポケットモンスターブラック・ホワイトの発売を機に急速に普及したWiFiはゲームにおいてもグローバルな交流を果たす便利なツールと化していった。
時を同じくして、ゲームにしか存在しないはずのポケットモンスター、縮めてポケモンが現世において出現する"実体化"の現象を確認。ヒトは突如としてポケモンという名の得体の知れない生物との共生を強いられることとなる。
それから四年後の二〇一四年。一人の青年"ジェノサイド"は悲観を募らせていた。
世界は四年の間に様変わりしてしまった。ポケモンが世界に与えた影響は利便性だけではなく、その力を悪用して犯罪や秩序を乱す者を生み出してしまっていた。
世はそのような悪なる集団で溢れ、半ば無法な混乱状態が形成される。そんな環境に降り立った一人の戦士は数多の争いと陰謀に巻き込まれ、時には生み出してゆく。
これは、ポケモンにより翻弄された世界と、平和を望んだ人々により紡がれた一つの物語である。
【追記】
※※感想、コメントはお控えください。どうしてもコメントや意見等が言いたい、という場合は誠に勝手ながら、雑談掲示板内にある私のスレか、もしくはこの板にある解説・裏設定スレ(参照URL参照)にて御願いいたします。※※
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.14 )
- 日時: 2023/03/11 20:20
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: 7wOTCLJF)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no
九月二十日。土曜日。
外はまだ明るい。そんな中でも、ジェノサイドは仲間と共に動いていた。
「この辺りでしょうか、リーダー」
彼と共に動き常に隣を守るように歩いているのは、鍛えたような筋肉を備えた坊主頭のケンゾウと、彼ら二人と比較して背が低く、まるで寝癖を直さずそのままにしているかのようなボサボサ頭をしたハヤテだ。
二人は仲が良いだけでなく、自他共に"ジェノサイドの両腕"として組織内でも認められている側近のようなポジションでもあった。
そのため、組織として行動する際はこの二人もセットで動くことが多い。今日がそんな日だった。
「あぁ。既に居場所は掴んでいる。奴はその内出てくるだろう」
「出てくる?」
「あぁ。今回の目的は組織"レシェノルティア"への攻撃だ。名前を聞いたことは?」
「たまに、ちらっと聞くぐらいは……」
「だろうな。俺も画面越しにしか見たことがない」
「レシェ……ってなんすかリーダー?」
しかめっ面をするハヤテをよそに、ケンゾウが割り込む。
「言えないからって諦めるなよぉ……。レシェノルティアは深部集団の組織だよ。ネット上……SNSだとかでいっつも邪魔をして来る連中なんだ。誹謗中傷やデマだけならまだ良いんだけど、僕達が別の組織と戦っている時に漁夫の利を得るような言動をしたり任務の邪魔になるようなパフォーマンスを繰り返す質の悪いストーカーみたいなものなんだよ。最近は"例の大学に奴がいる!" みたいな事も言ってて軽い騒動になっちゃったよね」
「オイ、それマジか!」
「ケンゾウ……まさかこれまでの話全部知らなかった……?」
何も知らないという事は理解力の問題だったのか、本当に情報が入ってこなかったのかどちらかだとしてもリーダーの両腕ともある人間がこのようでは些か不安ではあった。
だが、それを無理矢理押し殺して一転、ハヤテは振り向く。
「それで、リーダー」
「なんだ?」
「レシェノルティアの連中がこの街にいるという情報……その特定はどのようにされたのですか?」
「あぁ、それなんだが、すべてバルバロッサに頼んだ。奴曰く結社の持つデータを参考にしたらしい」
「それって……バレたらマズいやつでは……?」
「あぁ。マズいよ。だからバルバロッサに任せたんだ。奴ならある程度平気らしい。結社に知り合いでも居るとか、奴なら許される特権的? みたいなものがあるらしい。詳しくは知らん」
「いやそれめっちゃ重要な話ですやん……。今度詳しく聞いてみた方がいいですよ?」
「リーダーリーダー! それってつまり俺らの情報も同じように扱われて敵に渡ったらヤバいってことっすよね!」
「ケンゾウお前……。今日はやけに冴えてんな。確かにお前の言う通り、相手方にもバルバロッサのようなポジションの人間が居て、俺らの情報を入手されたり拡散でもされたらかなりタチ悪いよな。と言うより、今から戦う相手はまさにそんな事ばかりを繰り返している奴だ。出処は不明なものの、不特定多数の組織の情報を入手しては売買してるって話らしい。それが木曜にあった包囲網にも一枚噛んでいるって時点で俺からしたら一発アウトだろ」
「リーダー、一つ引っかかるのですが……」
「どうした?」
「レシェノルティアは深部集団のデータを他組織に売っている連中なんですよね? そんな事したら結社に怒られるんじゃないですか?」
「怒られるって……なんか表現可愛いな。そこは詳しくは知らないな。情報源が結社が秘匿中の秘匿としている管理のためのデータだった、ってなら確かにヤバそうだが、よくよく考えたら結社が嫌う深部集団の組織とかもゴロゴロ居そうだし、そんな邪魔な組織がレシェノルティアの工作のお陰で消えました、となったら嫌な顔もしないだろう。実態としては見て見ぬフリと言うか黙認と言うか……あそこまでの特殊な技能を持った人間をどうこうってする訳にもいかないんだろうな、結社としても。もしくは、"実は組織レシェノルティアと結社は協力関係にありました"って可能性も有りそうだがな。ってかそっちの方が有り得る」
「なんか……思ったより恐ろしくないですか? それ」
「だろ!? 俺たちが暮らしている、一見すると平和そうに見えるこの世界も見方を変えたら案外脆いもんさ」
ジェノサイドはニヤリと笑う。二人が知り得ない情報を披露したというマウントも、この笑みには含まれていた。
今彼らが動く理由。
それは、ジェノサイド含め組織のデータや情報を外部に流す不届き者を叩く。その代表としてジェノサイドが選ばれたに過ぎない。
「レシェノルティアはDランクの低レベルな組織だ。こんな弱小組織倒したとこで何かが変わるわけがねぇが……まぁ抑止力ってことで。お小遣いも欲しいしな」
「リーダーリーダー! ずぅぅぅっと気になってたんすが、ランクってどうやって決まるんすか? てかランクってなんすか!?」
「け、ケンゾウ!? まさか今の今まで知らなかったなんてオチじゃないよね!?」
深部集団の個々の組織にはランクが振られている。
Sを頂点とし、AからDの下級ランクが用意されており、どの組織も設立時はDから始まる。それからは結社から下された任務を受けたり、組織間抗争を繰り返すことでランクも結社の判断を元に上がっていく。
組織ジェノサイドが最強と言われる所以は揺るぎないそのランク付けにあった。
「じゃあ、今日のレシェなんとかはDだからクソザコってことか?」
「レシェノルティア! まぁ……そうなるね。でも今どきランクなんてアテにならないからよく分かんないけどね。それよりもリーダー、今日は個人的な都合があった日では? いくら相手がザコとはいえ、リーダー自ら赴くのはリスクが高すぎます。ここは僕とケンゾウに任せて、そちらに行くべきではなかったのではないですか?」
「いや、別に。割とどうでもいい用事だしほっといて来たよ。個人的にはこちらの方が大事になった」
「ですが、事が事ですし僕とケンゾウに任せて今から戻っても全然良いですよ?」
「どんだけ俺を帰らせたいんだお前。……まぁ、最初はそれも考えたんだけどね。場所が場所だからそれも止めようってなった」
「場所?」
「今日此処で、俺らはレシェノルティアと戦う。その一方、"表の"世界では今日この街で俺の所属するサークルの集まりがあって、友人たちもここに来ることになっている」
嫌な偶然もあるものだった。
ほんの数日前、ジェノサイドが学生として暮らす表の世界では『Traveling!!!!』という旅行サークルが調布という街で飲み会を行う事を決めた。
そんな街には『レシェノルティア』という深部集団の組織も紛れている。
その世界の対比がたまらなく気持ち悪い。
そのせいでジェノサイドは行く気を失せた。
「とにかく行きたくなくなった。仮に行くとしても、抗争の後に何食わぬ顔で飲み会に飛び入り参加ってのも嫌すぎるだろ」
「ギャップが……半端ねぇっすね」
ケンゾウもそのイメージにドン引きする。
「ではリーダー、これからレシェノルティアの基地へ向かうとして……どうします? もう始めますか?」
「そうだな。早めに終わらせておこう。奴の居場所は掴めている。駅の裏路地にあるごく普通のライブハウスだ。普段はそこで収入も得ているらしいな」
「リーダー! それはつまり基地を使って金を得ているってことっすけど、そんなのは認められるんすか!?」
それはケンゾウの野太い声だった。
彼はどちらかと言うと論を交わすよりかは拳を交えるタイプの人間なので、こういう話題はあまり好まないからか乗ってくることはない。なので今この話を交わしている姿は、ジェノサイドにとって妙な意外性を放っているようなものだった。
「結社が俺らに押し付けたルールは幾つかあれど、その中に『基地を金銭目的で利用してはならない』とか、『組織的活動以外での金銭の取得は許されない』なんてものは無いからな。まぁオッケーなんだろ。ライブハウスが実は深部集団の組織所有でした、ってのがバレたら多分ダメだろうけど」
「だったらリーダー! 俺らも基地を魔改造して副業始めましょうよ!」
「アホかケンゾウ。あの基地は姿を隠すのを徹底した形なんだよ。今更それを崩すなんて有り得ない。そうですよね? リーダー」
「ハヤテはよく分かっているな。その通りだよ。基地を変える予定は無いな。でも、それが収入源にもなれたらと考えると中々面白いアイデアなのも確かだ。金の蓄えはあるから変えようと思えば変えられるんだけどな」
そのように会話を続けた三人は駅構内を歩き、反対側へ出ると少し歩いて問題のライブハウスの前へと辿り着く。
「こうして見るとライブハウスも良いな」
ジェノサイドは地下のライブハウスへと続く通路を歩きながら正直な感想を述べた。
「地上から地下への通路が決まっていて、それでいて細い。入口も狭いから敵からの侵入もある程度防げるな」
「頭も良いですよね。それでいてライブハウスの利用料も得られるというのも面白い発想です」
「いいから早く行ってくれ! 狭い!」
用心して歩く二人の背から、ケンゾウの悲痛な叫びが聞こえる。
急かされた気がしたジェノサイドとハヤテは早足気味に進み、扉へと近付いた。
「いいか、ドアを開けたらすぐに攻撃だからな。油断するなよ」
二人の返事が聞こえる。
ジェノサイドは勢いよく扉を開ける。そして叫んだ。
「レシェノルティア! Sランク組織ジェノサイドはお前らに対し宣戦布告する!」
ルールに則り宣言するジェノサイド。本来は戦うと決められた日時以前にやるものと半ば暗黙の了解とされているものだが、当日その瞬間に行っても何の問題も無いため、今回はそれに従った。と言うより、以前やられた神東大学での包囲網の事件もその瞬間に発せられている。彼の心情的にはやられた事をやり返したつもりだった。
「いない……?」
堂々と侵入した三人であったが、薄暗い部屋には自分達以外の誰かが居る形跡が無い。
三人の足音と、ジェノサイドの声が無駄に響くのみだった。
「人っ子一人居ないっすよ」
「おかしいな……此処で合ってるはずだが……」
言いかけた時だった。
背後からずるりと、鋭い刃物で撫でられたようなおかしな感触が全身を伝う。
「リーダー……? リーダー!!」
異変にいち早く気付いたケンゾウが駆ける。
だがそれも間に合わず、あたりに人が倒れる鈍い音が響く。
二人はそちらを見る。
刀剣を持った一人の男が、倒れたそれに対し冷たい笑みをぶつけていた。
「また誰か来たと思ったら……まさかのジェノサイド? 凄いのが来たもんだなぁ」
表情とは対照的にその声色からは喜びを感じられない。その男は剣を二人に向ける。
「ここに来たってことはあれか? 妙な所から情報仕入れてきた感じだよね。ボクが此処を根城にしているなんて、結社にしか伝えてないからね」
「俺たちや結社が分かるってことはテメェレシェなんたらの人間だな! てめぇこそ武器なんか使っていいとでも思ってんのか!」
ケンゾウは剣の威嚇にも怯まず、拳を握り今にも突っかかりそうな雰囲気を放つ。人が見ればそちらの方に恐怖を感じる程だった。
「ん〜、宣戦布告したら基本ポケモンしか使わないけど、戦闘中に不意打ちに拳銃ぶっぱなして敵を倒すとかたまに聞くし別にいいんじゃない? それにボクはまだその宣戦布告受け入れてないからね。あくまでも今はまだ組織対組織ではなく、組織対個人ってところかな」
結社からの規定には、組織間の戦いへの決まりはあっても、組織と個人との戦いの規定は存在しない。それはつまり、個人であれば相手が組織そのものだろうが、組織の長であろうがどんな手を使っても良いということだ。
「ボクはルールに従った。その上でたった今ジェノサイドを斬り殺した。組織の長が死ねば組織はもう成り立たない。ホラホラ、ジェノサイドはもう滅んだんだ。帰れ帰れ」
その言葉に苦い顔を交わす二人。
だが、その二人は違和感を感じていた。
刀剣を持った男も同様だった。人を斬ったという感覚が無い。
ジェノサイドの倒れた体から異音がした。
と思うと、その体は空中に浮かぶと一回転し、ゾロアが姿を現す。今度も主人に変身していたのだった。
「ゾロアの……変身?」
「と言うかは化けだな。いやー、びっくりした。眺めていたからどうとでもなかったけど、もしもあれが自分だと思うとやっぱりビビるよなぁ。後ろからの不意打ちはやっぱり慣れない」
そう言っては本物のジェノサイドはその部屋に備え付けられていたカウンターの影からもぞもぞと現れる。元から薄暗い部屋だったのでタイミングを見て入れ替わったようだ。
嬉しそうに走ったゾロアはジェノサイドの腕の中へと飛びつく。
ジェノサイドはゾロアを抱え、撫でながら言う。
「お前がレシェノルティアか」
「うん。レシェノルティアのヨシキ。覚えてくれると嬉しいな」
その名前には聞き覚えがあった。
バルバロッサから提示された情報、そこに載っていた人物。
Dランク組織レシェノルティアのリーダーとして記録されていた名だった。
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.15 )
- 日時: 2023/03/15 21:39
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: LIwDSqUz)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no
ジェノサイドは安堵した。同時に侮蔑の感情も催した。
それは、この後に放った言葉からも見て取れる。
「ヨシキ……ね。本名かな? まぁどうでもいいや。ズバリ聞くけど、お前が組織レシェノルティアのリーダーだな?」
「ったく……はぁ。情報掴んでんならそれくらい知ってるでしょ。なんでわざわざ訊ねてくるかな?」
ヨシキは言いながら手に持っていた刀を振った。綺麗な楕円を描いたそれからは微かな風切り音が静寂な空間に響く。威嚇のつもりのようだった。
「それとも、わざと聞いて反応を伺おうとしたのかな?」
当たりだった。
両隣に立っていた二人はギクリとした表情をしつつジェノサイドに目配せしたようだったが、肝心の彼本人が二人を見ることすらもしなかったので、発せられたであろうメッセージに気付かずに終わる。
傍から見れば、取り巻きが不審で思わせぶりな動きをしたという意味がありそうで何も無い、結局何をしたかったのかよく分からないまま時間を奪うという結果になってしまった。対照的にジェノサイドは顔色一つとして変わっていない。
「探り合いは重要だもんね、わかるわかる。でも、ボクはこうも思ったんだ。ジェノサイド、君は本当はこう訊ねたかったんじゃないかな? 『なんで組織の長自ら待ち構えているんだ』ってね。まぁ君が言うなよって話だけど」
今度こそジェノサイドも多少ギクリとした不安を覚えた。その時だけ鼓動がやや早まるものの、ポーカーフェイスを意識しているためか昂りは徐々に失せてゆく。
「確かに、『お前が言うな』案件だな。だが、仮に俺がそう思ったとして、お前は何故そんな考えに至ったんだ?」
「そんなの……勘のいい君なら分かるはずだよ?」
「それもそうか」
会話が、話が二人の間で勝手に完結している。
置いてけぼりにされて且つ状況の理解出来ないハヤテとケンゾウは。
「あのぅ……すいまっせんリーダー。どうも何が何だかサッパリで俺たち……」
空気が読めていないのを自覚しつつ聞いてみることにした。その声はケンゾウのものだった。
「大学で受けた襲撃は」
ジェノサイドはケンゾウの質問を無視する。我ながら部下には冷たいと若干の後ろめたさを覚えながら。
「どういう訳か全員が全員その組織のリーダーが俺にわざわざ突っかかって来た。ハッキリ言って普通の組織間抗争ではあまり見ない光景だ。お前が何か指図でもしたのか? 神東大学に俺が居るって情報を不特定多数にバラしたのはお前だって言うじゃないか」
「それは半分正解かなー? でもちょっと違う。もっと心理的なものだよ」
「心理的?」
「組織対組織で戦った場合、誰がその恩恵を最も受けることになると思う? ……結社を除いてね」
「そんなの……勝った組織に決まってるじゃないか!」
ハヤテが語気を強めては割り込んだ。
「はい残念。まぁ、これまでずぅぅぅぅっと勝ち続けてきた組織ジェノサイドには分かりにくいのかな? 一番当てはまると思うんだけど」
「ハッキリしろよ。言いたいことさっさと言わねぇなら今この場で殺すぞ。俺もお前如き雑魚には時間掛けたくねぇんだわ」
「ハイハイ、わかったよ。正解は勝った組織の個人間の問題だよ。誰が今回の戦いで一番目立ったか、一番の功労者は誰か。そんな所だよ。大体組織の長が得られた利益の大半を掻っ攫うもんだけど、それを良く思わない構成員も現れたりするじゃん? すると、我先にと動く人間も出たりするじゃん? そうなると組織の長としては面白くないものだよ。だから……」
「組織の長があえて出張る……という事でしょうか? 大きすぎるリスクを負ってまで。全ては利益のため……?」
確かに組織ジェノサイドではあまり見ない光景だった。自分で推理しておきながら、ハヤテは身震いする。
「そ。結局みんなお金が欲しいんだろうねぇ。相手がこの世界で最強で最もお金持ちの組織のジェノサイドだったら尚更でしょ。利益独占したいでしょ。その心理を利用してもらったよ。それで集まった連中が神東大学でのジェノサイド包囲網ってワケ! なんか大体がやられちゃったみたいだけど」
「そんで今度はお前自身が迎撃に、ってことだな」
「うん。ボクが手にする利益はボクだけのモノにしたいからね」
「そうかそうか。なら、さっさと死ね」
ジェノサイドはそう言いつつ微笑をたたえた刹那、彼を中心に赤黒い光線が広範囲に放出された。対象は問わず、無差別に。
ゾロアークの"ナイトバースト"は狭い空間に広がる。そのせいで多くの備品に命中しては破壊し尽くす。ステージのライト、スピーカー、放置されたスタンドマイク、そしてさっきまでジェノサイドがシェルター代わりとしていたカウンターまでも。
衝撃音はすぐに止んだ。アスファルトを破壊した際に弾けた振動を捉えつつ大量の埃を被ったケンゾウとハヤテががばりと煙の中から起き上がった。直撃を防ぐため咄嗟に伏せたようだ。
「ちょっ、リーダーァァ!! 殺す気ですかい!?」
「あの……敵の油断を掻いた攻撃なのは分かりますが、僕らにも当たります。勘弁してください」
「あー、悪いお前ら。でもお前らなら避けられるだろうと思っていたから大丈夫よ」
僕らが大丈夫じゃない、と言いたくなった感情をグッと抑えたハヤテは彼ら同様に入口を見つめる。そこにヨシキの姿は無かった。
「逃げられましたね」
「あぁ。"ナイトバースト"を放った瞬間、不自然な風があった。恐らくヨシキが何らかのポケモンで防いだんだろう。そしてその隙に姿を晦ました、と」
「どう見ます?」
「どう見るって言ってもな……。実力は大したもんじゃねぇな。普段安全圏から様子見しながら深部集団の情報を売ってる奴だ。自身に危機が迫ったら一目散に逃げるタイプだろうな。その為に絶対に勝つ手段を講じる。だから銃刀法違反覚悟で刀突きつけてきたんだろう」
「それはつまり……実戦が苦手な可能性が?」
「有り得るだろうな。実力の無さを情報でカバーってか。まぁいい。要するにアイツとっ捕まえさえすれば勝てる戦いだ。奴が味方を呼ぶ前に三人で手分けして探すぞ。見つけ次第潰せ」
二つの耳がそれぞれ「了解」という声を掴む。
三人はライブハウスから地上へ出るとそれぞれ異なる方角を目指して走り始めた。
†
どれほど目を凝らしても、それらしい人物は見当たらない。
体力に自信の無いハヤテは早くもバテ気味になりながらも軽く走っては休み、走っては休みを繰り返していた。
(居ない……なぁ。格好も白のシャツに紺のデニムだったから普通と言えば普通だから上手く溶け込んじゃったかな? そう簡単に見つかる訳ないか……)
不満を覚えたハヤテだったが、一番の特徴だけは忘れずにいた。
ライブハウスには何も残っていなかった。自らのリーダーを切り付けた刀が、そこには無かった。つまりは、今も所持したまま逃げていることになる。
「このご時世に刀なんて持ってたら目立つし危ないよなぁ……」
そんな事を思っていたハヤテは駅前まで辿り着くと偶然にもケンゾウと再会した。
まだ探し始めて三分は経っていない。
「ハヤテ! 奴は!?」
「居ないよ。そっちは?」
「ダメだっ!」
ハヤテのその反応にケンゾウは首を横に振ったかと思うと今度は頭を抱えだした。相変わらず感情表現が激しい男である。
「だーっ! ちくしょう! 逃げ足早すぎだろ! 人間の癖してスカーフでも巻いてんのかあの野郎」
冗談にしか聞こえない冗談ではあるようだが、その顔は本気だった。ハヤテはそんなギャップに戸惑いつつ状況の整理を試みる。
「と、とりあえず……まずは考えよ?」
「お、おう」
冷静さを取り戻した二人は歩きつつ駅へと向かう。ケンゾウはハヤテの歩行ペースに合わせる。
「リーダーが"ナイトバースト"ぶっ放してライブハウスを出たのが丁度三分前かな。それからすぐ皆と別れて駅周辺を探ってみたけどヨシキは見つからずじまい。そこでケンゾウは僕と会った。それが今。そうだよね?」
「だが……三分しか経っていないんだからよ、まだそう遠くには逃げていないはずだぞ」
「うん。それこそ、こだわりスカーフ巻くかポケモンで逃げるかしないとね。それに僕、見たんだ」
「なにを?」
「刀だよ。あいつは最初から最後まで刀を持ってたでしょ? それがライブハウスの中では見当たらなかった。ここまで探している間にも見つからなかった。だから多分、今も抱えながら逃げてると思う」
「おいおい、そんなモン持ち歩いていたら目立つだろ。物騒だし」
ケンゾウは言いながら指をポキポキと鳴らし始めた。彼の格好はタンクトップにカーゴパンツである。麗しい肉体が曝け出されているため、人が見れば彼も十分物騒ではありそうだったが、その自覚は無いようだった。
「う、うん……その通りだよね。注目も浴びるし通報だってされかねない。交番もすぐ近くにあるし、僕らから見ても目印にもなるよね。でも、それらを解消する方法があるとしたら……」
「あるとしたら……?」
何も思い浮かばないケンゾウはオウム返ししては一息入れて背伸びをした。
何も意識しないまま、眼前に広がる青空を眺める。
「んー、俺には分かんねぇな。こうして空を眺めることしか……。んん!?」
突然ケンゾウの声が裏返る。
不自然に叫ぶ形となったのでハヤテも驚きはしたが、ケンゾウと空を交互に見ては何か思い付いたらしかった。
「今なんか見えたような……」
「ケンゾウ! 多分それがヨシキだよ! ポケモンに乗って空から逃げる事が出来れば刀持っていようが目立つことは無いし地上を注視している僕らの目も欺ける! 今君が見たのはポケモンだったかな?」
「いや、そこまでは……。でもなんか飛んでたな」
確認はいらない。ハヤテはすぐにスマホを用意して電話をかける。相手は当然ジェノサイドだ。
「もしもし! リーダーですか!? ヨシキは今駅から見て北側の上空にいます!」
簡潔に済ませる。それだけ言っては通話を切った。ジェノサイドが電話に出たことは分かっているので、あとはすべて任せてしまえばそれでいい。実際ジェノサイドはそれを聞いて嬉しい報告であると内心喜んだ。
「俺を乗せろ、リザードン!」
迷いは無かった。
ボールからポケモンを出すと颯爽と背に乗り、言われたように北の方角目指して飛んだ。
駅からかなり離れた位置まで走っていたジェノサイドは、駅の真上まで来るとスピードを緩めるように指示をしつつ指定された方向へ意識を集中させるが、それらしい影は見えない。
再び見失ったジェノサイドは再度ハヤテへと連絡を入れる。
「すまん、今駅の真上から北に向かって飛んでいるが姿が見えない。本当に北だったか?」
「えーっと……確かにさっきケンゾウがそっち方面を見ながら発見したらしいのですが……。よっぽど速いポケモンじゃないとそんな離れてないと思います。もしかしたら、上空からだと分かりにくい場所に隠れている可能性もありそうですね。建物の陰とか、高架下とか。僕たちもそれを意識しながら探してみます」
「おう、頼ん……うおおっ!」
不意に上がったジェノサイドの叫び声でハヤテは耳が痛くなり、反射的にスマホを遠ざけた。が、最悪の事態が過ぎり、彼も電話越しに叫ぶ。
「リーダー! 大丈夫ですかリーダー! 何かありましたか!?」
「……俺は大丈夫だ。すまん、今は切る」
そう言われては一方的に通話を切られる。
何が何だか分からないハヤテは無我夢中で駅まで走った。さっきまでバテていたのを忘れるかのように。
「おい、どうしたんだよハヤテ!」
「いいから! こっち!」
二人は駅まで戻っては空を見上げた。そしてジェノサイドの身に何が起こったのかを理解した。
一瞬だが油断した。
通話のためジェノサイドは丸腰だった。そこを背後から、エアームドに乗ったヨシキが突撃して来る。
リザードンはそれを本能的に避けた。そのリザードンの動きに驚いたジェノサイドが叫んだだけであったのだ。
ジェノサイドは改めてヨシキを確認する。
白のシャツ、紺のデニム、そして手に持つ刀。
「あー、びっくりした」
「第一声がそれ?」
ヨシキは自由奔放にして余裕だが注意散漫なジェノサイドの姿を見て呆れつつ怒りを覚えた。
お前みたいな未熟者が最強になれるのか、と。
「エアームド、"ドリルくちばし"」
ヨシキは暗に特攻を命令する。
鋭く尖らせた嘴が、風に乗った形で迫る。
しかし、ジェノサイドはその顔に変化を見せない。
「かわせ、リザードン」
造作もない事だった。リザードン程度の速さならば簡単に避ける事が出来る。
「そう言えば、お前に言いたい事がもう一つあったわ」
「なんだい?」
二人は空の上で静止したまま、距離を空けているにも関わらず会話をし始める。
「お前は、どんなポジションに着いているんだ? 普通、深部集団の情報なんて掴めるはずが無い! 答えろ、お前の背後に居る人間は誰だ! 結社の人間か!?」
「ねぇ何!? 遠くて声が聞こえない!」
聞こえないフリか、本当に届いていないのか。丁度そんなタイミングで風が強まりだした。
埒が明かない。そう判断したジェノサイドはリザードンに命令する。
「"だいもんじ"」
リザードンの口から炎が吐かれると同時にエアームドは動いた。気付かれたらしく、折角放った炎は何も無い所で散る。
「唇の動きで分かるんだよそんなの! 本当に君は不意打ちが好きなんだね!?」
「テメェに言われたかねぇ!!」
今度はリザードンがエアームドに向かって急接近し始める。
はじめこそはその速度に目が追いつかなかったヨシキだったが、相手の目当てがエアームドの撃破ではなく、自分自身だと察すると突如として急降下するよう命じた。
彼とエアームドは地表スレスレまで下る。
人が多い地上ならば遠慮の無い攻撃は出来ないという彼なりの予測だった。
その光景を今まさにケンゾウとハヤテは目撃していた。
互いに技を放ったかと思うと、エアームドが高度を下げる。すると、それに応じるかのようにリザードンも同様に急降下しだした。
「おい……まさか……」
ケンゾウはその光景を見て不安を抱いた。
ジェノサイドの性格を彼なりに理解しているためだ。
その通りで、ヨシキとエアームドは彼を煽るかのような振る舞いで地上を歩く人々の頭上ギリギリを走ったり、突然車道に躍り出てはそこを走る自動車の前方へ飛んだり、すれ違う自動車同士の間を抜けたりと危険な動きを繰り返す。
そして、それを見たジェノサイドとリザードンは彼と全く同じ軌道をなぞって後を追う。
「無茶っすよリーダー! こんな街中でドッグファイトなんて危険すぎるっす!」
当然だがケンゾウの声はジェノサイドには届かない。その叫びも虚しく、二人は街を駆ける。
「ケンゾウ……? リーダーは?」
「ダメだ。奴と追っかけっこ始めちまったようでどっか行っちまったよ。ああなると熱くなって周りが見えなくなるしよぉ……」
ハヤテはそれを聞いて大きく溜息をついた。
「またか……。ああなるともう手は付けられない。街に被害が及ぶかもしれないから最後まで他人のフリしてようか……」
彼ら二人の間では定番のやり取りである。
エアームドは車道ギリギリを通過する。
リザードンはそれを追い、走行中の軽自動車と歩道橋の隙間をくぐり抜ける。
強い風を浴びながら目の前を走る敵を強く捉える。近くを迫る人や車はお構い無しだ。だが、それでもそれらに当たることは無く、躱し続ける。
視界が突如として開ける。死角の一切が存在しない大空の真ん中へ放り出された。
西日の強い光に目を奪われ、つい目を瞑ったその瞬間を。
エアームドは旋回してこちらへ迫って来た。追い風も相まって凄まじい速度だった。
今から避けるには間に合わない。何かしらの技を放とうにも指示と実行のタイムラグが生じることで追い付く事が出来ない。
ジェノサイドは悟った。すべてを理解した。誘導されたと。
(この状況を作るために、今まで逃げ続けて誘ってたわけか……)
そう思い、ジェノサイドは両目を瞑った。
このままではエアームドは自分と激突する。リザードンは平気だろうが生身の人間である自分はただでは済まない。ここで死ぬだろう。
同じ生身の状態であるヨシキも同等だが、エネルギーの向きが違うし、頑丈なエアームドに乗っている。恐らくだが死ぬのは自分だけだ。
敗北を受け入れる。
かのように見えたジェノサイドは忽然と姿を消した。文字通り、その瞬間に。
「な……に……? 今のは……?」
勝利を手にする思いだったヨシキは瞬時になんとも言えない不安に駆られる。
目の前に居たはずのジェノサイドの姿が見えなくなった。
だが、その理由はすぐに判明した。
その真下。
ジェノサイドは落下していた。
よく見るとリザードンの姿が無い。一瞬の隙にボールに戻したかもしれないが、とてもそうには見えない。
一切の防具を身に付けて居ないその体が、地上に向け落ちている。
「血迷ったのか!? どちらにせよ君は死ぬ……」
言いかけたその時。
本来ならば掛からないはずの陰が、その身を覆った。
今ある上空に、遮蔽物などあるはずが無い。航空機が飛ぶ高高度を飛んでいる訳でも無い。
今ヨシキは有り得ない現象に遭遇してしまう。
同時に、不自然な熱も感じた。
陽射しの割には強く、熱い。
まるでBBQをしている時に感じるそれのようだった。
間近故に地肌を触る熱。浴びる炎。
その感覚に近いものだった。
恐怖を覚えたヨシキはゆっくりと見上げる。
するとそこには、今まさに"かえんほうしゃ"を打つその瞬間のゾロアークの姿があった。
「なっ、ゾロアーク!? ばっ、……さっきまでリザードンに乗っていたはずなのに!! まさかずっとリザードンに化けたゾロアークに乗って飛んでいた!? いや、有り得ない! ゾロアークは重さまでは変えられないはず……っ!」
訳の分からないヨシキであったが、この時になって初めて彼はジェノサイドが最強たる理由を知った。
「途中までは本物のリザードンだった……? でも、どこからゾロアークが……? どこまでが幻で、どこからが現実? 分からないっっ、君の強さは……その本質は……っ!」
直後にして、その身を爆炎と轟音が包む。
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.16 )
- 日時: 2023/03/17 22:26
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: 1SpkEq/F)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no
同時刻。調布駅。
神東大学二年の穂積裕貴は後悔していた。
「……早く着きすぎちまったな」
今日この場所で、彼の所属する旅行サークル『Traveling!!!!』は飲み会を開催する。
特別なイベントではない。大学のサークルではよく見る光景だ。
だが、穂積としてはこんな些細なイベントも楽しみのひとつだった。
「まぁ誰もいないし……いいかな」
穂積は駅前の喫煙所を見つけると足早に進んでは滑り込むように周りを遮断するために立てられた壁に隠れては胸ポケットにしまっていた箱から煙草を一本取り出し口に咥え、片方の手でオイルライターを握り、火をつける。
ジジ、と葉を巻いた紙が焼き切れる音が耳に伝わる。穂積は煙草そのものに加え、この時に聴くことの出来るこの音が好きであった。
様々な感情を乗せた大きなため息は煙と共に吐き出される。
「あっれー? 穂積君じゃん。ほーづーみーくん!」
突然背後から響いた聞き覚えのある声に、穂積は驚き震えた。
「えっ、……先輩!?」
「やぁ穂積君。来るの早いね。どうしたの?」
佐野宏太。このサークルの副会長を務め、そして恐らくだが誰よりも後輩の面倒を見ている心優しい先輩だ。その優しさはポケモン一本な隠洋平というモデルケースに留まらず、彼にも向けられていた。
「いや、家から少し離れてるので。時間配分ミスっちゃいました」
それは嘘だった。これから始まる飲み会が楽しみすぎて居ても立っても居られずに来た次第だ。
「あはははっ、まぁあんまり調布で集まりなんてしないからね。ところでぇ、穂積君……手に持っているそれは……」
「……タバコっす」
「今いくつだっけ?」
「じゅ……十九っす」
「ありゃー」
穂積は慌てて煙草を消そうともしたが、反対に佐野は否定的な言動を見せようともしない。このまま吸い続けてもいいのかもと判断した穂積は引き続き吸うことにした。
「あと六ヶ月すれば二十歳ですけどね」
「早生まれなんだね穂積君」
「ところで、先輩はどうしてここへ? 先輩タバコ吸いましたっけ?」
「いや、僕じゃなくて」
「オレだよ、穂積君」
佐野の後ろから、眼鏡をかけた大柄な男が姿を見せる。
篝山淳二。このサークルの書記だ。
「あっ、篝山先輩」
「このサークルの四年でタバコ吸うのはオレと常磐の二人だけな」
「覚えときます」
「そんな大袈裟な……」
佐野はそんな二人のやり取りを聞いて苦笑いする。
「穂積君っていつからタバコ吸ってんの?」
「高校……三年の……終わり頃ですかね。その時当時付き合ってた彼女と別れちゃって、そのストレス? で」
「あー、わかるわかる」
「淳二お前失恋で煙草始めてないでしょ……」
「って先輩たちはどうしてこんな早い時間に? 何かあったんですか?」
「いや、何かあった訳じゃないんだけどね」
佐野がこれまでの経緯を語り始めた。
大学近くのアパートで一人暮らしをしている彼らは時間的にも余裕があったので目の前のスーパーで買い出しに行っていたところ偶然そこで出会った。
そのまま会話が盛り上がり、ついでにこのまま集合場所まで行こう、となったとの事だった。
「いやぁ、調布駅って京王線でも結構大きな駅だし、何かあるだろーって思ったんだけどね? 意外にも何かがあるわけじゃないんだね」
「買い物には困らなそうっすけどね。あと近くに神社があるっぽいです」
「わざわざ神社ってのも……どうする? 淳二」
「いや行かんでええわ」
篝山は軽く吹き出しつつそう言った。穂積が普段呟かないはずの"神社"というワードが突然発せられた事で不自然なギャップを感じたらしい。
そのように先輩と後輩という立場を越えた会話に花を咲かせていたその時。
遥か頭上から妙な爆発音が轟いた。
周囲を歩く人々は戸惑い、各々足を止めてそちらを眺めている。
佐野と篝山も同様だった。穂積だけは咄嗟の行動からかその場にしゃがみ込んでいる。
「穂積君?」
「先輩! 伏せて下さい! 多分ヤバいやつっす!」
「いや、大丈夫っぽいぞ」
篝山のその声を聞いて穂積は恐る恐る顔を上げた。角度の問題だったのか、彼の眼鏡が陽の光を反射して輝いているように見える。
「あれっ、リザードンだ」
佐野が爆発音がした辺りを指す。
突然虚空に投げ出され、落下する一人の男を真下から救い出すように背中でキャッチして飛び去るかえんポケモンの姿があった。
「またアレかなぁ……。ポケモン使って戦うヤバい連中が居るって噂だけど」
「先輩、やっぱ神社行きましょ」
穂積は最後の一口とばかりに一気に吸い、多量の煙を吐き出す。その吸殻は目の前に置かれている吸い殻入れへと捨てた。
「なんで? まぁいいけど」
「時間もまだ余裕はありますし散歩がてらにですよ。……ちょっと話したい事があって」
丁度同じタイミングで篝山も吸い終えたようだった。三人は喫煙所を離れると神社のある方向へと歩き始めた。
†
「今ので思い出したんすけど」
穂積は先輩二人より先に歩く。佐野と篝山の二人は彼について行っていると言うよりはノリとペースに合わせていっているようだった。
「一昨日ですかね。木曜。大学のキャンパス内でちょっとした騒ぎがあったのをご存知ですか?」
「知ってるか? 淳二」
「いやぁ、オレ一昨日は午後からだったしなぁ」
「ポケモンが暴れてたらしいんです」
穂積はすべてを見た訳では無かった。知らない部分はその場に居合わせた人から聞いたものだ。
「いくらポケモンが実体化しているとはいえ、勝手に暴れるなんてのは普通無いですよね。それを操るトレーナーが居たんですよ。でも、そのトレーナーも何者かに倒されたかで騒動は収まった。かのように見えたら、今度は別のトレーナーがその何者かとバトルし始めたんです」
「そんな事があったのかい? 僕は知らなかったなぁ……」
「オレもだ。ポケモンを悪用するとは許せんな」
駅前の大通りを抜け、神社へと繋がる小道へと渡る。細い道で特に歩行者多いが、車も通れるようだった。
「俺もたまたまその場に居合わせた先生に声掛けたんですよ。今ここで何があったかって。先輩たちは堀田先生って分かります?」
「いや、知らん」
「僕も知らないなぁ。学部違うからかな?」
「まぁ、その、堀田先生って言う人から少し聞いて、どうもこの大学内にポケモンを悪用するやべぇ奴が居るみたいなんです」
「在籍している……ってこと?」
佐野の不安げな言葉に穂積は目を細くして力強く頷く。
「俺が目撃したのはバトルが終わった頃でした。勝った奴が負けたと思われる人間と何か話をしていたんすね。勝った方はクレッフィを出してたかな? まぁとにかく、暫く会話をしていたら突然ポケモンに乗って去って行っちゃったんです」
「なんだそりゃ」
「何がしたかったんだろうねぇその二人は」
「ただ、遠くからだったのでよく分からなかったのですが、どうも勝った側の人間の顔に見覚えがあったというか……知り合いっぽかったんすよねぇ……」
佐野と篝山の二人はお互い目を丸くして顔を見合せた。穂積はいきなり足を止めた二人に気付いては振り返ってそちらを眺めた。
「ぶっちゃけると、この大学でポケモンやってる知り合いなんて、このサークルの人間以外には居ないんです」
「それはつまり……ウチらのサークルメンバーの中にヤバい奴が紛れている、と?」
「そういう事です」
穂積は興奮気味なのか、額から汗を流していた。彼が肥満体質なので汗っかきというのもあるのかもしれないが。
「ん? あっ、待って待って! 僕じゃない、僕じゃないよその騒動起こした人は!」
「オレも違うぜ穂積君」
二人には穂積がこう映った。
"ポケモンを使うヤバい奴"が自分たちであると疑い、だからこのようにして人気の少ない所へ誘い出し、問い詰めているのだと。
だがそれは彼の返答で勘違いだと知った。
「えっ、いや、違います違いますよ! どう見ても先輩とは似ても似つかなかったし、なんかこう……スラッと? していた男だったんで」
「デブで悪かったね穂積君」
篝山は軽く睨みつつしかし口元は笑みで歪める。一目でボケていると分かった。穂積もそこまでは言っていないからだ。
「とにかく、このあと俺は飲みの場でこの事を怪しいと思う奴皆に聞いてみようと思います。いいですよね?」
「構わないけど……暴力沙汰だけはやめてね?」
佐野は心配そうにそう言っては釘を刺す。平和を好む、優しい性格が滲み出ているようだった。
「大丈夫です、その辺は心得てるんで。……あれっ?」
そのタイミングだった。スマホが鳴った。その場に居る全員のものが一斉に。
「LINEだね。こんな時にどうしたんだろう?」
「あちゃー、レン君来れないって」
「はぁ!? このタイミングでか!? もっと早めに連絡しろよあいつ……」
穂積と同じ二年の隠が、今回の飲み会をキャンセルする。そんな内容のメッセージがサークルのLINEへと流れて来た。
「なんか残念だな。これで二年生はレン君と佐伯君の二人が来れなくなったな」
「佐伯ってなんで来れないんでしたっけ」
「なんかバイトが急に入ったとかで」
「あー、それはキツいっすね……」
その連絡が契機となったか否か、話すことも無くなった三人は暫くそこで佇んだのちに元来た道を戻り始めた。集合場所は神社ではなく駅であるし、あと一時間と数分もすれば時間になる。穂積も再び煙草を吸いたくなったようでその足取りに迷いはなかった。
「穂積君、タバコはいいけど程々にね?」
「どうしても気分が変わったりとか、ちょっとしたストレスでも吸いたくなっちゃうもんで……。先輩はあと一時間どうするんですか? 暇っすよね」
「んー、まぁポケモン持ってきてるし最悪ゲームしてもいいかなぁ。あとどっかラーメン屋とかあったら行きたいかも。な、淳二」
「さんせー」
†
落ちる。
ヨシキはたった今ゾロアークの"かえんほうしゃ"に炙られた事で倒せたからいいだろう。
だが、このままでは地上に落下して死ぬ。
ジェノサイドは必死な思いでボールを投げた。
自分の丁度真下の位置にリザードンが現れる。
「いっ……てぇ……」
リザードンもその状況を理解したようで、すぐさまその身を自身の背中で捕らえる。
ジェノサイドの全身に衝撃が伝わり、強い痛みが広がる。
「ゾロアークは……大丈夫か?」
ジェノサイドはがばりと起き上がってそちらを見ると、ピジョットに変身して悠々と飛んでいるそのポケモンの姿があった。
じんじんと響く痛みを気にしつつ一安心したジェノサイドは、地上で彼を待つハヤテとケンゾウの影を見つけた。
「おう、お疲れ。たった今終わらせたぜ」
「リーダー……。一応僕からは言っておきたい事があるのですが」
地上に着いたリザードンは羽ばたくのをやめると、主人が容易に降りられるよう身を屈める。足をアスファルトに付けて早々、ハヤテがムスッとした表情をしながらそう言った。
「すまん、ちょっとヒートアップしちまった! でも多少目立っちゃった以外は大した被害は無いし、敵も倒せたしで別にいいよな?」
「良くないです!」
「リーダー……熱くなりすぎっすよ」
「すまんな、ケンゾウ。でもお前にも怪我が無くてよかったよ。……あっ!」
ジェノサイドは突然、何かを思い出したかのように叫んだ。それから、まるで誰かを探すようにキョロキョロと辺りに首を振っている。
「どうしたんですか?」
「やべぇ、やらかしたわ。ヨシキに結社との繋がりがあるのかを聞くのを忘れてた」
「……はぁ?」
「いやいや待て待てハヤテ。俺は一応一回は聞いたんだよ! でも奴には声が届かなかったのか、返事が貰えなくて……それで」
「いや、もういいですよ。それよりも早く基地戻りましょう。反省会やりますよ」
「うっわぁ……だっるう……」
足が急に重くなった。
これからこの街では、自分が所属するサークルで飲み会があるらしい。しかし彼はその参加を拒否し、既にその連絡も済ましている。
自分のせいとはいえ、面倒事よりも飲み会を優先したい。この一瞬だけだったがそう思ったジェノサイドであった。
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.17 )
- 日時: 2023/03/23 22:25
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: EX3Cp7d1)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no
九月二十三日。
レシェノルティアとの戦いから三日。
その間ジェノサイドはと言うと特に何事も無く、講義があれば大学へ行き、空き時間があれば寝るなりポケモンを育てるなりするなど平穏な日々を過ごしていた。
「まさか組織に居るより大学に居た方が心地が良いとはな……」
あの戦いの後、案の定追及された。
ハヤテからは改善点を逐一挙げられ、その度にバルバロッサは苦い顔をし、それを気まずそうに聞く構成員の人々。
まるで晒し者にでもされている気分だった。
何も皆がいる中で言わなくともいいだろうと思ったジェノサイドだったが、その時バルバロッサが偶然広間に居たためこればかりは仕方が無かった。
ハヤテは言いたいことを言い終え、それがバルバロッサの耳に届く事を確認すると満足したのか小言を言うことはなくなったが、それでも数日経った今日でさえもジェノサイドを見るとハヤテはわざとらしくため息を吐く。
そんな光景に居心地の悪さを覚える。ジェノサイドはいつもより早めに基地を出ると大学に向かったのが今日の朝だった。
今日は火曜日だ。サークルの活動日でもある。夕食も込みで夜遅くまで外に出られる。
勉強をあまり好まないジェノサイドが、自身の組織の基地よりも大学が心休まる環境になるなどと言うこんな皮肉があるものなのかと自分で自分を笑う。
「そんな悠長でいいんすか? リーダー」
「なっ、……何でお前が来てんだよケンゾウ!」
無防備なジェノサイドの背後の、空いた席。
そこには周囲に溶け込んでいるかの如く学生に成りすましたケンゾウがそこに座っていた。
「何でじゃないっすよリーダー。先週色々と物騒だったじゃないすか。不安だったんで来てみたんすよ」
「別に来なくてもいいだろ……」
「世間ではそれなりの噂っスよ。"ジェノサイドが妙な道具使って変な事しようとしてる"とかなんとか……。毎度毎度連戦するなんてリーダーも嫌っすよね」
「お前あれか、ハヤテの入れ知恵か」
どう考えてもケンゾウのような人間が思い付くものではない。その内容も現実主義のハヤテが好きそうな話題である。
「毎日が抗争の日々……なんて今に始まった話じゃねぇよ。俺が高校の時なんかそれこそ毎日戦ってただろ、お陰で何度赤点の危機を迎えたことか……。それにノンビリしている訳でもねぇ。今みたいな、何もない日ってのは本当に数えるほどしか存在しない。じきにデカい戦いでも来るだろうな。今は準備期間だ。俺は何もしていない訳じゃない。お前も次の戦いに備えてポケモン育てるなりパーティの見直しくらいしとけ」
「デカい戦いが起きるんすか?」
「例えで言っただけなんだが……まぁ、あるかもな」
「相手は誰っすか!?」
「んー……」
ジェノサイドは言いながら背に力を入れ、椅子に付いてある四つの足のうち前二つを浮かせバランスを取らんと揺れる。小学生が好む"それ"である。
「さぁ? 知らねっ」
「えぇー……」
適当にあしらう。彼の意識は今自分が居る広い建物であるラウンジ。そこの時計へと向けられている。
「そろそろ四時半か……。一日は長いようで短いな」
「なんかあるんすか?」
「この後講義あるから行ってくるわ。あと、それが終わった後はサークルもあるな。という訳で今日帰り遅くなるわ。多分土曜についても何か言われるだろうし」
「どのへんが準備期間なんすか!? 遊ぶ気満々じゃないすか!」
「じゃーなー」
ガタリと音を立てて立ち上がるケンゾウを無視してジェノサイドは去り際に軽く手を振ってその場を離れた。
†
一時間半の講義を終え、ジェノサイドは教室から出る。
四時半から六時までのこの時間帯はその日最後のコマである。そのまま直行で帰る人で溢れるため、特に人の出入りが激しい。構内の隅の、まるで追いやられたかのような位置に構えてあるバスターミナルまでに続く長蛇の列が形成されているのはいつもの光景だった。
「授業って退屈だな……。自分で選んだものだから仕方がないけど、どうしてこう、面白くならないのか」
話し相手がいないため、ジェノサイドは独り言として呟く。
ケンゾウの姿は無かったようだった。一時間半もの間何も無かったのがよほど退屈だったのだろうか、恐らく帰ったのだろう。
構内は人でごった返している。
サークル自体はその辺りの教室で行われるものだが、人が少なくなってから移動したいと考えているジェノサイドはその時まで適当に時間を潰すことにした。十五分もあれば臨時の増便バスが何度もやって来るので少なくとも構内まで伸びている列は消える。
向かった先は同じく構内にあるコンビニだった。
帰る人で集中しているため、店内もかなり混雑していた。今からレジ待ちの列に入っても会計が済むのに五分以上は掛かりそうにも見える。
もっとも、今の彼は特別急いでいるわけではない。気になる程ではなかった。
ジェノサイドは適当に商品を眺めながら財布の中身を確認し、ついでに現在の預金残高も見たくなったのでそのままATMへと向かう。
パネルを押して表示された残高を見ると、適当な額を引き出そうと何も考えずに操作して結果出てきたお金を財布にねじ込む。
そうしている内に混み具合が多少緩和されたようだった。新商品のジュースといくつかのお菓子を適当に選んで列に並ぶ。
自分の前には六人ほど居るようだった。
ここまでの行動を振り返ってみると自分もそこらの大学生と大差無い事に気が付く。
ジェノサイドは表向きは"表の世界"でも通用する名で生活しているごく普通の大学生だが、活動時間と名を変えると悪名高いテロリスト"ジェノサイド"へと変貌する。たとえその評価が"勘違い"であったとしても。
だが、この温度差がジェノサイドの普通でない人間であることの証左だった。
預金残高を見てそれを実感する。
何故ならば、普通の大学生としてはあまりにも金持ちであったからだ。
彼の脳裏には、ほんの数分前まで見ていた三桁の数字が頭から離れられないでいた。
三桁ともなると、一般の貧乏学生ではとてもじゃないが持てない数字だ。
あるとすれば、金持ちの家の子か、親からの援助が豊富な者か、学業を犠牲にしてアルバイトに毎日繰り出している者のどれかだろう。
または、自分のように闇に生きる人間であるか。
組織の中でも、ここまでの大金を持つ人間は恐らく彼以外に存在しないだろう。
彼は、これまでに数多の組織と戦い、その度に潰して来た。
その度に財産を得た。
彼は、口座を二つ用意している。一つは組織の維持を管理するためのものだ。
人件費や食費、そして結社への税代わりともなるべき献上金等の諸々の理由で消費されるお金はそちらで対応される。
それを差し引いて、ジェノサイド本人が自由に使えるお金が三桁だ。
彼はそれでも考える。
ここまでの金が無かったならば、自分はどんな生活をしていただろうか、と。
常に命を狙われる事は無かっただろう。自分の身体ももっと綺麗に保てただろう。これほどまでに人を疑う性格にはならなかっただろう。一部の人間からテロリスト呼ばわりされる事も無ければ、そもそもこんな組織自体作ることは無かっただろう。
そして、幸せで美しい平和な日々を過ごす事が出来たに違いないだろう。
絶対に口に出すことは無いが、彼は平和を渇望していた。
今自分が選択し、歩んでいる道が正しいのかどうか。分からずにいるまま幾年もの月日を過ごしている。
いや、本当は分かっていた。間違っているからこそ、認めたくないだけなのだ。今在る自分自身を。
そんな本音とは裏腹に、ジェノサイドは気が付けば深部集団の世界で最強の組織と評価されるようになり、それはつまりそんな組織を操る自分が、この世界での頂点に君臨している。
世界最強。存在しているだけで日々の勢力が大きく変わる事もあれば、些細な行動ひとつで大きな争いが生まれてしまう、あまりにもシビアなポジション。
それを自覚するだけでも、ジェノサイドは胃液を吐き出しそうになる衝動に駆られる。
いつか、彼は誰かに言われた言葉がある。
「このままではこの世界は、お前の独裁と化すだろう」と。
それは真っ赤な嘘だった。
あらゆる動きを自制され、常に警戒しなくてはならない不自由すぎる日々を送っている。
誰よりも、この世界に縛られているのだから。
一種の戯れで妄想していたことがある。
それは、自分が突然"深部集団の世界から足を洗いたい"と言い出したらどうなるか、というものだった。
ある人は笑いのネタにするだろう。
ある人は冗談か、我儘だと相手にすらもしないだろう。
ある人は、絶好の機会とばかりに戦いを挑むだろう。
ある人は、文字通り殲滅を望まんと虐殺に走るだろう。
決して、そんな事を言うことすらも許されない。彼はそんな人間に成ってしまったのだ。
そんな事を考えている内に列は消え、順番が回ってきた。
会計を済ましてジェノサイドはコンビニを出る。十五分は経過しているようだった。
ここまで経つと流石に人気も少なくなっていた。バス待ちの列は消滅し、ターミナルで佇む人影もほぼほぼ存在していなかった。
「なんか言われるかなぁ……」
ジェノサイドは一つだけ小さな懸念を抱いていた。理由があったとはいえ、土曜日の飲み会に参加しなかったことだ。
後輩に優しい先輩からはからかわれるかもしれない。
「でも、ハヤテのアレよりかはマシだよな」
小さくにやけながらジェノサイドは指定の教室のある建物へ向かう。
†
「来ないっすね、アイツ」
「その内来るんじゃない? 彼は来ない日はLINEで連絡する人だし」
「ですかね。来たらマジで問い詰めてやろうっと」
二年生の穂積裕貴と四年生の佐野宏太は一つの長机を共有するように向かい合って座ってはそんな会話をしていた。
その目線の先にはそれぞれのゲーム機が、ポケモンがある。
「先輩は今何してるんすか」
「最近サーナイトを育てたからね、パーティに入れるために組み合わせのいい別のポケモンを育てようかと考えているところだったんだ。ブースターなんかいいかな、なんて思ってる」
「相性……いいんすか? それ」
二人を見ても分かることだが、このサークルの特徴は何よりも自由であることだった。
本来の目的は旅行である。だが、サークル全体でのものとなると必然的に夏か春かの長期休暇に限られてくる。そうなると、平日における活動の意義が見い出せなくなる。そのため、次回の旅行の相談を名目に各々が好きな事をしているに至ったのだ。勿論、旅行の話をする者は一人も居ない。
穂積と佐野がポケモンで遊び、御巫や佐伯らは先輩や後輩を巻き込んでボードゲームに興じている。
夕方の涼しい風を浴びたいのか、窓を開けて景色を見つつ楽しそうに会話をしている先輩たちの姿もあれば、一人黙々とお菓子を食べながらスマホを操作している人も居る。
纏まりが無く、自分勝手な面々が集う場。それこそが旅行サークル『Traveling!!!!』の姿でもあるのだった。
そんな自由気ままな雰囲気漂う空気に、淀みが生まれる。
「ちわーっす、三河屋でーす! なんつって」
ジェノサイドがその教室に入り込んだ。
「いやぁみんな土曜はごめんな! 急に外せない予定が入っちゃって行けなくなっちまった。お詫びにほら、お菓子と必要だったらキャンセル料も持って来たからこれで……」
いつも通りの反応だった。
自分に意識を向ける者もあれば、にこやかに手を振ってくれる人もいる。四年の女子の先輩なんかがそうであった。
扉に一番近い長机にお菓子の入った袋を置くと御巫が嬉しそうに飛び付いてはポテチの袋をかっさらっては食べ始める。
「お前はサブちゃんなのかよ」
と、わざわざそのネタを拾ってはニヤニヤと笑う先輩の姿もあった。
だが、その中でも普段とは違う調子であるらしい人の姿もあった。
穂積裕貴。彼だけは自分がこの教室に入った直後から、あからさまに機嫌が悪そうな顔を見せている。
「大丈夫だよ。キャンセル料なんていらないから、それは自分で持っててなよ」
「いやぁホントすいませんでした。佐野先輩、みんな」
佐野が3DSを閉じて会話を始め、ジェノサイドが掌に乗せていたお金をポケットにしまいこんだのを合図に、穂積は立ち上がる。
「なにか他に言わなきゃいけねぇことがあるんじゃねぇの?」
それは、糾弾する声色だった。
「他……に? 土曜の飲み会は来れなくて悪かったって今……」
「そうじゃねぇよ。それ以外にだよそれ以外」
「?」
ジェノサイドには彼の意図が読めなかった。
自分が深部集団の人間である事は誰にも告げていない秘匿事項であるから念頭に置く必要性が無い。となると、他には何も思い浮かばなくなるのが自分という存在が如何に空っぽであるかを痛感してしまう。
「お前、割とやらかしてんな」
「待て待て、何のことを言ってんだよ穂積」
「とぼけるなよ」
ピシャリと。
その声でその空間にある全てのモノを遮断させる。
ボードゲームを進める手は止まり、窓際に佇んでいた先輩たちはこちらを見つめている。
「今までずーっと隠してたんだな。まぁお前レベルにもなれば隠したくもなるよな」
「穂積、いい加減にしろよ。お前は何が言いたいんだ」
「説明しろよ、今この場で! お前がこれまでに何をして来たのか、その全部を! レン、いや……ジェノサイド」
呼吸が止まるかと思った。そんな感覚に一瞬、ほんの一瞬の間だったがそう思ったジェノサイドは、信じられないようなものを見る目で穂積を、今この時この場で自分に視線を投げているモノ全てを見た。
隠洋平。友人からのあだ名はレン。そして、またの名をジェノサイド。
彼は。
「な、何を根拠にそんな事を……」
声を震わせる。
「堀田先生って知ってるか?」
「あぁ……。刑法の」
「あの人が全部教えてくれたよ」
"うつしかがみ"を手にした日。
彼は意図せずして表側の世界の人間と接触してしまった。
「木曜にもやらかしてたよな。あの時俺も先生も見てたよ」
「あぁ……やっぱりあの時お前にバレてたか……」
ジェノサイドはその時戦っていたルークを見逃す形でその場を去った。その場に長く居ては顔見知りに全てを知られるだろうと判断したためだ。その時の顔見知りとは、戦いを眺めていた知人というのがまさに穂積だった。
「いや、その時はまだ気付けなかった。位置もかなり離れてたしな。だけどその時たまたま隣に居た堀田先生と授業の話をしたついでに色々聞いたんだよ」
迂闊だった。
刑法を指導する堀田と穂積は学部が同じであるのみか、頻繁に講義を受けた関係上顔見知りだった。そのため、他愛もない会話も出来る仲でもあった。それを、ジェノサイドは知らなかった。
「別の先生の所有物も盗んだらしいな」
「あれは……私人が持ってちゃいけない代物だ。先生と一緒に保護する予定だった」
「キャンパス内で何度も戦ってるらしいな? 規則で禁止されてんのに」
「俺からじゃない。どれも向こうから始めたものだ」
「調布でも爆発騒ぎがあったな? あれもお前だとか言うんじゃねぇだろうな? ポケモンに乗って飛んでる奴が居たぞ」
「それは……俺だ」
隠す必要は無くなった。いや、隠せなくなった。
ジェノサイドは酷く疲れたようにため息を吐くと、その教室の教卓まで歩いては正面を向き、両手をそれに付ける。
「そうだ、俺だ。俺が……深部集団のジェノサイドだ」
諦めから一転、強い覚悟を宿した目であった。
†
ジェノサイド改め、隠はこれまでの全てを語った。
四年前。ゲーム内に留まっていたはずのデータが現実世界に宿る、実体化の現象が始まったその時。ポケモンを連れ歩いているという理由だけで攻撃の的にされた時代。そんなポケモンを悪用して犯罪に走ったり、秩序を乱す者が現れ事件事故が多発した時代。
そんな時代に、治安の維持のために設立された概念"深部集団"の一員となったこと、それに伴い数多くの犯罪者、暗部とされた人々を鎮めたこと、それが終わったと思ったら深部集団同士で争い始めたこと、その過程でまたもや多くの戦いを繰り広げたこと、それらを高校時代に歩んでいたこと、その結果、自分がこの世界における覇者になったこと、それが災いして常に多くの連中から狙われていることなど。
そのすべてを、話した。
「これは本来、絶対に知られちゃいけない事柄なんだ……。深部集団の存在そのものが知られてはいけない。だけど、それを知らない人々は身の回りで何が起きたのか説明がつかないでいる。その結果として……」
「お前がテロリストと呼ばれるようになった。そうだろ?」
その声は穂積のものではなかった。
大学四年生。常磐将大。
風邪でも引いているかのような、喉を枯らしているようにも聞こえる声を持つ長身の先輩。
彼が突然知ったように会話に割り込む。
「先輩……?」
「ジェノサイド。その名前は俺でも聞いたことがあるぜ。お前、相当強いらしいな」
「何で先輩が聞いたことあるんですか。まさか先輩も……」
「いや、俺は深部集団の人間じゃねぇぜ。だが、"その手の"話題は知ってはいる」
「それで、」
隠は改めて穂積を見た。まだ彼は何か言いたそうであった。
「俺は……どうすべきかな? 俺が伝えるべきことはすべて話した。理解してもらえたかどうかは別として。やっぱりサークル辞めるとかした方がいい? 迷惑かな」
「ちょ……レン君待っ……」
「ちげぇよ! そうじゃねぇよ! 何でおめぇがそんな世界に入っちまったのか、何でそんな事を繰り返しているのか……それを聞いてんだよ!」
佐野を遮って遂に穂積は叫んだ。
隠はこれまでに自身の経歴を語ってはいても、自分の気持ちを告白する事はなかった。だから、此処に居る誰もが、何故隠がジェノサイドとして生きていかねばならないのか、何故それを今でも続けているのか、その想いが分からないでいる。
「それを話してどうなるんだ? 理解力が深まるか? 同情でもしてくれるのか? いや、それは無いだろうな……」
「レン君、無理しなくていいんだよ。言いたくなければ言わなくていい。でも、今みんな君に困惑している。よりによって何でレン君が、ってね」
大いに惑っているのはこちらも同じだった。
隠はこれ以上に話せることはあるものなのかと疲弊した頭を巡らせるも、相応しい言葉が思い浮かばずにいた。
自分が深部集団に関わった原因、きっかけ。それは"仕方が無かった"としか言えなかった。だが、それが上手く伝わるとは思えない。
「は、はは……。なんつーか……報われねぇな、俺って」
隠はそっと両手を教卓から離した。
そのまま真っ直ぐと、怪訝そうに見つめてくるサークルの面々をスルーして教室の最奥、窓際へと静かに歩く。
「テロリストとか何とか言われてきたけど……深部集団とは一切の関係も無い人間なんかこれまでに触れた事も無ければ危害を加えた事も無かったのに……。むしろそういう奴らをやっつけて来たのに……」
ほんの数十分前までこの世界から離れたいとさえ思っていたが、やはりそれは叶わないと思い知った。自分は表の世界から歓迎されていない。
「レン……? 待てお前。もっと詳しく話を……」
「いや、いいよ。俺も覚悟を決めた。俺は……」
もうこれ以上自分を偽ってまで表の世界で生きる事はしない。できない。頂点に立ってしまった以上、そこに在るだけで世界が動く存在となってしまった以上、裏の世界で生きるしかない。
二年。たったの二年だったが、隠は平和を見出した気がしていた。
このサークルで過ごした時間は穏やかで、楽しくて、意義のあるものだった。
だが、それを手放さければならなくなった。
開いていた窓から、夜風が肌を伝う。
群青に包まれた夜空と、それに塗り潰された景色がふと目に焼き付いた。その場その状況さえも忘れて美しいとさえも感じる、その色合いに惹かれている自分が居た。
それから二秒後だろうか。
確かに隠は秋の夜空を見ていた。自分につられて同じように見上げている者も居たはずだった。
そんな彼らの視界から、景色が奪われた。
瞬間のうちに、鋭い音と光によって夜が夜でなくなってゆく。
気付いた時には、目を疑う光景が広がっていた。
時間は十八時を過ぎた中秋。もう真っ暗になりつつあるはずだ。
それが、早朝を思わせる明るく眩い空色へと変化している。
いや、如何なる時間帯でも、どのような季節であっても絶対に見られることは無い彩だった。
大空が、金色に染まっている。
つまり、それは。
現実では有り得ない光景が眼前にて広がっている。という事だった。
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.18 )
- 日時: 2023/03/28 20:48
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: EX3Cp7d1)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no
突如として空が、闇が塗り潰された。
そこに居る誰もが、今ある現象を説明出来ない。
それはまさに、怪奇で、摩訶不思議で、そして非日常的な景色ゆえに美しいものとして映っていた。
「なんだ……あれは」
戦くようにして呟いた隠洋平は、外の景色を一通り眺めたあと、周囲に異変が起きていないか教室内を一瞥した。幸い、サークルのメンバーの中に危害を加えられた者はいないようだった。
むしろ、普段絶対に見られないその光景にはしゃいでいる者までいる程である。
先程まで窓際で会話をしていた四年の先輩たちは綺麗なものを見る眼差しで興奮しているようだった。
「すごーい! ねっ、見てよほら桃花!」
「見てるって。でもあれ何だろうね? 凄く綺麗」
「あの……高草木先輩、名里先輩、気持ちは分かりますが……窓も開けっぱですし危ないので離れましょう?」
「レン君、意外と冷静なのね? 逆に怖いかも」
佐野の彼女である高草木結衣が微笑みながら隠の顔を見つつそう言う。隣の名里桃花も明るい表情を向けているようにも見えた。
自分が来てから訪れた暗い雰囲気が、夜空共々吹き飛ばされたようでこの時ばかりは内心外の異変に感謝していた隠だったが、その安らぎもポケットで振動したスマホによって断ち切られることとなる。
「な、何でこんな時にハヤテから……?」
「レン、誰からだ?」
「ちょっと待ってろ穂積、後で説明する。もしもし!?」
隠は早口になりながらも仲間からの通話に応えた。この時間に深部集団の面々から連絡が来ることも中々無く、今ある状況と相まって嫌な胸騒ぎが響く。
『あ、よかった……。すいませんリーダー。こんなお時間に』
「それはいい。どうかしたのか?」
電話越しにハヤテは、向こうも只事でないことを察した。彼の語気は明らかに普段のものと違う。荒々しく、どこか暴力的なそれだった。
『それがですね、今基地でちょっと変なことが……』
『ヤバいヤバいヤバい! マジヤバいっすリーダーぁぁぁぁ!! 助けてー!』
突然ハヤテのものと入れ替わった絶叫に物理的に耳を痛めるジェノサイド。その声には聞き覚えがあるので簡単に怒鳴り返す。
『すいません……ケンゾウのやつが僕の携帯をひったくりまして……』
「声で分かったよ。なんかそっちも混乱しているな?」
『えぇ。分かります? と言うのもリーダー、先頃から基地全体に変なサイレンが鳴り響いているんです』
「サイレンだと?」
あまりにも奇妙な報告だった。ジェノサイドは基地にそのような類の物を取り付けた覚えは無い。
「知らないぞそんな物は。お前ら何か付けたのか? まぁいい。とりあえず聴かせてくれ。このままでいいから」
『いえ、僕は何も……。このままですか? 分かりました』
ハヤテは携帯を耳から離して出来るだけ高く腕を伸ばす。少しでも多くの音を拾えるように。
「……聞こえるな、確かに。甲子園とかで聴きそうな不気味なサイレンが」
『えぇ。とにかくこんな状態なので基地中が軽くパニックなんです。なので今はメンバー全員に外に出ないよう指示を出したところです』
「よくやった。サイレンは何処から流れている? それは分かるか?」
『いえ、まだ何も……。基地と言っても広いですからね』
「バルバロッサは? 奴は居るか?」
『いえ、姿が見当たりません』
身体全体を徐々に蝕むような心地の悪い鼓動が早まった。ジェノサイドは嫌な予感を募らせてゆく。
組織の中で一番の頼りとなる人間が不在となると、やれる事も動ける範囲も自然と狭まってしまう。
ジェノサイドは、あらゆる算段を頭の中で何度も講じながらとりあえず返事だけはしてみた。
「わかった……。通じるかどうか分からないが、俺からバルバロッサへ連絡してみる。お前たちは引き続き基地内で待機しつつ見回りを頼む」
『分かりました。……ところでリーダーはこの後どうするおつもりですか? こちらへ来られますか? どうも、様子が普段と違っているようで……』
流石はハヤテだとジェノサイドは感心の意味を込めて鼻で笑った。
彼の言う通り、今日この時間だけで色々と起きすぎてしまっている。
「ケンゾウと変わってくれ。そして一瞬でいいから外に出るように行ってくれ」
『いいんですか? まぁ扉はすぐそこなのですぐに見られますが。あっ、ケンゾウ、リーダーから。あと扉開けて外出てだって』
はっきりとではなかったが、電話越しに二人の会話が聴こえた。今向こうで二人は一緒に居ることにどこか安心感を覚える。
ケンゾウは戸惑いつつも携帯を握り、扉を開けようとするところだった。
「まぁあれだ。とりあえずは落ち着くことだケンゾウ。落ち着いて空でも眺めてみろよ。嫌なことがあった時は空を眺めると記憶に残りにくいって言うだろ?」
『なるほど! それはいい考えっすね! こんな時にも俺のことを想ってくれるなんて……なんて優しい人っすかリーダーは! よーし、これで外を……ってなんじゃこりゃー!!』
当然それは優しさではなく意地悪である。こんな最悪とも言える状況の中、気分転換のためか、余裕を見つけつつあったからか、それとも単にちょっかいを掛けたくなったからか、とりあえず様々な思惑を抱いたジェノサイドは必死に階段を登ったり思い切りドアを開けた自然の音の果てに発せられたケンゾウの叫びに、必死に笑いを堪えて身体を捩らせる。傍から見れば物凄く変な挙動と顔だったようで、周りの先輩たちや同級生がおかしな物を見ている顔を自分に向けているようだった。
『リーダー……これは一体……』
隣から叫び声がする中、ハヤテが冷静を装って携帯を取り戻す。
「分からねぇ。お前から電話が来たほんのちょっと前に突然こんな事に……。今何が起きているのか、全く分からないんだ。今俺の目でもこんな空模様だ。どうやらそっちでも同様みたいだな」
スイッチが切り替わる。
隠洋平から、ジェノサイドへと、その意識が。
「いいか、さっき俺が言った通りだ。もう外はいいから、基地に戻って俺の言う通りに動いてくれ。俺もこの後すぐにバルバロッサに連絡する。その返答次第でまたお前に電話する。その時も俺の指示に従ってくれよ」
ハヤテは迷うこと無く返事をした。同時に通話を切る。それから、一切の迷いが無いかのようにバルバロッサの番号を電話帳から拾っては通話ボタンを押した。
三度コールが鳴る。しかし、反応は無い。
「おい、レン……お前何してんだ?」
「いいから待ってろ穂積!」
下手をしたら組織存続の危機であるかもしれない事態だ。横槍を入れられた気がした隠は、右手の掌を大きく広げて穂積に向かって待ったのサインを投げつつ軽く怒鳴る。
五度目のコール後に反応があった。
声そのものにも皺がありそうな、低くくぐもった男声だ。
『やぁ。珍しいな、お前さんからこうして電話を貰うとは』
「バルバロッサ、お前今何処にいる?」
『それがどうかしたのかね?』
「皆お前が居ないと不安になっている。教えてくれ! お前は今……何処で何をしているんだ? まさか、"うつしかがみ"を持って外に居るんじゃないだろうな!?」
『ふふっ……心配してくれているようで嬉しいよ。私は無事だ。今、大事な大事な用があって外に居る。暫く帰ることは出来ない』
「だから……っ! 何処に居るんだ!」
『そこまで気になるのなら……少し私の用事を手伝ってもらおうかな。最高の景色を、最高の場所からお前さんにも見せてやろう……。大山だ』
「なに?」
耳障りなノイズに混じって地名のようなものが聴こえた気がした。ジェノサイドは全神経を聴力に集中させる。
『神奈川県は伊勢原市の大山。その阿夫利神社に、私は在る。とても、とても大事な仕事だ。可能であるのならば是非とも来て欲しい』
返事はしなかった。ジェノサイドは有無を言わさず通話を切るとすぐにハヤテへ折り返そうとしたら、向こうからやって来た。
「もしもし、丁度今お前に掛けようとしたところだ」
『それなら良かったです。……どうやら通話中でしたようで、という事は繋がったのですね?』
「バッチリだ」
ジェノサイドは辛うじて聞き取った地名を狂い無く言えるか頭の中で何度も反復する。しかし、その努力は思わぬ形で裏切られた。
『リーダー、僕からも伝えたい事が幾つかあります。まず、バルバロッサは基地内には居ませんでした。そして、バルバロッサの部屋に"うつしかがみ"が有りませんでした。それから……』
それらの情報は自ら入手していた事だったので気にも留めず、半ば聞き流す。むしろ、間違って覚えていないか、ハヤテにしっかりと伝えられるかそこに多少の不安が生まれる。
『バルバロッサの部屋の電源の付いたディスプレイに、奇妙な地図と表記がありました。どうやら、何処かの山を指しているようです。それを調べたところ……神奈川県にある大山という場所のようでした』
「マジか……ビンゴだ、ハヤテ!」
『ビンゴ……とは?』
「バルバロッサから何とか教えてもらったんだ。なんでも、伊勢……原? の、大山ナントカ神社って所に今奴は居るらしい」
『神社……。大山阿夫利神社のことでしょうか?』
自身の思い描いた形としてではなかったが、ひとまず向こうにも伝わった。
ジェノサイドはまず小さく安堵する。
「よし、いいかハヤテ。今から俺の言う事をよく聞くんだ」
ジェノサイドは窓を見つめる。そしてその先の、黄金に輝く空を睨む。鍵を緩めて窓を開けると、携帯を持つ方とは逆の手で窓枠を思い切り掴んだ。
「組織の中の、非戦闘員を除いた全員で基地を出てそこへ向かえ」
『全員ですって!? 危険過ぎます!』
「いいから、全員だ。場所もお前が皆に伝えろ。そして各自どんな手段でもいいからそこへ行くんだ」
『リーダーからの指示ですのでそうしますが……本当に良いんですね?』
一際大きく鼓動が鳴り響いた。
ここで間違えたら取り返しのつかない事態に陥るのは必至だ。特に、ジェノサイドは常に多くの人間から狙われている身であるがために。
それでも、ジェノサイドは信じた。
最も信頼する仲間の声と、その直感を。
今、この世界で何が起きようとしているのか。それを見届けるための覚悟を。
「あぁ。やってくれ。頼んだぞ」
それだけ言うと、ゆっくりと携帯を持つ手を下げた。
俯きながら、深呼吸をする。
そして、宣言するようにジェノサイドはそこに居る全員に対し言った。
「ごめん、皆。俺は一旦此処を離れる。どうしてもやらなくちゃいけない事があるんだ」
「今までの電話は何だったんだよ……。まさか、お前の組織の連中か?」
「そのまさかだ。それから、それだけじゃない。もしかしたらだが……この空の異変と何かしら関わりがあるかもしれなくなってきた」
「どうして!? あそこまでする理由ってなに!?」
悲鳴に近い叫びのようだった。隠と同じく二年にして、その学年内では二人しか居ない女子の内の一人、大三輪真姫が立ち上がる。女性の割にはモデルを思わせるような高い背丈が、その存在感を放っていた。
「それは俺にも分からない! けど、まだ確定した訳じゃねぇ。……が、同じタイミングで異変が起きすぎている。それからだが……」
ジェノサイドは遂に窓枠に足を引っ掛けた。律儀に出入り口から建物を出るのではなく、窓から直接飛ぶようだった。その動作に不安がる人も居るようだったが、彼には空を飛ぶポケモンがある。
「俺が戻ってくるまで、ここを離れないでほしい」
「えっ? それは何でかな? レン君」
あまりの脈絡の無さに、佐野が間抜けそうな声を発したが、その反応は当然と言うか、そう来るだろうとジェノサイドも予想していた。だからこそ、緊張とは裏腹にスラスラと口上で述べる事が出来る。
「さっきも軽く説明した通り……俺は皆と会う前から深部集団っていう、あんまりよろしくない世界で生きている人間でした。とにかく俺は人一倍狙われる人間なんです。特に、"うつしかがみ"を回収した時から、この大学内でも……。もしかしたらですが、俺を狙ってか、それとも……俺と近しいって理由だけで襲ってくる連中が今後現れる可能性も無きにしも非ずなんです。俺は皆を守りたい。でも、それはコレのせいで出来ない。だから、俺が戻るまで皆此処で待機していて欲しいんです」
「待てよレン……。結局はお前の勝手じゃねぇか!」
「気持ちは分かるよ穂積! でも約束してほしい。俺は絶対戻る。戻ったうえで、またちゃんと……。しっかりと話をする。それを聞いて欲しい」
思わず怒りの感情さえ込み上げた穂積だったが、彼の強い決意を秘めたかのような目を見て、喉元にまで出かかった思いを固く呑む。男同士通じ合う"なにか"がそこにはあったようだった。
「分かった。絶対だぞ」
穂積のその返事に頷いたジェノサイドは、ポケットからオンバーンの入ったダークボールを取り出しては広い空に向かって放り投げる。直後として、黒々とした翼竜が姿を現す。
「気を付けてね、レン君」
「本当に迷惑ばかりで……すいません、佐野先輩」
そう言うと、足に力を込めて窓から飛び降りた。
神東大学の旅行サークル『Traveling!!!!』が日々活動している教室は構内のとある建物の五階にある。本来であれば窓から落ちれば転落死は避けられない。そんな高さだ。
だが、ジェノサイドの落ちた先にはポケモンがいる。
慣れた動きでオンバーンは自らの主を捕まえると、その指示のもと、光の発信元へと向かって突き進み始めた。