パラノイア
作者/風猫(元:風 ◆Z1iQc90X/A

Episode2 Stage3「エンドレス・バトル・オブ・パラノイア」Part3
この世は不公平だ。生まれながらに才能の絶対量は決まっていて……
才能無い物は逃げるしかないじゃないか? だって、違いすぎるんだ――――
ストレンジア対成神。
パラノイアを代表する強者達が戦いを繰り広げる。
その情報は、瞬く間にアストラル全土に広がり皆の知る所と成った。
何時決戦が繰り広げられるのか? どちらが勝って欲しいか等等、ユーザーたちは皆、ざわめく。
当然だ。自分たちと別次元の者達の戦いが繰り広げられるのだから。
それは、後々の資料にもなるしどちらかが脱落すればそれだけで精力的なプレイヤーが居なくなるのだから楽になる。
決戦の日は明日。その情報が、ユーザーたちに渡った時は、壮絶だった。
最初の決戦の情報が知れ渡った時以上に。
商人のように道具を造ったりして生計を立てている数少ないプレイヤー達が凄まじかった。
成神やストレンジアのグッズのアイディアを早急に考え製造していく。多くの面々は、時間が足りないと悲嘆に暮れていたが。
最も技術の優れた者達、例えば葵とその指示を受ける月読愛などは、見事なグッズを造りだしていた。
「一杯売れると良いねぇ愛ィ?」
「そうですわね! まぁ、急場だったので大した量用意できませんでしたけどね?」
ストレンジアと成神の武器を模造して造ったレプリカだ。
夫々の武器の目立つ部分に彼らの名前が、流麗なデザインで刻まれている。
二人は、完成品を眺めながらこの商品が、成功し売れる事を願う。
最も時間が足りなかったので数量は、少なく完売するのは目に見えている程度しか造れなかったのだが。
刻一刻と時間は迫っていく。今は、朝焼けが少しずつ世界を包み込む朝方。
賭け事に興じている者は既に起きて祈りを捧げている者もいる。
どちらかに恩や仲間意識があり勝って欲しい事を願う者の姿も。
決戦の時は近い。
「朝焼けか……綺麗だな。なぁ、カルナッツォ。どちらだろうな……明日の朝日を拝めるのは?」
ふと、成神は目を覚ます。平成二十三年十月十六日午前四時半。
カーテンの隙間から陽光が、注ぐ。眩しさに目が慣れずスッと細長い目を更に細くする成神。
慣れてきた瞳で太陽を見詰め呟く。彼が愛用しているオリジナル製の武器、両刃の淡い青色の無骨な巨大斧い。
胸中を支配しているのはズキズキと痛い感覚は不安か。希望か、それとも高揚感?
兎に角、戦いは目前だ。彼は、二度寝することなく起き上がり寝室から出る。
そして、人気の無い広場で素振りを始めた。日課ではない。唯、自らの体の動きを確かめるために。
相手と正対して最初から全力でぶつかり合う事ができるようにと。一振り一振りに力を入れて……
「精が出てるな成神? 今日という日を心待ちにして居たよ」
「柊か……もし、俺が今回の戦いで敗れたらその時は頼むぜ?」
五時位だろうか。辺りは大分白み始め日の光が降り注ぎ始めてる。
彼の素振りの回数もとうに千を超えていた。
そんな時だ。聞き覚えのある声が飛び込んでくる。
警戒心を抱く必要の無い数少ない人物の声。昔、冬音と一緒に行動していた盟友。
優しげな笑みを崩さない音楽の才能に優れた騎士、柊☆カイトだ。彼もまた、成神と同じく冬音を愛した者。
詰りは、ストレンジアへの復讐心に溢れた男だ。それと同時にパラノイアのユーザーの中でも十誌に入る実力者である。
二人は、常に切磋琢磨してきた。仇を討つ事だけに全神経を研ぎ澄まし才能を研磨し続ける日々。
回りの非難も嘲笑も全て無視し、唯黙々と研鑽しトッププレイヤーへと至ったのだ。
その経緯ゆえ二人の絆は、パラノイアをプレイする面子の中でも別格に熱く強いと言えるだろう。
当然、柊も今日と言う日を待ち焦がれていた。手を広げ微塵も目の前の朋友が負けるなどと考えていない風情で祝福する。
それに対して成神は、苦笑して申し訳無さそうな語調でもしものときは頼むと深々と頭を垂れた。
何時も豪気で有限実行な目の前の男。実直に階段を昇り頂点と言う地位へと至った彼。
しかし、それでも目の前の壁は巨大。戦ってみなければ結果は分らない。
もし自分が死んでも相手の戦い方や癖を有る程度までは引き出せるだろう。
それから如何に癖を潰し新たな技を相手が手にするとしてもある程度以上は計測できるはずだ。
目の前の男、柊☆カイトは賢人だからこそ尚のこと。
だが、彼は、その申し出に二つ返事してはくれなかった。
「止してくれよ? 弱気はいけない……もしもなどと言う言の葉は口にした瞬間から現実になる可能性を孕むものだ」
「……どうせ、俺が敗れたらお前は真っ先にアイツを殺そうとするのにな」
少々険の篭った声。本気で弱気になることにより、実力を出せないのではないかと案じているようだ。
全く、心配性だなと笑いながら成神は友の細い背中を叩く。
何を言っているのだ自分は。本当は、自分以上に目の前の男は、ストレンジアを殺したがっているのに。
柊の言っていたことを思い出す。自分は何時だって譲歩して居たのだと。
だからこそ今回も出来うる限りは譲歩する。だが、ストレンジアを殺す事は譲れない。
そう、彼は何時だって剣幕を下していた。冷静沈着が謳い文句の男とは思えない荒々しい口調で。
「敗れるなんて言うなよ? 私が譲歩できるのは、お前が掛替えの無い友だからだ!」
「有難う……俺は恵まれてるな。勝つ! 勝つぞ! 俺は絶対に!」
清涼な風が吹き抜ける。
復讐だの殺戮だの退廃した雰囲気が蔓延するパラノイアだが、世界は素直だ。
人の営みなど雄大な自然の前では無意味なのだと思い知るほどに。
一種、心地良い雰囲気が成神の胸中を駆け巡っていく。友よ有難うと心が呟く。
仲間の声援が、暖かい。勝つ。絶対勝つんだ。絶対勝てる。そう、彼は言い聞かせて改めて思う。
例え数は少なくともこれほどに思ってくれる仲間が居る事。その稀有さ。幸せ者だと悟る。
カルナッツォを強く握り締めて迷いを断つように力強く振う。突風が渦巻き周りにあった枯葉や空缶が、吹き飛ぶ。
彼の自然な笑みを見て柊は、にやりと笑った。もう、心配無いなと。
日の光が世界をくっきりと照らし出す。辺りは、多くの人に溢れている。ガヤガヤと言う騒々しい声。八時が過ぎた。
世紀の大決戦まで後一時間。今日ばかりは、粗全てのユーザー達がクエストに出る事は無い。
そのイベントを称え始まる前から大興奮だ。
漫画やらゲームやらは、普通にあるパラノイアの世界だが本当のスリルを味わってしまった物にはどれも物足りない。
是ほどの肴は無いと言う事だ。ほぼ全ての生存プレイヤーが、跋扈して居た。
パラノイア始まって以来、始めての熱気にアストラルは包まれている。
「はっ、悪かぁねぇじゃねぇか雑魚共が……」
怒声、歓喜の奇声。所狭しと練り歩く宣伝車。
まるでお祭り騒ぎで周りを見回せば裏道のような場所までストレンジアと成神のグッズだ。
良くも是ほどの物を一昼夜で用意できたものだと素直に驚くしかない。その驚きが、ストレンジアの口を出て飛び出す。
自分のグッズが溢れ出ている様は、少し否相当むず痒いものだがそんなものは表情に表さずストレンジアは歩む。
戦闘フィールドの用意されている場所へと。時々、ファンだと言う者達にサインを求められるが流麗な手つきだ。
それもそれなりの達筆である。サインを貰ったファンの者達は有頂天になり大喜び。
時間が足りないからと断られた者達は地面に這いつくばる。
本来ならそんな温度差のある風景に皮肉の一つでも飛ばす彼だが、そのような余裕は今回は無いようだ。
唯、黙々と目的地へと歩んでいく。
その先には、対戦相手が既に到着しているのが見える。
「待たせたか?」
「いや、俺も数分前についたばかりだ。案外、真面目だな。ギリギリに来るとばかり思ってた」
随分速いんだなと冷やかし混じりにストレンジアは、挨拶する。
それに対して悠然とした様子で成神は、否定し逆に相手を逆撫でする言葉を吐く。
ストレンジアは、全く臆することなくテッサイアのせいで真面目に成ったと嘆息する。
成神は、良いことじゃないかと脳内で呟くが直ぐに打ち消す。
目の前の男は、未だに厨二病末期患者で不良を格好良いと見ているような奴なのだろうと侮蔑する。
そのほうが、自分の精神的に気楽だから。
「所でよ。コンディションはどうだ? 俺様は、完璧だぜ。睡眠も道具も……体調もな」
「何の真似だ?」
ストレンジアは、時計を一瞥する。今は八時三十分。後、三十分の時間が有る。
野郎二人で座っているのにはいささか長い。
下手に武器を研ぎすぎれば逆に攻撃力が減るし道具の整理などは当に終えている。
相手の職業や武器を加味してあらゆる事を予測し重要道具を算出し最も取り易い道具の配置にした。
体も朝のトレーニングで充分に温まっている。これ以上やると逆効果だ。
人間とは、完全な集中力を保つのは案外難しい。
この三十分の間、無言で戦いのことに思いを張り巡らせていているのは、愚作と言わざるを得ないだろう。
相手を揺さ振る時間。そう、把握しているストレンジアは早速揺さ振りに掛かる。
先ずはちゃんと準備は出来ているか、そう不安を煽る。普通の奴はこれで相当取り乱す。
何せ大概において相手にとってはストレンジアは、鬼門だ。そもそも普通程度なら勝てる要素など無い。
だが、今回の相手は違った。沈着な声音で答える。その低音の中には欠片の戸惑いも無い。
それを表情も加味して感じ取ったストレンジアは、高揚感に体を熱していた。
今迄の相手が弱すぎたのだ。初めてと言って良い強者との激突。狂戦士と異名取る彼が胸踊るのは、当然と言えるだろう。
例え死んでも楽しければ良い。ストレンジアは、そう言い聞かせる。
唯今回の戦いの目的は、血と絶叫舞い踊る最高にして最狂のプレゼンテーションをパラノイアに提供する事。
そして、なによりこの胸躍る血戦を愉しむことだ。
ストレンジアは、迫り来る時間を見ながら凄絶に笑った。
戦いの時は迫る。
他愛無い会話の応酬。しかし、それに意味などは無く。
残り一分……三十秒……刻々と。
時間は迫り来る。
最高に心躍るフェスティバルの幕開けが。
「三……二ィ一……零!」
ストレンジアが、カウントダウンをする。ゼロと言うと同時に二人の姿がその場からフッと消えた。
そして、アストラル全土に配備された巨大な映像機器が展開され二人の姿と彼らの居る空間が映し出される。
今回のフィールドは、近代的な姿だった。現在と同じ様な構想建造物が屹立している。
それらは、瓦解していて物寂しげだ。
その空間に多くの者達は、自分たちの住んでいた都会を思い出しただろう。
しかし、この空間は一瞬にして廃墟と化す。誰もが、それを知っていた。
争い合う二人の実力を理解して居たから……
「さてと成神ちゃんよぉ……言葉は要らないよな?」
「当たり前だ……」
数秒の睨みあい。
ストレンジアの問いを皮切りに二人は、駆け出す。
武器と武器が重なり合う。
轟音を撒き散らして二人は、巨大な衝撃波に飲み込まれていった。
ビル群が吹き飛ぶ。
十数棟のビルが、粉砕され瓦礫と化した……
戦いは、始まったばかりだ。
観客達は、時限の違う戦いに唯固唾を飲む――

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