コメディ・ライト小説(新)

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最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
日時: 2020/05/10 21:06
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)


☆毎週日曜日に更新!


*ご挨拶

 初めまして、またはこんにちは。瑚雲こぐもと申します!

 こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
 ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
 しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
 よろしくお願いします!



*目次

 一気読み >>1-
 プロローグ >>1

■第1章「兄妹」

 ・第001~003次元 >>2-4 
 〇「花の降る町」編 >>5-7
 〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
 ・第023次元 >>26
 〇「君を待つ木花」編 >>27-46
 ・第044~051次元 >>47-56
 〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
 ・第074~075次元 >>83-84
 〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-


■第2章「  」


■最終章「  」



*お知らせ

 2017.11.13 MON 執筆開始




 ──これは運命に抗う義兄妹の戦記
 

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Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.99 )
日時: 2020/07/12 13:33
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

  
 第090次元 眠れる至才への最高解ⅩⅤ

 コルドは以前、セブンの口からケイシィとハルシオの確執について聞かされた。元警備班の班員で支部を転々としていたコルドがほかの部班の内情に詳しいはずはない。班長の座を奪うためなどと、妄言だと蹴り返されればそこまでだがどうやら的は大きく外れていなかったようだ。
 本人が口にした"憎しみ"からか、ケイシィは苦痛に歪んだ口元で矢継ぎ早に言った。

「あなた方程度の理解力で足る問題ではない。奴は……ハルシオ・カーデンは化け物だ。ただの人の子が化け物に対抗するべく術をお考えになったことは? ないだろうな。では教えて差しあげよう。それはこちらも人間の皮を剥がすことだ。感情を捨て、理性を捨て、成果に執着する。さもなければ我々は化け物と足並み揃えて舞台に立つそれすらも叶わない。わかるか。今生では敵わないと脳がひとりでに受信する恐怖を。だから私は邪魔な感情をなげうちこの実験に執着した。これが私の打ち出した、奴の上をいける最高の解式だった!」
 
 入隊規律の最年少ともなる12歳で此花隊の門をくぐり、持ち前の頭脳と底知れぬ探求心でほかの班員を圧倒し、ついには21歳という異例の若さで開発班の副班長に就任した。当時、研究部班の班長は高齢の男で、彼の退隊が決定した際には当然ケイシィ・テクトカータがその席を譲り受けるのだろうとだれもが確信していた。
 しかし、ある日のことだった。調査班の班員であったハルシオ・カーデンが元力の固体化に成功し、あろうことか通信器具を自主開発したという報せが届き、部班内全域に衝撃が走った。前班長は才能に溢れるハルシオを次の班長に推薦し、隊長のラッドウールもそれを承認した。
 次の班長の座は自分のものだ。本人さえそれを信じて疑わなかった。しかし彼女は争いに敗れた。顔も名前も認知されていなかったような一端の班員が明日から班長の座に腰を据え、右肩部に班長のみ許される金章を飾り、自分を下に見るなどと、どうしたら認められようか。急速に湧きあがった感情は、嫉妬などという生易しい域には収まり切らなかった。常軌を逸した敗北感。彼女の脳に憑りついたそれは、いま現在までずっと彼女の思考の真ん中にある。
 ロクはふらつく身体を支えながら立ちあがり、憤りに侵されたケイシィの顔を見上げた。

「じゃああなたは、いま戦ってる次元師のためだとか、神族を倒すためだとか、そういう気持ちじゃなくて……班長さんに負けたままなのが悔しいから、次元師を増せば勝てるからって、そう思ったの」
「稚拙な言語で語るな。汚れる。動機などは結果に反映されない。私が彼より優れていたという名目が後から自ずとついてくる。それだけだ」
「そんなものがほしいってだけで、だれの身体が、気持ちが、どれくらい傷つこうがいいっていうのか!」

 ケイシィに近づくと、ロクは彼女の隊服をぐっと掴んで引き寄せた。片目だけが彼女の顔を強く睨みつける。すぐにでも電撃を浴びせかねない剣幕に、コルドが引き止めるように叫んだ。

「ロク!」
「ほう。私に手を挙げるか? 次元師とはつくづく便利な生き物だな。その力の前では力を持たないほかの種族など等しく虫けらだ。我々はそんな偉大な次元師を生み出すべく行動していたのだぞ。これは世界中の民の悲願である神族掃討への、大きな橋掛かりとなる世紀の実験だ。おまえたち次元師に感謝こそされど貶される謂れはない! さあ、傷つけられるものなら傷つけてみろ。殺せるものなら殺してみせよ。私と一体なにが異なる! おまえたちこそ本物の……人間の皮を被った化け物だろう!」

 ロクは思い切り拳を引いた。彼女の右腕を電気が這いあがり、ふたたびコルドが彼女を制する声を発したそのとき、握った拳から電気の糸は消え失せた。瞬間、何の変哲もないただの拳と成り下がった一撃がケイシィの頬に叩きこまれた。
 階段の上に、黒い隊服がぐしゃりと倒れこむ。ケイシィを見下ろす新緑の眼差しはまっすぐ彼女の身に突き刺さった。

「この力を持ってたから、故郷の人たちや大切なものを傷つけたんだって泣いた人がいる。この力が自分には重いって、それでも前に進もうって決めた人だっている。この力しかないからって自分を卑下しても、だれかのために戦い続ける人もいる。そんな次元師たちの思いも知らないくせに、なにが世紀の実験だ! 次元師を侮辱するのも大概にしろッ!」

 フィラ、レト、そしてコルドが、力強くそう叫ぶロクの姿から目を逸らせなかった。

「あなたみたいなクズ野郎には拳だけで十分だっての!」

 次元師は、だれしもが神族を打ち倒そうと正義を掲げているわけではない。その力を以てほかの人間を見下し、残虐な行為に及ぶ者もいる。しかし次元師とて人間だ。正義か悪のどちらかで分類できるほど単純な存在ではない。人目に触れない地下室に籠り、地上に出たところで他者とは最低限の交流だけを営み、特定の人間に対する負の感情だけをしたためた実験記録書に「成功」の文字が記されることはない。
 上体を起こし、ケイシィは殴られた頬に触れた。内側に溜まった血をぷっと吐き捨てる。

「……クズ野郎、か」

 そう呟くや否や、ケイシィは懐から素早く銃を抜き、ロクの額に銃口を押しつけた。

「──!」
「君はナトニの実験の経過記録を盗み見たのでは? であれば殊更、我々の邪魔をする理由はないはずだ」

 獣のように鋭い目つきでロクを睨みながら、ケイシィは至って冷然と述べた。

「え……?」
「ナトニは以前の被検体とは反応が異なっている。身体が拒否反応を起こした過程はなく、さらには投与した元力を一度たりとも吐き戻していない。そのうえナトニは、元力液を嚥下したのち、すぐに発熱を起こす。この発熱とは、君たち次元師が次元の力を行使する際に引き起こすのものと同様の症状だ」
「!? じ、じゃあ……!」
「ここまでの結果を顧みるに、ナトニは元力の体内への蓄積に成功し──かつ、元力に強い反応を示している」

 ロクは息を呑んだ。たしかに、最初に実験室内を見回したときに、ナトニが嘔吐したような跡がないのを彼女はその目で確認した。発熱はただの副作用のようなものだろうと勘違いしていたが、ケイシィの指摘によって考え方ががらりと変わる。いまの段階ではただ発熱を起こしているにすぎないが、取りこんだ元力が身体に馴染めば、いずれ正確に意思を通せるようになる。なんとしても勝利の盃を傾けてみせるという気概が、ケイシィの血走った瞳、額と接触する銃口から、犇々ひしひしと伝わってくる。

「理論的に考えてそんなこともわからないようであれば口を挟むな! いずれこの実験は完成し、ナトニは『癒楽』以外の次元の力の継承に成功したこの世で初めての次元師となる。証跡の伴わない正義論を振り翳し大口を叩くだけの君に我々の邪魔をする資格などない。──いまここでその目出度い頭をぶち抜かれたくなければ、誓え! 誰がなんと言おうとも、私は決してこの実験を中止には」

 ケイシィが言い切るまさに寸前だった。銃の先端部分を目がけ、剣筋が一太刀、真上から落ちた。かしゃんっ、と音を立て銃頭が離脱する。間もなく、地下室内に静寂が満ちた。
 剣の持ち主はレトだった。眼前で銃口が斬り落とされ、わなわなと怯えるロクの頭上から、冷静を窮めた一声が降ってくる。

「じゃあ、理論的な方面での話でもするか」

 ロクとケイシィに向けられていた関心が一気にレトへと焦点を変える。彼は『双斬』の片割れを鞘に納めながら言った。

「あいにくだけどナトニは次元の力を継承できねえよ」

 ケイシィは両目を一層鋭く細めた。それからすでに使い物にならなくなった銃を下げもせずに抗言を繰り出す。
 
「なんだと……!? ふざけたことを」
「ナトニだけやってなかっただろ、第一検証。やってなかったというか、やれなかったんだろうけど。いまこの施設内には次元師がいねえからな。肝心の通信相手がいなくちゃ第一検証は成り立たない。それに父親と息子っていう関係性でいったらデーボンとファウンダもそうだ。デーボンが父親の元力石で通信具を使えたってことはナトニも同様の結果を得られると見て、第一検証を通さず第二検証を施行したんだろ」
「まどろっこしい、なにが言いたい!」
「さっき俺が代わりにナトニの相手役をやった。結論から言うと、ナトニには通信具が使えなかった」

 ケイシィの思考が一時、停止した。緩慢に首を回し、ナトニの怯えた顔、その耳元に着目する。彼は白い器具を身につけていた。通信具だ。器具を一瞥した彼女の口から、間の抜けた声が出る。

「……は……?」
「第二検証の結果、ナトニの身体に起こった変化は2点。発熱と全身の打撲痕だ。あんたも言ったように次元師は力を発動させるときに身体が発熱するような感覚を覚える。そしてナトニは飲んだ元力液を吐き戻さなかった。以上のことを踏まえて普通に考えれば、取り入れた元力は体内に蓄積できていて、そしてその元力に身体が反応したから発熱が起こったと判断できる。……だけどナトニは、シアンもデーボンもオッカーも、いままでの被検体全員が使えた通信具が使えなかった。ナダマンの元力石はナトニの意思には一切反応しないっていう、最大の証拠だ」

 体外から取り込んだ元力は確実にナトニの身体の中で留まり、発熱まで起こしたはずだったが、彼はその体内にあるものとまったくおなじ元力石に意思を通すことが叶わなかった。これが本当であれば発熱の正体が途端に曖昧なものとなる。ケイシィが意識半ばに銃を下ろし、物凄い早さで思考を巡らしているうちにもレトは親指を立て、後方にいるナトニを振り返らずに指し示した。

「次にあの打撲痕だけど、あれはどこかに手足をぶつけてできた傷跡じゃないらしいな。ナトニがそう言ってた。つまりあれは……外からの衝撃じゃなくて、血管内部に問題が起こってできた、鬱血うっけつだ」
「血管の……内部…………。──、っ! まさか」
「さすがに頭の回転が速いな」

 レトは顔色ひとつ変えずに断言した。

「最初からナトニの体内にあった元力が、外部から侵入してきたほかの元力を追い出そうと過剰に反応したため発熱が起こり、その過程で鬱血を併発させた。それだけだ」

 口を挟める者も、野次を飛ばせる者もいなかった。自信に溢れた彼の答弁はこの場にいた全員を理解の域へと連れていく。
 開いた口が塞がらず、ロクはそのまま、震えた声でレトに訊ねた。

「さ……最初からって、レト、それ……」
「俺の仮説が正しければ、ナトニは本物の次元師だ」
「……。そんな……ありえない……」

 反論したさが先走って、口にするつもりのない弱音がこぼれた。しかし残酷なことに、レトの解答が一理抱えているのを聡明な頭脳が否定しない。ケイシィの理性はついに決壊し、取り繕いのない純粋な疑問がただ漏れていく。

「ナトニが、本物の次元師……?」
「……」
「この世界には、幾百、幾千万いやもしかしたらそれ以上の人間がいるのだぞ……ナダマンも、ナトニも次元師である可能性など、そんなの、極めて低……」
「どこかの下等な種の言葉を借りてこの実験の失敗理由を述べるなら」

 このとき、レトの顔を仰ぎ見たケイシィは、屈辱、恐れ、驚きなど、複雑に入り組んだ感情を覚えながらも、唯一はっきりと、羨望を記憶した。
 そして脳裏には9年前の班長の任命式にてハルシオが前班長を前に傅き、班長のみ着用を許される金の肩飾りを授かったあの一場面が、鮮烈に蘇っていた。

「ひとつだって可能性は捨てるな」

 静かな声音を奏でる唇。整った目鼻立ち。纏う雰囲気。すべてに至るまでまるで毒だ。心身を蝕む毒。あの日味わったそれが、ふたたび口の中に広がった。

 ナトニに第一検証をさせようと思い立ったのには動機があった。レト自身、この実験については失敗するほうに意見が傾いていたからである。そのため、ナトニが次元師特有の発熱を起こし、取り入れた元力液を吐き戻していないという好触感の記録を目にしたとき、当然のように疑念を抱いた。
 失敗の見解を打ち出した理由としては単純だ。次元師と血の繋がっている人間の体内に、その次元師の元力を取り込ませるだけで継承が成り立つならば、とうの昔にハルシオ・カーデンが成功させてしまうだろう。ケイシィを凌ぐ頭脳の持ち主であり、元力の物質化を成功させた張本人でもある彼が取り組まなかったのだ。次元師ではない一般の人間の身体に元力という異物を投与すれば拒否反応が起こるのも容易に想像がつく。もし成功の目途が立っていたとしても、シアンやナトニのような被害者を生み出してしまうのは必然だ。実験に犠牲はつきものだというが、ハルシオはその偉大な発展よりも、数人、もしかすると数十人分に及んだかもしれない人命を優先した。それだけのことだ。
 レトはくるりと身体を向きを変えて、ナトニの左耳に取りつけてある通信具を見ながらこうも言った。

「ま、ナトニが持ってたナダマンの元力石っていうのが、本当はナダマンのじゃないってなったらいまの俺の考えはぜんぶ白紙に戻るけど」
「いや、相違ない。心配なら右の部屋の棚にある元力石の記録書を確認するといい。そこにはナダマンやほかの参照元となった次元師たちの元力石の形を描きとめてある」
「なるほどな。さすが、元力石の混同を防ぐことには余年がなかったわけだ」
「……」

 口答えさえ諦めたケイシィをはじめ、タンバットとホムも加えた3名を拘束した。この黒い隊服に身を包んだ実験関係者たちは本部まで連行し、証拠物とともに上層部の御前に突き出す予定だ。
 コルドはケイシィらを階段付近に固めると、立ち話をしているロクとレトの間に割りこみ、2人を見下ろしながら質問した。

「そういえば、本はあったのか? この地下室に」
「ああっ! 忘れてた!」
「……。まあ、仕方ないか。おまえたちもいろいろ危ない目に遭ってたもんな」
「あたし、ちょっと部屋見てくる!」
「あ。そういえばあったな、それらしいやつなら。俺が入った部屋に」
「…………え?」

 レトは何食わぬ顔でそう言うと、一番最初に入室した部屋にすたすたと戻っていった。コルドは、レトがくぐった壁の穴を眺めながら一息吐いた。

「へえ。あの部屋か。俺とフィラ副班はあの部屋の奥の扉から入ってきたんだぞ」
「扉? あっちの部屋、奥に扉なんてあったんだ。あたしの入った部屋にはなかったのに」
「そうだったのか。扉の奥は長い通路になってて、階段のあるところまで繋がってるんだ。階段も随分な長さで大変だったな」
「あ、やっぱりそっちの階段も長かったんだ~! でもなんでだろ?」
「うーん、そうだな……。もし仮に被験者が次元の力を使えるようになって、制御できずにいきなり爆発音とかが響いたら、研究棟にまで音が届く恐れがあるからじゃないか? そうなったらほかの班員たちに気づかれる」
「あー! たしかにっ。コルド副班あったまいい~!」

 ずっと不思議だったんだよね、とロクが指先で左頬を掻いた。頬には弾丸を掠めたような鋭い傷跡が走っている。幸い深い傷ではないようで布などは当てられていない。が、コルドは自分が痛みを負ったように苦い表情を浮かべてから、優しくロクに問いかけた。

「ロク、怪我はどうだ? まだ痛むか」
「ううん! 即行でフィラ副班に手当てしてもらったからもう大丈夫!」
「そうか。怖い思いをさせたな」
「……まだまだだった、あたし。コルド副班とフィラ副班が来てくれたとき、すっごく嬉しくて、心の底からほっとしちゃった。せっかくセブン班長が、あたしたちは別々でも大丈夫って言ってくれたのに……まだぜんぜん一人前なんかじゃないや。へへ」

 認めてもらいたい。早く一人前になりたい。まだ幼いからこそ抱く焦りやもどかしさを理解できるからか、コルドは、焦らなくてもいいぞとは言えなかった。
 かつての自分も父親に認めてもらいたくて一杯一杯だった。元魔に街を襲われたときに突然次元の力に目覚め、真っ先に「これだ」と舞いあがった。自分には選ばれた力があるのだ。だからこの力でギルクス家に貢献してみせる。立派な理由を並べてみせたのに、父は怒りに怒って、ついには家からつまみ出された。渡されたものといえば母親の姓と、「どこかの組織にでも入って性根を叩き直してこい」の一言だけだった。あのとき父が抱いた正確な心情など知り得ないが、もしかすると、一回頭を冷やして次元の力と向き合い直せと伝えたかったのかもしれない。
 コルドはわずかに笑みだけをこぼして、ロクの頭をくしゃくしゃと撫でた。

 脇に本を抱えて、レトが部屋から戻ってくる。彼は、コルドとロクの目の前にその赤い表紙の本を差し出した。

「これ。書物館にいたあの使用人の人が教えてくれた本の特徴には似てる。けど……ツォーケン家の家印ってやつがないんだよな」
「家印がない? 200年前のものだから、薄れたのかもしれないな」
「いや……そもそもこれ、200年前のものか……?」
「え、ちがうのか? でも俺には書かれてる文字がさっぱり読めんが」
「これは古語じゃない。若干似てるけど、べつの土地の言葉だと思う」
「えっ!」

 驚きの声をあげたロクが、ふと視線を感じて首を回すと、フィラから手当てを受けている最中のナトニがこちらを向いてわなわなと震えていた。
 ロクはきょとんとして、ナトニに声をかける。

「ナトニ?」
「……ご、ごご、ごめん! それ、盗んだの、オ……オレなんだ!」

 ナトニはフィラの手を振りきり立ちあがると、そう告白して目線を落とした。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.100 )
日時: 2020/07/19 13:09
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 7Q5WEjlr)

 
 第091次元 眠れる至才への最高解ⅩⅥ

「は?」

 レトヴェールは素っ頓狂な声をあげた。大書物館から盗み出された本がこの地下室にあったために、やはり犯人は実験関係者なのだと睨んでいたが、思わぬ方向から自白の声があがってきた。ナトニはおろおろしながら、ぽかんと立ち尽くすロクアンズたちのもとに駆け寄った。そのあとをフィラも追う。
 ロクはレトが持っている本を指し示しながらナトニに訊ねた。

「な、なんでナトニが大書物館の本を? そんなに読みたかったの? これ」
「……いや、じつは、ちがくて……。その本を盗みたくて、大書物館に行ったんじゃねーんだ」
「ほえ? じゃあ……」

 疑問が疑問を呼ぶ中、ナトニは静かに口を開いた。

「……調査班の研究室で、偶然見たんだ、オレ。二月前、オレがこの実験場に入るほんの直前に。行方不明になったっていう父さんの、最後の遠征予定記録。大書物館に向かってから東の町に行くって書いてあった。オレ、すごい気になって気になって、がまんできなくなって、二十日くらい前に1回だけこの実験場から抜けだしたんだ。そんで大書物館と東の町に行って、『14年前、戦後に白い隊服を着た次元師が来なかったか』っていろんな人つかまえてきいたんだけど……町の人は、灰色の人はいたけど白を着た人を見た覚えはないって。でも、大書物館のほうには、来た、って言われたんだ」

 肌身離さず持ち歩いていた父の形見のペンダントは、脱走に際して落としたものだった。落ちていたのが裏庭だったのもナトニが表門を通るのを避けたためだろう。 

 ウーヴァンニーフ領より東の方面といえばメルドルギース戦争で被害を受けた土地の一部だ。見かけたという灰色の隊服は、復興作業で派遣された此花隊の援助部班とみてまちがいない。此花隊の隊員が訪れたのを町の住民たちも喜んだはずだ。その隊章が印された衣装を着ていた人間のことならば覚えていそうなものだが、否とあれば、ナダマンはおそらく本当に東の町へは訪れていなかったことになる。


「だから父さんがいなくなった理由が、大書物館にあるんじゃないかってオレ思って、館内をめちゃくちゃ探し回った。そしたら見覚えのある文字で書いてあった本が……それがあったから、持って帰ってきたんだ」
「見覚えのある文字ってどういう意味だ」
「いまオレが宿泊棟で使ってる部屋、もとは父さんの部屋なんだよ。オレ、父さんのこと知りたくて、書棚とかぜんぶ見た。けど父さんの部屋にあった書類ぜんぶ、ぜんぜん読めない言葉で、走り書きしてあった。それがその……あんたがいま持ってる赤い本の文字だ。書体だって父さんのだ。見りゃわかる」
「じゃあナダマン氏はその本を持って大書物館に向かったあと、東の町へ行くまでに行方不明になったということか」

 コルドの見解を耳に入れながら、レトは本を開き、適当な頁に視線を落とした。そして逡巡しながら口を開いた。

「……そうだな。わかるのは、ナダマンが大書物館で、この本になにか記録していたらしいってことだけだ」
「き、記録?」

 ロクが小首を傾げる。ぱらぱらと、いくつか頁をめくりながらレトは続けた。

「この本の中身、よく見たら図とか数字とかもちらほら出てくる。もしかしてナダマンは、なにか記録するとき最初にこの文字を使って殴り書きして、それから書類にまとめるときにはメルギース語に直してたんじゃないか?」
「! ああ、そうだよ。よくわかったなアンタ! 調査班の研究室に残ってた父さんの調査記録書、探して読んだけど、ぜんぶちゃんとメルギース語だったし、字もキレイだった」
「……とにかく、一度届けてみないことには始まらねえな。これが大書物館にあったのは間違いないし、ナダマンのこともすこしはわかるかもしれない」
「じゃあオレも連れてけよ! たのむ!」
「それはダメよ、ナトニくん」

 フィラが諭すように釘を差した。びくりと肩を震わせたナトニは、包帯の巻いてある両腕を背中に隠した。彼の状態を見た彼女が許すはずもなかった。

「あなたの身体、応急手当をしたとはいえまだひどい状態よ。すぐにでもちゃんとした治療をしないと」
「でも……!」
「だーめ。そんな状態のナトニくんを、もしいまナダマンさんが見たら……きっとすごく悲しむわ。……大丈夫。元医療部班の私が責任をもって、あなたの傷を治します」
「……わかったよ。おい、えっと……ロ……ロ、レ? ……緑のと黄色いの!」

 ロクとレトは同時に、目をぱちくりと瞬かせた。通信具の検証中に名乗ったはずだったし、何度かお互いに"ロク"、"レト"と呼び合っていたのだがまさか略称まで覚えられていなかったとは。呆れたようにレトが息を吐いた。

「どんな記憶力してんだ」
「なんかわかったら教えろよな。ゼッタイだぞっ」
「あはは。もっちろん!」
「わあってるよ」
「あ、ねえっ、じゃあその代わりにさ~……名前で呼んでよ!」
「はっはあ!? だだだれが、あ、アンタらなんか……!」
「あたしはロク、ロクアンズ! そんでこっちの黄色いのが」
「レトヴェール」
「そう、レトね! ほらナトニ、ほらっ」
「……」

 ナトニは眉根を寄せると、ぷいっとそっぽを向いた。それから口を尖らせて答える。

「オレにウソついたら承知しねーからなっ、…………ロク、レト」
「はーい!」
「素直じゃねえな」
「いい勝負だよレト」

 ナトニが盗んだ赤い本と、実験の経過記録書、元力石の図本を持って、一同は地下室をあとにした。ロクとレトが下りてきた方の階段を昇って、調査班の研究室へと戻ってくる。
 研究室から廊下に出ても、道行く班員たちの目に留まることはなかった。ケイシィたっての希望で、研究室にあがる手前で拘束具をすべて外していたのだ。おかげで大きな騒ぎにはならなかったが、ケイシィはもっとも信頼を置く部下の男を捕まえて、「しばらく研究棟を空けるが、仕事だけは決して滞らせるな」と、開発班における指揮を彼に託した。調査班と制作班の班員たちも似たような指示を副班長から受け、当然だが、眉をしかめていた。
 後日、研究部班の副班長3名の懲戒処分の報せが届くことになろうとは、このときはまだだれも知る由のないことだった。

 門の前で一同は足を止めた。荷馬車の手配で厩舎から戻ってきたコルドに、フィラが声をかける。

「コルド副班長、今後の動きはどうしますか? これから大書物館に行かれるのでしたよね?」
「そうですね……。フィラ副班、ロクとともに先にウーヴァンニーフを出発してください。俺とレトは大書物館で用事を済ませたら、2人のあとを追いかけます。ここから一番最初に着くのは、たしかキナンでしたよね? キナンの町で落ち合いましょう。着いたらこちらから連絡します」
「わかりました。そうしていただけると助かります。ナトニくんの怪我の様子もゆっくり見たいので」
「……」
「ナトニくん?」
「あ、お、おう」
「ちぇー、じゃあ大書物館はまた今度かあ」

 ロクがそうぼやきながら足元の小石を蹴る。国の名所とされる大書物館に行けなかったのが残念なのだろう。そんなロクを見かねてか、フィラが明るい表情をして提案した。

「ロクちゃん、せっかくだからコルド副班長たちといっしょに行ってくる?」
「えっ、いいの? でもそれじゃあフィラ副班、1人になっちゃうよ」
「そうです、フィラ副班長。いくらなんでも危険すぎます」
「大丈夫ですよ。明日の夕方頃には落ち合えるんですし、それに私には、巳梅っていう立派な護衛もついてますから」

 フィラは肩に乗っている巳梅の顎のあたりを指先でくすぐった。コルドは渋々、頭を縦に振った。

「……わかりました。それではフィラ副班長、この方々のことを頼みます」
「はい。必ず」

 フィラは右手を丸めて、左腕のあたりをとんと一度叩いた。左の二の腕のあたりには、此花隊の隊章が刻まれている。此花隊内で用いられている敬礼だ。
 ロクは、とととっとナトニの傍まで行くと、ぼーっと俯いている彼の顔を下から覗きこんだ。

「ナートニっ!」
「うわあ!? な、なんだよっ」
「じゃあまた明日、キナンで会おうね!」
「……。……あ、あの、さっレト!」

 ナトニはなにか言いたそうに顔を歪めてから、ふっとロクから視線を外し、レトの名前を呼んだ。レトは立ったまま赤い本を読んでいたが、呼ばれたことに気がつくと本を閉じ、すたすたと歩み寄ってきた。

「へえ、今度はちゃんと覚えてんじゃん。で、なに」
「なあ、さっき言ってたことホント……なのか。オレがその……じ、次元師だって」
「……あくまで予想、だけど。たぶん外れてない」
「じゃあ……オレも……アンタたちみたいな……」

 消え入りそうな声で言って、ナトニは猫のような目を伏せた。検証用に改造した通信具も解体し、二月前の元の姿に直った元力石のペンダントをぎゅっと握りしめ、彼は吐露する。

「……父さん、みたいに……立派な次元師に……なれるかな。14年前の戦争で、父さん、次元師として前線で戦ったって……強くて、その強さで生き残って、かっこよかったってみんな言ってたんだ……」

 強制的に前線へと送られていたほとんどの次元師は奴隷という身分で、彼らはのちに政会陣によって保護されていたわけだが、その当時、此花隊にも少なからず次元師はいた。隊に属していた次元師も一兵として戦場に駆り出されていたのだ。戦場で散った次元師は数多く、ほとんどが命を落とした中で、ナダマンは生きて隊に帰還した。終戦後、その功績を大いに称えられた彼だったが、まもなくして行方不明になってしまったのは不幸以外の何物でもなかった。
 ナトニは、そんな父親の次元の力が受け継げるのだと心の底から信じていた。しかし結局叶わなかった。正直身体だって限界だったし、そもそも、もしかしたら本物の次元師かもしれないと言われて非常に混乱している。加えて今日、本物の次元師たちの力を目の当たりにして、わかった。ずっと欲しかった力が手に入る可能性があるのに、実感が恐怖を連れて次から次へと溢れてくるのだ。次元師の戦死者が続出した戦場で、父ナダマンが生き残ったのは偶然でもなんでもない。実力者だったからだ。自分も槍の降る戦場に足を踏み出さなければならないなんて、死と隣り合わせの日常に駆け入るだなんて、そんな覚悟を急に押しつけられても怖いだけだ。
 雨さえ降っているわけでもないのに、手足ががたがたと震えてやまなかった。

「でもオレの中にあるのは、そんな父さんの次元の力じゃない……。得体のしれない力だ。それに、オレすげえ泣くし、急に怖くて、たまんなくて……だから」
「なれるよぜったいっ!」

 ペンダントが壊れてしまうほど固く握っていたその手をやんわりと包み、ロクは言った。晴れた空みたいに、突き抜けた明るい笑顔だった。ペンダントからひとつずつ、指が離れていく。首元できらきらと光るニつの珠玉は、強い輝きを放った。

「たしかに次元師だったら、これからたくさん、怖い思いすると思う。でも怖がる必要はまったくないよ。だってナトニの中に眠ってるそれは、すごい才能なんだよ!」
「……才、能……」
「強くてかっこいいナダマンさんの力は、ちゃんとナトニの中にも流れてるよ。ナトニはそんなお父さんから託されたものと、世界から託されたもの、どっちも持ってる。そう考えたら無敵! って気がしてこないっ? それに……きっと実験は失敗してた。どんなにがんばっても、ナダマンさんの力は受け継げなかったと思う。だけどナトニは次元師だよ。今度こそ本当の意味で、お父さんとおんなじ次元師になれるんだよっ、ナトニ!」
「……父さん……と、おなじ──」

 ロクもレトも、自分と歳はあまり変わらない。なのに銃弾にも臆さず、拳を振りかぶり剣を抜く。戦場を、屍の上を駆け抜けた父にもそんな強さがあったのだろうか。一秒先の未来に決して屈しない、次元師たちの強さが。だれかに唆されて簡単に信じきって縋りついて、残ったのは傷痕だった。だけどこんな不甲斐ない足ででも、自分で選んだ道を歩こうとするなら、父は喜んでくれるだろうか。
 父に憧れて、日々流した痛みよりもずっと澄んだ色をした涙が、いくつもナトニの頬を滑り落ちた。

「オレ、今度は自分の力で、次元師になる」

 これがいま、彼がその身ひとつで打ち出せる最高の解答だった。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.101 )
日時: 2020/07/28 10:52
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 
 第092次元 眠れる至才への最高解ⅩⅦ
 
 だんだんと日が傾いてきて、行路に揺らめく影も伸びてきた。ロクアンズは肌寒さに身震いした。まだ吐く息が白くなるには早いが、だいぶ冬季に近づいてきている。
 大書物館に到着したコルド、レトヴェール、ロクの3人はまず、古語の本棚を管理している使用人の女のもとを訪ね、ナトニが盗んだ赤い本を差し出した。依頼された本と、ナトニが盗んだ本が本当に一致するかどうかを確かめるためだ。彼女は目を瞬き、これです、と答えた。詳しい事情をバスランドにも話すため、彼女に部屋まで案内してもらった。
 事の顛末を聞くと、バスランドは「そのナトニという少年に悪いことをしてしまった」と眉を下げた。ナダマンについて訊ねてみると、たしかにこの館には訪れたという。しかし退館したかどうかは、さすがにわかりかねるとのことだった。
 部屋から出ると、コルドは赤い本について、使用人の女に詳しい話を訊ねてみた。大書物館の棚の管理者たちは、本の背表紙から標題、中身に至るまで、任されている棚のことはすべて把握している。ただ、古語関連の本を収容した棚に限っては例外である。その昔、古語で書かれた文献のほとんどが、言語が移り変わるとともに別の文献へと写生された。有名な童話『わたしの子エリーナ』もその1つである。古語の文献はいまや文化遺産に等しい。そのため、古語の棚の管理者は、本の中身以外の特徴を記憶するよう教育されている。
 使用人の女はちょうど十数年前からこの棚の管理者になったとのことで、返答はなかなかに好触感だった。彼女は階段を下りながら説明してくれた。

「そちらの本についてですか? そうですね……たしか初めてその本を見たのは、ハスウェルが本棚の前でその本を咥えていたときでした」
「ハスウェルというのは、バスランド伯が飼っていらっしゃるあの犬ですか?」
「はい。そのときは棚の管理者として新参者だったこともあり、収納し損なっていたものなのだとなんの疑いもなく本棚に加えてしまいまして……。申し訳ありません」
「ああ、いえ、そんな。……あの、そのときの状況をもっと詳しくお伺いしても?」
「状況ですか……。そういえばあのときも……」

 階段を下りきると、使用人の女は古語の棚の前まで足を運んだ。彼女は片腕をあげ、揃えた指先で棚の最下段を示した。

「このあたりの最下段の本を、随分散らかしていましたね」
「へ~」
「ご覧の通り、最下段から上二つまでの段は、それより上の段よりも多少幅を広めに作ってあります。幅の広い書物や大きな地図などを収納するためにこのような造りとなっています。ハスウェルはなぜか、このあたりの本を散らかすのが好きなようで、それを片付けるのも仕事のうちになってしまいました」
「最下段にある本、ちょっと見てみてもいいですか」

 レトは棚の最下段を指差して、使用人の女に訊ねた。彼女は「どうぞご自由にご覧くださいませ」と許諾したのち、「あ」と小さく声をあげた。

「どうぞ本を抜いて、棚の奥にも触れてみてください。きっと面白いものが見られます」

 悪戯っぽく微笑んでから、残っている仕事を片付けにいくと言って、使用人の女は一旦離脱した。
 じっ、とレトは最下段に並ぶ本を舐めるようにして眺めた。

「面白いもの?」
「えー、見てみたい見てみたい! 本どかしてみよ!」

 ロクとレトは手あたり次第に本を抜いてそのあたりに散らかすと、棚の奥とやらにぺたぺたと触れてみた。間もなくレトの手がぴたりと止まる。

「あ」
「なんかあった?」
「奥の板、微妙にずれてるところがあるな。動くのか?」
「えっ!」

 どうやら棚の奥の板の一部が左右に動く仕組みになっているらしく、板を横に滑らせてみると、またしても本がぎっしりと収納されていた。

「へえ、すごいなこれは。棚が奥にもあるのか。二重で収納できるんだな」
「ええ!? 普通に前から見ただけでもすっごいたくさん本があるのに、ここの館にある本棚、ぜんぶこうなってるのかな? じゃあ思ったよりずっとたくさんの本があるんだ~……」
「さすが、物好きな建築家が設計した館なだけあるな」
「……」

 大書物館において戦争の被害を受けたのは表のガレージなど、一部のみだった。大部分は200年前に建立されたままの姿であり、現在まで受け継がれている。
 この館を設計した物好きな建築家とは、世界中のありとあらゆる本を集め、資産の限りをこの館に注ぎこんだ男、マグオランド・ツォーケンだ。風変わりな彼が建てたものなのだから、仕組みの一つや二つあっても驚きはしない。

「物好きな建築家、か……」

 おそらく彼が発案したであろう二重の本棚をぼんやりと眺めながら、レトはぽつりと呟いた。

『そういえばあのときも……このあたりの最下段の本を、随分散らかしていましたね』

 使用人の女がそう言っていたのを思い出すと、レトは即座に周囲を見渡した。自分とロクとで抜き取った本が辺り一帯に散らばっている。
 レトはなにを血迷ったのか、二重棚の本にも手を伸ばし、さきほどとおなじようにぽいぽいと本を放り出しはじめた。

「ちょっえ、ちょっと! なにしてんのレト!?」
「再現。あの犬は、たしかこのあたりを散らかしてたって言ってただろ」
「それはそうだけど~……! ねえ、あとでこれぜんぶ元通りに戻さなきゃなんだよ? あたし場所なんてもう覚えてないよ、レト……」
「俺が覚えてるから大丈夫だろ」
「ぜんぶっ!?」
「うん」
「こわ……」
「ロクそういう顔もするんだな。本気で気持ち悪がってる顔だぞそれ」

 奥の二重棚の本をすべて抜き終わると、レトは目を凝らして、真っ暗な棚奥をじいっと睨んだ。

「それにしてもときとして大胆だな、レト」
「ロクのがうつったかな」
「え、それは褒めてるって受け取ってもいいやつ? だめなやつ?」

 二重棚を発見したときのような板のずれは見当たらない。さすがに三重にはなっていないらしい。引き返そうと身をよじったそのとき、レトは、はっとして金色の目を見開いた。
 二重棚の本はすべて抜きだすことができた。最初から十数冊しか収まっていなかった。正面は巨大な棚で横広の造りになっているのに、なぜこの場所の奥の二重棚は、たった十数冊しか収まらないほどスペースが狭いのだろう。
 ロクやレトくらいの歳の子どもであれば十分に入ることできる。その基準でいえばハスウェルも同様だ。
 だが、犬がわざわざ本棚の本をよけ、この狭い場所へ来るとは考えにくい。

(もしかして)

 レトは靴を脱ぐと、あろうことか本棚の奥へと這い進んだ。

「えええ!? ちょ、ちょっとレト! なにしてんの!?」

 ロクとコルドが驚いた顔をして本棚を覗きこんだ。奥から、きぃ、と木の扉でも開くような小さな音がした。それから、かん、かん、となにかが跳ねるような甲高い音が遠のいていったり、似たような音が比較的近くで響いたりもした。レトのくぐもった声が飛んできたのはそれからすぐのことだった。

「二重棚の奥に、通路っぽいものがある」

 レトは四つん這いになったまま後ずさりをして、戻ってきた。

「つ、通路ぉ!?」
「奥になにが見えた、レト」
「奥の板に切れ目と小さなくぼみがあった。押しても開かなかったから、くぼみに指の先を引っかけて引いてみたら扉みたいに開いた。その先は暗くてよく見えなかったけど、適当なもん投げたら奥まで跳ねていったから、なにかを収納する空間とはまたちがう。上にも投げてみたら天井に当たってまっすぐ落ちてきた。たぶん子どもが立って通れるくらいの道がある」

 棚板にぶつからないよう頭を引き抜くと、レトはそのまま足を崩した。

「子どもが通れる道? なんで?」
「これはただの想像だけど、建築家業が成功して一族も繁栄しただろうから、子どもの遊び場としてマグオランドが改築したとかじゃないか?」
「なるほどー!」
「俺としてはこの先に行ってみたい。おそらくハスウェルはここ以外のどこかから隠し通路に入って、道すがら本を見つけ、二重棚にある本をのけながら館内に入ったんだ。だから管理者のあの人がハスウェルを見かけたとき、このあたりに本が散らばってた」
「あたしも行く行く! なんかおもしろそう!」

 立ち上がって腰を伸ばすと、レトは辺りに散乱している本を見下ろした。ロクも行きたそうにうずうずしていたが、コルドは難色を示した。

「しかしだな、この先は大人が入るには厳しいんだろ? ナダマン氏は成人の男だぞ。どうやって入ったんだ……?」
「……そこなんだよな。まさか俺やロクがしたみたいにそのへんに本を散らかして行ったとは思えない……」

 この棚奥の隠し通路を偶然で見つけるには無理がある。義兄妹がしたようにすべての本を抜き取った上で、這いつくばって棚の奥を調べる必要があるからだ。
 もしナダマンも、ハスウェルがよくこの棚の周りを散らかしてたことと、狭い二重棚が造られていること、そして棚奥の隠し扉が手前に引かなければ開かないことから、子どもが遊ぶ用の隠し通路があるのではと気づいていたとしても、大の男が通れるかどうかも怪しい入り口に頭を突っこむ姿は想像に易くない。
 頭を抱えたまま固まってしまった男たちの背中を叩くように、ロクが元気な声を張りあげた。

「行ってみたらその秘密もきっと解けるよっ! せっかくレトが見つけたんだもん、可能性のあるとこへ行こうよ! ナトニとの約束もあるしさっ」

 こういうとき、余計なことはなにも考えずにこにこと足を踏みだせる彼女の性格が羨ましくなる。研究棟での潜入調査の影響か、すっかり張りつめた空気に慣れつつあった脳が、途端に力を抜いた。

「そうだった。ナトニのためにも、いまはとにかく動きたい」
「まったくその通りだ」
「そうこなくっちゃ!」
「正直、俺とロクだったらすんなり入れるけど、コルド副班は覚悟したほうがいいかもな。入り口も狭いけど、あの通路をいくには身長が高すぎる」
「まず俺は入り口を通れるかどうかが心配だが」
「通るときだけ隊服ぜんぶ脱げば? それなかったらだいぶ楽だよ」
「伯爵家の建造物内で俺を変態にするつもりか?」

 しばらくして、使用人の女が棚の前に戻ってきた。どうやら隠し通路の存在は知らなかったようで、彼女はかなり驚いていた。二重棚はとくに普段読まれないものを収納するスペースのため、ハスウェルが散らかさない限り目に触れることもほとんどないせいだろう。
 コルドは使用人の女とともに、もう一度バスランドの部屋へと向かった。隠し扉の奥の通路について話をするのと、その探索の許可を得るためだ。

 使用人の女と同様に、バスランドも隠し扉については初めて耳にしたらしかった。あまり驚く素振りを見せなかったのは、祖先のマグオランドが変わり者であることを彼が十分に理解しているからだ。バスランドは先祖代々受け継がれてきたものだからとこの館を管理してはいるが、邸宅はべつに構えている。彼の家族も館へはほとんど立ち入らず、一家ともどもこの屋敷への関心の薄さが伺える。
 だが均等に区切られた立地に、寸分たがわず外郭を揃えた建物が並ぶ街の景観を見る限り、その変人さで言えばバスランドもマグオランドといい勝負だろうとコルドは心の中でひっそり独り言ちたのだった。

 口では興味なさげな風を装いつつも、バスランドもコルドとともに古語の本棚の前へとやってきた。すでにロクとレトが準備万端といった様子でコルドの帰りを待っていた。
 隠し通路にすっかり興味津々なバスランドと使用人の女に見送られながら、此花隊隊員の3人は、二重棚の奥に構える通路へと這い進んだ──。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.102 )
日時: 2020/08/09 09:15
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 
 第093次元 眠れる至才への最高解ⅩⅧ
 
 通路への狭い入り口をはたしてコルドが通れるかどうかがもっとも心配を要するところだったが、彼は副班長としての意地にかけて隊服を着用したまま通路に抜け出てみせた。レトヴェールは携帯用のランプと蝋燭を2つずつ取り出し、ロクアンズに『雷皇』の電熱で灯をともすよう頼むと、2つあるランプのうち1つをコルドに手渡した。狭くて暗い通路を、小さなランプの明かりがぼんやりと照らす。
 まるで、幽霊でも出そうな廃屋敷の中を歩いているようだ。ロクは幽霊の類が苦手なため、ずっとコルドの腕にしがみついていたのだが、彼も彼で身を屈めて進まなくてはならない。腕に負荷がかかり、腰に負荷がかかり、口を閉じるのも早かった。
 通路は一本道で、途中で曲がったりなどもしたが、分かれ道はなかった。
 途方もない暗闇がいったいどこへ続いているのかも知らず、出口も見えず、ただひたすらに歩き続けて四半刻が経った頃だった。
 一本道の終わりは唐突に訪れた。コルドたち3人を待っていたのは、四方を石壁に囲まれた広い空間だった。ようやく背中を伸ばすことができたコルドは、頑丈そうな大きな鉄扉を前方に認めると、扉の前まで歩を進めた。仰々しい銀細工の把手とってが設けられているが、扉の片方が横に滑らせてあり、隙間が空いていた。隙間からはさらに深い闇色が漏れ出している。

「ひえ~! おっきな扉だね~!」
「……開いてるっぽいな、扉」
「そのようだな。この凝った造りの把手は飾りか。ともかく幸運だった。俺でも通れそうな隙間だ」

 コルドは先陣を切って、扉の隙間に身体を滑らせ、中に入っていった。レトもそのあとに続く。
 最後に隙間を通り抜けたロクは、早々にぎょっとした。視界が文字通り真っ暗で、室内がほとんどなにも見えないのだ。コルドとレトの手元で揺らめく灯かりのおかげで、かろうじて彼らの位置を把握できるものの、それも薄らぼんやりとしている。気のせいだろうか、まだ蝋燭の火が絶えるには早すぎるはずなのに、ランプの灯かりが小さくなったように見える。まるでこの暗闇が、光そのものを丸呑みしようとしているようだ。
 レトやコルドの傍を離れたら一巻の終わりだ。危険を肌で察知したロクは、涙目になりながら片足を踏みだした。

「れ、レトお願いっ、あんま離れないで~……」

 そのときだった。ロクの足の爪先に、かつん、となにかが当たった。

「ひえっ!? ……な、なに? なんか足に当たって……」
「どうした、ロク」

 ロクの異変に気がついたレトが、手に持ったランプで彼女の足元を照らすとそこには、頭蓋骨が転がっていた。

「ひゃああっ!?」

 甲高い叫び声をあげてロクはひっくり返った。暗闇にくり抜かれた大きな黒い眼が、しりもちをついた彼女をじっと見上げている。頭蓋骨のほかにもいくつか細長い人骨が寄り添い合っておりどことなく人の形を象っている。
 
「驚くのはまだ早いぞ2人とも」

 ランプの灯かりでうっすらと顔を照らしながら、コルドが振り返った。彼はもう片方の腕に布の塊を引っかけていた。視界が悪いので、ロクは左目を細めた。

「な、なに? それ」
「隊服だ。此花隊のな。灯かりを近づければもっとわかりやすいが、白い。服の作りからして……研究部班のものだろう」
「……え、研究部班、って……え?」
「これを見てくれ」

 コルドは隊服を持っているほうの肘を曲げ、握った拳を掲げた。その手には懐中時計の鎖が握られていた。隊服を調べた際に、懐から見つけたものらしい。
 レトに受け取らせると、蓋を開けるようコルドは指示する。レトはロクにランプを預けてから、言われた通りに懐中時計の蓋を開いた。蓋の裏側には文字が刻まれていた。文字はメルギースの言語ではなく読むことができないが、いまここにいる3人は強い既視感を覚えた。

「レト、この懐中時計の文字、いまおまえが持っている本の文字と……似ていないか?」
「……似てるどころじゃねえ。まったくおなじだ」

 レトは本を裏返して裏表紙を見せた。下部にはやはり馴染みのない文字が書き記されてある。その文字列の横に、懐中時計の蓋を並べてみると、文字の形は見事に一致していた。

「この文字、古語にすこしだけ似てる部分があって、人名とかほかに意味を持たない文字列ならだいたい予想がつく。この文字列の読み方を現代っぽく直すと……おそらく、"ナダマン・マリーン"。だからこれはナダマンの隊服と……遺骨だろう」
「……っ、そんな……! でも、それじゃあ」

 ナトニは──そう言いかけて、ロクは口を閉じた。彼が次元の力の実験に執心していたのは、きっとこの世界のどこかで生きているであろう父親が帰ってきたときに、喜んでもらうためだったのだ。生まれてから一度も会ったことがない父の姿や声をどんな風に想像していただろう。想像に終わってしまうことがこの上なく虚しくて、ロクは奥歯を噛みしめ、その場にふたたびへたりこんだ。

「しかしそうなると、ナダマンはここで命を絶ったことになるが……なぜだ? だれかに閉じ込められたか?」
「ナダマンは次元師だった。それも実力者だったんだろ。次元の力で扉をこじ開けるくらい造作もないはずだけど……」
「まさか……ここで自ら命を絶ったのか?」

 コルドが信じられないようにそう言った、次の瞬間。

「左様」

 深い闇に覆われたこの空間の、遥か奥のほうからたしかに声が響いた。

「かの者は自ら望んで陽を拒んだ。己のことを語りたがらない男だった。幾つ月日を超えたか既に記憶は及ばぬが、あの男との日々は愉快であった」

 その声は声と呼ぶにはあまりにも深い響きをしていて、絡まる闇の中を巧みにすり抜けてロクたちの鼓膜に触れた。

「ときに。我が御魂を奪いにきたのか、異界の術を身に宿す、人の子らよ」

 刹那。途方もない暗闇に突然、ぽつりと明かりが浮きあがった。その火の玉のようなものの実態は両側の壁にかかった燭台で、まるで波が海に引いていくように奥へ奥へとひとりでに明かりを灯しながら、コルドたちが立ち尽くすこの空間全土に光を齎していく。
 すると、部屋の奥に積み上げられていた金貨や宝の山が、光源にあてられ姿を現した。ここは宝物庫だったのだ。高い位を許された家系の生まれであっても、ひとたび見やれば瞬く間に目を奪われてしまいそうな金銀財宝が目と鼻の先にあるのに、コルドたちの意識を支配したのは、べつのものであった。
 中央に鎮座する立派な宝箱の上に、白亜の大きな羽毛に身を包んだ、なにかが佇んでいた。
 一見楕円型をした白い塊のような"それ"は、人語を解してはいる。がしかし、この地球上に現存するどの生物ともかけ離れた異様な雰囲気を纏っていた。

 殻にこもるように、大きな両翼で覆われていた頭部が、ゆっくりと露になっていく。白い殻から覗いた真紅の十字。息が止まるようなその赤い眼光が、義兄妹の視界に突き刺さった。

「──っ!」
「赤い……目……」

 血で染めたように真っ赤な眼球。
 人間の形をした人間ではないもの。──神族、【運命デスニー】の愉快げで不愉快な姿が瞼の裏に蘇り、途端に視界が血塗られたような錯覚に襲われる。
 四つの白い翼をはためかせ、それは宝箱の上から飛び立った。巻き起こった風がかまいたちとなって3人に襲いかかる。

「くっ──!」
「うわあっ!」

 咄嗟に瞑った左目を、ロクがうすらと開けたそのときだった。霞んだ視界に一本の白い羽が舞い降りた。その白い羽が幾重にもなり、まるで花びらのように降りしきる中、この世のものとは思えない神聖な声音で白い生物は鳴いた。

「異術師らよ。男の仇討か、使い魔に怨恨を抱く者か。そなたらの素性はあずかり知らぬ。我が御魂を脅かさんとするならば、力の全てを以てそなたらに牙を向けよう」
 
 
 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.103 )
日時: 2020/08/09 18:41
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 
 第094次元 眠れる至才への最高解ⅩⅨ

 白く大きな片翼が一凪ぎ、闇を掻くと同時に宝物庫内に突風が吹き荒れた。竜巻に絡めとられた金貨、宝箱、宝石、ありとあらゆる宝物がちかちかと光を放つ。そのうちに竜巻は天井と激突し、轟音が鳴り響いた。
 大破した天井が、鉄塊と化し頭上に影を落とす。座りこんでいたロクアンズは一瞬対応に遅れ、さっと顔を青くした。

「次元の扉発動──『鎖幕さばく』!!」

 叫び声がしたかと思われたとき。空を仰ぐロクと落ちてくる鉄塊との間にコルドが滑りこんだ。鉄塊は彼の両手に握られた鎖と衝突し、粉々に砕け散った。細かくなった石片がぱらぱらとロクに降りかかる。

「こ、コルド副は……!」
「ロク、立てるな!? 次元の力を発動しておけ! 奴は外へ行くつもりだ!」

 コルドはぐっと鎖を握りしめた。武器型の次元の力『鎖幕』は異次元から取り出した鎖を自在に操ることができる。さらに、鎖本体の強度は次元師の意志によって変化させることができる。鍛錬を積んだ者の鎖ときに、この世界に現存する金属や鉱物のそれを遥かに上回るという。
 天井に空いた大穴から覗く月。そしていままさに飛び立たんとする白い化け物を黒い目で捉えながら、コルドは詠唱した。

「五元解錠──伸軌しんき!」

 降り注ぐ月光を真っ向から突き抜け、鎖は白い化け物を目がけて一直線に伸びた。
 しかし。化け物は酷く折れ曲がった嘴を上下に開け広げた。次の瞬間。月夜を貫くような超高音の叫喚が辺り一帯に打ち放たれた。耳を塞ごうが塞ぐまいが意味はない。甲高い不協和音が頭を直接鷲掴みにし、激しく揺さぶられるような、そんな不快感がコルドたちを襲った。
 コルドの放った鎖も、化け物の口から放たれた咆哮によって粉々に分解した。

「な……っ! 鳴き声、ひとつで……!」

 白い化け物は四つの翼で飛行し、宵闇の中へ姿を消した。飛び去ったのが街のある方面であることを確認したコルドはすぐさま振り返り、2人に向かって指示を飛ばした。

「ロク、レト! 俺は奴を追う。おまえたちはすぐに館内に戻って、バスランド伯に現状の説明をしてきてくれ! 緊急だから一方的に話をするだけでいい、あとはおまえたちも外に出て俺と合流だ。奴が街にでも出たら大変な騒ぎになる、そうなる前に俺が先に足止めをする。以上だ。質問は」
「ない!」
「ない」
「いい返事だ」

 コルドはもう一度鎖を天井に向かって放ち、大穴の淵のあたりで出っ張っている瓦礫に引っかけた。伸軌、という名の術は鎖の長さを操作するものなのか、鎖を掴んだコルドの身体が一気に天井の外へ放り出されているのが、かろうじて見えた。

 ロクとレトは駆け足で館内に戻った。衝撃音が聴こえていたのか、館内中で使用人たちがざわめいていた。中央階段と2階の廊下を風のように走り抜けた2人は、バスランドのいる執務室に転がりこむやいなや、宝物庫内で起こったことを告げた。そしてそこに、この世の生物とは思えない白い化け物が棲んでいたこと、その化け物が外へ飛び出していったことを続けて明らかにした。館からは離れていったとはいえ、また舞い戻ってこないとも限らない。可能であれば街とは逆方面に避難をするよう、ロクとレトはバスランドに促した。

 早急に大書物館をあとにした2人は、街へ続く林道を駆けていた。白い化け物を追っていったコルドとはすぐに合流できなかった。合流できないどころか、白い化け物の姿もコルドの姿もどこにもない。緊張が高まっていく中、2人はついに街の輪郭を視界に捉えた。そのとき。街の方面から人の声が聴こえだした。2人が街へと踏み入ったそのときにはすでに、街中がざわめきだっていたのだ。窓から顔を出し、立ち話をしていたらしい数人の若者が首を傾げ、また、赤子の泣き声もあちこちから聴こえてくる。
 
「コルド副班っ!」

 ロクは視界の先に、地面に膝をつく大きな背中を捉えるとそう叫んだ。よろめきながら立ち上がるコルドのもとまで駆け寄り、彼の顔を覗くと、ロクはぎょっとした。彼の額からは真っ赤な血が流れ落ちていた。

「副は……っ、だ、大丈夫!?」
「……! ロク、レト、来たか。すまない、完全に侮っていた」
「奴は」

 レトがそう口にした、次の瞬間。大広場のある北の方角から、甲高い悲鳴が相次いで飛んできた。
 それは大広場の上空で悠々と翼を扇いでいた。
 大広場にある噴水やベンチから転げ落ちた住民たちの顔を赤い十字眼で見降ろしながら、白い化け物は鳴いた。

「我が名は【NAURE】──創造神ヘデンエーラよりめいと肉体を賜った、"天地"を司る神族なり」

 白い化け物──否、神族ノーラの声音が、街の隅々まで響き渡った。それはウーヴァンニーフの空に突如現れた雨雲が如く、住民たちに暗影の到来を告げる。

「し……神族だって!?」
「え!? な、なに、しんぞく? ほ、ほんとに、本当にいたの!?」
「とにかく、とにかく逃げろ! 喰い殺されちまう!」
「きゃあああっ!」

 空想上の生き物のようにぼんやりと認識していた神族。そのたしかな君臨を目の当たりにした街の住民たちは、混乱の渦へと巻きこまれた。ロク、そしてレトの心臓も早鐘を打っていた。運命を司る神族デスニーと並ぶ力を持つであろうその存在の名をしかと耳にしたのだ。

「し、神族……ノーラ──」
「……」
「……大広場のほうだな。いいか、決して気を抜くな。行くぞ!」

 力任せに額を拭い、コルドは駆けだした。悲鳴、叫び声、怒号──それらは伝播し、徐々に大きな喧騒となって街全体を包みこんでいく。そんな中、呆然と立ち尽くす人影をコルドは見つけた。騒ぎを聞きつけてきたのか、研究棟所属の援助部班員が数名、大広場のほうを見つめながら動揺の色を露にしている。

「広場のほうから叫び声がしたぞ」
「神族だって? 本当にいたのか」
「様子を見に」
「待て!」

 コルドは立ち尽くす3人を大声で呼び止めた。びくりと反応した男たちは、彼の顔を見るなり背筋を正した。元警備班で次元師であるコルドのことを知らない援助部班員は少ない。かつてコルドと先輩後輩関係にあった男がいたらしく、彼は目を丸くして敬礼した。

「こ、コルドせんぱ……じゃなくて、コルド副班長殿! あの、さっきの声はいったい」
「大書物館にて神族が現れた。奴は大広場にいる。俺たちが討伐に向かうから、おまえたちは住民に危険を呼びかけ、避難誘導をしてくれ」
「避難誘導!? って、え、どちらへ」
「南だ! 北の方面にはいまから俺たちが向かう、だからほか三方角をぞれぞれ頼む。援助部班班長に報告されたくなかったらさっさと行け! 人命がかかってる。緊張感を持って行動しろ!」
「はっ!」

 援助部班員の3人はそれぞれ、コルドの指示通り三方角に散り散りになった。一刻も早く大広場に到着しなければならない。北の方面に家を構える住民たちに避難を呼びかけながら、コルドたちは大広場へと急いだ。
 コルドたちは、南へ向かって一目散に逃げていく人々の波の中を縫って走り、そうしてようやく、大広場へと足を踏み入れた。
 途端。立ちこめた空気がより一層張りつめたものへと一変する。

 白亜の大翼を持ち、天地を司るとされる神族【NAURE】は大広場の噴水の上に降り立った。十字を象る赤い眼が3人の次元師と相対する。
 ──人類の力。それを超越した者たちによる戦いの火蓋がいま、切って落とされた。


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