コメディ・ライト小説(新)

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最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
日時: 2025/10/26 21:10
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)

 
 毎週日曜日更新。
 ※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。

*ご挨拶

 初めまして、またはこんにちは。瑚雲こぐもと申します!

 こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
 ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
 しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
 よろしくお願いします!



*目次

 一気読み >>1-
 プロローグ >>1

■第1章「兄妹」

 ・第001次元~第003次元 >>2-4 
 〇「花の降る町」編 >>5-7
 〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
 ・第023次元 >>26
 〇「君を待つ木花」編 >>27-46
 ・第044次元~第051次元 >>47-56
 〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
 ・第074次元~第075次元 >>83-84
 〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
 ・第098次元~第100次元 >>107-111
 〇「純眼の悪女」編 >>113-131
 ・第120次元〜第124次元 >>132-136
 〇「時の止む都」編 >>137-175
 ・第158次元〜第175次元 >>176-193

■第2章「片鱗」

 ・第176次元~ >>194


■最終章「  」



*お知らせ

 2017.11.13 MON 執筆開始
 2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
 2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
 2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
 2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞

 
 ──これは運命に抗う義兄妹の戦記
 

 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.194 )
日時: 2025/11/06 20:32
名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)

 
 第二章 「片鱗」

 第176次元 波立つあと

 青い海に浮かぶ大きな船体が、へつほつとして波に漂う。エントリアの最西にある港町、トンターバから出港して半月もすれば、海霧をかぶった大陸が顔を出す。
 甲板で潮風を顔に浴びながら、ガネストは小さな自国を遠望した。
 国花のキッキカの香りが、いよいよ潮に乗って運ばれてくると、二人を乗せた船は港に停泊した。停泊場の兵士に身分を明かすとすぐに、ちょうど港に滞在していた領主の息子に連絡が渡り、ややもすれば大仰に豪華な馬車が手配された。ガネストとルイルは、馬車に揺られながら王都を目指した。
 
 第二王女ルイル・ショーストリアが城に帰還すると、待ちかねたように騎士や使用人たちが一堂に会し、城門からずらりと立ち並んでいた。そんな花道を抜けた先では、騎士団長が恭しく首を垂れており、早速と言わんばかりに二人を案内する。ガネストは、場内の動きに細かく注目してみたが、どこを切り取っても拍子抜けするほどに、一年前と変化がない。とうてい、陛下が倒れたようには思えなかった。訝しみながらも、ライラ第一王女の私室を訪ねれば、彼女は柔和に微笑んで、二人を招き入れた。

「お入りなさい。ちょうど公務を終えたばかりで、暇ができたから、お茶の時間にしようと思っていたところよ」

 赤の鮮やかな茶に刻んだキッキカの花弁を浮かべた茶器が、屋外の露台へと運ばれてくる。円形の白い茶卓にそれと焼き菓子が並べられると、ライラは、侍女に下がるよう命じた。
 侍女が室内に戻っていくのを見送るライラの横顔に向かって、ガネストは恭しく挨拶をした。

「あらためてご挨拶申し上げます。ライラ子弟殿下、貴方様の命の下、ルイル第二王女とともに帰還いたしました」
「無事の帰還、心より喜ばしいわ。道中、ルイルを守ってくれてありがとう、ガネスト」

 顔を上げたガネストの姿を見て、ライラは彼が怪我を負っていることに気がついた。衣服の裾から垣間見える傷跡や手当の形跡はしかし、医師の腕がいいのか、適切な処置がされている。続けてルイルへと視線を流せば、彼女は"次元師"というものの使命のために危険な場所へ飛びこんでいったにしては、不思議なくらいに傷ひとつ負っていなかった。
 此花隊の戦闘部班には身分が周知されているだろうから、きっと──ガネストや、現地にいるほかの次元師から優先的に守られただろう。ライラは紅茶に口をつけて、ことり、と茶器を受け皿に戻すと言った。

「あなたは優秀な側近ね」
「……恐れながら、ライラ子弟殿下、此度の帰国の命は……」
「ええ、賢いあなたにならば、隠し立てをしても仕方がないでしょう。陛下の体調がお悪いというのは、嘘ではないのだけれど、重症には至っていないわ。そのように王医からも伝え聞いている。利用するような真似をして、陛下に不敬なのは重々承知の上で、あなたたちには帰国してもらわなければなりませんでした。理由は、わかってくれるでしょう?」
「どうしても……メルギースの此花隊と距離を置かせたかったのでは」

 ガネストは、なんとなく理由を察していたが、慎重に言葉を選択した。自らの口から、"神族"ともらすことが、此花隊への裏切りに思えたからだ。かまをかけるようで心苦しかったが、ガネストの心は自国とメルギースとの間で揺れていて、いまはどちらかといえば後者に傾いていた。
 ライラはそれを察してか、一段と凄みを帯びた第一王女の目をして、はっきりと告げた。
 
「ええ。そうです。メルギース国には、二百年ほど前から神族という恐ろしい存在があるのだそうですね。そして、かつて我が国に訪れた次元師の少女、ロクアンズがその存在に当てはまると知ったの。危険を齎すかもしれない存在が、アルタナ王国の第二王女の傍にあってはなりません。たとえ彼女が、我が国とルーゲンブルムとの確執を解くのに一役買ってくれた人物だとしてもよ」
「……」
「なぜ、私がロクアンズについて知っているのか、疑問に思うでしょう。それは、此花隊にもう一人、使者を送ってあるからです。あなたたちには教えていません」

 ガネストはわずかに眉を動かした。ライラとガネストの横顔を交互に見上げるのにルイルは忙しくて、二人の間に静かな火花が散っていることには気づかなかった。
 自分さえ知らない使者がだれだったのか、ガネストは此花隊の隊員たちの顔を思い出そうとしてみたが、すぐに諦めた。膨大な数に上ってしまうし、そもそもどの班の所属なのかも絞れない。おそらく、融通の利く援助部班だろうが、あそこは人の入れ替わりも激しい。
 そして顔が知れたところで、第一王女の言葉の前では、なんの意味もなさない。

「どうか許して。あなたを信用していなかったのではないの。ただ、あなたが第一に姫を守護する使命を違えないよう、信用のおける監視役をつけさせてもらったの。悪く思わないで」
「理解しました。その者から、ロクさんに関する情報の提供があったというわけですね」
「ええ」

 ライラは頷くと、一呼吸を置いてから、釘を刺すように言った。

「此度の帰国の令は、一時的なものではありません。今後あなたたちには、メルギースおよびドルギースへの渡国を禁じます」
「……」
「後日、此花隊には正式に書状を送りますから、まずは陛下にご挨拶を。それから各所に顔を出すように」
「はい。承知致しました。ライラ子弟殿下」

 ガネストが首を垂れて、それを見つめてからライラは立ち上がろうとした。そのとき、ずっと利口に座っていたルイルが、声を張った。

「ライラおねえちゃん、あの」
「ルイル、いまは子帝殿下と呼びなさい」

 咎めるような声色ではなく、あくまでも当たり前のことを教え諭すようにライラは返した。ルイルは、はっとしてから、もじもじと手元をいじりながら言う。

「し……子帝でん、か。ロクちゃんは、悪い神様じゃ……」
「ルイル。よくお聞きなさい。あなたはこの国の王家の血筋であり、将来重要な器となることが、約束されている。あなたを守るためには、足元の小石ほどの小さな危険でも、遠ざけなくてはならないの。メルギース国でも、そうして周りの人々に守っていただいたでしょう。いまはわからなくとも、いずれ私の言った意味がわかる日がくる。だから我慢をしてほしいの。できるわね? ルイル」
「……う、うん」

 甘く優しく、くるむようにライラが言い聞かせれば、ルイルの中の妹の部分が、それに身を委ねてしまう。
 姉の言うことやすることはいつだって正しい。彼女が「おいで」と呼ぶほうへついていけば、正しい「王女様」になれる。
 そのはずなのに、ルイルの中の「妹ではないほかの部分」はまだ、あの海の向こうの騒がしい組織の中に取り残されていた。



 失踪したロクアンズ・エポールの行方を追って、何十人もの捜索員が派遣されたが、いまだにわずかな足取りも掴めず捜索は難航を極めていた。
 まるで彼女の存在は風のようで、姿も見えなければ行く先にも宛がないような手ごたえのなさが捜索員らを苦しめ、セブンはそろそろ捜索から手を引くべきかと考えはじめていた。
 報告書を眺めていれば、書斎の扉が開かれ、フィラが部屋に入ってくる。

「失礼します。班長、ご報告をします。警備班の捜索員とともにエントリア周辺を警備、巡回しましたが……依然として、ロクちゃんの姿は、見かけられませんでした。引き続き、捜索を続けます」
「いいや、君たちはいいよ。そろそろ、引き上げようかと思っていたんだ」
「え? ロクちゃんの捜索を……ですか?」
「ああ。彼女は本格的に我々とは意志を違えて、脱隊をしたかったのだろうからね」

 セブンは報告書を机の上に置いて、冷めはじめた紅茶を口に含んだ。
 フィラは、狼狽えた様子で、申し訳なさそうに切り出した。

「……すみません、あの日、私が目を離さなければ……」
「謝る必要はないよ。いずれにせよ、彼女と我々の関係は、瓦解し始めていた。交わることは難しい。無論、完全に捜査を打ち切るわけにはいかないから、人員は割くよ。見つかる可能性はかなり低いだろうけどね」

 言いながら、セブンは飲み終えて空になった茶器に、それとはべつの陶器からおかわりを注ぐと、独り言のように続けた。

「念のためにレトくんにも確認したのだけれどね。彼は私の言いつけ通り、カナラへ向かい、それからレイチェル村に行ってくれただけだった」

 とぷとぷと、透き通った紅茶が注がれて、湯気が立つ。セブンは、レイチェル村でレトとロクと落ち合っていた可能性も疑ってみたが、証明できる材料がなかった。
 それにもっと重要な問題が、いまもなお報告書の山の下で下敷きになっているので、セブンはしぶしぶそれを引き抜いた。
 机の引き出しから出してはしまい、出しては机の上に置き去りにしていたそれを、どう扱っていいものか、判断に困っていたのだ。

「……それよりも、これを、どうしたものかな」
「それって……」

 フィラが目で追ったそれ──ロクが手がけた歴史の書の表紙を、セブンが指の腹で撫でる。
 彼はまだ表紙だけを見つめていて、中身を読んでいなかった。ロクが失踪してしまってセブンはことさらにこの書物の信憑性を疑っているが、まだ、開く気になれていなかった。
 信じていないのなら、ざっと目を通して、こんなものかと捨ててしまってもよいはずなのに、まだできなかった。
 書物と睨み合っているセブンの横顔に、フィラがなにかを思い出したように声をかけた。

「そういえば、班長。先日、ここへ戻る道中、研究部班開発班のユーリ副班長と街中で会ったのですが、班長宛にある報告を受けて……」
「私に?」

 開発班のユーリといえば、研究部班の班長ハルシオに代わって班をまとめているという班長代理の女研究員だ。緊急会議にも出席しており、声をかけたので顔もよく覚えている。
 目をしばたいたセブンに、フィラはユーリから預かった言伝を告げた。
 
 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.195 )
日時: 2025/11/19 22:00
名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)

 
 第177次元 燻り

 元魔の襲撃があった区域は、順調に復元を進め、もうじき営みを取り戻せるところまできていた。作業場の警備班班員の男たちはあいかわらず、手伝いにやってくるレトヴェールを歓迎しておらず、事あるごとにちょっかいをかけては無視を返されていた。レトは依然として、男たちと口を聞かなかった。
 しかし、ロクアンズが失踪したと知るやいなや、彼らはなぜか得意げな顔をし、やっかみや陰口を加速させた。
 聞こえていてもレトは無反応を貫いていたのだが、あるとき、男たちとのすれ違いざまに放たれた一言には、我慢ができなかった。

「最初から見るからに人を騙しそうだった。あの神族は。結局、逃げたんだ」

 レトは運んでいた資材を地面に放り捨て、拳を握ると、そう言った男の肩を掴んで寄越し、頬を殴った。まったく警戒していなかったところへ拳が飛んできたので男はひっくり返って、路上に積んであった荷物や資材ごと弾け飛んだ。ほかの班員たちは面食らってどよめいたが、それから加勢に入ってくるまで、間はなかった。
 あらゆる暴力や罵詈雑言が雨のごとく降ってきたが、レトは、男の襟元を掴んで離さなかった。

 騒ぎを聞きつけて現場の支配人がやってくるとようやく事態は収束した。レトに殴られ、怪我をした男たちは作業場の天幕に引きずられ、レトのほうは町の施療院に放りこまれた。
 施療院の薬師たちは、レトがやってくると驚き、困惑した。怪我の加減に、ではない。男たちから剥がされてしばらくしてもレトの憤りが一向に鎮まらず、傍に寄っただけで冷気が漂ってくるような、見えない圧力を肌で感じ取ったからだ。薬師たちは彼を遠目にし、困り果てていた。

「すみません、次元師が運ばれてきたと聞いたんですが……」

 そこへ、知らせを聞いて飛んできたキールアが入口の戸をくぐり、中へ入ってきた。歩き回っていると、大部屋の隅で憮然と座りこんでいるレトの姿を彼女は見つけた。
 傍まで近づいていったが、レトはキールアに気がつかなかった。彼はぼんやりと虚空を見つめていた。

「レトくん……」

 声をかけてようやく、レトはキールアの存在に気がついて、反応を示した。顔を上げた彼の目の色はくすんでいて、下の瞼も重たく、見るからにうまく眠れていなさそうだった。返事をしなかったり、ほとんど微動だにしないところを見ると、すっかり気力がないように見える。
 彼がいつもの機嫌でないことは、キールアは一目でわかった。肌がひりついて仕方ないこの感覚がするときは、「近づくな」とでも言われているようだった。だから慎重になって、彼の様子を確かめていると、片方の手のひらが異様に赤くなっていた。

(……火傷?)

 キールアは、気になってレトの顔色を伺ってみたが、彼は口を開く気力もないのか、だんまりとしていた。
 おそるおそる手を伸ばし、キールアはやんわりと彼の手を取った。
 院内は、もうだれも、レトのことを気に留めていない。ほかの患者を診るのに忙しくて歩き回る足音が、治療具を手に取る雑音が、大丈夫かと問う声が、耳につくほどにひしめいていた。

 結局、二人は一言も交わさないまま、あらかた彼の治療が済むと施療院をあとにした。外はもうすっかり夜になっていた。街灯に照らしだされた歩幅は、ほんのすこしずれていて、キールアは、包帯が巻かれた彼の手が振り子のようにただ前後に揺れているその半歩後ろについていた。
 キールアは、レトがどのような任務を渡されているのか詳しくは知らないのだが、此花隊の仮拠点に向かって歩いているところを見ると、彼もまたちょうど帰還するところだったのかもしれない。訊いてもよかったが、訊かなくたって歩いている道筋を考えればわかることだったし、なによりキールアにはほかに訊かなくちゃならないことがあった。
 
「ロクを……探しに、行ったの?」

 ──なにかあった、と。そう、レトの顔に書いてあるから、キールアは恐れずに切りこんだのだった。
 返答はない。沈黙は肯定かもしれない。けれども、引き下がれず、キールアは歩調をあげて、レトの目の前につかつかとやってくると、足を止めさせた。

「ねえ、レトくん。教えて……! ロクは、ロクは本当に……どこかに行っちゃったの? 嘘、だよね……? 班長たちはきっと、探すふりをして、ロクをどこかに隠して、わたしたちから離そうとしているとかじゃ、ないの? わたし……」

 すぐにでも探しに行きたい──キールアは、「ロクアンズが失踪した」と報告されたつい先日のことを思い出して、ふたたび胸が締めつけられるような心地になった。
 その日はずっと汗が止まらなくて、ふとしたときに泣きだしてわめいてしまいそうだった。どんな仕事をしたかも、だれと話をしたかも、自分がどんな顔をしていたかももう覚えていない。キールアにとって救いでもあった唯一無二の友人、それがロクだ。せっかく再会をしたのに、隊に歓迎をしてくれたのに、友人としての時間はまともに送れないままに、今度は彼女が姿を消してしまった。
 声がだんだんと切羽詰まってきて、彼女が一度言葉を切ると、石のようだったレトの身体が、ようやく動きだした。緩慢に首を回して、包帯を巻いた手を見下ろす。そして、重い口を開いた。

「……いない。たぶん、俺たちは見つけられない」
「どうして……」
「知らねえよ」

 木の葉が渦を巻き、そよ風に解かれて、静かに二人の足元を吹き抜ける。木の葉たちはたちまちに、ばらばらになって、夜よりも遠くへ運ばれていく。

 ロクとさんざん言葉を交わしてもまだ、レトは、納得がいっていなかった。なにをすれば引き止められたのか。なにを言えば悲しませずに済んだのか。もう遅いのに、繰り返し考えてやまない。彼女と意見が食い違ったときにどうやって話をつけてきたのか、彼女が離れずに飲みこんできてくれたのか、わからなくなってしまった。
 「わかった」「ここにいるよ」と、ロクが頷いてくれる夢を毎日のように見る。目が覚めてそのたびに、ただの夢だったと知るのをもうやめたいのに、できない。
 頭に浮かんできた彼女の顔を振りほどくみたいに、レトはかぶりを振った。それから、あらためてキールアの目を見て言った。

「お前に言わないといけないことを忘れてた」
「え? なに……?」
「ベルイヴの復活のときにはおそろく、デスニーも俺たちの前に姿を現す」

 ロクのことで頭がいっぱいだったキールアは、ベルイヴ、という名前を飲み下すのに時間を使ってしまった。はっと目を瞬き、言葉を返す。

「ロクが言ってた、ベルイヴっていう神族の話……? どうして、デスニーも一緒だって……」

 キールアから視線を外して、レトは、周囲を見渡した。閉じた店の看板であったり、吹く風に踊る木の葉だったり、静かに佇む街灯だけが目に入ると、静かに告げた。

「キールア。お前にはもう話したから言っておく。──デスニーの呪いが進行してる。いまはまだ、なんとか動けるけど、そのうち俺は動けなくなる」

 大きく目を見開いて、キールアは息を止める。彼女の二つに結わえた髪は、風にさらわれてさらさらと泳ぐのに、彼女の重心は重りのように固まってしまう。

「……」
「あと一年だ。来年の年の暮れまでにデスニーを殺せなかったら、俺は呪いで命を落とす」
 
 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.196 )
日時: 2025/11/15 10:49
名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)

 
 第178次元 刻一刻

 頭ではわかったつもりでいた。けれど、呪いが進行しているとはっきり言われてしまえば、キールアは言葉にならない焦燥感を覚えた。
 呪い、とは──たしか、レトヴェールの母も患っていたという命の期限を決めてしまう呪いだった。神族デスニーがレトにかけたその呪いは、期限が近づけば近づくほど、身体が衰弱していき、ついには命を落とす。キールアは、レトの母であるエアリス・エポールの様子を必死に思い出そうとしていた。記憶の中の彼女はいつも朗らかに笑っていたが、年を追うごとに瘦せ細っていった。キールアの母、カウリアは、エアリスがよくなるようにと薬を処方していたが、結局呪いの力には及ばなかったのか、彼女は亡くなったという。
 ちかちかと目を瞬かせたあと、キールアは、声を震わせて言った。

「……それは……わたしが、どれだけ次元の力を使っても、遅らせたりすることが、できないんだよね」
「ああ。おそらくは」

 『癒楽』の次元の力でも、治すことや進行を遅らせることはできない──そのはずだ。それができるなら、カウリアがとっくにやっているのだ。次元の力でも治せなかったから、カウリアはひたすらに調薬を続け、あらゆる知識を尽くして、友人を救おうとしたはずだ。
 でも、救えなかった。力になれそうな手立ても思いつかない。そのもどかしさに胸を痛めたキールアは、しかし、自分よりもレトのほうがずっと苦しんでいく事実に直面して、つい本心を口走ってしまった。

「それじゃあ……レトくんがこの先、戦いを続けても、続けなくても、日を追うごとに苦しくなるなら、わたし……。た、戦ってほしく、ないよ」

 エントリアでの戦いを終えて、首の皮が一枚繋がったような状態で帰ってきたレトはそして、謹慎の処分から解放されたと思えばさっそく隊服を着ていて、腰元には空の鞘をぶら下げている。キールアはそんな彼を見ていて、心配でたまらなかった。この先も彼が戦いを続けていくのなら、きっと心配と安堵を繰り返す。そして呪いが進んでいくにつれて心配のほうが嵩んでいくだろう。ならいっそのこと、彼が自ら危険な場所に身を置こうとするのを、もう止めてしまいたかった。

「キールア、それは」
「ほかの人に任せるじゃ、だめなの……? デスニーを見つけて、だれかに倒してもらって、それを待つじゃいけない? どうしても戦わなくちゃだめかな? ロクもいなくて、レトくんまでいなくなったら、わたし……生きていける自信がないよ……っ」

 堰を切ったようにキールアは言って、すぐに、はっと顔をあげた。それから、レトがなにかを言う前に、慌てて続けた。

「あ……ご、ごめんなさい。わたしの、ことじゃなくて……。レトくんのことが……」
「わかってる。だから、そうならないようにもっと真剣にデスニーを探すよ。できるなら俺が奴とけりをつけたいからな。あのままで終わってやる気はない」
「レトくん……」
「あと、いなくなるつもりでもいない。そもそも……」

 言いかけて、ふとキールアの目をまっすぐ見てしまったレトは、目を逸らした。そのまま踵を返し、歩き出す。

「いや、なんでもない。はやく帰るぞ。……いや、俺がお前を、呼びつけたようなものだったか」
「ううん」

 キールアはふるふると、首を横に振った。もう背中しか見えなかったが、彼の纏う空気は冷たいばかりではなくなっていた。


 作業場で援助部班員らともめたことがセブンの耳に届いて、レトの仕事は北の警備一本に絞られた。もとより現場の復興作業はほとんど終わりが見えていて、昨日で任が解かれる予定だったのでちょうど引き上げと重なったとも言える。が、各地の避難所での手伝いまで取り上げられたのは、どこにでも此花隊の隊員が配置されているためだ。セブンは、レトがまた騒ぎを起こさないとは信用しきれなかった。
 「行動にはくれぐれも注意をするように」と再三釘を刺したが、レトはうんともすんとも返さず、横柄にも黙ってセブンの執務室をあとにした。

 そうして執務室を出たあと、レトがつかつかと廊下を歩いていると、曲がり角からぬっと影が飛び出してきた。咄嗟が利かず、レトはその人影とぶつかってしまった。
 自分よりも随分と背が高い影とぶつかったので、男だろうと思い顔をあげたレトは、目の前でおろおろしているその人物を見て目を丸くした。
 背中を丸めて、心配そうにこちらを覗きこんでいたのは、真新しいめの黒い隊服を身に纏った女だった。

「す、す、すみません……! あのあの、ええと、どどどこかお怪我などは……!」
「してない」

 きっぱりとレトが応えると、女は胸を撫でおろし、大げさに安堵をした。
 レトは彼女の姿をまじまじと観察した。黒い隊服の着用を義務づけられているのは、副班長、班長、そして隊長補佐のうちいずれかの任を与えられている隊員である。隊長補佐はセブンが下りてから席を空けたままだ。つまり、戦闘部班以外の部班の副班長か班長だろうが、ハルシオ・カーデンを除く全員の班長の顔をレトは知っている。そしてハルシオは男という噂だから、つまりは副班長の者だろう。さらに言えば、援助部班も医療部班も絶賛大忙しでカナラを駆け回っている。こんなときに呑気な足取りで廊下を歩けるのは、実情をよく知らず動きの鈍い研究部班か──、とレトはそこまで考えて、あることに思い至った。

「あんた……研究部班の副班長か?」
「えっえっ、なぜお分かりに?」
「あそこの副班長の顔は全員知ってるが、だいぶ前にまとめて処分されたはずだから、新しい黒の隊服を着ているのは、そこで代替わりがあったからだと思って」
「…………ああっ!」

 女はなにかにぴんときたらしく、大きな声をあげた。レトはその声に驚いてびくっと肩を震わせた。

「なんだよ」
「ああ、もしかして、あなたがレトヴェール・エポール様ですか!?」

 さらに背中を丸めて、女は興奮した様子で、ずいと顔を寄せた。レトが反射的に身を引いて、ついでに気のほうも引いているのをまるで意に介さず、女は続けて謝罪の言葉を述べた。

「その説は、我々の部班が、ご迷惑をおかけして……」
「俺はべつになにも被ってないけど……」

 以前、研究部班の旧副班長らが、次元師増加実験などという怪しい計画を進行し、そのうえさらに闇商人と手を組んだことが、戦闘部班の班員たちの調査によって明らかになった。隊には内密にしてそれを断行した三名の隊員は、責任を問われ政会へと送検された。最たる被害者は、実験によって身体の不自由を余儀なくされた元隊員らと、最後の被験者として手に入るはずもない帰らぬ父の力を渇望し、利用されていた少年ナトニ・マリーンだ。レトはどちらかというと、鼻につく物言いをしていたあの開発班の副班長を義妹が殴り飛ばしたので、それでむしろすかっとしたほうだ。
 班長不在のまま副班長らも全員が席を空けてしまい、研究部班の内側は当時、それはもう大変に荒れていたらしい。そして急いで副班長の階位を任命された者のうちの一人が、この背が高く、頬にそばかすを散らした女、ユーリ・ファンオットだった。
 ユーリは、暗い印象を受ける顔立ちに得意げな笑みを浮かべて言った。

「ですが、もうご心配には及びませんよ。もうじき、ハルシオ班長が長期の任務から帰ってこられるんです。きっと、我々、新たな副班長一同に、厳しく指導をしてくださるに違いありません」

(ハルシオ……)

 優秀な研究者で、実力一つで班長の階位にまで登り詰めたと人づてに聞いているが、本人に放浪癖があるのか、はたまた人付き合いが極端に苦手なのか、なかなか表舞台に出てこない人物としてレトの中では印象づけられている。なぜか、東の森の奥深く、辺境の地にあるノーラ村にまで足を運んだこともあるらしいが──。
 レトが黙々と考えはじめたところへ、ユーリが次に言葉を放つ。そのとき、彼の眉がぴくりと動いた。

「神族ハルエールは失踪してしまって、会えなくなってしまったので、彼は残念がりそうですが……」
「……会いたがってたのか?」
「あ……お、おそらく? ですが。ハルエールのことは、伝えなければいけなかったので、ひとまずお手紙でお知らせをしたんです。ああ、もちろん、ハルエールのことは最重要機密ですから、手紙には細工をしましたよ。特別な手法でしか読めないように……。そしたら、珍しく、半月も経たずにお返事がかえってきまして……! すぐにカナラへ向かうと。これはさすがの班長も、神族にはお目にかかりたかっただろうなと、勝手ながら推測を」

 ユーリが早口でまくし立てているのを意識半分で聞きながら、レトは、心の内でかぶりを振っていた。反射的に反応してしまったがそもそも次元の力の研究者であれば、それと対成す神族に興味があってもおかしくはないし、研究者という生き物は興味関心で命を動かしているといっても過言ではない。
 だから、ロクアンズに関心があるとは言い切れない──。そのはずなのに、どうにもレトは、胸中が落ち着かなかった。
 
 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.197 )
日時: 2025/11/21 23:01
名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)

 
 第179次元 研究部班班長

 見慣れない顔がカナラの仮拠点の門を叩いた。身分証を検めた警備班の班員は、珍しい人物を目の当たりにして思わず、身分証とその男の隊服とを往復して眺めてしまった。ぼんやりしていると、戦闘部班の班長室の場所を訊かれて、警備班員は慌てて答えた。そうして中へ促したあとも、建物の中に入っていって見えなくなるまで、鈍い銀の髪と細く高い上背を目で追いかけた。
 物珍しげにしていたのは門番だけではなく、廊下ですれ違えば隊員たちはだれもが振り返った。
 無理もない。隊服に金の肩飾りを提げているのは隊長と副隊長を除き、四部班の長を務める四人の班長のみで、そのうちの一人だけ顔を知らないという隊員の数は圧倒的に多い。
 ほとんど足音を立てず、さながら幽霊のように静かに書斎を目指していると、階段の踊り場で二人の人間が話をしているのをちょうど見かけた。

「エントリアにやってきた二人に挨拶をしたあとですが、こちらも注意深く観察をしていました。ニダンタフ班長から厳しく監視せよと言いつけられておりましたから。しかし、にわかには信じがたいのですが……目撃した班員によれば、「さきほどまでフィラ副班長と会話をしていたのに、忽然と姿を消してしまった」と。まるで煙に巻かれたかのような、不可思議な光景をたしかに見たと強く発言しております」
「フィラ副班長から直接聞いた内容と相違がないということだね。彼女が逃亡を手伝ったかと思ったけれど、君たちが見ていてくれたのなら、違うだろう。もっとも、心情を操る能力が君たちのあずかり知らぬところで行使されていれば、だれも真相は掴めないが……これについての言及はよしておこうか。君たちは引き続き、エントリアの警備と巡回を。まだ元魔がいる気配はあるかな」
「いいえ。半融合した飛竜の元魔を見たのが、最後です。それからは、まったくありません」
「わかった。報告ご苦労様」
「は。持ち場に戻ります」

 胸飾りのない黒色の隊服を着ている副班長らしき男が、一度礼をして下がる。階段を下りてばっちりと目が合えば、その目をまん丸にして、副班長の男は階段の途中で足を止めた。その脇をすり抜けて昇っていくと、足音に気がついたセブンが顔をこちらに向けた。

「……これは。本日ご到着でしたか。お久しぶりです、ハルシオ・カーデン班長」
「はい」
「立ち話もなんですから、私の執務室までご一緒願えますか。この屋敷の書斎の一つを借りていましてね。あくまでも仮の拠点ですので、片づけはあまり……まあ、私は、もともと片づけが苦手なものでして。エントリアの本部にいたときから執務机周りの様相は変わっていなくて、逆に落ち着いていたりして」

 セブンは手帳をぱたりと閉じ、ハルシオとともに一階へと下った。当たり障りのない話をしながら書斎へと向かっていくセブンの半歩後ろを、ハルシオは静かについていく。
 拠点内では隊員が小走りになって歩いていて、多くの隊員と何度もすれ違う。見ていればだれもが、早口で用件を伝えてはすぐ姿が見えなくなる。のんびりと静かにしているハルシオは場違いなようで、つい口を開いてしまった。

「お忙しいところに立ち入ってしまい、申し訳ありません。監督者として私が不出来ですので、ファンオットには大分不便をかけています。彼女にはどうか、ご容赦を」
「ああ、ユーリ副班長ですか。彼女はよく働いてくれていて、こちらも助かっていますよ。カナラとエントリアを一日に何度も往復しているそうで、大変研究熱心な部下だとお見受けしました」
「それは、喜ばしいことですね。本人にも、伝えておきます」
「はは。ええ、ぜひ」

 書斎に案内したあと、お茶の用意のために外したセブンが部屋に戻ってくると、ハルシオが腰もかけずにまだ入り口の近くでぼうっと立っていた。部屋の中央には長机とそれを挟む革製の腰掛けとがあるので、セブンはそこへ座るよう促し、机の上に茶器を並べた。
 まずは固い空気を砕くべきかと、セブンは世間話をするかのような柔らかい物腰で話題を振った。

「近頃、研究のほうはいかがですか。たしか……五年前に本部でお会いしたときには、次元の力とその扉の実態について調査中だとお話されていましたよね。それと、半年ほど前だったかな。定例会で提出された報告書に目を通しましたが、随分と興味深かった。次元の扉は、それぞれが互いに繋がりを持っているとか」
「ええ」
「差し支えなければ、現在の詳しい研究状況をお聞きしても?」

 セブンも向かいの腰掛けにもたれて、淹れたての紅茶を口に含んだ。目の前のハルシオが、茶器のふちで唇を濡らすくらいに小さな一口を嚥下する。

「構いません。わかっているのは、次元の力同士が、共鳴性を持っている可能性があるということです。次元の力というのは当人以外には扱えません。個人が持つ元力の質と、次元の力とが一本の糸のように結びついているためです。しかし、元力の質、というのは……その本質は、物質であるのか概念であるのか、どちらとも言えません。開発した通信具に使う元力石……つまり高濃度な元力質は、次元師当人と血の繋がりを持つ者でも、扱える。これについて私は、血縁の結びつきが条件だと考えていましたが、最近の調査で、それだけではない可能性が新たに浮上しました」
「というと?」
「訪れたある農村で、血の繋がりのない二人の次元師に出会ったのです。一人は村の生まれで、もう一人は外部からやってきた旅人の息子でした。彼らは、幼いときから次元の力を磨き、互いに高め合ってきた。一人は八元質の一つ、風を自在に操る『風皇ふうこう』を持ち、もう一人は『凪槌なづい』と呼ばれる槌を扱います。ある日、村の畑を狙ってやってきた大猪を退治しようと二人が畑に出てきました。しかし、風を操る次元師は、体調が優れなかったのか、後ろに控えていました。そうして、槌を持った次元師が技を振るいかけたとき。『凪槌』に奇妙な風が巻きついたのを見ました。風の次元師は技を発動していないのに……まるで、二つの次元の力が、合わさったかのような光景だった」
「……他者の次元の力に、自らの次元の力が影響したと?」

 次元の力が、ほかに干渉する──とは、セブンも聞いたことがなかった。もたれていた背が自然と伸びて、彼は気づかないうちに前のめりになっ真摯に耳を傾けていた。
 ハルシオは頷くとも、首を振るともせず、淡々と続ける。

「私は、他者の意思が、自らの意思と重ね合わさり、それにより"各々が持つ次元の扉が互いに向けて開かれたのではないか"、と考えています。次元の力は、意思ひとつで生まれて、意思ひとつでいかようにも変化する。しかし、意思にも質がある。すこし逸れればすれ違う。元力石の話に戻りますが、この意思は、血縁者であればあるほど、生活環境、社会の見え方、思考の持ちようが似てくるがゆえに、合わさりやすく、元力石にも意思が通りやすい。ただそれだけではなく、纏う雰囲気や胸に持つ意思が似た者たちが揃うことでも、元力は互いに共鳴する」
「それによって、次元の力の強化は期待できそうですか」
「まだ、そこまでは。しかし、村にいたその二人の次元師にはもちろん師たる人間もなく、まだ十二ほどの幼い少年でしたが、繰り出された技の質は少なくとも、五元の階級を満たすほどだったかと」
「訓練をしていても五元の階級に辿り着くには時間がかかる。二つが合わさったことでより大きな力へと変化をしたのなら……我が戦闘部班の次元師たちも、まだまだ力をつけられるわけだ」

 セブンは笑って、小さく頷いた。

「ありがとうございます。あなたの研究が、ひいては彼らの成長にも繋がっています」
「最前線で戦い、日々次元の力の可能性を開いていく次元師たちに比べれば、私のしていることなど、微々たるものです。先日の、エントリアでの戦いについては、話を伺いました。犠牲者は多く……しかしながら、神族に立ち向かってくれた次元師たちが、一人として欠けていないこと、大変喜ばしく思うとともに、彼らの強さに敬服するばかりです」

 ハルシオはいっぺんも表情を変えることはなく静かな声色でそう言った。細身で背が高く、物静かな彼は、見た目から受ける印象でいうと人を寄せつけない雰囲気を持っているが、言葉の端々から上品な丁寧さが伺える。セブンは、以前彼に会ったときには、貴族の生まれかと勘違いしそうになった。鈍い銀の髪やその色の瞳自体はそれほど珍しくないので、見た目からでは出身地が推測できなかった。挨拶のついでに生まれはどこなのかと訊ねてみたら、聞いたこともないような山の奥地の、傾いた家の軒下にうじゃうじゃと蛇が湧くような小さな集落──とも呼べるか怪しいほどの過疎地──の生まれだと答えられた。セブンは、ベルク村もたいして変わらなかったような記憶を思い出して、勝手に親近感のようなものを覚えていた。
 話をすればするほど、貴族を相手にしているかのような気品があるのに、まるで天然の植物かのような素朴な男でもあるとわかって、セブンは大分彼に興味を持っていた。それに、此花隊でもっとも華がある研究部班の長でありながら、滅多に人前には姿を現さず、知識をひけらかす素振りもない。そういった透明度の高さにも惹かれていた。
 ──この男にならば、もしかしたら。
 セブンは紅茶に口をつける間にあることを考えて、茶器を受け皿に戻すと、立ち上がった。執務机まで歩いていった彼は、振り返らないまますこしだけ声を落として、ふいに切り出した。

「ハルシオ班長。お伺いしたいことが」
「なんでしょうか」
「"空白の歴史"について研究されたことは」

 二百年前の、神族の顕現と襲来──その真相について"不自然なほどに手がかりがない"ことから、神族に関する歴史の研究者たちはそれを「空白の歴史」や「開かずの真相」などと呼んで、それを解き明かそうと今日もメルギース各地を歩き回っている。
 ハルシオも研究者だ。次元の力だけではなく、神族の歴史に手を出したこともあるかもしれない。思った通り、彼は小さく頷いた。

「多少は。研究者ならば、だれもが一度は手を出す分野かと思います」
「であれば……この本の内容の信憑性を検めていただきたいのです」

 セブンは執務机の引き出しから、紐で留められた分厚い紙束を取り出すと、それをハルシオから見えるように持ちあげた。

「それは?」
「神族ハルエールが書き記した、二百年の歴史についての文書です。彼女は、ここにすべてを書いたと言っていた。しかしながら、我々は空白の歴史についてまったく見識を持っていません。安易にこの文書に目を通せば、内容に引っ張られる可能性があり、正誤の判断がつかない。だから、この次元研究所の研究部班の班長であるあなたに、これを任せたいと考えています」
「……」

 紙束を片手に持ち、セブンはハルシオの向かいの腰掛けに戻ってくる。そして紙束を長机の中央に置いた。

「ただし、二度目になりますが、くれぐれも内容の取扱いにはご注意ください。引き受けていただけますか」
「わかりました。少々、宛がありますので、またご報告をいたします」

 ハルシオは承諾して、紙束を受け取った。彼が手に取って、それの表紙を眺めているのを見つめながら、セブンは申し訳なさそうに眉を下げた。

「ハルエールについては、申し訳ありません。あなたと会話の機会を、と思っていたのですが、つい先日任務中に失踪してしまい。捜索を続けていますが、足取りが掴めていません。お恥ずかしい限りです」
「……左様ですか。それは、残念です。ならば、彼女が残したという、この文書と対話をすることにします」

 そう言って、ハルシオが腰掛けから立ち上がったので、セブンも合わせた。部屋の扉の前まで向かいながらセブンは訊ねた。

「しばらくはカナラに滞在を? ご要望があれば私に言ってください。すぐに用意を」
「ああ、では……。レトヴェール・エポールという少年はどちらに」

 セブンは足を止めかけたが、目をしばたくだけに留まった。そして部屋の扉を開けてから答えた。

「レトヴェールなら北部の巡回を任せています」
「巡回?」
「ええ、近頃は元魔の発生が相次いでいましてね。神族クレッタの影響かと思いますが。そのためいま、街の各地に次元師を配置しています。いろいろあって人員不足なので、畏れ多くも、副隊長まで現地にいらっしゃいますよ。各地で宿の一室を借りていて、そこで休息をとらせていますので、その宿でお待ちいただければ早く会えるかと」
「そうですか」
「ただ、いまは……。少々、彼の気が立っていましてね。あなたに対して失礼な態度をとるようなら、ご報告ください。しかるべき処分を下します」

 言ってから、退室を促したつもりだったが、ハルシオは開けられた扉の前で立ち止まってしまった。
 不思議に思っていれば、ハルシオが口を開いた。

「セブン・ルーカー班長、街の巡回はおそらくもう、必要ありません」
「? それは……」
「正確には、人員を減らしても問題ありません。近頃、街に発生していたという元魔は、エントリアでの戦闘の際に生み出された産物。その生き残りでしょう。新たに元魔を生み出す余力があるのなら、すぐにでも我々に向かってくる。クレッタは、そういう性質を持っている。そうしてこないのは、クレッタがすこしも力のない状態だからです。生き残りの元魔を探しだし、駆除できる次元師が二人ほどいれば十分です。では」

 ハルシオはそれだけ告げると、扉をくぐって出て行った。セブンは考えを巡らせていたのと、呆気に取られたのとで、見送りの言葉を失ってしまっていた。
 ──彼の言う通り、カナラで飛竜の元魔が一体、エントリアで二体、大きな個体が発見されて以降は、まったく発生していない。さらには、脅威になり得ない小さな個体であれば何件か報告があがっているが、それも日を追うごとに減ってきている。ここ十日ほどは、ぱったりと目撃が途絶えている。

(ハルシオ・カーデン……。次元の力だけでなく、──本人が会ったこともないであろう神族の性質まで断言するとは……)

 託した文書にどのような見解を添えて返してくるのか、セブンは珍しく、読み切ることはおろか想像することもできず、かえって期待の念が膨らんでいた。
 
 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.198 )
日時: 2025/11/23 22:41
名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)

 
 第180次元 対面

 街の北側を巡回していると、日に日に、道端ですれ違う人は多くなっていた。カナラへ避難してすぐの頃は、陰鬱とした空気や、人の呻きや泣き声が充満していたし、街中を歩き回っていたのはカナラの住民と、此花隊の隊員がほとんどだった。軽傷者が動けるようになって、街に繰り出し始めたのが見て取れる。しかしながら重傷を負った者はまだ深く寝台に沈み、意識不明で日がな親族に祈られている者も少なくない。
 レトヴェールは軟禁の処分が解かれてから元魔の警戒に勤しんでいるが、ある日を境に、小さな個体さえもめっきりと目撃されなくなって、違和感を覚えていた。
 営みを閉じた静かな夜道を歩き、北で一番大きな宿屋に足を向かわせるレトの考えは"彼"と似ていた。

(クレッタがなにかをしているのか? ……いや、奴が生み出してるってことは、"なにもしていない"のか)

 考え事をしていれば早く到着するもので、宿屋の軒先にぶら下がっている提灯の薄明かりが見えてきて、レトは顔を上げた。
 そのとき、背が高く細身な人影が店の外壁にもたれかかってぼうっとしているのが見えて、足を止めた。
 靴音がその人物の耳に届いたか、顔を向けてきて、悠長な歩みでレトに近づいてきた。薄明かりに照らされてようやく、はっきりとした。此花隊の黒い隊服を身にまとい、鈍い銀色の髪と目をしている男──ハルシオが立ち止まり、静かな面持ちで、レトの顔を見下ろす。

 レトは、一瞬だけ、目の前の人物がだれなのかまったく見当がつかなかった。しかし、すぐに、よく知っている男に似ていると勘づいた。

「随分、大きくなったものだな」

 瞳孔を開いたまま固まっているレトをよそに、ハルシオは淡々と続ける。

「話がある。お前の部屋はどこになる」
「待て」

 さっさと宿に入ろうとするハルシオの腕を、すかさずレトは掴んだ。
 見覚えのある顔立ちと、班長位に与えられる金の肩飾りとをじっくり観察して、いや、そう時間をかけずとも、さまざまに散らばっていた欠片が合わさって一つの真相と相成った。
 引き止められたハルシオが大人しく、またレトを見下ろすと、彼はぶらりと下ろした指先を小刻みに振るわせて、問いかける。その声は一段と低かった。

「まず訊きたいことがある。"ハルシオ・カーデン"ってのは……誰だ」

 ハルシオの腕を掴む力が、ぐっと強くなる。
 とっくに記憶の底に沈んでいたあらゆる感情が一気に叩き起こされて、レトの胸中は、だんだんと冷静でいられなくなっていく。顔を上げ、まだ顔色ひとつ変えようとしない無表情のハルシオを、レトは動揺した眼差しで見つめて言った。

「"アノヴァフ"って、名前だろ。──父さん」

 いったい自分がいくつのときだっただろうか。
 ぱったりと家に帰ってこなくなった、もう顔もうろ覚えになっていた父が、目の前で鮮明になった。

 船乗りだって一年に一度は家に帰ってくる。薬売りにあちこちと出かけていたキールアの父もまめに顔を出していた。 
 幼い時分にはそれがうらやましかった記憶がある。けれど、母がその分、寂しい思いをさせまいと相手をしてくれたし、ロクアンズやキールアもいたから退屈はしなくて、いつの間にやら父がいなくて寂しいなんてことは露にも思わなくなった。
 それなのに、再会してしまった。記憶の片隅へと押しやられていた、もういない者とさえしていた父への不満が泡立って、やがてふつふつと沸く。それでなくともこのところ虫の居所が悪いレトは、余計に苛立ちを募らせ、もはや自分でもどんな顔をしているかわからなかった。

「外では話せない。だから、お前の部屋まで案内してくれと頼んでいるんだ」

 思い切って言ったつもりだったのにまるで暖簾に腕押しで、ハルシオは──否、アノヴァフ、と呼ばれた男は、あくまでも柔和な態度で、レトにそう返してくる。
 仕方なくレトは、無言で彼の横をすり抜け、宿の扉を押し開く。それに静かな足取りが続いた。

 客室は、一人では持て余しそうな広さがあって、最低限の調度品が誂られている。部屋を借りてしばらくになるが、レトは持ちこんだ物が少ないので小ざっぱりとしていた。迎え入れられたアノヴァフは、ここでも変わらずに、居所がわからないみたいに食卓の傍なんかでぽつりと立つ。
 ぱたん、と客室の扉を閉めるなり、レトはさっそくと言わんばかりに話の続きをしだした。

「……此花隊の隊員だったなんて聞いてない。いつから、ここにいる?」
「……」
「わざわざ偽名を使ってるのはなんでだ?」

 疑問は次から次へと頭に浮かんで、浮かんだままを投げかける。目の前にいるのは紛れもない自分の父だが、父と過ごした思い出がほとんどないおかげで、かえって吐きだしやすかった。初対面の人間を相手にしているような緊張感はありつつも、馴染みがないゆえに、変に意識せずにいられた。
 レトの疑問は当然なのに、しかしアノヴァフは、まだちゃんと返事をしない。
 すると、だんだんと顔が強ばってきて、レトは――冷静に戦うはずだったのが、急に、身体の奥底からもっとも突きつけてやりたい鋭い文句がせりあがってきてしまった。
 
「なんで俺たちの世話を母さん一人に任せた……? 母さんが弱っていたこと、その事情を知らないはずないだろ。母さんは、死んだんだ。その報せも送った。なのに……なのにあんたは、帰ってくるどころかひとつも返事を寄越さなかった……!」
 
 レトがいっそう声を荒らげると、客室の扉が開いた。ちょうど夜食を運んできた年若い女給が、立ち止まってふるふると震えている。部屋の外にも声が漏れていたのだ。
 女給は、室内にいる二人のただならぬ雰囲気にあてられて、すっかり竦み上がってしまっていたが、一言断りを入れて、廊下に夜食を乗せた盆を置くと、そそくさと戻っていった。
 レトは、アノヴァフへと視線を戻す。
 おかげで幾分か落ち着いていて、レトは気を取り直して本題を切り出した。

「答えろ。いまさら、何の用で、俺の前に姿を現した」

 アノヴァフは一通りの疑問を受け取ったあと、食卓の椅子に腰をかけて、ようやく口を開いた。

「そう一遍に訊くな。だが……。そうだな、いまのお前の話から、だいたいの状況を把握した」
「は? 話すつもりがないっていうのか」
「違う。お前のたくさんの質問に答えるためには、お前が"あること"を知っている必要がある」

 アノヴァフは身体をレトのほうへと向けて、こう訊ねた。

「ロクアンズの名前の意味を知っているか」

 思考が止まったのはほんの一瞬で、すぐに、レトは持ち直して考えを巡らせた。アノヴァフの向かいにある椅子に近づいていきながら彼は口を開いた。

「……なんだ、それは。名前の意味……。考えたことはある。けど、現代語にはもちろんないし、古語にもそう読めそうな単語はなかった。歴史人にもいない。地名も違う」
「ならばまだ調べが甘いだけだ」
「それを知ったら、なんだ。全部しゃべるのか?」
「ああ。ただし」

 アノヴァフの目の色が変わる。レトは、その視線の切っ先に刺され、息を吸うだけのわずかな身動きさえも取れなかった。

「レトヴェール。エポールの血と名を受け継いだお前は、覚悟を持って知らなければいけない。この道の先には、味方にも敵にもなる人間と真実がいて、いずれお前から自由を取り上げる」

 この道の先──。
 どくりと、心臓が反応する。ロクアンズも言っていた、「この道の先に私は行く」と。たまたま文字列が重なっただけの、偶然の産物なのに、レトは心の中で何度か反芻をした。
 ロクが歩もうとする道が、仮に神族として生きる道だったとして、その延長線上でふたたび出会うためにはどうしたらいいのかを考えていた。
 そして、その答えがもしも、アノヴァフの示す"この道"──エポール旧王家の血を継ぐ者として覚悟を持って進まなければならない道の上にあるのなら、迷う必要はない。いいや、正しくても間違っていても、一つを信じて歩きだしてみないとどちらかなんてわからないのだ。
 ならば。

 レトがなかなか反応を示さずにじっとしているので、アノヴァフが口を開きかけると、短い返事がかえってきた。

「わかった」
「……名前の意味がわかったら、俺のもとへ来い。しばらく拠点に滞在する」
「ああ」
「……」
「……まだなにかあるのか?」
「いや、ない。邪魔をした」

 アノヴァフは椅子から立ち上がると、扉から廊下へ出て行った。部屋が静かになって、ぼうっとしかけたレトは、はっと夜食の存在を思い出した。廊下では丸く太ったパンと、野菜のスープが盆の上で冷えかけていた。
 せっかく引き上げたのに口に運ぶのもそこそこにして、レトは食卓の椅子に座ってさっそく思案に漬かろうとした──が、すぐに、やめた。この部屋には本の一冊も持ちこんでいなくて、調査には不向きなのだった。


 翌日になっても変わらずに巡回の仕事があるので調べ物をする隙はない。真面目に仕事を終えて、夕刻に宿に戻ってきたレトは、看板の前でばったりと此花隊隊員に出くわした。横をすり抜けていこうとするレトをその隊員が引き止めるので、しぶしぶ従うと、隊員は告げた。

「セブン・ルーカー戦闘部班班長より伝令。任地より引き上げ、拠点へ帰還とのこと」
 
 


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