コメディ・ライト小説(新)

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最強次元師!! 【完全版】
日時: 2019/02/08 08:35
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw

 
 
 --------------------------------------------

 これは

 運命に抗う、義兄妹の戦記
 
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 *不定期更新になりました。


 ■ご挨拶

 初めまして、またはこんにちは。瑚雲こぐもと申します!

 こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
 ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
 しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
 よろしくお願いします!



 ■目次

 一気読み >>001-

 プロローグ >>001 
 ・第001次元 >>002
 ・第002次元 >>003
 ・第003次元 >>004 

 【花の降る町】 
  >>005-007

 【海の向こうの王女と執事】
  >>008-009 >>012-025

 ・第023次元 >>026

 【君を待つ木花】
  >>027-046

 ・第044次元 >>047
 ・第045次元 >>048
 ・第046次元 >>049
 ・第047次元 >>050
 ・第048次元 >>051
 ・第049次元 >>052
 ・第050次元 >>055
 ・第051次元 >>056

 【はじまりの雪】
  >>057-


 ■お知らせ

 2017.11.13 MON 執筆開始

Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14



Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.66 )
日時: 2019/05/29 22:25
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw

 
 第061次元 はじまりの雪Ⅹ

 ロクアンズの指先から糸状の光のようなものが漏れた。それはとても微弱な、電気だった。彼女は幽霊でも見るかのように指先を見つめ、それからゆっくりと前を向いた。
 
 「ヴ…………グ、ゥ…………」

 鳴き声ともつかない奇怪な音声をもらす怪物の胴部には、まるで臓器のすべてを搔き出されたかと疑うほどの大きな風穴が空いていた。周辺の森や家宅が玩具のようにも錯覚させるその巨体に大穴を空けたのはほかでもない、
 たった1人の幼い少女だ。

 「……」

 ロクアンズはかつてないほど混乱していた。指先からなにかが出た。足の爪先から頭の天辺にかけて一気に駆け抜けた電撃。骨身が発熱し、肌が粟立ち──瞬間、"雷鳴"が轟いていた。
 聳え立つ元魔が、一切の動きも示さずにいる。見開かれた赤い双眸から目を逸らせずにいたロクアンズは「ぁ」と、目を見開いた。
 かろうじて上半身を留めていた黒い脇腹が、穴の拡がりに耐えきれずぷつんと弾け飛んだ。バランスを崩した元魔は覚束ない足取りで地面をゆらり、ゆらりと震わせ、ついに上半身を前方へ傾かせた。真黒いそれが大地を打ったそのとき、生まれた余波がロクアンズやレトヴェールたちに襲いかかった。
 上半身と下半身とは完全に切り離されている。死んだ2本の脚の断面から、火の粉のようなものがぱらぱらと立ち上った。それは砂粒にも近い。黒い皮膚はすこしずつ空へ還っていく。
 残る、上半身。
 右の巨腕が跳ねあがった。

 「──っ!」

 (だめ……ころされる!)

 「もういっかい電気をだせ、ロク!」

 カン、と頭に響くレトヴェールの声。ロクアンズは左目を大きくして、茂みから飛び出してきた彼を見た。

 「赤いのをねらえ! 目じゃなくて、目の上の、赤いやつをこわせ!!」

 血液、そして血液とともに体内中に蔓延している"べつの粒子"が一斉に沸き立つ。レトヴェールの言っていることを頭が理解するよりも迅速に、身体に電気が溜まっていく。
 この力があれば倒せる。
 漆黒の巨腕がロクアンズに影を落とすのと、彼女の脳裏に未知の詠唱が掠めたのは同時だった。
 
 「──"三元解錠"!」

 壊せ、壊せ、
 当たれ、倒せ、倒せ、扉を
 (──開け!)

 「雷撃らいげき──!!」

 独特の重低音が辺り一帯に鳴り響き、空を搔っ切る。ロクアンズの手のひらから飛び出した雷の塊は芝生の舞う中を一直線に猛進し、──元魔の額を打ち上げた。その拍子に、赤い両目の上にはめこまれていた宝石のようなものが砕け散った。
 元魔の上体は緩やかに反り返る。脚と同様、指先や身体の断面から粒と化して散っていく。元魔の腕も紐解くようになくなっていくと、その手の中に捕まっていたテマクがするりと抜け落ちて、さほど高くない位置から地面の上に落ちた。
 空の彼方へ舞いあがる黒い粒を見送りながら、ロクアンズ、そしてレトヴェールの2人は肩で大きく息をしていた。巨大な怪物が視界の中から消えてもまだ、心臓はばくばくと高鳴ったままだった。

 「…………。て……テマ…………」

 ふと。緊張の糸が切れたようにロクアンズがその場で倒れこんだ。レトヴェールはあわてて彼女のもとへ駆け寄り、キールアも彼に続いた。

 「ロクアンズ! おい、おきろ! どうしたんだよ!」
 「ど、どうしよう、ロクアンズちゃん……!」
 「……」
 「おいガキども! そこでなにやってんだ!」

 どこからともなく怒声が飛んできて、レトヴェールとキールアはびくりと肩を震わせた。2人のもとに人影が駆け寄ってくる。銀にすこし青が混じったような髪色をした、男だった。男は濃い灰色の上着を羽織っていて、それにはところどころ赤を薄めたような曖昧な色のラインが着色されている。レトヴェールは物珍しげに彼の服装を見つめた。

 「大人たちに言われなかったのか、このへんにでけえ怪物が出て、危ねえから離れろって! へたしたら死んじまうんだ。わかってんのか!? いいからはや……」

 男は緊迫した面持ちで周囲に視線を巡らせた。しかし、のどかな風の流れる田園風景をゆったりと眺めるだけに終わった。空を渡る雲といっしょになって、時間の流れさえも遅く感じさせる独特な雰囲気に彼は呑まれそうになった。

 「……い、ねえ。どういうことだ……?」

 不思議そうに辺りを見渡す男は、はっとなって、おもむろに駆けだした。芝生の上に降りかかっている黒い粒を認めた彼は、息を飲む。

 (元魔の残骸だと? じゃあ……)
 
 レトヴェールとキールアのもとに戻ってきた男の顔は相変わらず強張っていた。2人はびくびくしながら男を仰ぎ見る。鈍い銀の髪をした男は、がしがしと頭を掻きながら「いくぞ」と呟いた。

 「いくって……どこに」
 「あーほ。おまえたちのおふくろや親父さんのいるところだよ。……この嬢ちゃんは、まだ息があるな。目立つような傷もほとんどねえ、か。よし」

 倒れるロクアンズの前でしゃがみこんだ男にレトヴェールが言った。

 「もうひとり」
 「あ?」
 「もうひとりいる。あっちに」

 レトヴェールが指差す方へ男が顔を向けると、そこに幼い子どもが1人倒れ伏せているのが見えた。男はさらに大きなため息をこぼし、たたんだ膝を伸ばしてテマクのもとへ歩み寄った。

 
 
 「! 戻ってきた! 戻ってきたぞ!」
 「次元師様!」
 「やった!」

 レイチェル村の住人たちが身を寄せ合う場所に、ロクアンズとテマクとを脇に抱えた男が現れる。彼の姿を見つけるなり、村の年長者たちの表情が安堵と喜びに満ちた。

 「テマク……テマク!」
 「気を失っているだけみたいです。ケガをしてなかったのは幸いです」
 「よかった、ああ、よかった」

 テマクの母親と思われる女性が、息子の身体を強く抱きしめ、足元を崩した。彼女はそこが地面の上であることも忘れてわんわんと声をあげて泣いた。そこへ、

 「レトヴェール、ロクアンズ!」

 群衆を掻き分けて男の前に現れたエアリスが、よろめく足を止めた。乱れて束からはずれた髪を耳にかけ、彼女は、レトヴェールとロクアンズを交互に見つめた。ロクアンズの顔がぐったりしていることにはすぐに気がついた。男は、ロクアンズの身柄をエアリスの腕の中に渡した。

 「ろ、ロクアンズ……。あの、なにが、なにがあったんですか? この子は大丈夫なんですか?」
 「大丈夫ですよ。この子もさっきの子とおなじで、気を失っているだけみたいですから」
 「気を失って……」

 ふとエアリスはレトヴェールにも視線をやった。頬や腕、足などの至るところに土が貼りついている。肘などの関節部には擦り傷も見えた。
 レトヴェールの顔に細い指先を伸ばす。頬についた土を丁寧に拭うと、エアリスは、レトヴェールとロクアンズの2人を抱き寄せた。左腕ではロクアンズを、右腕ではレトヴェールを優しく包む。

 「よかった。よかった、本当に。……無事で、よかったぁ……っ」

 金髪の男の子と、緑色の髪をした女の子が怪物のいるほうへ向かっていったと話を聞いたときエアリスは「悪い予感が当たってしまった」と、頭の中が真っ白になった。カウリアには申し訳なくて口にできないが、キールアも2人の後を追いかけたと知っておきながらエアリスはなによりも2人のことが心配でならなかった。しかしきっとカウリアも心境はおなじだっただろう。
 
 「よかった」「よかった」と泣いてやまないエアリスの腕の中はなんだってこんなにも安心できるのだろう。目尻に小さく涙を浮かべたレトヴェールはそんなことを思いながら、ちらっとロクアンズの寝顔を見やった。

 「……」

 (じげんし──)

 ロクアンズが出した雷。いや電気だったか。はたまたべつの魔法か。なんであれあの異質の力が"じげんのちから"と呼ばれるものであることを知識として蓄えているレトヴェールは困惑を隠せなかった。エアリスの服をぎゅっと彼が握り返した、そのとき。

 「おい、坊主」

 頭の上から、眉を顰めたカウリアが、そう鋭い声を降らした。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.67 )
日時: 2019/06/24 22:26
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw

 
 第062次元 はじまりの雪ⅩⅠ

 声につられてレトヴェールが顔をあげる。すると小麦色の髪を一つに結いあげたカウリアが紫色の目に角を立てていた。彼の肩がびくっと震えたので、エアリスは首だけで振り返る。その拍子にレトヴェールが腕から離れた。

 「あんた……よくもうちのキールアを危険をさらしてくれたね! ええ!? この子に傷でもつけた日にゃどうなるかわかってんだろう!」
 「カラ、お願い落ち着いて。私が代わりに謝るわ」
 「エリは黙ってて。いい? この子が元魔がいるようなとこに行くわけないだろう。なんで連れ出した。ほら、言ってみな!」
 「ち、ちがうの……おかあさんっ」

 レトヴェールの背中のあたりにいたキールアが、彼を庇うようにととっとカウリアの前に出てくる。カウリアは眉をひそめて、自分の娘に問い質した。

 「なにがちがうんだい」
 「レトヴェールくんね……ま、まもってくれたの。わたしがついてっちゃったのに……レトヴェールくん、ケガ、しちゃって。だからレトヴェールくんをおこらないで。おねがい」
 「ま……守ったあ?」

 カウリアは片眉を下げながら、まじまじとレトヴェールの身体を観察した。ところどころ、肌が擦り傷によって黒ずんでいる。対してキールアは傷ひとつ負っていないようだった。ついかっとなって叱りつけた手前、なんとなく謝りづらいカウリアは「あー」とまず口元を濁した。が、すぐにレトヴェールに向き直り、真剣な声で言った。

 「そうかい。怒鳴りつけて悪かったね、坊主。キールアのこと、守ってくれてありがとうな」
 「……べつに。まもったとかそんなんじゃ」

 レトヴェールは斜めに視線を下げて、小さな声で言った。

 「そういうときゃ素直に『はいそうです』って言うんだよ!」
 「いでっ!」

 ぐわっと頭を鷲掴みにされ、レトヴェールは無理やりカウリアのほうを向かせられる。それから、くしゃっと軽く頭を撫でられる。

 「ちょっとは認めてやってもいいかな。でも、もっといい男になんだよ」

 カウリアは表情を柔らかくして、笑った。エアリスが彼女のことを「美人」と言う理由が、レトヴェールにもわかったような気がした。
 
 濃灰のコートのポケットに手を突っこんだまま、灰青色の髪をした男はじっくりと3人の子どもたちを見比べていた。金髪の少年、小麦色の髪を二つ結びにした少女、──そしていまもまだ、気を失っている若草色の髪の少女。
 元魔出現の報せを聞いてエントリアの本部から飛び出してきたのが数十分前になる。対象は大型で、しかも角、四肢、翼、体格とどれをとっても上級に分類される出来のものだった。元魔は神族によって生み出されていると聞くが、その個体差は激しい。形の整った個体のほうが肉体のバランスがいいため動きも良く、討伐は困難だ。しかしやたらと頭部だけが出っ張っていたり腕と脚の本数が噛み合っていないなどの"粗悪品"はその限りではない。
 だからこそ不可解なのだ。一体、どうしたらただの子どもたちに元魔を屠ることが可能になるのか。

 (……いや、ただの、じゃねえのか)

 男が注意深く観察していたのはロクアンズだった。次元師に年齢は関係ないのだが、体内にある元力を一気に消費してしまうと気絶もしくは身体が思うように動かないなどの副作用が生じてくる。それは未熟な身体であればなおのことだ。テマクはいましがた意識を取り戻し、母親に連れられて帰路についたため、注目すべきはロクアンズただ1人となった。彼女はいまもなお夢の中だ。
 男は濃灰のコートを翻す。

 (また来りゃあいいか。どの道、"同志"だっつんなら嫌でも顔を突き合わすことになるだろ)

 薄い鈍色の髪をした男は、レイチェル村から颯爽と姿を消した。



 目を覚ましたとき、彼女は真っ先に手が痺れていないかどうかを意識した。寝台に横たわりながら彼女は無理のない程度に首を回して、シーツの中から手を出した。握ったり開いたりする。どこにも異常は見当たらなかった。
 ロクアンズは丸一日という時間をかけてようやく意識を取り戻した。いま、陽の高さは一日の間でもっとも高い。にもかかわらず部屋の中はひんやりと冷たい空気に包まれていた。
 木製の扉が、ギィ、と音を立てて内側に開く。廊下から顔を覗かせたのはエアリスだった。彼女は、上体を起こしているロクアンズを見て驚いた。

 「……! ロクアンズ、目を覚ましたのね。よかった。すこし待ってて、いまカウリアを呼んでくるわ」

 エアリスが扉の表側から奥に姿を消すと、開けっ放しの戸口からレトヴェールが入ってきた。彼は両手で木の丸板を持っていた。

 「かあさんに持てっていわれて、きた」

 聞かれてもいないのにそう答えて、レトヴェールは寝台のすぐそばにある台の上まで木の板を運んだ。板の上には、乳白色の薬湯と、匙とが並べて置かれている。

 「ぐーすかねてっからいっしょう起きねえとおもった」
 「……」
 「……うそだよ。げんきねえな」
 「ねえ、レト、みた? あたしのてから、なんか、ばああってでんきがでたの……」
 「……」
 「あれなんだったのかな? レト、なんでレトは、あのかいぶつの……おでこのあかいのにあてたら、やっつけられるってわかったの?」
 「いっぺんにきくなよ。おれがわかんなくなる」
 「あ……ごめん……」
 「本でよんだ」

 レトヴェールは匙でくるくると薬湯を混ぜながら答えた。

 「本……?」
 「とうさんのへやにあった本。げんまには、"かく"っていうしんぞうがあって、それをこわせばげんまはしぬんだ。でもそれはすげえがんじょうだから、じげんしにしかこわせない」
 「え、……じげんし、って、なに?」
 「……」
 「ああ、ほんとに起きたんだねー、ロクアンズ。よかったよかったよ」

 溌溂な声を撒きながらカウリアがロクアンズの部屋に入ってくる。ちょうどロクアンズの様子を見に玄関口までやってきたところをエアリスが捕まえたらしい。
 カウリアは肩にかけていた布製のバッグをどすんと床に下ろして、ロクアンズの顔色やら傷やらを丹念に診た。

 「肌の色よし。傷よし。じゃ……」

 カウリアは静かに目を閉じて、言った。

 「次元の扉、発動。──『"癒楽ゆらく"』」
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.68 )
日時: 2019/06/24 22:25
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw

 
 第063次元 はじまりの雪ⅩⅡ
 
 ロクアンズとレトヴェールは目を瞠った。とくにカウリア自身に変わった様子はない。彼女は立て続けに詠唱する。

 「"診架しんか"」

 途端、ロクアンズの全身が薄い光に包まれた。彼女はおろおろしながら腕の表面、手首、脚などに視線を這わせてみたが、どこにも異常はなかった。ただふわふわした感触だけが肌を撫でた。かと思えば、柔らかい光はふっと絶えた。

 「……?」
 「なかを診た感じも異常なし、か。いやー、さすが若い子は治りが早いね〜」
 「よかった。ありがとう、カラ」
 「どうってことないさ。こんなの、シーホリーの人間ならだれでも使えるんだから。アディダスのせいでね」
 「おかげで、でしょう」

 2人の会話をぼんやりと聞いていたロクアンズは、思い切って口火を切った。

 「あの! かうりあ……さん。いまのって、なあに?」
 「いまの? あー、次元の力のこと?」
 「じげん……って?」
 「200年ほど前、この世に突如神々が降り立ち、その災いに見舞われた人間たちが突然手に入れた異質の力。それをこの世の中では、次元の力と云う」

 カウリアは、いかにもこれからお伽話をしますといった風に仰々しく語りだした。しかし、ぽかんとするロクアンズを前にしてすぐにいつもの調子に戻る。

 「でも、この力ってのはたった100しかない。だから次元師は100人しかいない……と言いたいところだけど例外もあってね。シーホリーの血を継ぐ人間だけは、なぜか全員『癒楽』の扉を開けられるのさ。どうやらあたしたちの先祖のアディダス・シーホリーがなんかしたらしくて。ま、それはいいとして。この次元の力を持ってる人間たちにはね、共通点がないの。つまり、ランダムで選ばれてるってこと。だからあんたも……偶然選ばれちゃったってことだよ、ロクアンズ」
 「え?」

 エアリスは目を丸くしてカウリアを見た。カウリアはというとそんなエアリスに笑みだけを返して、「それじゃあお大事に」と、部屋を出ていった。

 「選ばれちゃった、って……なにに?」
 「……」
 「ロクアンズ?」
 「……あのね、おばさん、あたし……手から、手からでんきがでたの」
 
 ロクアンズは自分の両手を見下ろしながらぽつりとそうこぼした。

 「くろいかいぶつをね、やっつけなきゃって、みんなをまもらなきゃって……そうおもったら、てとか、あしとかがびりってして、それで……」
 
 思い返せばあのとき、ロクアンズはいままでになく必死だった。ころされる。漠然とした恐怖に抗うように願った。「たすけたい」、「たすかりたい」と、神に祈るような気持ちだった。
 手先が痺れるような錯覚がして、ロクアンズは両手をぎゅっと固く握りしめた。

 「あたし、こわくて……手もしびれて、いたくて……っ」
 「すごいじゃない、ロクアンズ」

 言いながらエアリスが、ロクアンズの両手を自分の両手で優しく包みこんだ。

 「すご……い?」
 「だってそれは……だれもが持てるものじゃないのよ。何億何十億って人がこの世界にいて、そのたった100人の中に選ばれたの。きっと偶然じゃないんだわ。この世界に偶然はないもの。あなたはこれからたくさんの怖いものと戦わなくちゃいけないかもしれない。でも怖がらないで。あなたとおなじような力を持った99人の次元師たちが、きっとあなたを支えてくれる」
 「……どうしたらいいの?」
 「ロクアンズ、それはね、大事な人を守れる力なのよ」

 強ばるロクアンズの頬を撫でながら、エアリスは続けた。

 「この世界の怖いものたちをやっつけられる力があなたにはある。そうしたら、力を持ってなくておびえてる人たちを笑顔にできるわ。もちろんわたしも、レトヴェールも、みんな。みんなを助けられる。あなたはとても強い子だから、それができるって私は信じているわ」

 『たすけて』と泣き叫ぶテマクの姿を見たとき、使命感のようなものが身体中を駆け抜けた。まえに彼にいじめられただとか、そんな小さなことはもはやどうでもよかった。泣いている人を放っておきたくない。かつて自分がエアリスに助けてもらった日とおなじように、テマクの手を引いてやりたかった。
 テマクだけではない。この世界にはまだ、彼とおなじように泣き叫んでいる人がいる。「次元師様」と祈る声で溢れているのだ。

 「おばさん、あたし……。このでんき、もっとつかえるようになりたい。まだ、こわいけど……」
 「そう。ロクアンズはえらいわね」
 「おばさんがいるからだよ」
 「私?」
 「あたし……おばさんみたいになりたい。おばさんみたいに、こまったひとを、たすけられるようになりたい」

 言うと、ロクアンズは恥ずかしそうに頬を赤らめた。固く結んでいた手もほどかれている。エアリスは何度か目をしばたいた。赤らんだ瞳をやわらかく細め、一度唇をきつく結ぶと、微笑んで言った。

 「きっとできるわ。あなたなら」



           *

 まだ厳しい寒さの残る中、カウリアが自宅にて第二子を出産した。十月とつきという時間をかけてお腹の中で育んできた命である。イズリアと名づけられた赤子は男児だった。
 親友の子が無事産まれたことをお祝いするためにとエアリス、レトヴェール、ロクアンズの3人は昼下がりにシーホリー宅に訪れていた。

 「あらあ~」
 「ちっちゃぁい! かわいい!」
 「でっしょ~? 名前はイズリアってんの。男の子だったから、旦那の最初の文字をとった」
 「イズリア……ふふ」
 「なに? なんかおかしい?」
 「ううん。ただ……古語でね」
 「……ああ。あんた好きだねえ。んで、なんで笑ってたのさ。イズリアって言葉が古語にあるわけ?」
 「いいえ。"イズ"、ってね、娘って意味なのよ」
 「げ。ほんとに? えー、どうしよ。なよなよした男になったら」
 「あら。あなたのことだから、イイ男に育てるんじゃないの?」
 「はは。そらそうだ。うんとイイ男に鍛えて、お姉ちゃんを守ってもらわなきゃね。あんたもぐずぐずすんじゃないよ~、坊主」
 「べつにしょうぶしねえし」

 けたけたとカウリアが快活に笑う。しょうぶ、という言葉を聞きつけたロクアンズがすかさず片手を突きあげた。

 「いいなあ~! はいはい! あたしもしょうぶしたい!」
 「おまえ女じゃん」
 「いーの! あたしもキールアまもりたい! レトのほうがおんなのこっぽいし」
 「ロクおまえおぼえてろよ」
 「え?」

 は、っとレトヴェールが息を呑む音がした。つい口から出てしまった言葉ごと吸いこみたかったができなかった。ロクアンズの片瞳がだんだんと輝きを得る。

 「ロ、クって……え、なになに!?」
 「まちがえた」
 「うそ!」
 「……あ。でも、あの、レトヴェールくん、あのかいぶつがきたとき……ロクアンズちゃんを、そうよんでた……」
 「よ……、んでねえ」
 「えー!? ほんとキールア!? しらなかった! ゆってよ! よんでよ"ロク"って、ねえっ、レト!」
 「うっせえな! だいたい、長いんだよ、ロクアンズって!」

 3人の小競り合いをただ眺めていたエアリスとカウリアが同時にどっと笑いだす。ロクアンズがレトヴェールのことを『レト』と呼び始めた出来事を鮮明に覚えているエアリスにとっては、ただ微笑ましいだけではない。2人の距離が確実に縮まってきているのがひしひしと伝わってきて嬉しかった。
 
 「あはは。そうだわカラ、台所を借りてもいい?」
 「え? べつにそれは構わないけど……」
 「キールアちゃんやイスリーグさんのお昼がまだでしょう。わたしたちの分といっしょに作って、イスリーグさんには直接持っていくわ。薬草の調達に行かれたんだったわね」
 「あー、悪いねエリ。助かるよ」
 「いつも助けてもらっているもの」

 エアリスが腰を持ちあげて炊事場に向かって歩きだした。
 そのときだった。
 がたん、という物音がして、カウリアとロクアンズとレトヴェールの3人が同時に音のしたほうを向いた。見ると、エアリスが膝をついて蹲っていた。顔のあたりに手を持っていっているようにも伺える。ロクアンズとレトヴェールがあわててエアリスのもとに駆け寄った。

 「だいじょうぶ!? おばさん!」
 「エリ、どうかした? 具合でも悪いの?」
 「……。いいえ、なんでもないわ。だいじょう」
 
 ぶ、と言いかけてエアリスが身体を左右に揺らした。途端、その場に倒れこむ。ロクアンズもレトヴェールも目を大きく見開き、エアリスの身体に飛びついた。床にべったりと張りついた腰のあたりをロクアンズがゆさゆさと揺り動かす。

 「おばさんっ! おばさんっ!」
 「ちが……」
 「え?」
 
 倒れ伏したエアリスの横顔を呑みこむようにして、鮮やかな赤の液体が、木張りの床を侵食した。

 
 窓の外では雪が降りはじめていた。
 しんしんと。
 雪は静かに、すこしずつ、そしてたしかな冷たさとなって降り積る。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.69 )
日時: 2019/07/06 22:19
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw

  
 第064次元 はじまりの雪ⅩⅢ

 青々と生い茂る木々に囲まれたレイチェル村の空は高い。草原の中を軽快に駆け抜けて目指すのは、村の北東にあるシーホリー一家の住まう家だ。からりと乾いた風に煽られて青い葉が舞っている。彼女の髪色はそんな爽やかな景色によく溶けこんでいた。
 木の扉のすぐ横にぶら提がった鈴つきの紐を揺らすと、からんからんと心地よい音が鳴る。次いで彼女は、大きな声で扉の向こうに呼びかけた。

 「カウリアさーん!」

 しばらくして家の中から出てきたのは、小麦色の髪を高い位置で一つに縛った女性だった。カウリアは片手に小袋を携えていた。

 「おう、ロクアンズ。そろそろ来るんじゃないかと思ってたよ。はい、頼まれたもん」
 「ありがとう! ねえ、キールアは?」
 「ああ、朝に薬草を採りに行かせたんだよ。もう戻ってもいい頃……あ」
 「ロク?」

 背中に呼びかけられ、ロクアンズは振り返った。二つに結い分けられた小麦色の髪は高い位置で結ばれている。きっと母であるカウリアの好みなのだろう。キールアがロクのそばに駆け寄ろうと足を速めると、彼女の手から提がっているバスケットが揺れた。

 「来てたんだ」
 「ちょうどいまね。カウリアさんから薬もらいに」
 「そっか」
 「ねえちゃー!」
 
 どたばたと足音をうるさくして玄関から飛び出してきたのは、キールアよりもうんと背の低い少年だった。彼女とおなじ色の髪をした彼は、紫色の両目を輝かせていた。姉の帰りを待っていたらしい。

 「ねえね、おかえり」
 「ただいまイズ。お姉ちゃんを待っててくれたの?」
 「うんっ」
 「そっか。じゃあお姉ちゃん、イズと遊ぼうかな」
 「ほんと? やったやった!」

 自分も自分もと言いだしたかったが、早くこの薬を自宅に持って帰らねばならない。姉弟が家の中に戻るその背中に後ろ髪を引かれつつ、ロクはシーホリー宅をあとにした。



 「ただいまーっ!」

 玄関を扉をくぐりながら家中に聴こえるように言う。返事はない。居間にはだれもいないようだった。ロクは真っ先にエアリスの部屋へ向かった。
 エアリスの部屋の扉を開けると、彼女は寝台の上で上半身だけを起こし、顔を窓の外へ向けていた。扉の音に気がつき、彼女は振り返る。

 「やっぱりロクアンズだったのね。おかえりなさい」

 穏やか声が室内にふわりと広がる。迷える子羊を導く聖母のような微笑みでロクを部屋に招き入れた。しかしその頬は、病に倒れる前と比べると確実に痩せこけていた。
 
 エアリスがこうして病床に臥せるようになったのは5年前からだ。当時はまだ「大丈夫」と余裕の色を見せる日が多かったものだが、最近では10日に2、3日活動できる日があれば調子がいい方だ。当然、調薬士であるシーホリー夫妻には5年前から定期的に診てもらっている。しかし彼らの技量をもってしても、快復には至らなかった。それどころか病状は年々、悪化している。"原因不明"の病だった。
 ロクは寝台まで近づくと、エアリスに小さな布袋を差し出した。

 「はい、これ。カウリアさんからもらってきたよ、薬。あとで水も汲んでくるね」
 「ありがとう」
 「あと……」

 もう片方の手に持っていたものをロクは差し出した。それは羊皮紙で拵えられた薄い便箋で、宛名と送り主の名前を綴っている文字はメルギース語に似ても似つかない。しかしロクはその送り主がだれかを知っていた。

 「これ、届いてたって。たぶん、おじさんから……」
 「あの人から?」

 シーホリー宅へ向かう前、ロクは街に出かけていた。林道を抜けたところにあるカナラ街だ。街中にある役場で、エアリス・エポール宛てのものはないかと訊いてみたところ一通の便箋が届いていると言われた。ロクはエアリスから預かってきた身分証を見せ、本人確認が済むと便箋を受け取った。手のひらに乗るくらいの小ぶりな木板で拵えられたその身分証には役場の判子がされている。もちろん発行元も同所だ。
 カナラ街などの繁華街に出たときに、買い物がてらに役場に寄って帰るという人は少なくない。というのも、遠いところにいる人間との連絡手段として文通が発展し始めてからのことだ。運び屋、という職人も徐々に母数を増やしつつある。メルギースの交通技術はいま、荷馬車での移動が主なため、荷車や馬を持たない者たちにとって運び屋は嬉しい存在だった。
 運び屋たちの手から手へと渡ってきた便箋をロクから受け取ったエアリスは、その裏側を見た。細い黒筆で書かれた名前を視認すると、彼女は自然と口を緩ませた。

 「あの人だわ。まったく、最後にお手紙を送ったの、いったい何月前だと思っているのかしら。しかたのない人ね」
 
 くすくすとエアリスが子供っぽく笑う。あまり陽を浴びなくなったせいか、もとより色白である肌が余計に透き通るようになった。嬉しそうに封を切るエアリスの顔を見ながらロクは静かにしていた。
 じっくり時間をかけて手紙を読み進めるエアリスを見ているうちに、だんだん自分もその文面に興味が湧いてきて、ロクは寝台に身を乗り出した。

 「あらロクアンズ、お手紙に興味があるの?」
 「うんっ。……でも」

 ロクはまじまじと文面を見つめる。すこし黄ばんだような、ざらざらしたその紙の表面にびっしりと並べられた文字たちはまるで異国の呪文のようで、何度首をひねってみてもロクには読めなかった。封筒に書かれた宛名、それと送り主の名前を綴っているらしい文字とおなじような形をしていることだけはわかった。
 
 「ねえ、この文字、おばさんに習った文字とちがうよね? ぜんぜん読めない」
 「これはね、ぜんぶ古語なの。遠い昔に使われていた文字。言葉もどんどん発展してきているから、いまじゃ、もうどの古文書を開いてもそれを読める人はすくないでしょうね」
 「おばさんは? これ、読めるの?」
 「ええ」
 「どうして?」

 エアリスは、美しい金で彩られた瞳で手紙を見つめた。それから、紙の表面に綴られた古文字を指先で撫でた。

 「……この文字が使われてる本が、昔の家にたくさんあったから。この家にもすこしはあるのよ。それに私、古語の読み方はお母さんに教えてもらったの。お母さんも、祖母に教えてもらって……。あなたも読めるようになりたい? それならおばさん、喜んでロクアンズにも教えてあげるわ」
 「ほんと!? あたし、古語読めるようになりたいっ!」
 「それじゃあ、毎日お勉強の時間を設けなきゃね」
 「やったあ! ねえ、レトは? もう知ってるの?」
 「ええ。あの子にも簡単な文法を教えたことがあるの。でもね、そうしたらあの子、いつの間にか古語で書かれた本を読むようになっていたのよ。私びっくりしちゃった。いまでもよく見かけるわ」
 「うっわあ……熱心どころじゃないよ。なんかもう、こわっ」
 「こらこら。怖がらない」

 エアリスの笑った顔を見ていると、彼女が病気であることをつい忘れてしまう。子どものように無邪気な顔になるせいだろう。ついつい、彼女につられて頬が緩んでしまうのもしかたがなかった。
 ふいにロクは、ずっと疑問に思っていたことがふわりと脳裏に浮かんでくるのを感じた。上目遣いでエアリスの顔色を窺うと、もごもごとしていた口元に白状させた。
 
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.70 )
日時: 2019/07/16 18:24
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw

 
 第065次元 はじまりの雪ⅩⅣ

 「ねえ、おばさん……アノヴァフおじさんって……」

 その先の言葉は紡げなかった。「どうして帰ってこないの?」「どこでなにしてるの?」「どんな人?」──いろいろと候補はあったけれど、どれも不適切な気がした。それに気がついたのは、エアリスの夫であるその人物の名前を口にしてからだった。同時に後悔した。
 エアリスはそんなロクの心情を察してか、ゆるゆると首を振った。

 「会えることは、しばらくないでしょうね……。お仕事がすごく忙しいみたいなの。だから、こうしてお手紙をくれるだけで本当に嬉しいのよ。普段は物静かで口数も少なくてね、あんまり表情も変わらない人だから、なにを考えているのか最初はぜんぜんわからなくて……でも、その独特な雰囲気に惹かれる女性は多かったわ。彼がこの村に来たとき、みんな目の色を変えたものよ。もちろん私も。いまではそんな彼の考えてること、顔を見なくてもわかるようになった」
 「顔を見なくても? わかるの?」
 「ええ。そうよ」

 ロクは「ふぅん」と曖昧に返事をした。遠く離れた場所にいる人間の気持ちがわかるだなんて、どうにもロクには理解しがたかった。しかしエアリスの表情は至って真面目だ。きっと、そのアノヴァフという男と彼女との間には他人には侵せない絆があるのだ。夫婦とはそういうものなのだろうか、とも思った。
 ロクはアノヴァフに一度も会ったことがない。だからこそ、エアリスの夫でありレトヴェールの父であるその男の正体が気になっていた。手紙が届くたびに、送り主の名前を綴ったへんてこりんな文字を見るたびに、その興味は募っていった。しかしエアリスから、しばらく会えないと告げられた以上、詮索することは躊躇われた。それならと、べつの話題をロクは持ちかけた。

 「じゃあどうして古語を使って手紙書いてるの?」
 「それはね……昔からそうしているの。夫婦になる前からあの人とはよくお手紙の交換をしたわ。最初に使い始めたのは私。読めるはずないだろうって思って、文章の中に混ぜた。そしたらあの人、おなじように古語を使ってお返事をくれたの」
 「おばさんはなんて書いたの?」
 「あなたのことをお慕いしています。って、そう書いたのよ」
 
 直接文字に興す勇気がなかったから、ずるをしちゃった。エアリスははにかみながら言った。いつもの母親らしさはなく、少女の頃に還ったかのようにあどけない。頬もすこし赤らんでいた。顔が熱くなったことを本人も自覚したのか、思いついたように咳払いをした。
 
 「この話は、ここでおしまい」
 「ええ~?」
 「きっと会ったらわかるわ。私の言ったこと」
 「うぅん……。でもなんか、レトみたいだね。無口で、あんまり表情変わんないなんて」
 「そうね。あの2人はそっくりだわ」
 「顔はおばさんそっくりなのにね、レト」

 ロクがそう言ったのには深い意味はなかった。性格は父と似ていて、容姿は母に似ている──。たったそれだけのことを微笑ましく言ったつもりだった。
 しかし、エアリスはじっとロクの瞳を見つめ返していて、すぐには返答をしなかった。やや間があってから、彼女は告げる。

 「あなたが5年前に言ってくれたこと、私、ちゃんと覚えてるわ」
 「5年前?」
 「『おばさんみたいになりたい』……って。すごく嬉しかった。私は、自分の生き方に自信があるわけではないけれど、義母として誇りに思ったの。あなたになにかしてあげられたのかな、それなら、よかったなって」

 嘘や、慰めの意がその目にはいっさい含まれていなかった。雪の降る中「うちにおいで」と手を引いてくれた日とまったくおなじだ。レトヴェールと自分とで、決して色を変えたりしない彼女のその金色の瞳がロクは好きだった。
 エアリスは、安心したように笑って言った。

 「この先も、ずっと忘れないでしょう。死んだって忘れたりしない」

 小さな針でちくりと胸を刺されたような、そんな感覚を覚えた。が、それもたったの一瞬だった。大好きなエアリスの笑顔を前にしていると、胸中で荒立った小さな波などすぐに穏やかになる。

 「薬を飲むから、お水持ってきてくれる?」
 「うん。あとで洗濯物も見てくるね! なにかあったら、すぐに呼んで。すっ飛んでくるからっ」
 「あら嬉しい。ありがとう、ロクアンズ」
 
 ロクは部屋をあとにした。毎日欠かさず薬を飲み、元気なときには動き、けたけたと笑いもする。見えない敵と戦い続けるエアリスのために、ロクはできる限りのことをしたいと心に決めていた。
 
          *
 
 裏庭の整備で手が離せないというロクアンズに代わって、今日はレトヴェールがカナラ街まで足を運ぶことになった。肩から提げた布製の鞄には、1枚の紙といくらか銭を入れた小袋、そしてまだ読み途中の本が1冊入っている。紙が示す通りに、まずはカナラ街にある役場に寄らなければならなかった。
 役場の出入り口は開放的な造りになっている。順番待ちの列の最後尾の人たちが入り口付近に溜まっていた。レトは室内にいる人の多さに圧倒された。勝手がわからない彼はとりあえず窓口に向かって一直線に人が並んでいる列の最後尾に立ち、人々がはけていくのを待った。待つだけの時間にも飽きてきて、自分たちの列以外のところはどうだろうか、と顔を横に振ったときだった。
 ずらりと人が立ち並んでいるほかの列の、ずっと後方。視界の端でなにかを捉え、思わずそちらを見た。

 (……?)

 室内の隅に、人物の頭がひとつ抜けて立っていた。ほかの町村民とは明らかに立ち振る舞いが異なっている。その人物は、屋敷の柵の前で警護を仰せつかっている番人のようにじっとしている。周りにいる人間が大人ばかりなので肩から上しか見えないのが残念だった。
 「次の方どうぞ」という声で我に返ったレトは、いざ自分の順番が訪れると緊張を催した。いかにも不慣れな様子で、エアリス宛ての手紙の有無について問いかける。
 
 「ああ、きてるぜ。差出人……はたしかいつもとおなじだ。身分証はあるか?」
 「え? あ」
 
 しまった、とこのときレトは数十分前の自分を恨んだ。身分証を呈示しなければ手紙を受け取ることができないということが、頭からすっかり抜け落ちてしまっていたのだ。いつも役場での用事をロクに委ねていたのが悔やまれる。身分証にまで頭が回らなかったのはそのためだろう。
 引き返すしかないか……とレトが沈んだ表情をしていると、窓口に立っていた男がこんなことを言ってきた。

 「なあおめえさん、エアリス・エポールさんとこの子だろう? 今回は見逃してやるから、次からは気をつけな」

 男はなんの後腐れもなく便箋を差し出してきた。役場に訪れることすらも珍しいレトの顔をこの男が覚えているという事実がどうも信じがたい。たとえ以前、この男が偶然にもエアリスを担当したときにたまたま自分が傍にいたとしても、毎日大勢の人たちと顔を付き合わせる仕事なのだ。来場者の顔などいちいち覚えていられないだろう。
 レトが訝しむような視線を向けてきたので、男は代わりに大げさな笑みを返した。

 「なんでだって顔してんな? そらわかるさ。おめえさんもエアリスさんもべっぴんさんだからな。さすが、王家の血を引いてる人間たちってのは顔立ちも普通じゃねえ。おっと、いまは廃王家っつうんだったか?」
 「……。や、なんでもいいです。ありがとうございます。……あの」
 「ん? なんだ?」
 「ひとつだけ質問いいですか」
 「ああ。後ろにもまだ並んでっから手短にな」

 手短に、と言うがこの男のほうこそ王家だなんだと無駄話をしたのではないか。レトは少々腹を立てたものの、しかし単なる興味本位で時間を消費するなんて、ほかの来訪客に迷惑をかけかねない行為なのは事実だ。訊こうか、やめておこうか。しかし最終的には好奇心のほうが勝ってしまい、彼は思い切って言った。

 「後ろのほうに、へんな雰囲気の人が、立ってたんですけど……あれは」
 「ああ。政府から派遣されてきたんだとよ」
 「政府?」
 「なんつったかなー……なんとかっていう一族の生き残りがこのへんに潜んでるらしいとかで、探しに来ただかなんだか言ってたなあ。政府のやつらはもうずうっと昔から、血眼になってその一族を追ってんだとよ。しっかしなあ、いっこの血を完全に絶やさせるってのは正気の沙汰じゃねえよ。それもひとつのでっけえ組織が世界中を探し回ってるときた。いったいどんなやつらなんだ? ……ああ、安心しろよ。おまえさんとこじゃあねえ」
 
 レトは礼を言って男から便箋を受け取り、列の先頭から外れた。そして出入口に差し掛かる数歩手前になって、室内の端のあたりを視線だけで凝視した。まだそこでは長身の人物が山の如くどっしりと構えていた。それも1人だけではなかった。反対側の壁際にもおなじような出で立ちの男が立っていたのだ。レトは最初に発見した人物のほうに注目し、今度は頭のてっぺんから爪先までしっかりと確認した。男だとわかったのはすぐのことだ。

 濃紺に金の刺繍が誂えられた長めのコート。堅実そうな強ばった顔のパーツの中で、特に際立っていたのは真一文字に結ばれた口と──獲物を狩らんばかりにギラついた目だった。それは反対側にいるべつの男も同様だった。
 このときレトの脳裏に、その濃紺の制服が深く刻みこまれた。
 
 
 


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