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大罪のスペルビア
作者: 三井雄貴  (総ページ数: 50ページ)
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                   † 十五の罪 “竜の視る夢” (前)


 再度ディメント・インクルシオの発動に移ろうとするアモン。
「させない……!」
 背後よりアモンに突進する。
「デアフリンガー! 無茶はやめ――――」
 その時……一閃。
 視界の隅で星が瞬いた。そう錯覚した直後、遍く眩耀で包まれる世界。目を開けていることも敵わない。眩しいという表現を如何に強調しようと、余りある輝き。夜明けどころか、この世が蒸発する勢いで白光が隅々に至るまで、夜を燦々と染め上げてゆく。
「ォア……ッ!?」
 焦点の定まらなくなったデアフリンガーが踏み外し、倒れ込んだ。
「これは、いったい…………」
「ヤツめやりやがったか」
 目を覆う一同。
「コイツぁ奥義をぶつけ合ったんだろうねえ」
「しかし……一方の力が呑み込んだようだ」
 ツェーザルが消えゆく光源を気難しい顔で眺める。
「一発だけなら誤射かもしれない。ただ、こんだけ思いっきりぶっ放すってことはアイツも本気だねぇ」
 アモンがそう述べたと思いきや、件の方角にツェーザルは駆け出した。
「あ、兄上! その身体じゃ……!」
 デアフリンガーも後に続く。
「……この勝負はおあずけ、かな」
 遠ざかる兄弟剣士の背を見送ると、アモンは腕の硬化を解除した。

 夜が黒い空を取り戻してゆく下で、相対したままの両王者。ルシファーの瞳は藍色へと戻り、長老も翁の姿になってはいるが、共に無言で立ち尽くしている。
「終わったの……? 戦いは……どうなったの!?」
 結界が消失し、駆け付けようとするアザミの前にベルゼブブが手を翳した。
「待って」
 彼女は複雑な面持ちで戦場を遠望している。
 変わり果てた地形。沈黙を保つ宿敵同士に代わって、風音のみが続いていた。互いに相手を見据えたままだが、何れも戦意は感じられない。
「――ふっ」
 ふいに、長老が苦笑いを浮かべた。口を閉ざしたままルシファーは、岩石の類が跡形も無く消滅し、より殺風景になった曠野の穿たれた斜面を歩き始める。近づいて来る好敵手を黙したまま見遣る竜王フューラー。悠々と歩む魔王は、彼の面前に至ると足を止めた。
「流石は竜族の頂点たる一撃、遖(あっぱれ)であった」
「それでも……そちはさらにその上をいっていた。長生きはするもんじゃな、最後に魔王と戦えて満足したわい」
 力無く笑みを溢す長老。
「お前は此の身に全力を出させた数少なき男。胸を張って逝き給え」
 平時の冷徹さが薄れた眼で健闘を称える。
「光栄じゃ。ではなルシファー、あの子たちを頼んだぞ」
 力強く首肯すると、瀕死の身とは思えない温かな微笑を見せた。
「其の義、我が心にしかと刻んだ。竜王の力、言葉、願い……幾瀬の刻を経ようと、俺は忘れぬ。お前の堂々たる生き様を――永遠に忘れはしない」
 長老を正視して呼びかける。
「……さらばだフューラー。良き旅を」
 質素な手向けの言葉を告げ、立ち去るルシファー。長老の唇から赤々と血潮が伝ってゆくが、直立不動で満足気な面構えは崩れる気配も無い。

 乾いた砂地の質感。延々と続く荒野を肌で感じる。どれ程の時間が経過したのであろうか。身体が重い。もう身体を満足に動かすことも敵わないが、横たわる彼の顔は満ち足りていた。
「……ろう! 長老ッ!」
 聞き慣れた声。地面の触感を片頬で感じつつ、眼を開ける。
「すみません……私たちが遅れたばかりに…………」
 もはや覗き込むツェーザルの面貌もまともに見えないが、愛する弟子たちのよく知る温かな笑顔を返す長老。
「何も謝ることはない。むしろ巻き込んですまなかった」
 デアフリンガーが首を横に振る。
「嫌だ……こんなの納得できないよ!」
目を腫らして喚き散らす少年。
「いずれ大天使長らにわしは討たれておった。あの男が手向けとして誇りある最期を与えてくれたんじゃ」
 アザミは耐え兼ねて俯く。
「もうよい、わしはもう十分に生きた。そちたちはルシファーと共にゆくんじゃ」
「なんで……なんで長老の仇なんかと……!」
 激情に乱れるデアフリンガー。
「あやつは強いし信用にたる男じゃ。そちたちを託すことも快諾してくれとる。師の最後の願いじゃ」
 遠い目をして弟子に語りかけた。
「デアフリンガーも見えたでしょ、長老の奥義ごと呑み込んだあの攻撃。
 受け止めたくないよ……ぼくだってつらい。でもぼくたちがいまさら騒いだところで長老まで悲しむ。恩人に思いをさせて見送るのは、もっと……つらい…………」
 項垂れているアザミの面相は見えないが、足元の砂を雫が湿らせてゆく。
「ぅう、でも……あいつを許せるわけなんて……!」
 震える彼の拳。
「お願い、デアフリンガー。ずっと悩み続けてきた長老を……これ以上、長老を……困らせないで!」
 大粒の涙が飛び散らせて顔を上げると、彼女はデアフリンガーに詰め寄った。
「……軽いなあ。嘘みたいに軽い」
 長老の上体を抱き起こすツェーザル。
「そちが大きくなったんじゃよ。もう弟子も卒業じゃな」
「とんでもない、私たちはいつまでも長老の弟子ですよ」
 堅物な彼が笑おうと努めている。
「帰りましょう、私たちの谷へ」
 最後に小さく頷くと、安らかな微笑みを長老は湛えた。
「そうじゃな。ありがとう、素晴らしき日々を。
ありがとう……泡沫の夢を」
 竜王フューラー。幾多の運命に翻弄され続けながらも、人よりも人を愛し、最後まで己を貫き抜いた男は、その長きに渡る数奇な生涯を閉じた。

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