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*28*
† 十四の罪 “両雄激突” (後)
「結界は張った。覇者(フューラー)たる力、存分に示すが良い……!」
蒼き双眸が紫へと変化し、巨大な両翼が現出した。
「誇れ竜王よ。悠久なる時空(とき)を超え、貴様は再び此の身を本気にさせた」
一対のみならず、次々とさらなる翼が姿を現す。
「……あらゆる天使の中で唯一ゆるされた十二枚羽……ついに見られるのか、悪魔を統べる男の全力を」
風を受ける大小の黒き翼に、満足気な長老。
「わしも久々にあの姿へ戻るしかないようじゃな……!」
莫大な波動に、対峙する王同士を隔てる空間が軋む。
「出でよ、竜王フューラー。天界と地獄の頂点を制した此の身が直々に受けて立つ……!」
銀髪を靡かせ、ルシファーが高らかに言い放った。
どれ程の間もう戦っているのであろうか。目にも止まらぬ果たし合いの中で、ツェーザルには刹那の応酬が永遠のように感じられた。
(出来るとは思っていたが、この者……やはり強い。これだけ私と渡り合って動きが衰える気配すら皆無……遂に“あれ”を使う時が訪れたか)
さしものツェーザルも悪魔が相手とあって無謀と察してか、依然として魔術の類を繰り出していなかったが、ここに来て風術を仕掛ける。有効打を見込んでの攻撃ではないものの、集束された風圧にアモンの狙いが乱れた僅かな隙を見逃さず、ツェーザルは跳び退いた。
「……相手にしては申し分なかったが、埒が明かない戦いをいつまでも続ける趣味はない」
「兄上、まさか……」
「時は来た、それだけだ……!」
追撃してくるアモンを往なし、距離を保ち続ける。
「悪く思うなよ……」
翡翠色の魔力光を纏った剣を、横薙ぎに振り抜くツェーザル。
「――死すべき運命の……円舞曲(シュテルプリヒ・ヴァルツァー)!」
彼の詠唱に呼応するようにして、刀身が伸長した。いや、恰もそう見えただけだ。全貌を曝した得物は、蛇の如きしなやかさで竜のように虚空をうねり……アモンの元に迫る。
「終わったな。兄上の剣技と蛇腹剣の特性を活かしたあの奥義を出されちゃ悪魔でもかわせない」
デアフリンガーの分析通り、撓る白刃が自在に宙を駆け巡り、息吐く間も無しに四方八方より無数の斬撃を浴びせた。絶え間無く続く怒濤の猛攻に、アモンの現状が見て取れないが、これ程の妙技を初見で凌ぎきることは不可能に近いだろう。
「ぇん……ッ!」
十数秒は経ったであろうか、ツェーザルが一息吐くと、分割されていた蛇腹剣が引き寄せられ、金属音を立てて連結、元あった剣の姿形を成した。
「なっ、まさか……!?」
眼前に佇立する影法師。
「兄上の奥義に耐えただと……!」
吃驚する兄弟を嗤うようにして、彼女は頬に走った一筋の創痕を舐める。
「やるじゃないか。じゃ、こちらもそろそろ切り札を出させてもらいますかね!」
アモンの四肢が脈動した。
「ディメント――」
緋色の燐光を帯び、無数に分身した彼女の両腕がツェーザルへと殺到する。
「インクルシオ……!」
荒涼とした高原に漆黒の堕天使が一人。遥か前方に正対するは巨大な竜。両者の間を乾いた風が吹き抜ける。
「其の巨躯も見納め、か」
圧倒的な威容を見上げて独白するルシファー。
「――いざ、推して参る」
切れ長の目を見開くと、一帯を揺るがす膨大な魔力が波打つ。不気味に逆巻く紫の旋風を睥睨して、竜王が咆哮した。長大な鎌首を反らせて天を仰ぎ、口元に深緑の光塊(ひかり)を滾らせる。神々しい迫力の光景を神妙な顔つきで見届けると、ルシファーは徐に左半身を向けた。
「……告げる」
大きく息を吸うと、竜王へと一直線に左腕を突き出し、厳かに呟く。
「汝等の滅びを以て、世界を浄化せん――」
開いた人差し指と中指に灯る紫の魔力光。唸りを上げ、竜王の顎より漏れ出る魔力塊も膨張してゆく。
「永遠なる眠りに就け、竜王フューラー!」
ルシファーが叫ぶと、暴風が大地を抉り、猛烈な衝撃波が迸った。
「――我が身、覇者たる一撃(エヒトアングライフェン・フューラー)!」
網膜を焼くばかりに眩い光の束が竜王の口腔より放たれる。
「天の――雷……!」
時を同じくして、魔王の左手に紫電が煌めいたと思うや否や、視界が白む程の閃耀が生じた。地響きと共に荒野を裂き、一面を灼き尽くして驀進する双方の奥義。
そして……
激突の瞬間、闇夜は赫灼たる業火に照らし出された。
「く……ッ!」
砂地に点々と影を落とす鮮血。ツェーザルの装束は数箇所が破れ、生々しい刺突の痕が覗いていた。
「致命傷は避けたか。ほんと殺すにはもったいない腕前してるんだけどねえ」
飄々としたアモンの余裕は、勝敗の帰趨を如実に物語っている。
(兄上でも防ぎきれない技が存在したのか……次の攻撃で兄上は…………)
弟は、自ずと剣を抜いていた。
「やめろぉおおおお……ッ!」
「――終わりだ!」