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大罪のスペルビア
作者: 三井雄貴  (総ページ数: 50ページ)
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*31*

                 † 十五の罪 “竜の視る夢” (後)


「……ガー! デアフリンガー!」
 耳朶を打つ、慣れ親しんだ声。視界がぼやけている。そして四肢の感覚が麻痺しているようだ。
「兄上……僕は…………」
「無理に立たなくていいんだ。もう終わったんだよ」
 傷が激痛に苛まれている。いや、でも――――
「まだ終わっちゃいねえ……!」
 心の焔はまだ消えていなかった。
「よせ、もう勝負はついた」
 諌めるツェーザル。
「僕は忘れない。兄上がいつも口にしている騎士たる者は自分にも他人にも嘘をついてはいけないという言葉を。長老を奪ったあの男と我々を裏切った者たちへの憎しみを……僕は決して忘れはしない……!」
「もうやめてよ……生きてほしいって師の思いを踏みにじるのが弟子なの?」
 アザミが涙ぐんで腕を掴む。
「なんでだよ……アザミも納得できんのかよ!」
「できるわけないでしょ!」
 感情を見せないで生きてきた彼女が、鬼気迫る見幕で一喝した。
「できるわけなくても……今、自分のすべきことを投げ出すのは子どもだよ。デアフリンガーも大人になりたいなら現実を受け止められるようになって」
「死ぬ時は一緒と約束したではないか。死に急ぐなデアフリンガー。こんなに早くあちらへ逝けば長老がどんな顔をするか……残された私は、どんな顔をすればいいのか……! 頼む弟よ。これ以上もう……家族を失いたくない」
 ツェーザルも懇願する。
「兄上は強いな、弟ですら一度も涙を見たことがない。僕は死なんよ。それで兄上が泣いたとしても、この世にいなきゃその泣き顔を見れないからね」
 横たわる弟は苦笑してみせた。
「竜王は最後迄戰い続けたぞ。そして、気高く武人として死した。フューラーが護ろうとしていたのは村と云う谷の外面のみであったか? あの者は村が滅んでも、貴様らに志を託したのだ。長老の分迄、貴様らが懸命に生きるが良い」
「ああ、精一杯生きてやるよ。せいぜい寝首をかかれないよう気をつけることだね」
 傷だらけにも関わらず、活き活きとした表情でデアフリンガーが答える。
「私も長老の弟子として相応しいように必ずやもっと強くなる……そして天使軍を討ち果たしてみせる」
「奇遇であるな。俺も天使を打倒しようと思案していた」
 弟に続いて決意を露わにしたツェーザルを横目で見遣るルシファー。
「いつも気がつくと周りに人が集まってんだから驚きだ」
 紫煙を燻らせ、遠巻きに眺めるアモンが語る。
「振り回されてばかりなのに、どうしてかみんな離れられない。いつの間にかご主人様に背負われているのだ」
 ベルゼブブも満足気に頷いた。
「此の世界に口があろうと、其れは勝者の言葉しか語らない。各々が思う旨有って臨んでいるであろうが、我等に共通する目的は唯一つ……勝利することだ」
 ルシファーは立ち上がると、遠方に目を移す。
「然らば早速一勝目を飾るとしよう」
 一同に緊張感が奔った。
「ガブリエルのねーちゃんか」
「然であろうな。アモン、其処な兄弟と共に迎撃に当たれ。ベルゼブブはアザミを連れて此の地を離れよ」
「ガブリエルなら吾輩が……」
「否、お前はアザミを護れ」
 大人の女性に憧れる彼女がガブリエルに嫉妬していることを天にいた頃より理解していた主君は、執着心で我を見失って窮地に陥ると予見したのだろう。
「……きみは……?」
 顔を曇らせて尋ねるアザミ。
「大蛇の退治は頭を潰せば事足りる」
 そう述べると、ルシファーは颯爽と立ち去った。

「いくらなんでも多すぎるでしょ、常識的に考えて。それにしても……いったい何なんだよ、こいつら…………」
 押し寄せる敵兵を蹴散らしながらデアフリンガーが絶句する。
「お前それ地獄でも同じこと言えんの? 見りゃ分かんだろ、人ならざるなんちゃらっつーヤツだ」
 土塊の集合体と言うべき質感。人間どころか、生物ですらないと異形の姿が告げていた。理性が存在するとは思えないが、辺り一面に蠢く彼らに関して理解ることが一つ。目も鼻も無い顔が主張している。こちらが全滅するまで止まることは無い、と。
「まったく、キリがないねぇ……ッ!」
 アモンは疾走しながら両腕を硬化させ、往く手を埋め尽くす土人形を次々と斬り捨ててゆく。縦横無尽に戦場を駆ける二人だが、相手の減った実感が依然として得られない。
「どこかに親玉がいるハズだ……この大群の司令塔になってるってならソイツをつぶせばてっとり早いんだけどねぇ」
 天高く跳躍して眼下の十数体を焼き払い、デアフリンガーの傍らに着地した彼女が呟く。
「奥に攻め込んだ兄上が見つけてるかも。行って。あとは僕が何とかするよ」
 背中合わせで戦うアモンを流し見ると、深緑の魔力光を波紋状に放射して周囲の敵影を粉砕した。
「……アンタ未来が長いんだから無理すんなよ」
 背後の少年を肩越しに一瞥する地獄侯爵。
「そっちもね」
 不敵な面構えでデアフリンガーも応じる。軽く苦笑いを浮かべると、彼女は突風の如く走り出した。

 荒涼とした断崖の上で対峙する天使と堕天使。
「お久しぶり。あたしに会えなくて寂しくなかったぁ?」
「其の癇に障る声を聞かずに済んで寿命が延びた」
 射抜くように見据える。
「まあ相変わらずひどいお人。寿命ってもうこれだけ生きてるのに何を望むの」
「今の望みは……貴様の囀りを止めることか」
「あら、嫌だわぁ。おしゃべり好きだもの。あなたが今ここで死ねば聞かずに済むことじゃない」
 ガブリエルを取り巻く空気が一変した。
「……覚悟は出来ておろうな」
 ルシファーの眼に紫炎が宿る。
「だーかーらぁ、死ぬのはあなたの方よ」
 大岩をも揺るがす波動を伴い、彼女は薄紅の魔法陣を大量に展開した。

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