完結小説図書館
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*18*
★本編前のひとこと用語タイム★
『黒呪符(くろじゅふ)』→宇月の奥義・護符に自分の邪気を籠めて戦う技。
『恋魂球(ラブコンボール)』→こいとの能力。恋愛の運気を集めてエネルギーの球にして投げる
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〈コマリside〉
「うぅ……」
私はアパートの自室、トキ兄と共用の狭い部屋のちゃぶ台に突っ伏して、手をバタバタさせた。
広げたノートは真っ白。隅に置いたシャーペンと消しゴムは、全く使われていない。
季節は五月上旬。あれから時が過ぎ、みんな大好きゴールデンウイークに突入した。
よっしゃ、休みだ! 遊ぼう!
そんなワクワクする気持ちを冷めさせるのが、大量に出された課題の山である。
国数英理社のワーク、一冊ずつに加えて新出単語の意味調べに、一日一作文。
家庭科のレポート作成、連休明けテストに向けたプリントと、やることがいっぱい。
小学校時代は頑張っていた勉強も、今は(体質のせいだと言い訳した結果)赤点回避に全力。
「どんなに頑張っても44点なんだから、勉強する意味なくない……?」
「行ける高校無くなるぞ。俺みたいになりたくないなら頑張れよ」
私の対面に座って本を読んでいたトキ兄が、呆れて言う。
彼が中退した高校は、市内で有数の難関校だ。
塾に通ったことがないらしいので、この人の地頭がめちゃくちゃいいってことになる。校則さえ破らなければ、楽々進級できただろう。
「てかお前、どこがわかんないんだよ。言えよ、教えるから」
「問題の意味がわかりません……。英訳しろって言われても読めないんだもん」
ああ、こんなことになるならしっかり勉強しとけばよかった。
せっかくの休みだし、貴重な時間を浪費したくないよ。
「どこだよ」
「ここここ。問2の(2)」
私は英語のワークのページを開いて、トキ兄に差し出した。
「え? 簡単じゃん。Can I help you? Can+人+動詞で~することができますか、転じて~してもいいですかって意味になる。これは直訳すると、『私はあなたを助けてもいいですか』だ」
「な、なるほど」
「でもそれだと不自然だから、この英訳は『どうしたの?』『手伝いましょうか』みたいな感じだな」
ほぇぇぇぇ、なるほど。
英語って進むにつれて単語数は増えるし、覚えること多くて大変だけど、分かると割と楽しいかも……?
「そのあとも同じようなやつだな。Could you~? は、Can you~の丁寧な表現だ。この調子で問2の穴埋めは全部埋めれるはずだよ」
「うわ、すごい! やっぱトキ兄に頼んでよかったぁぁぁ」
あんなに動かなかった手が、今はするする動く。
人に何かを教えるのって、とっても難しいらしいけれど、トキ兄の説明は簡単で分かりやすくて、しかも本人が全然苦じゃなさそうなんだ。
「私、トキ兄と学校行きたかったなあ。絶対楽しそうじゃん。一緒に登下校してさ。授業中、宿題忘れたら見せてもらえるしね」
特に深い意味はなかった。
トキ兄に勉強を教えてもらう時間が好きだから、学校に彼がいたら学校生活がもっと華やかになる気がしたんだ。
「宿題見せてもらえるってお前、俺が隣の席って前提なの?」
「へ?」
「だってそうだろ。机くっつけるお決まりの展開だろ。そんなにピンチならもっと勉強時間増やせよ」
トキ兄は察してないみたいだけど……。
もしかして私、今凄く恥ずかしい考えをしちゃったんじゃ。
横に並んで通学して、しかも隣の席にいてほしいなんて、かんっぜんに私……。
(まるで私が、トキ兄のこと好きみたいじゃん)
とくん、と小さく胸が鳴った。でもそれはすぐに収まる。
スーパーの騒動のあと、なんだか身体がおかしい。急に息苦しくなって、脈が速くなる。
なんだろう、これ。
「おいコマリ。手がまた止まってんぞ。具合でも悪いのか? 休憩したら?」
「いやあ、な、なんでもない。大丈夫だよ」
あれ、なんで私、苦笑いをしちゃったんだろう。ここで苦笑いする必要、全くないのに。
でも、一人でいる時やお風呂に入っている時、思い出してしまうんだ。あの時握られた手の温度。
「そ、そう言えばさトキ兄。この腕輪の効果、すごいね」
「? 腕輪? ああ、宇月に送ってもらったやつか」
私の右腕には、編みこまれた赤い腕輪が巻き付いている。
小さな銀色の鈴がついていて、腕を動かすとシャランと鳴るんだ。
霊能力者がよく使っている魔除けのグッズで、先週これが入った封筒が、トキ兄宛てに宇月さんから送られてきたらしいの。
「私、この前国語の小テストがあったんだけど、56点取れたんだ。初40点以上だよ。ほんっとうに嬉しくて!」
「お、おう。お前だから喜べることだよ……」
トキ兄は、どういう顔をしたらいいか分からないようだ。泣きたいのか、笑いたいのか。片方の目をキュっと細めて、口角をあげた複雑な表情をつくる。
「雨も最近降らないし、あとさ。ポルターガイストもなくなったじゃん」
「それは俺も助かってる。ドアやふすまが揺れるたびに、抑えるのめんどくさかったし」
「宇月さん、嫌味言ってたのに、助けてくれるんだね」
魔よけの腕輪をいじりながら、私は首を傾けた。
宇月さんは今、K区のマンションに住んでいる。私たちのアパートから西方向に車で十分。
この近辺で活動しているハンターさんと情報共有して、悪霊退治を続けているみたい。
「あいつは成果主義だ。意味のないことはしないし、腕輪を送ったのも自分の仕事の負担が減るからとかそういう感じだと思うぜ」
「ふうん。ってあれ、こいとちゃんは?」
やたらと部屋が静かだったのは、ルームメンバーが一人足りなかったからか。
この面子の中で一番騒がしいムードメーカーだ。いないだけで、その場の雰囲気がガラリと変わる。
「ああ。用事があるって、さっき出て行った。行き先を聞いても教えてくれなかった。あれこれ問い詰めるのも失礼だし、そのうち帰ってくるだろ」
ふうん。この前話してた、幽霊友達のところだろうか。
今日は天気もいいし、遊ぶのに越したことはないよね。
(こいとちゃん、楽しんできてね)
私は、どこかの道をあるいであろう幽霊の女の子に心の中でにっこりと笑いかけ、再び課題をやり……いいや、殺りだしだのでした。