完結小説図書館
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*32*
学校、趣味、習い事、将来
悩み事が多すぎる!
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〈美祢side〉
『大事な話がある』。コマリに連絡した後、俺は思った。
ひょっとすると、言葉の選択を間違えたのではないか、と。
誕生日プレゼントを渡したい。
そう説明するのが恥ずかしくて、わざと回りくどい表現をしてしまったけど……。
『渡すものがある』でも充分伝わったはずだ。
(ぬおぉぉぉぉぉぉぉお、違う、違うんだ! 待ってくれ、違う!)
残念ながら、発した言葉は取り消せないもので。
補足しようと「あ、あの」と口を開いたときには、もう通話は終了してしまっていた。
「あぁぁぁぁ…」
俺は部屋のクッションにボフンと顔をうずめる。
ふつうに誕生日を祝いたいだけなのに、自分でハードルを上げてどうするんだ。
ただでさえ少ない俺の対女子ライフが、どんどん減っていく……。
ちゃぶ台の上に置いている白い紙袋を確認する。この前、デパートで買った商品だ。
箱の中には、手のひらサイズの正方形の黒い箱が入っており、ピンクのリボンでラッピングされている。
「渡すだけ。渡すだけ。落ち着け俺。落ち着け」
人生初、誕プレ。人生初、女子への贈り物。
あれを見たら、コマリはどういう反応をするかな。「似合わないよ」って怒るかもな。
笑ってくれるといいなあ。
月森コマリはすごいやつだ。
相手のことなんか興味がなかった少年を、ここまで変えることができるんだから。
■□■
そして現在、俺は白雲公園で、ベンチに座っているコマリの手を取っている。
ボブカットの両サイドはゆるく編み込んであり、結ばれたリボンが風に揺れる。ヘアアイロンを使ったのか、いつもボサボサの髪が今日はストレートになっている。服装は相変わらず無地のパーカーだが、それすらも新鮮味がある。
きれい。かわいい。似合ってる。
頭の中に浮かんだのは、自分にとってなじみのない単語。でも、そう思わずにはいられない。
胸が苦しい。まるで、心臓を手でグーッとつかまれているみたいだ。なのになぜか、嫌じゃない。むしろそれが心地いい。
「ぎゃああああああああ!!」
我慢できず、コマリが悲鳴を上げ、両手で俺のからだをドンッと突き飛ばした。
「おわっ」
体勢を崩され、俺はふらつく。
もう少し姿勢が傾いたら、ベンチ横の蛍光灯の柱に頭からぶつかるところだった。あぶねえ!
「おいコマリ、なにすんだよ」
「わ、わかんない、わかんない……」
コマリはふるふると首を振る。
「なにがわかんねえんだよ」
「だ、だって今日のトキ兄、変なんだもん。めっちゃ素直なんだもん! わかんないよ! か、かわいいとか、滅多に言わないじゃん。そんなん反則……」
コマリは涙目になりながら、こちらをにらんだ。鼻の頭も、頬も耳も赤く染まっている。
「ずるいよ。トキ兄」
滅多に言わない、か。確かにそうだな。言ってないもん。
心の中では、ずっと思っているんだけどな。意外とかわいいじゃん、って。
おまえと同じだよコマリ。おまえが女の子っぽい服を着ることを躊躇するように、俺も「かわいい」と相手に伝えることに躊躇してしまうんだ。
引かれることが怖い。笑われることが怖い。今のように、疑われることが怖い。
だから、自分には似合わないのだと結論をつけてしまって。
これが『ずるい』ということになるのなら、それで構わない。
実際俺は十六年間、ずるく生きてきた人間だ。程よくバカやって、程よく真面目ぶって、その場その場で部分点を取ってきた人間だ。
でもさっきのあのセリフは、自分に点数をつけてほしくて言ったのではない。
単純に、俺はコマリに言いたかったんだ。
自分をそんなふうに卑下するなよ。俺はおまえのいいところ、ちゃんと知ってるぞって。
今日は、素直に想いを伝えるって決めたんだ。
「コマリ。追い打ちかけるようで悪い。これ、受け取ってくれ」
俺はパーカーのポケットに忍ばせていた小箱を取り出し、コマリへ差し出した。
「誕生日おめでとう。似合うと思って」
「えっ……。え、え!? 嘘!」
コマリが箱を受け取る。
「あ、ありがと。開けていい?」
「うん」
結局、文房具の案も服の案も没になってしまった。
というのも、俺はあのデパートでの再会のあと、星原にこうアドバイスされたのだ。
――最近はペアルックが流行っているみたいだよ。一緒につけれるものとか、どう?
黒い箱には、プラスチック製へアピンが二つ入っていた。
一個は、お化けモチーフのヘアピン。もう一つは、時計モチーフのヘアピンだ。
「わぁぁ! かわいいっ」
「お化けの方をお前にやるよ。時計の方は俺がつける。コンビ感出ていいだろ」
「うん! つけてみるね。トキ兄も、はい」
コマリは箱に敷いてあるスポンジからピンを抜き取り、前髪につける。蛍光灯の明かりで、表面がキラリと輝いた。
俺も時計型のヘアピンで髪をはさんでみる。前髪が邪魔だったし、これはこれでいいかも。
「ありがとうトキ兄。大切にするね」
コマリが照れ臭そうに微笑む。その控えめな笑顔に、トクンと胸が高鳴る。
ああ、良かった。ちゃんと、受け止めてくれた。
俺も、ふふっと口の端を上げる。
そして今日の締めくくりである大切なセリフを、彼女に伝える。
「お誕生日おめでとう。これからもずっと一緒にいてください」
※第8話完→第9話に続く!