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お久しぶりです。失踪しかけました、むうです。
相変わらず多忙ですがこっちも頑張ります。
第3章開始! 更新は遅いですがよろしくお願いします。
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〈XXside〉
雨が降っていた。
梅雨前線と台風が重なってしまったと、今朝ニュースでアナウンサーさんが言ってたっけ。
僕の住んでいる関東地方は特に影響はないけど、東北の県では次々に停電が起きているらしい。
お母さんから渡されている連絡用の携帯を開く。飼い猫のアイコンから一通の連絡が来ていた。
僕はメッセージアプリの個別チャットボタンに手を伸ばし……、文面を確認する。
じっくり読んだりはしない。めんどくさいから。
『早く帰って来なさい。塾に遅れるわよ。
今日は数学の集中講座があるって、遠藤先生から聞いたわ。
あなた、ちゃんと勉強はやってるんでしょうね?
せっかく中学受験をさせたのに不合格。なんでいつもそうなの?
とにかく、来週は中学最初の中間テストだから、しっかり勉強してね。頼むわよ』
……うざい。
……うるさい。
……黙れ。
汚い言葉が脳裏に浮かんできて、僕はあわてて首を振った。
乱暴なセリフを口に出してはいけない。人を傷つけてはいけない。
だって、相手はお母さんで、僕は子どもだ。口答えしていい年齢は五歳までだ。
僕はスマホのフリック入力で、返信欄に文字を書き込んでいく。
『わかった。すぐ帰るね(グッジョブの絵文字)』
そして、送信。
お母さんの会話はこれで終わりだ。
これ以上もこれ以下もない。
反論するとキレられるんだ。「私の何が悪いの?」って、一時間ぶっ通しで質問される。
そんなことを息子の僕に聞かれても困る。もちろん親に対しての不満はゼロではない。ただ、素
直に告げるとまた泣かれる。
だから僕はニッコリ笑って答えるんだ。
『何も悪くないよ。全部僕が悪いんだ』ってね。
事実だし。
五行にもわたって打たれた長ったらしい文字。
長文メッセージを受け取ったのは、今日が初めてじゃない。昨日もそうだった。一昨日も送られ
てきた。その前も、その前も、ずっとこんな調子だった。
僕のお母さんは、とても身勝手な人でね。
勉強だけではなく、挨拶の仕方とか、箸の持ち方とか、友達との接し方とか。好きなマンガも好
きなアニメも、自分が納得できるものでないと許さない。
『その漫画、つまんないわよ。お母さんが買ってきた奴を読みなさい。この作者の人、とってもいい人なのよ。○○大学の○○学部出身でね、だから若菜も……』
……………僕の好きだった漫画は段ボール箱の中に入れられて、燃やされたんだ。
誰も自分を助けようとはしてくれない。兄妹もいないし親戚もいない。
おばあちゃんは先月空に昇っていった。
お父さんはトラックの運転手で、ほとんど家にいない。連絡先は知っているけど、相談したら絶対心配される。なので、打ち明けられない。
学校に行きたくないんです、という子がチラホラいる。家が落ち着くんです、ってね。
………いいなあって思ったんだ。家が落ち着く。僕も言ってみたいよ、その言葉。
まあ、お母さんから逃げるために学校に行っている自分には、どうせ似合わないだろうけど。
■□■
遠くの方から、一人の女の子がかけてくる。
淡い桃色の傘をさして、リュックについたアクリルキーホルダーをカシャカシャいわせて。
水たまりの水を蹴飛ばしながら、全速力でこっちに向かってダッシュ。
「由比ー! 一緒に帰ろ~! 今日、部活雨でなくなっちゃって。体力づくりできなくてさ!」
ふふ、相変わらずでっかい声。
走らなくても、僕はちゃんと待ってるのに。
せっかちで真っすぐなところ、出会った時から変わってないね。
気を取り直して、僕は彼女に手を振る。
できるだけ大きく。できるだけ大げさに。自然に見えるように。
笑え、笑え笑え笑え笑え。嫌なことは考えるな。今のこの時間が、自分にとっての天国だ。
だから笑え。どんなに苦しくても。どんなに寂しくても、笑えるならまだ大丈夫だ。
たとえそれが作り笑いだとしても。表情を作れる時間があるのは、きっと良いことだと思う。
…………助けてほしいと打ち明けるには、まだ早いよね。
「いとちゃ――――ん! 部活お疲れ様――――――――――っ!」