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*12*
すると由雅はうん? と首を少し傾けて不思議そうな顔をした。
「だから……この呪いは俺の身体に刻まれたものだから。その、寿命を吸い取っていたりするのだろう?」
由雅は納得したようにああ、と頷いた。
「それは違います。人の呪いと鬼の呪いとでは性質が随分違うんです。―――そういう意味で、土我さんは呪いの根本的な意味を理解していない。」
「根本的な意味?」
「人がかける呪いは、かける相手が憎い人物であったり、権力の邪魔になるような人物ですよね。すなわち、呪いの根本は負の感情です。誰も自分の好いた相手や愛しい相手には呪いをかけたりしませんからね。
でも、鬼や神の呪いは違います。彼らの呪いは基本的に、契約や契約の刻印、すなわち証拠としてのものか、人間の精気を吸い取って自分のエサにするためものです。そこに、憎しみや悲しみといった負の感情は入り込まない。………まぁ、鬼さんや神様にそんな感情があるのかどうかも疑問ですけど。
話が逸れましたけど、そういうことです。人の呪いの根本は負の感情、鬼の呪いの根本はあくまで無機質なもの。まー、そう言っちゃあ、それだけの違いなんですけどね。」由雅は流し目で俺の肩らへんを眺めた。「たぶん土我さんのそれはエサにするようなものじゃありません。だから、死ぬようなものじゃない。ただ………」
「ただ?」 寿命が縮むわけではないのなら別に何だっていいのだが、ただ、の先が妙に気になった。
由雅は少し長めに瞼を閉じると、ゆっくりと開いた。
「……ただ、その呪いの目的が私には分からない。契約でもなければ精気を吸い取るようなものでもない。邪悪な感じもしないし善良さが感じられるものでもないようですしね。単に、私がまだ未熟なだけかもしれないですけど。」
「そうか。寿命が縮むのではなければ安心だ。別にどんな呪いでもいい。てっきり、あと数日で逝くものかと思っていたんでな。」
すると由雅はさも面白そうに あはははは!と大笑いした。
「? どうした、何がそんなに可笑しいのだ。」
「だって、土我さんさっきから寿命寿命って執拗に繰り返してたのに!なのに あと数日で逝くものかと思った、だなんてね!意味が分からないわ。最初に土我さんのこと見つけた時から面白そうな予感はしてましたけど、やっぱり土我さんは久々の当たりでした!」
「意味が分からないのはお前の方だろう。だから、それのどこが可笑しいのだ。あと数日で終わるかと思っていた命が、まだ長く持つのだと分かったのだ。安心して何が悪い。」
「だからね、土我さんは寿命に物凄い執着があるくせに、自分自身には無関心なんですもん。 本当に命が惜しい人間なら安心する前に手を叩いて喜びますし、あと数日かと思ったらそんなに冷静に、普通にはいられなるはずです。私だったら……そうだなぁ、色んな鬼たちに喧嘩をふっかけて、最後には宮廷のデブ女たちの寝床全部に放火して回ってやりたいです。」由雅は嬉しそうにニコニコしている。どうやらこの恐ろしい娘は残酷な戯言を本気で楽しんでいるらしい。
チチチチチチチチチチ………
外で、鳥の鳴く声がした。庭に目を向けると陽はすっかり高くなっていた。
まずい。人が多くなる前に帰らなければ。
急いで着物の乱れを直して荷物を整えた。荷物って言ってもそれほどの量があるわけではないが。
「どーしたんですか。突然そんなに急いで。」由雅が俺の背中に話しかけた。
「世話になった。人が多くなる前に帰らなければならないんでな。」
ちょっと! と後ろで由雅の声がしたが構っているヒマはない。
外に出ると、水瓶を持った中年の女衆が小うるさく喋りながら歩いていた。……どうやら、井戸はあっちの方向らしい。
すっかり明るくなった大通りを避けて、できるだけ人目に付かない小道を進んだ。