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*7*
それから、土我が体を起こしたのは空が白み始めた頃だった。
右肩に尋常じゃない痛みを感じた。着物の帯を解いて肩を見てみると、円形の入れ墨が入れてあった。蛇が何匹も絡みついた、気色の悪い模様である。
……思い出した。ここは昨日バケモノの爪が喰いこんだところだったな。
「ふぅ……」
思わずため息が出る。きっとこれは何かの呪いの一種だろう。
立ち上がると、自分の周りには見知らぬ7人の男女。昨晩の被害者たちだ。
地面に落ちていた太刀を拾い上げて、まだ細い朝日に照らすと、刀には自分の肩にあったような同じ模様が掘られていた。……こいつも俺と同じ運命を辿ることになるのか。
ふらふらと、体と着物の汚れを落とすために土我は川へ赴いた。まだ人々が眠っている間に、あそこに居た証拠は全て消さなければいけない。
川へ着いて水の中へ入ると、心の臓が止まってしまうかと思うほど冷たかった。無理もない。まだ時間が早いのだ。
しばらくバシャバシャやっていると、遠くから歌うような、優しい声が流れてきた。女の声である。
耳を澄ましていると、女の声は遠ざかっていった。綺麗な声だったな。
「土ー我ーさんっ!」
突然、背後から声がした。ギョッとして振り返ると藍色の着物を着た女の子が居た。
………自分は今まで着物に付いた血を落としていたのだ。川の水はほんのりと赤くなっている。この女にこの状況を見られた以上は、生かしておくにはいかない。
一瞬を置かず、水の中から女の居る川岸へと飛び移り、女の胸倉を掴んで草むらへと張り倒す。
女にまたがって、身動きをできないようにしてから太刀を抜いて、女の細い首筋に鋭い刃先を向けた。
「女、何のつもりだ。」
「なんのって、」女の子は自分の置かれた状況を理解しているのかしていないのか、けろっとしている。「私ですよ、私。由雅です。覚えてないのかなー?」
「ああ、お前か……」全身の力が抜ける。いつか、出会ったあの子か。
気を抜いた瞬間、太刀を握っていた右手に激痛が走った。思わず太刀を取り落とすと、由雅はすぐに、俺の落とした太刀の柄を逆手に持って、俺のみぞおちを物凄い勢いで突いてきた。
突然の攻撃に慄いていると、由雅は勢いに任せて俺を蹴り上げながら、何か呪文のようなものを鋭く叫んだ。
「金縛りよ、土我さん。」由雅は勝ち誇ったように ふふん、と鼻で得意げに笑った。「あたしに勝てるとでも思いましたぁ?」
全身が凍りついたように動かない。確かにこれは金縛りだ。
由雅は動けない俺の前に仁王立ちになって、話し続けた。
「あたしは検非違使のお役人に連続殺人事件の犯人さんを突きだすようなマネはしません。ただ、なんでこんなことしたのか話してほしいのよ。あたしはね、退屈なのが一番ガマンできない人なんです。ちょっとでもワクワクするような話をしてくれたら私にしたことは許してあげますよ。」由雅はイタズラっぽく笑った。………言っている事とは裏腹に、笑顔だけは天使のように無垢である。
「ほら、早く話してください。なんなら、また私の家に来ます?」
言いながら、由雅は俺の周りの地面に、木の枝で円を書き始めた。
それから、円のなかにごちゃごちゃと色々な模様を付け足していき、最後に円の中心に文字のようなものを書き込んだ。
由雅は書き終わると満足そうにニッコリ笑って、木の枝を円の外へ放り投げた。
「閉!」
由雅が大きな声でそう叫ぶと、目の前が真っ暗になった。円の淵沿いに、黒い壁が突然現れたのである。
「乱暴でごめんなさいね。」
由雅が俺の手首を握り、黒い壁に向かって俺を押し倒した。