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沙界集/砂漠の彼女
作者: ryuka ◆wtjNtxaTX2  (総ページ数: 12ページ)
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10~

*7*



「絵師とワールシュタット
Maler in Wahlstat」



 荒れ果てたワールシュタットに、絵師が現れた。
 乾いた風にその長いマントを靡かせながら、鉛色の空を瞳一杯に仰ぐ。
 
 色彩の死んだ灰色の世界では、異様に派手な絵師の恰好が自棄に目立った。



 とにかく、おかしな絵師である。そもそも、絵師であるかどうかすら疑わしい。けれど、大きな行李とも言えぬ四角い荷物を常に携えていたものだから、それが画材道具に見えて、周りの人間からは常に絵師と呼ばれていた。
 
 ……実を言うと、彼女は一度も絵を描いたことはないのだが。


 いや、さらに実を言うと彼女、女であるかどうかも疑わしいのだ。
 ただ、その真っ黒な濡れカラスの羽根のような髪がとても長く、ぐるぐると巻いてターバンに仕舞っていたから、みんなは女だと思っていた。けれども、優しさの一切感じられない冷めた薄緑色の瞳は、ひとかけらも女性らしさを宿していないのだった。



 絵師は少し丘になっているところに辿り着くと、ワールシュタットの絶景をちらと見やって、小さくくしゃみをした。絵師のマントが風に翻る。絵師は、とても可笑しな恰好をしている。前述した通り、派手なのだ。


 どうやら普通の者ではないことは確からしい。変わり者の流浪民のようにも見て取れるし、否、最近はめっきり見掛けなくなったイスラム商人のようにも見える。いや、遥か東方の騎馬族なのかもしれない。

 まるで鮮血を浴びたような深紅のマントに、砂漠色の東洋風のズボン、鈍く光る真っ黒なベルト、更には小さな瑠璃色の石のついたターバンを頭に巻いていて、その耳にはピカピカ光る、金色の大きな三角形の耳飾りが重たげにぶら下がっている。
 手に持っている例の四角い荷物には、表面に大きく「?」の一文字が銀色で彫られていた。極めつけが、その陶器のような白い顔を毒々しく飾る入墨である。まるで泣いているかの様に、両眼から頬の下まで細い黒い線が引かれ、その上を丸い幾何学模様が涙のように右に一つ、左に二つ描かれていた。


 ワールシュタットに、再び強い風が吹く。
 細かい砂が巻き上げられて、思わず絵師は目を細めた。マントが千切れんばかりに見えない腕に曳かれる。



 ここは、世界の果て。人々はここを、ワールシュタットと呼ぶ。
 Wahlstat、かつて死体の山と名の付いた呪われた土地である。



                       (おわり)


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