完結小説図書館
>>「紹介文/目次」の表示ON/OFFはこちらをクリック
*10*
Episode9 『提案 -IdeA-』
9月12日(水)11:25/我妻 叶葉
保健室でだけは殺しをしてはいけない。そう決めたのは誰かは知らないけど、それは暗黙の了解としてきっと全校生徒が知っていることだろう。
「これでよし、……っと」
私の指示通りに止血をしてくれた秋笠くんが呟いた。そのおかげで、私の左腕には白い包帯が丁寧に巻かれていた。
「ごめんな、我妻」
「気にしないで。そもそも私がいきなり襲ったせいだしね」
スツールに腰掛け、心配そうに私の顔を覗き込んでくる秋笠くんの藍色がかった髪がさらさらと揺れた。
「いや、それでも……。ほんっとうにごめん!」
申し訳なさそうに手を合わせて何度も謝ってくれる。優しいな、と思う反面、甘いな、とも思ってしまう。きっと、秋笠くんにはその両方があるのだろう。良くも悪くも。
「ところで、秋笠くん。……さっきのってなに?」
私は思い切って知りたかったことをきいてみた。さっき殺した先輩から聞いたタイムリミットとやらまであと数分しかないけれど、私も秋笠くんもすでに一人は殺しているからここにいても問題はないだろうと、ここで時間を潰すつもりで聞いてみた。
「え? なにって……なに?」
秋笠くんは明らかに動揺していた。まるで身に覚えのないことに濡れ衣を着せられているような面持ちだ
。
さらに追い討ちをかけてみる。
「とぼけないで。……あれって、無意識だったの?」
私が考え出した答え。それは秋笠くんの中の誰かが秋笠くんの身体で、殺意を持って代わりに殺したって可能性だ。いわゆる多重人格者。
あの時――私が殺されそうになったとき、秋笠くんの瞳はどことなくいつもと違っていた。目の色が違うというか、目つきが違うというか。とにかく、あれは秋笠藍ではない誰かであったのは確かだ。
観念したのか、目線は下気味だけど、ちゃんとした口調で、彼は話し始めた。
「……信じてもらえるかわかんないんだけどさ、――あの時、声が聞こえたんだ」
「声?」
「ああ……。あの“ゲームマスター”みたいに、直接頭ン中にさ。自分の声で『このまま死んでもいいのか? 殺してでも生き延びたくはないか?』ってな具合に」
実際にそういってくるわけじゃあねぇけどなー、と秋笠くんは説明してくれた。
「んで、死にたくないって思ったら気がつきゃあ銃持っててバンバンッ! ……って感じだ」
なるほど。……本当に、無意識だったんだ。でも、じゃあどうして私の言葉を聞いて射撃をやめてくれたの?
……そういえば。人間には生まれたときから無意識的に自己を護る『防衛本能』というものがある。それは反射のように死を回避しようとする行動だ。
もしかすると、“それ”だったりする?
だとすれば、私に殺意がないとわかった途端に我に返ったように瞳が変わったのも納得がいく。
ふぅん……。と私は頬を緩ませる。なら、秋笠くんを殺すのは無理そうだ。利用は出来そうだけど。
例えば、秋笠くんを盾にする、とか。
彼は自分の身は自分で護れるとさっき証明してくれたし、彼の後ろにいれば私が殺されるリスクが減る。おまけに、秋笠くんは普段はまったく殺そうなんて思っていない。それは自分を護るときしか武器を持っていないことから容易に推理できる。だから――
「ねえ、秋笠くん」
「なんだ? やっぱり信じらんねぇよなー」
「私と手を組まない?」
「え?」
私はまっすぐ秋笠くんの方を向いて言った。