完結小説図書館
>>「紹介文/目次」の表示ON/OFFはこちらをクリック
*12*
Episode11 『仮想恋人 -Fake loverS-』
9月12日(水)11:45/我妻 叶葉
殺すつもりも、ましてや殺せるつもりもなかったけれど、一応の脅しは効いたようだ。
私は笑顔を保ったまま、秋笠くんに言った。
「じゃあ私たち、これから恋人同士ってことで。いいわよね?」
「え、あ、……はぁっ!?」
なんでもないことのように私は確認してみたけれど、やはり騙されてはくれなかったか。
「だって、そのほうが都合がいいじゃない? ただのクラスメイトが一緒にいるよりも、付き合ってるから協力して生き残ろう、ってほうがね?」
「それはそうかもだが……」
「いや?」
渋る秋笠くんに、ちらりと鞘に納まっていた日本刀の刀身を見せる。
「あ、いやっ、じゃ、ないけど」
慌てたように答える秋笠くん。それを見て、私はくすりと笑みをこぼした。
「じゃあ、よろしくね。藍」
私のことは叶葉でいいわ。と、多少恋人らしさを出そうと提案してみる。
「ああ、よろしく。――叶葉」
目的を達成させるために必要なこと。これはあくまで協力関係、仮初めの恋人だ。
あの人のために、死ぬわけにはいかない。
「“好きだよ、藍”」
嘘だけど。
9月12日(水)12:01/綿原 言音
結局、藍くんには会えなかった。途中で出会った先輩だと思われる人物を殺したから、死なずにはすんだけど。
カッターを出し入れするチキチキという音だけが静かな廊下を木霊する。そのBGMを聞きながら、あたしは藍くんを見つけるべく校舎を徘徊していた。
あたしは靴音を立たせないで歩いた。昔は足音なんか立ててうるさいと思われたら、お父さんに何されるか分かったもんじゃなかったから。
……藍くん、死んでないよね? 藍くんは優しいから、きっと誰も殺せないはずなのに。むしろ自分が犠牲になろうとしちゃいそうなのに。だからあたしが藍くんに殺されなきゃって思ったのに。
藍くん藍くん藍くん藍くん藍くん藍くん!
意地悪な神様。どうして藍くんと会わせてくれないの? それに、どうしてこんなこと……。
曲がり角を曲がったら、一人の男子生徒と鉢合わせしてしまった。それは、あたしのクラスメイトの廣田くんだった。
「あ、綿原……」
安心したような顔で、あたしを見る廣田くん。その手には折りたたみナイフが握られていたけれど、刃が仕舞われているあたり、あたしを殺そうとは思っていないみたいだ。
「良かった。お前はまだ生きてたんだな。クラスの奴、ほとんど殺されちゃっててさ……ぁ?」
あたしは持っていたカッターを仕舞い、もうひとつのカッター、――殺意によって生み出させた特別製のカッターを取り出して、廣田くんの頬をすぅっと撫でた。
「綿原、何してんの? ……? あ、れ……?」
廣田くんの右の頬に赤いラインが生まれ、そこから微量の血が流れた。廣田くんはただ不思議そうにあたしを見ていたけど、だんだんと顔色を変え、ついには倒れてしまった。
「このカッターね、毒が塗られてるの。即効性はなかったから、しばらくは苦しいかもだけど、多分致死率は百パーセントだと思うから」
苦しそうに表情を歪める廣田くん。あたしはその姿を見下しながら、言葉を繋げた。
「そういえば、秋笠先輩って見た?」
廣田くんは知らないと言いたげに首を傾げた。
「そう。ありがと。ごめんね、でもあたし死ぬわけにはいかないから」
藍くんに殺される為に。
――今は藍くんを探さなきゃ。
廣田くんを置いてその場から立ち去る。少し離れたあたりで少し立ち止まり、窓の外を見た。グラウンドでも、殺し合いは行なわれている。
「大好きだよ、藍くん」
それを見ながら、あたしはそう小さく呟いた。