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Episode22 『盾 -ShielD-』
9月12日(水)13:55/秋笠 藍
叶葉があの久留米とかいう後輩のもとに出て行ってから約10分。中々の好戦で、もはや体力勝負なのかと思えてきた。
「……ねぇ、藍くん。この隙にあたしたちだけで逃げちゃおうよ。大丈夫だって。我妻センパイなら」
小声で、言音が聞いてくる。囁くような口調を間近でされているので、少し恥ずかしい。
「いや、今後の戦況によっちゃ加勢しないとマズいだろ。とりあえずは、ここで待機」
「えー。じゃあ、ここにいたくばあたしを殺してからにしろー、なぁんて」
「それも無理」
ちぇーっ。と拗ねた風を装う言音を尻目に、俺は二人の様子を見続けた。
叶葉は日本刀を器用に操って攻撃を加えているが、久留米は銃刀法に反しない程度の刃渡りしかないナイフで、それを捌いていた。ずっとこれの繰り返しだ。
叶葉は久留米に傷をつけることが出来ないし、久留米は叶葉に攻撃を与えられない。
「俺、やっぱ行ってくる。このままじゃ埒があかねぇよ」
そう言って立ち上がった俺の言葉を「えっ。……ダメッ!!」という大声で遮りながら、さらに強く俺の腕を掴む言音。
「ばっ。大声出すなって」
「あ……っ」と今気付いたような声を上げるが、もう遅い。
「なに、まだ居んの? 卑怯だねぇ、一対二?」
幸い、俺の声は聞こえなかったらしい。もう一人いることには、気付いていない。
「言音はここにいて。俺だけ行ってくるから」
「え、いや……」
「大丈夫だから。俺は死なないって」
そういい残して、俺は叶葉たちのもとへ向かった。
「あっれぇ? 男? 女の声だった気がするんだけどなぁ。……まあいっか」
俺のほうをチラッと伺いつつ、それでも攻撃を捌き続ける久留米。叶葉も同様に、日本刀を動かす手を休めない。
「藍っ! なんで出てきたのよ! 武器なんてないクセに!!」
「こいつだって、今持ってるナイフしかないんだろ? だったら隙を見て、殴る蹴るでなんとかできる」
久留米は今まで、ナイフ以外のなにかを持っている様子はなかった。つまり、あいつの武器はあれひとつ。ならば、叶葉がナイフを相手にしているうちに、俺は生身の身体に直接攻撃を加えれば、体勢を崩すことが出来る。
俺は奴に向かって走り出した。
しかし――
「ククッ。あはははっ!!」
奴は笑った。
「甘い! 甘いよ先輩!! 俺がこんなちゃっちぃ武器だけだと思ったぁ!?」
勢いに押されて、思わず俺はその場に立ち止まった。
「ざァんねぇん! じゃあまず先にお前が死ねぇッ!!」
そう言っている久留米の左手には、小さいリボルバーがあった。
――マズい。助けに来たつもりが、自分がピンチじゃないか。
カチリ、という撃鉄を起こす音と、「逃げて!」という声が聞こえた。
目の前にはニヤリと笑う久留米の姿。それにかぶさるように、リボルバーの銃身があった。
弾が発射される高く乾いた音色。……これは避けようもない。
――どうする? このまま死ぬか?
いつもの声。でも、これはどうしようもないだろう。避けて逆に俺が撃ったら、あいつは死ぬか?
続きは聞こえない。だったら、もう死ぬしか――ねぇじゃん。
あぁ、俺は何を失うのかなぁ。何が一番、大事だったのか……。
「藍くんっ!!」
そんな声が聞こえて、俺は何かに押されるように、床に倒れ伏した。それに続いて、どさりと隣に倒れこむ何か。
「あれ、本当に女がいたわけ? ……って、あぁっ!!」
驚くような声を上げる久留米を見ると、ナイフのほうがぽっきりと真っ二つに割れていた。
「く……っ」
とっさにナイフを捨て、リボルバーに持ち替えて叶葉に向けて撃つが、予想済みだったというようにさらりとかわされてしまっていた。
叶葉は、かわされたことに驚き、ひるんだ状態の久留米に容赦なく刀を突き刺した。
「が……っ」
久留米の身体が、崩れ落ちる。その身体のまわりにはもう血が溜まり始めていた。
「……! 言音っ!!」
問題は、俺の隣で倒れている言音だ。脇腹を撃たれたらしく、苦しそうにしている。
俺は座り込んで 言音の身体を抱える。
「う……っ、藍、くん……」
「しゃべるな! おいっ、しっかりしろっ!!」
制服に血が滲んでいる。そんなことお構いなしに俺は叫び続けた。
「……ねぇ、藍くん。あたしを殺して……?」
「だからしゃべるなって……。あぁもう! お前もう殺されたようなもんじゃねぇか」
「だから、とどめを刺してって……」
「とどめ? 俺にどうしろと」
俺に武器はない。誰かが俺を殺そうとしない限り、武器を出す気にはなれない。
「あたしの武器を使っていいよ……。ポケットにカッターがあるから。……藍くんはちょっとあたしに傷を付けるだけでいい。そしたら、あたしは満足だから」
つらそうに、制服の左ポケットからカッターナイフを取り出した。それを、俺に握らせる。
「ね、早く……。そうしないとあたし死んじゃうよ……?」
俺は仕方なく、言音の左腕に小さくカッターの刃を滑らせた。
「ありがとう……。じゃあ、現実でまた会おうね。今度は……ちゃんと付き合ってよね」