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Episode29 『夢 -DreaM-』
??/秋笠 藍
あれ……ここは……?
「おはよう、秋笠藍くん」
気がつくと俺は、真っ白い空間に居た。
どことなく、誘拐されていたときの部屋に似ているような……。
立ち上がり、回りを見回してみる。あの時と違うことといえば、この空間には壁がなく、広い。
広い、という表現でいいのかすら、わからない。
そしてもう一つ違うこと。それは、ここに言音がいなくて、小さな箱のようなものが、空中に浮いていることだ。その隣を、ローブのフードをとった東郷が陣取っている。
「君がきたということは、当たりは我妻叶葉ちゃんのだったっていうことだね」
その箱から、例の子供のような神の声が聞こえてきた。
俺は声から、本当に子供の姿をした人間みたいなのが神なのかと思っていたが、それはどうやら違っていたようだ。
「あの娘も災難だね。藤貴杁夜くんの言うことなんて無視していれば、ボクの分身を殺すことが出来たのに」
けらけらと、笑い声が箱から聞こえる。東郷は、ニヤっと笑いながら、「おや、貴方様は俺が殺されてもいいと?」と更に茶化した。
「いや、キミが殺されてもまた創り直せばいいからね。キミはボクの退屈を紛らわす天才だ。そうそう諦めたりはしないよ」
「お褒めに預かり光栄です」
箱に向かって頭を下げる様は、見ていて滑稽でもあった。しかし、うやうやしく礼をする東郷の姿からは、相当の忠誠心が伺えた。
「さて、秋笠藍くん。キミはどうする? キミだってこいつに殺されかけているわけだけど、殺したい? 今なら願いとは関係なしに、殺させてあげるよ」
俺は……どうしたいのだろうか。
確かに、東郷は俺と言音を誘拐し、あまつさえ放置して殺そうとした。
でも、俺はそのことを忘れていた。
忘れていたということは――
「いや、いい。それに、殺しても死なないんだろ?」
「そう? 遠慮する必要なんかないのに。ボクは破壊と創造が好きだからね。殺されるこいつを見るのはそれはそれで愉快だ」
忘れていたということは、もうどうだっていいということだ。気にしないでいいということだ。
「まあいいや。それじゃあ本題だ。――キミの願いはなに?」
俺の、願い。
「ない、と言ったら?」
「それは困るなぁ。何か一つくらいはない?」
可愛い彼女でも、一生遊んで暮らせるお金でも、なんでもいいんだよ? そう神は言うが、別にそんなものは望まない。それは、本当に願いがなかったときに使う妥協案にしかなりえない。
それに、この願いは、出来ればこの≪夢の世界≫で死んでったみんなのために使いたい。と、思っている。だったら、
「失ったものを、返してやってくれ」
「残念だけど、それは無理だよ。それだけは無理だ、といってもいい。罰ゲームだし、それに失ったものはすで破壊されてしまった。もう無いものは、オリジナルは、返せない。こいつを創り直すときだって、そっくりそのまま同じ物にできるわけじゃないしね。……いや、そもそもボクが創ったものだから大丈夫なのかな?」
「そういうことだ。もいっぺん考えてみ。あと、そんな曖昧な考えで俺を殺してもいいなんて言わないでくださいよ」
「あはは、ごめんごめん」
失ったものは返せない……。なら、どうすれば……?
大切な物を失うくらいなら死んだ方がマシだと、国吉は言っていた。
死ぬ……。自分自身が無くなる……。違う。
死ねば、失ったことに気付かない。
……ん? 気付かない?
――――そうか。
「じゃあ、みんなの失ったものに関する記憶、と、この≪夢の世界≫に関わる記憶を消してくれ」
大切な物があった。それを失ったという記憶がなければ、誰も気付かない。……そうじゃないか?
「いいの? それで、本当に?」
「しかし、よく考え付いたものだな。逆に更に失くすって……」
俺がうなずいたのを見て、東郷がニヤニヤと笑う。
「でも確かに、いい方法ではあるよな。もともと大切なものなんて無かった。だから、失くしても痛くないし、失くしたって自覚もないから、思い出すこともない」
「へぇ。それが“キミの”願いでいいんだね?」
「ああ」
「そう。……何か言いたいことはあるかい? こいつへの恨み言でもいいよ」
それならと、思い出してからずっと聞きたかったことを聞くことにした。
「じゃあ遠慮なく。……なんで、俺たちを誘拐した?」
「五年前に言ったじゃん? “人間って、水だけで何日生きてけるのか”、その実験。それと、まあそこの神様の暇つぶしのためだね」
「叶葉との関係は?」
「俺が叶葉ちゃんの彼氏くんを殺した。んで、その時にちょっと電話で話した。それだけだよ」
例の『侑馬』って奴か……。だから叶葉は、東郷と聞いて血相を変えて追いかけに行ったわけだ。
「動機も、叶葉ちゃんには言ったけど、偶然であり、この神様の暇つぶし」
「お前の行動原理にはほとんどボクが関わってるんだね。おかげで昔はあまり暇しなかったけどさ」
「他にも、まあいくつかやらせてもらったよね。そしてその関係者のほとんどが、この高校に入学していた。だから、この坂城高校を選んだのさ」
指を折ってひとつひとつ数えながら、東郷は言った。
「俺を人間の、とりわけて日本の犯罪で言うと、傷害・暴行・拉致監禁・殺人・自殺幇助・放火・死体遺棄……さすがに窃盗はしてないけど……、まあこんなもんか。……ああ、思い出してもこのことを警察に言うのはやめてよ? 俺はこれからも神様を退屈させないようにしなきゃいけないんだし」
さすがに絶句せざるを得ない。こんなに……。
「……わかった」
それでも、渋々ではあるが、俺はうなずいた。言ってもどうせ捕まらないだろうし、それなら警察には捕まる犯人を逮捕するのに尽力してもらいたい。
「この≪ゲーム≫の企画とかも俺だしなー。俺が“ゲームマスター”なんてやってんのだって企画者だからだしね。いきなり追われて来いって言われたときはビビッたけどさ。あのけったいなしゃべり方も、結構楽しかったんだぜ?」
東郷は言いたいことは言った、というような顔をして、一方後ろに下がった。
「じゃあ、そろそろいいかな? 秋笠藍くん」
「ああ」
「ばいばい、もう会うことはないけど、ボクらはキミたちのことを見てたりするから、せいぜい元気に殺されないようにね」
そう神がいうと、どこからかパチンッと指を鳴らすような音が聞こえ、俺はそのまま意識を失った。