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be there *完結*
作者: 花音  (総ページ数: 23ページ)
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10~ 20~

*11*

 助けて下さい、と言われても、僕の答えはノーだった。

 あっという間に柔らかくなってしまったアイスを頬張りながら、
「僕には君を助ける手段も、理由も、義務もない。助けてくれた相手に礼も言えない、まっとうな人間なら連想できるコトすらできない、心底中毒者の君をどうやって助けろっていうんだ?」
「あたしだって……」土下座したまま「ダメなんだって思う。やっちゃいけないんだって思う。けど、あそこにいたら絶対絶対!またドラッグやっちゃうよぉ!」
「――君、家出少女なの?」
 自宅にいたらドラッグなんて打つ暇ないだろうに。
「家にはもうずっと帰ってない」ようやく顔を上げて「それからトモダチんとこ泊まり歩いてる」
「今は?どこか住んでるって言える場所あるの?」
「……3ヶ月くらい前に知り合った彼氏のトコ」
「それで?その彼氏さんも中毒者だと」
「最初は……クラブ行ってバツキメるくらいだったんだけど……そのうちアイツ、タマとかエスとか持ってきて……一緒にやめようって言うんだけど、結局どっかから買ってくるし、友達もみんなやってるし……」
「それで?僕に何を助けてほしいっていうの?」
 部屋が暑い。夕暮れの迫った室内に西日が差し込んでじりじりと照り付けてくる。窓の外では蝉たちが狂ったように鳴き続けている。
 ――西島は絶対、彼女を助けるよ。
 眩暈の起こしそうな熱気の中でふと朝日奈の言葉を思い出した。
 僕は自分から助けない。そう思ったし、そうだろうと思っている。
 だけど。
 だけど、相手から助けを求められたらどうなるだろう。
 朝日奈はもしかしたらこのことを予感していたのかもしれない。
 伸ばされた腕を振り払うことは出来ない。
 何度も何度も何度も命乞いをする腕を掴むことなく振り払い、全てに銃口を向けてきた僕には、今のこの手を払うことが出来ない。
「あたしを、あそこから助け出して下さい……」
 言うなり、カナはぼろぼろと泣き出してしまった。
 溜息が一つ。
「言っておくけど」最後のアイスを口に放る。「君を助けるのは僕じゃない。僕の大事な友達だろうね。彼らは僕が止めるのも聞かないで君をドラッグから救おうとしてるよ。それこそ自分たちのことなんてお構いなしにね。だから約束してくれないかな?」
「何を……?」
「彼らを絶対に裏切らないで欲しい。僕は裏切ることも裏切られることも慣れてるから構わないんだけど、僕の友達は裏切られることに慣れてない。君がドラッグをやめるというなら――彼らと共に歩もうとするなら、彼らを裏切ることだけはしてほしくない」
「――千尋、その友達のことが本当に大事なんだね」
「大事だから友達なんだよ」
 そんな当たり前のことに今気づいたというようにカナははっと目を丸くした。
「それと、もう一つ」
「……なぁに?」
「そのアイスは食べてくれよ。ぐしゃぐしゃになったアイスは好きじゃないんだ」
 布団の上に投げ出されたままのもなかアイス。中身は見るまでもないだろう。僕が笑いながらそれを指すと、カナもようやく、アイスと同じようにぐしゃぐしゃになった顔で少し笑った。笑いながら震える指先で袋を開ける。
「あたしも、溶けたアイス好きじゃないんだけど……」
 それでも笑ってアイスを頬張る。
「これ、すごく美味しいね」

「……えーと。とりあえず改めて紹介します。佐藤カナさんです」

 横にいるカナをとりあえず全員に紹介してみた。何とも間抜けな感じだったけど。
 みんなは「おー」なんて言いながら拍手で僕たちを迎えてくれた。カナと再び会えたことへの拍手なのか、約束通り彼女を連れてきた僕への賛辞なのか――前者だろうな、多分。
「……佐藤、カナです。どうも」
「具合大丈夫?」いきなりかよ、滝沢!「俺、滝沢由ね。よろしく♪」
「よろしく……」
 昨日の友達にお礼が言いたい、とカナが言ってくれたので、僕は早速みんなに連絡を取ってみた。みんなも僕からの連絡を待っていたようで、全員で駅近くのファミレスに固まっていたところへ押しかけた。ドリンクバーとサイドディッシュが並べられたところでようやく自己紹介。しかし元気で陽気なのは滝沢だけで、橋場さんはどう接していいのか判らないといった感じだし、女史はカナの奥を見定めるような視線を送ってるし、朝日奈に至っては壊れたパソコンみたいにフリーズしてやがる。連れてこいって言った癖に!
「滝沢、ちょっと落ち着いててよ」と僕。「カナ、こっちのコが橋場斎さん。女子からはユイって呼ばれてる。で、こちらが桜井――あれ?女史の名前って何だっけ?」
「美樹(みき)だよ、西島」女史に言われてしまった。「女史でも美樹でも何でもいい」
 何でもいい。でも、苗字は選択肢に入らない訳ね。
「そうそう。桜井美樹さん。いつも女史って呼んでるから忘れちゃったよ。それから、滝沢の隣で固まってるのが朝日奈悠生(あさひな・はるき)。緊張してるだけだから気にしないで。普段は面白い奴だから」
「ふぅん……」
 カラン、とグラスの中の氷をかき混ぜながらカナはそれだけ呟いた。あまり興味が沸かなかったらしい?
「――まあ色々とバレちゃってるんで何も隠すことはありません。昨日は助けてくれてありがとう」
 殆ど棒読みに近い状態でカナはぺこりと頭を下げた。何だ、ちゃんとお礼言えるんじゃないか、と心の中でツッコミを入れていたら、カナは下げた頭を持ち上げようとしなかった。
「……カナ?」僕は尋ねる。「どうかした?」
 初対面からフラッシュバックはよしてくれよ!と身構えたがそうではなかったらしい。僕に「助けて下さい」と懇願した時と同じように、震える声で続けた。
「こんな、あたしでも……トモダチになってくれる?」
 何も知らない人間とならきっとすぐに仲良くなれるだろう。自分を隠して相手を騙せばいいだけのことだ。僕がそうやってみんなの輪の中に紛れ込んだみたいに。でもカナは違う。彼女は全てを知られている。自分と対極にいる人間に。平常のカナに残った罪悪感でみんなの顔を見ることが出来ないのだろう。
「――なれるかどうかは自分次第だ」女史は言う。「カナにとっては残念かもしれないが、私たちの日常にドラッグは必要ない。郷に入れば郷に従え、というところだな。カナが悪魔みたいなメビウスの輪を断ち切ることができるなら、私たちはきっと、既にトモダチなんじゃないか?」
 ストレートな物言いと硬い口調だけど、女史は心からカナを迎え入れようとしている。それは決して優しい言葉じゃないけど、女史のまっすぐな気持ちはきっと彼女に届いている。……だからさ、もう少し柔らかい表現でもいいんじゃないかなぁ。
「――約束する」カナは顔を上げた。「絶対しない。もうしない。みんなを裏切ることは絶対にない」
「あたしたちも裏切らないよ」
 それまで黙っていた橋場さんが呟いた。
「よく判らないけど、そういうのって一回使っちゃったらやめるの辛いんでしょ?大変なんでしょ?そういうトコもひっくるめてカナと友達になるから。どんなコトになっても裏切らないからね。大丈夫。絶対、抜け出せるよ」
「そんなのよりもっと楽しいこと、一杯あるからさ。カナちゃんだって忘れられるよ」
 滝沢も力強く言い、朝日奈はようやく「そうだな」と口を開いた。
「……ありがとう。迷惑かけるかもしんないけど、ありがとう」
 乾杯しますか、と滝沢がいきなり言った。
「新しい友達に乾杯!」
 カチンカチン、とグラスが何度も音を立てる。
 笑いあい、とりとめのない話をする彼らを見ながら僕は正直、心から笑うことができなかった。
 これは終わりじゃない。
 地獄の始まりだよ、カナ。


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