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be there *完結*
作者: 花音  (総ページ数: 23ページ)
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10~ 20~

*12*

 高校生の話のタネは尽きない。

 最近の気になるコスメやらブランドやら芸能人から夏休みの予定やら、誰からともなく話題が振られるので、僕たちは口を閉じることなく喋り続けた。といっても僕は話題に疎いのでみんなの話を聞いて相槌を打つくらいしかできないけど。
 カナも最初はボソボソと話に参加する程度だったが彼らと共通点が見つかるごとに口数も増えていった。初顔合わせは上々のよう。
 だけど、そろそろ限界だろう。
 2時間を超えたあたりで店員の視線をやたらに感じるようになってきた。ちょこちょこと注文はしててもドリンクバーで居座っているような高校生に何時間も占拠されていては利益にならないのだろう。さすがに頼むものもなくなってきた頃なので「そろそろ帰るよ」と僕は言った。
「もう?」滝沢は時計を見て「まだいーべ?場所変えてさ」
「せっかくだけど、遅くなるとカナのお母さん、心配するしね」
 終電過ぎにトンデモない状態で帰ってしまってる訳だし、と僕は付け加えた。
 実際、カナは家出少女な訳であれからカナはどこかへメールを打っていたようだけど両親からの電話は一本もきていない。心配する人はいないようなものだけど、限界だよ、そろそろ。
「明日も午前授業だし、都合つけばまた会えるんだし」
「……そっか」
「ごめんね。僕、カナ送ってくから。先に帰るね」
 適当な代金をテーブルに置いて「行こう」とカナを立ち上がらせる。
「……またね」
 消えそうな声でカナはそう言った。
 ファミレスを出たところで家とは逆に、駅の方へカナを促す。
「ドコ行くの?」
「家に戻る前に買出し。それと、ここよりタクシー拾い易いから」
「え?だ、だってそんな遠くないじゃん」
「手」
 カナの手を取って目の前に突き出した。
「震顫が出てる」
「シンセン?」
「震えのことだよ。禁断症状一歩手前だね。買い物してたらもっとひどくなる」
 気にしてなかったのか気づいてなかったのか、カナは自分の手をまじまじと見つめた。小刻みに震える両手をきつく握り締めてみるけど、自分の意思とは無関係なそれは治まるはずもない。
「急いで必要なものを揃えて、すぐに帰ろう。こんなとこで暴れたら君も嫌でしょ?」
「……千尋、詳しいよね」
 祈りの形に両手を握り締めながら後ろを歩くカナが呟く。
「ブッ倒れた時も介抱してくれたし。……ねえ、ホントにドラッグ、やったことないの?」
「ないよ」即答した。「みんなにも誓ったけど、西島千尋はドラッグの経験なんてないよ」
 駅前のスーパーなら何でも揃うだろう。これからのことを考えて色々と買っておかなきゃいけないものがあるんだ。

 食べたいものを買っていいよ、とカナに言ったが、「ダイエットしてるし」と言って殆ど食事らしいものを選ばなかった。

「ダイエット?そんな細い身体で?」
「昔から太めだったんだ。あの頃に戻りたくないし、そんなにお腹も空かないし」
「それは単にドラッグのせいで食欲が落ちてるだけなんじゃない?」
 人間には欲求というものが必ずある。食欲、性欲、睡眠欲。まあ性欲は人それぞれだろうけど、食べない・寝ないで人間が生きていけるはずはない。生きていけないのに食べなくても眠らなくても平気になってしまうのがドラッグの魔の手だ。体が蝕まれていくことに気づかず、寝ないで勉強できる、どんどん痩せることが出来る、そんな満足感でドラッグに手を出す人間もいるだろう。
「だめ。食事はきちんと摂ることだよ。君に必要なのは栄養のとれた食事と……」
 お菓子売り場で補充をしている店員を呼び止める。
「あの、このお水、ケースで欲しいんですけど」
「はい?えぇと……冷えてないんですけど」
「構いません」
 少々お待ちください、と店員は奥の通路へ消えていく。
「必要なのは体内を浄化させてくれる綺麗な水。人間の60%は水分なんだよ。お茶やジュースじゃない、混じりけのない綺麗な水を飲んで、体内をリセットしないとね」
「だからってケースなんて飲めないよ」
「飲んじゃうよ」
 ドラッグをやってると異常なほど喉が渇いてどうしようもなくなる時がある。その枯渇感を覚える暇もなくドラッグをキメていたとすればまた別の話だけど……。異常なほど喉が渇いて水が飲みたくなる――ドラッグを渇望するのはそんな状態に似ているのだと言う。何かの本で読んだ知識だけど、真夏にフルマラソンをした後、何よりも水が欲しい。ドラッグに対する欲求というのはそんな時に欲する水と同じなのだと。
 なら、ドラッグが欲しいのなら水を飲むべきだ。富士山の湧き水あたりを1ヶ月ほど飲み続ければやめられそうな……なんて、ドラッグをやらない人間の妄想か?
 店員が出してくれたミネラルウォーターの箱と日用品を買い込んでスーパーを出る頃には、カナの様子がまたひどくなってきた。息遣いが荒く目が泳いでいる。急いだ方がいいかもしれない。
「タクシー拾うよ」
「……うん…」
 あのボロアパートなら暴れられても壊されて嘆くようなものはない。揃えられた食器はどうやら一般家庭では来客用にとっておきそうな高級品ばかりなようだが普段から使っているものばかりなので別に何とも思わない。洋服は別宅(聞こえはいいが使ってないだけ)に余っているのでこちらも心配なし。
 ……と、一つだけあるか。
 たった一つ、彼女の存在を遺してくれている大事な本。食器棚の奥にしまわれた真っ白な本。あれだけは手の届かない天袋の奥あたりにしまっておこう。

 タクシーを下りた頃にはカナはまるで別人のようになっていた。

 頭を抱えて一人で歩くことすらままならない。独り言のように漏れる言葉はドラッグのことばかりで虚ろな瞳にきっと僕の姿も見えてないだろう。転んでしまうとまずいので荷物は玄関の端に置き去りにして抱えるように階段を上らせる。とりあえず僕の部屋へ押し込んでから荷物を取りに戻った。買い込んだ日用品やら食糧は見た目が細くて小さい――自分で言うのは苦しいが――僕には重そうな量だったが、意外に筋肉はついてるしフットワークも軽いので全部まとめて上ってしまおう。
 部屋へ戻るとカナは外へ放り出された家猫のように丸くなっていた。
「最悪でしょ、気分」
「……超サイアク」
 かちかちと合わない歯の根を鳴らしながらうめく。
「ねぇ、アレ持ってないの?」
「ないよ」勿論、即答。「バッドトリップが来る前に寝た方がいいよ」
「眠れない……アレないと眠れないよぉ」
「キメてる方が眠れないと思うけどねぇ」
 よいしょ、とカナの隣に腰を下ろした。神経が逆立っているので怯えさせないように体が触れ合わない距離を保つ。
「眠れないなら昔話をしてあげるよ」
「――何それ?バカにしてんの?」
 おっと、被害妄想を逆撫でしたか?
 そうじゃないよ、と慌てて付け加える。
「僕の知り合いの話。カナのようにドラッグの精神依存から立ち直った彼の話」
 ぴくり、と肩が反応した。玄関に置きっぱなしにしていたミネラルウォーターを3本ほどダンボールから取り出してカナの前に置く。
「長い長い昔話だよ。今日だけじゃ終わらないね。――君がドラッグを止めている間は何日でも話し続ける。きっと物語が終わるまで聞くことが出来れば彼のようにドラッグと終止符を打てるかもしれない」
「……ほんとう?」
「ああ」
 強くうなずくとようやくカナは顔を上げた。震顫の治まらない手でペットボトルを掴む。震えが強すぎて開けられないのか、何度も舌打ちをしながらキャップを引っかき続ける。
「開けてあげるよ」差し出した手にボトルが渡された。「じゃあ、話すよ?」
「……うん」
 長い夜になりそうだ。

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