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be there *完結*
作者: 花音  (総ページ数: 23ページ)
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10~ 20~

*4*

 ボウリングはただボウルを転がせばいいだけではないらしい。そしてレーンのド真ん中を一直線に転がすだけでも上達しないそうで、足元にある小さな三角マークの中央より左側を通るようにボウルを投げることから始めるのだそう。

 テレビで見るような『ボウルが急カーブを描いてガーターぎりぎりからストライク!』なんて荒技をやってのけるクラスメイトは一人もいなかった。当たり前だろう。桜井女史が言うように男たちはまさに『力技』と言いたくなるような勢いでボウルを投げ、女史と橋場さんは基本を意識した投げ方(らしい。ドコが基本かは僕には不明だ)で着実にスコアを伸ばしていく。
 で、結局、誰がペケでアイスをおごる羽目になったかというと。
 無論、僕である。
 多少は加減して勝負に臨んでしまったなんて言い訳めいたこともあるけど、やはり初心者には無駄な抵抗だった。残念。
 トータルで4ゲーム(ラストは女のコたちは休憩してた)も勝負して、僕は一度も勝てずじまい。受付のある1階まで戻って、ビル内に店舗を構えるアイスクリームショップにて既にアイスをおごらされた。
 腹が減った、という朝日奈の意見で次はカラオケ。何故?と思ったらカラオケには軽食があるからだった。テーブルの上にこれでもかと並べられたのはスナック菓子からフライドチキンまで多種多様。フリードリンクのコーナーも部屋を出てすぐ脇の廊下に設置されていた。
 まあ僕の部屋にはコンポもないし、音楽も大して聴かないのでカラオケは聞き役に徹するしかない。何度か連れてこられて覚えた曲は2つ3つあるけど、みんな歌いたいんだからマイクが回ってくることはあまりない。
 ポテトをつまみながらまたあの男のことを考えた。
 客はざっと見たところ高校生が中心だった。年齢層の幅を考えても若者という言葉が近い人間ばかり。未成年者の飲酒・喫煙を監視する専用の店員だっているだろうに、こんな場所で危険を冒す必要はあるのだろうか。上納するシノギでも足りないか?
 ――関係ない。全く。くだらねぇ。
 溜息をついてミルクティを一口。……飲もうと思ったら既に空だった。
「おかわり持ってこよっと」
 コップを持って席を立つと、間奏を聴いていた朝日奈が「俺も」とコップを寄越した。
「自分で取りに行きなよ、全く。……何するの?」
「コーヒー。ミルクだけ持ってきてくれるか?」
「了解」
 ドリンクコーナーに向かうと既に先客がいた。男と女が二人ずつ。しかし飲み物を選んでいる様子もなく、ただそこに立って何か話をしているようだった。別にドコで誰が何をしようと他人の勝手なのだが、不幸なことにコーヒーメーカーの目の前に陣取って大声で喋っている。どうしたものかと悩むこともなく僕は「ちょっとごめんね」と声をかけた。
「あぁ?」金髪の男が「何?何か用?」
「コーヒーが欲しいんだよ、どいてくれないかな?」
「ドイテクレナイカナ〜?」
 男は僕の言葉を復唱してゲラゲラと笑った。何だ?
 男女は何度も「どいてだって〜!」とリフレインしながら笑い続ける。箸が転んでもおかしい年頃、というには奇妙な笑い方だ。
「……ったく、そういうコトは他所でやってくれよ」
 小声で呟いて男を押し退ける。掴みかかられるかと思ったが男は簡単によろけて尚も笑い続けていた。
 新宿って、相変わらずヤバい街だなぁ。


 カラオケというのは意外にもカロリーを消費するそうで、あれだけあったつまみもきれいさっぱり食べ尽くしてしまった。僕は殆ど歌わないので大まかに換算すると1人1時間は歌っていた計算になる。
 


 時計を見ると外はさすがに真っ暗になるだろうという頃だった。それでもこの街はきっとこれからもっと騒がしくなっていくのだろう。ビルの最上階に作られたダーツコーナーでぼんやりとそんなことを考えていた。背の高い椅子に腰掛けて、クラスメイトたちが盛り上がっている様子を見つめている。
「千尋」と滝沢に声をかけられた。「勝負しようぜ。負けた方が夕飯ゴチな」
「すぐ勝負する癖いい加減にやめたら?」
「千尋にはイロイロと負けてるからな。ボウリングは勝ったし、ダーツも勝てる気がする」
 自分が勝つことを前提とした勝負なんてズルいと思う。
 やめときなよ、と橋場さんが笑う。
「西島くん、こういうの上手そうだよ〜?絶対、滝沢くんが負けると思う」
「元カレの肩を持つのもいいけどな、俺は勝つ!」
「……そこまで断言されるとムカツくんだけど」
 椅子から立ち上がり、「ルールは?」と尋ねる。
「10回勝負。勿論、点数の多い方が勝ち」
「了解」
 ボウリングと違ってダーツのコツは大体判る。要はいかに点数の高い場所に当てられるかってことだろ?力技でどうにか出来るモノじゃない。技術とコントロールと、正確さ。
 橋場さんの言う通り、こういうのは得意だ。狙った獲物は外さない。
 先攻は滝沢に譲ってやり、彼の点数を見届けてから構えに入る。
 1回目。――ビンゴ。
 おっと、少し右に逸れたか?相棒とは違う構えに狙い目がずれたが、すぐに感覚が追いついていく。
 2回目、3回目と投げ合っていく。点差は面白いほどに開いていき、8回目にはもうブルを連続しても追いつけないほどになっていた。
 9回目は必要ないだろう。
「――まだ続ける?」
 にやにやしながらダーツを滝沢に渡したが、彼はそれ以上投げようとはしなかった。
「勝てると思ったのに……」
「だから言ったじゃん」
 ずずーっと底に残ったオレンジジュースを飲み干して橋場さんが笑った。
 先ほどから僕のコップも空のままだった。本当は飲みたいんだけど、さっきからドリンクコーナーを邪魔している男がいるのだ。
 ボウリング場で僕に声をかけたあの男。
 ドリンクを取りに行った時に睨みつけてやったが効果はなかったらしく、にやにやとしたあの薄ら笑いを浮かべながら通り過ぎる若者に値踏みするような目線を送っている。
「西島くん、飲まないの?」空のコップを指して「持ってきてあげようか?」
「……今はいい」
「そう?んじゃ、あたしオレンジにしよっと」
 立ち上がる橋場さんの腕を掴んだ。
 どうしたの?と首を傾げてくるので「今はやめた方がいい」とだけ言う。
「何で?」
「世の中にはね、君みたいな真人間が知らなくていいこともあるから」
「はあ?」笑われた。「判んないよ。どうしたの?」
「意味なんか判らない方がいいよ。とにかく、今は行かない方がいい」
「お金払ってるのにもったいないじゃん。何よ、ちゃんと言ってくんなきゃ判んないよ」
 あぁもう。
「――あそこに」と、僕はドリンクコーナーの奥を顎で示した。「男が立ってる。見た感じ外国人の。さっきからこっちを見てる」
「……うん、いるね。知り合い?」
「知りたくもない」知られてしまったけど。「目を合わせちゃダメだよ。2回までならいいけど、3回目に目を合わすとあるサインを送ってくる」
「サイン?」
「――ほら、鼻の頭を擦っただろ?あれがサイン」
 幸いなことにそのサインを向けられたのは僕たちではなかった。
「知ってても知らなくても、男は寄ってくる人間に同じサインを送る。そこで相手が話しかければ、ウリが成立する」
「ウリ??」
「クスリだよ。ドラッグ」
 うげ、と橋場さんは蛙が轢かれたような声を出した。
「あいつはクスリの売人だ。見境なく誰彼構わずクスリを売ってる」
「く、詳しいね……」
「さっき声をかけられた」
「ひゃー!ど、どうしたの!?」
「どうもする訳ないだろ。誰がクスリなんてやるか。消えろって言ったんだけど僕の話なんか聞いてなかったみたいだ。判りやすく言ってやったのに」
 世界共通語だから通じると思ったのだけど。外国人相手の仕事もよくあることだったので英語ならどうにか会話できるし。発音はちょっとアヤシイけど。あと使えるのは中国語とロシア語くらいだが、こちらは単語を並べる程度しかできない。
「でも、何であの人、こんなトコでそんなコトしてんの……」
「高校生相手にさばくモノくらいしか持ってないんじゃないの?アタックとか、Sとか」
「何それ」
「クスリの種類」
「……西島くん、怖い」
「昔の僕を知ってる君にいわれたらオシマイだね」
 氷も溶けて水しか残ってないコップを一口。早くどっか行ってくれよ。
 男に背を向けているが気配がある。もっときつく言ってやるべきか、と悩んでいると、
「あの……西島くん……」
「どうかした?」
「あの、ね……」
 向かい合っている彼女の目線はドリンクコーナーへ釘付けだ。
「何か、女のコがその人と話しちゃってるんだけど」
「――知らないよ。ナンパかと思ってるなら話せば逃げる」
「でも、お金渡しちゃってるよ……」
「それならもっと無視するべきだね。そのコはそういう目的で近づいてるだけだ」
「でもヤバイでしょ?クスリだよ?犯罪だよ?」
「判っててやる人間は放置すべきだ」
 クスリは自ら手を出さないと得られない代物だ。中学生程度になればクスリが犯罪行為であることくらい考えられる。それでも買う人間は――ただの馬鹿だ。


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