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作者: 花音 (総ページ数: 23ページ)
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*5*
少女が幾つくらいなのかは後ろを向いているので定かではない。しかしそれが中学生だろうと大学生だろうと責任の重さは変わらない。金を出すのもクスリを買うのも、それで人生を台無しにするのも彼女が選んだ道なら、誰が止めたって無意味だろう。
「西島くん、西島くん。ヤバいでしょ。どうしよう」
「見なければいいじゃない。――ココで犯罪行為が行われていたって、僕たちとあいつらの見ている世界は違う」
「――でも、目の前でそんなことになったら……」
我慢できない、と橋場さんは立ち上がった。コップを手にしてずかずかとドリンクコーナーへ向かう。
「ちょ、ちょっと!」そりゃ慌てるだろう。「ダメだって!橋場さん!」
「――さ、佐藤さんじゃない!偶然だねぇ!」
って、サトウサンって誰だよ!
橋場さんは赤の他人に対して、棒読みとしか言いようのない大声を上げた。
男が吃驚して少女に差し出していたモノをポケットへ捻じ込んだ。少女の方は自分が声をかけられたなんて知る由もなく――佐藤さんじゃないなら当たり前だ――男に向かって「早く寄越せ」とばかりに掌を突き出す。
「ねえねえ!佐藤さん!あっちでダーツやろうよ!みんないるからさ!」
……全く。この後の展開なんて考えもしないで行動するんだから。
佐藤さん佐藤さん、と連呼されながら肩を叩かれた少女は、ふるふると頭を揺らしながら橋場さんへ振り返った。その横に僕も慌てて追いつく。
「……いやぁ、佐藤さん!こんなところで偶然だねぇ!」
しまった。僕も棒読みになってしまった。
焦点の合わない瞳で、僕と橋場さんを交互に見る。――が、とろんとした涙目にはきっと僕たちの輪郭すら映ってないだろう。
「とりあえず彼女連れて朝日奈たちんトコ行ってなよ」
「西島くんは?」
「この場を何とかする」
女のコ二人を後ろへ追いやってから逃げようとする男の手首を掴んだ。関節を握りこんで逆向きに軽く捻る。
やめろ、と男は英語で呟いた。……英語、通じるじゃん。
男に判り易く僕は英語で続けた。
『ドコの組の者か知らないけどさ、一般人に捌かないとマズいシノギでもあるのか?これ以上、大事な遊びをブチ壊したらここら辺のヤクザにあんたを密告するよ?』
昔、地場争いをしていたヤクザの名前を3つほど並べてみると、判った、悪かった、と連呼しながら出口を指した。
『さっさと消えろ』
エレベータ側の廊下へ男を突き飛ばすと、転がるように男は逃げた。
こっちの場は何とか終了。さて、あっちの場は何がどうなっているやら……。
振り返ると少女は橋場さんに抱えられている格好になっていた。長い薄茶色の髪が邪魔をして表情までは判らない。完全にトリップ状態らしく体に力が入らないのだろう。
「――で、このコどうすんの?」
戻りながら橋場さんに尋ねると、どうしよう、と想像していた通りの答えが返ってきた。「何にも考えてなかったでしょ?」
「うん……」
「説明してよ、ユイ」女史も手を貸しながら「サトウさんというのは誰だ?」
「佐藤さんは僕の近所に住んでる人なんだよ」と嘘。「ねぇ、橋場さん?」
「え?……そ、そう!そうなんだよ。ちょっとナンパされて困ってるみたいだったから思わず声かけちゃって……」
「困ってるというより酔っ払ってるみたいだな」
滝沢が心配そうにしゃがみこんで彼女の顔を覗き込んだ時だった。
彼女の膝がガクンと折れてその場に倒れこむ。ひくひくと肩を震わせてまるで痙攣を起こした時のようにうずくまった。
――まずい!
咄嗟に着ていたパーカーを脱いでうずくまる彼女の下へ押し込む。間一髪のところでフロアを汚すのだけは間に合った。ゲェゲェと女のコとは思えない呻き声を上げて少女は嘔吐を繰り返す。
「ったくもう!あんたどれだけキメてんだ!馬鹿!」背中をさすりながら「滝沢!悪いけど下に行ってカラオケ部屋を借りてきて!彼女横にさせるから」
「え?あ、ああ。了解!」
「朝日奈、女史!申し訳ないけど僕と彼女の着替えを買ってきてもらえないかな?金はこっから出していいから」
朝日奈に財布を投げつける。朝日奈は事態が飲み込めない様子だったが、さすがクラス委員長、桜井女史は「行くぞ」と朝日奈をひきずるようにしてエレベータへ向かってくれた。
「橋場さん」
「は、は、はい!!」
「フロントでタオル借りて濡らしてきてくれるかな?さすがに女のコの髪がゲロ臭いのは可哀想だから」
「わ、判った」
慌ててフロントへ向かおうとして、しかしエレベータを待つことなくすぐに橋場さんが戻ってきた。
「どうしたの?」
「エレベータがまだ上がってこないから。……これ着てて」
ざく編みのポンチョみたいな上着を僕の肩に乗せる。
「え?何で?」
「――そんな腕見たら、誰でもそうしたくなると思う」
それだけ言うと橋場さんはエレベータを待ちに走って行った。
……あぁ、そっか。
肌を晒したくない、と思うのは、体中についた昔の傷を人に見られたくないからで。
パーカーを提供してしまった僕の醜い傷だらけの腕を隠して欲しかったのだろう。