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be there *完結*
作者: 花音  (総ページ数: 23ページ)
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10~ 20~

*9*

 彼女を助けたいんだ、と唐突に滝沢が言った。
「助ける?」意外な言葉だった。「彼女を?ドラッグから?」
「ドラッグさえなかったらあのコだって俺らと同じ高校生だろ?何が辛くてそんなモノに手を出したのか判らないけど」
「辛いことなんてなかったかもよ?」
 滝沢の言葉を封じるように言った。
「興味本位、周りから勧められて、ダイエット、試験前の覚醒……ドラッグは現実逃避の材料じゃない。むしろ現実をより楽しくする為に手を出す人間が多い。自分でその面白さを得る理由でドラッグに手を出したなら、僕たちに助ける手段も理由もない」
 きつい言い方かもしれないけど君たちにはもう彼女に関わって欲しくない。人でない人なんて見たことがない君たちは、完全な『こちら側』の住人の君たちには、『あちら側』の汚い部分や醜い部分を見て欲しくない。
「――だけど、お前は助けるんだろう?」
「僕だって助けないさ」
「いいや、助ける」朝日奈は断言した。「お前は彼女を救おうとする」
「どうして……?」
「ドラッグを経験した人間を見てるから。合法ドラッグだっけ?街中で平気で売られてるドラッグすら知らなかった俺たちと違って、自分は少なくともドラッグを知ってる。中毒になった人間を見ている。だから自分には何かの因縁めいたものがあって彼女と出会った。だから自分だけはどうにかしなくちゃいけない。――きっと西島はそう考えるだろうな」
 本人である僕が『助けない』と言っているのに、朝日奈は目の前で決めつけた。僕自身が関わりあいたくないと思っているのに?あんなクスリに溺れた人間など目を背けてしまいたいのに?
「それにね、西島くん」橋場さんが言う。「あたしたちだってあのコに関わっちゃったんだよ?あたしたちと同じ高校生がドラッグを買ってるって知っちゃったんだよ?見てしまったものをなかったことにできるほど、簡単な事件じゃないでしょう?」
「ドラッグがどんなに恐ろしいものかは体験や経験者がいなくても私にだって想像できる。それでも私たちは、彼女を救ってあげたいと思うんだ。何も知らない人間がそう思うのは……無知な人間のエゴか?傲慢か?
 同じラインに立つ人間を、同じように生きていて欲しいと思ってはいけないか?」
 思わず椅子からずり落ちそうになった。
 何なんだろう……この揺ぎ無い力は。
 だって他人だよ?昨日ほんの数時間、一緒にいただけの他人なんだよ?彼女がこれからドラッグを続けようが警察に逮捕されようが、名前も知らない他人なんだから全く関係ないじゃないか。君たちは今まで通り、完全なる『こちら側』の生活を送ればいいだけのことだ。それなのに、どうしてわざわざ人生に傷をつくるような真似をする?人生だけじゃない、心にもダメージを受けるかもしれないハイリスクな行為に及ぼうとするんだ?彼女に関わるというのはドラッグに関わることであって、それは法に触れることになる。真っ白な君たちが染めていい色じゃない。
 反論できない僕に女史が続ける。
「これがどれだけ大きな事件なのかは承知している。それでも西島が飛び込んでしまいそうな気がするから見なかったことには出来ない。西島が一人で背負うことでもない。私たち全員が彼女と関わった。だから全員で助ける。どんな部分を見せられても」
「――犯罪、だぜ?」
「判ってる」
「飲み込まれてアウト、なんてことになるかも?」
「誰が飲まれるか」
「はっきり言ってドロドロだよ?汚くて醜くて情けないよ?」
「ドラッグのない彼女は違うかもしれない」
 参った。
 降参だよ。

 諦めたように両手を挙げた。
「ただし」と前置きをして続ける。「残念ながら、彼女には『目が覚めたら勝手に出っててくれ』て言っちゃったからね。僕が帰って彼女がいなかったら助けようがないんだからね」
「そんなの簡単じゃん」
 滝沢が、何言ってんだ?という顔で答える。
「あのコ、近所なんだろ?家判ってるならいつでも顔見られるじゃん」
 ……そうだった。
 って、いやそうじゃないんだけどね。僕は本当に彼女の名前も住所も知らないんだけどね。
 などと今更に言えるはずもなく、自分でついた下手な言い訳につっこみを入れたくなった。
「――とにかく、帰ったらまた連絡するから、今は自習自習」
 朝の一時限目から話す内容じゃないよ……。
 しかし、彼女が朝日奈たちを受け入れてくれるかは甚だ疑問だ。彼女にはきっと彼女の領域、テリトリーがあって、彼らの侵入を快く思わないだろう。彼女の中心はドラッグだ。ドラッグを否定する人間はまず許容されない。仲間も恋人も親も必要ないかもしれない。ドラッグが全てならその他は排除しても困らない対象になる。
 それでもあいつらのことだからどうにかして接点を持とうとするんだろうなぁ、と考えたところで腹の虫が栄養をよこせと訴えた。モーニングを食べ損ねたからな……机の奥から非常食を取り出し、教師がいないのをいいことにぱくつきながら課題に取り掛かる。
 栄養を補助するだけのそれは、朝からゆったりとした気分で食べるモーニングには比べ物にならなかった。昔はこれで1日凌いだことだってあるのに、人間というのは貪欲な生き物だ。生きる為だけに食べていた食事はおよそ食事とは言い難いモノばかりだったはずで、昔の僕からすれば時間をかけて食事を摂るなんて考えもしなかった。誰かが淹れてくれた紅茶を飲み、作られた食事を時間と共に取り込んでいく。穏やかな生活は僕の荒れた心すら少しずつ解してくれているようだった。
 だからきっと、僕はあのコに手を差し出さなきゃいけないのかもしれない。
 人間とは思えない生活を送っていた僕が優しい仲間や時間や生活の中で生きられるのだから、あのコにだって穏やかな生活が送れるのかもしれない。
 空腹によって張り詰めていたものが落ち着いたせいか、助けない、と言ったはずの僕はやはり朝日奈の言うように『手を貸さなきゃいけない』と思うようになっていた。



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