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be there *完結*
作者: 花音  (総ページ数: 23ページ)
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10~ 20~

*8*

 コンクリートに腰を下ろし、あと何分かな?と時計を見遣った時だった。

 一台の車がヘッドライトを落として近づいてきた。見事に10分以内。こういう仕事の早さは感服する――が。
「……つーか、タクシーじゃないじゃん、あれ」
 タクシー特有の、車のてっぺんについてる冠みたいなモノがまずない。白とか黄色とか判り易い色をタクシーは使っている筈なのだが、やって来た車は暗い夜の闇にすっぽりと包まれてしまいそうに真っ黒だった。
 ……どこのタクシー会社がベンツを使うっていうんだ!
 嫌な予感はしたが車はブレーキングを殆ど感じさせない所作で目の前に止まり、運転席からこれまた真っ黒なスーツに身を固めた初老の男性が降りてきた。
「――西島です」僕は言う。「お願いします」
「かしこまりました」
 男性は恭しく後部座席の扉を開けた。
 はて僕はタクシーを頼んだ筈なのだけど、と思いながら佐藤さん(仮)の腕を掴んで肩に乗せる。少しは意識が戻ってきているのか引きずられることはなく、ふらふらと起こされて車へ押し込むことができた。
 自宅の住所を告げる前に車が走り出す。
 ――疲れた。
 みんなはもう家に着く頃だろうか……明日は午前中だから絶対……学校に行かないと……テストが返ってくるし――。






 どろどろとした眠気に襲われた。





 カクン、とギアをパーキングに入れる感触で目が覚めた。
「――着きました」
 驚いて目を開けると、確かにそこは僕のアパートの玄関だった。
 職安通りを抜けた記憶すらない。のび太くん並に眠ってしまったらしい。
「ありがとうございました」
「自宅までお運びしましょうか?」
 後ろを振り返ることなく尋ねられ、大丈夫です、と答える。部屋は2階だが女のコ一人くらいは抱えていける。十分、睡眠も取らせてもらったことだし。
 再びドアを開けてもらって彼女を抱える。降りる前に「あの、お金は?」と聞いてみたが、お気遣いなく、とやんわりと拒否されてしまった。タクシーではないのでメーターもない。どうやらチップか何かと勘違いされてしまったらしい。
 乗り心地抜群のベンツと執事のような男性に礼を言い、
「ホラ、とにかく上がって」
 傍から見れば泥酔しているような佐藤さん(仮)をアパートへ招く。
 橋場さんが「うぐいす張りみたいだね」と笑った、歩くたびにギシギシと音のなる階段を何とか上りきり、しばし休憩。それから再び音を立てながら廊下を歩いていくと、不意に扉が開いた。――勿論、僕の部屋ではない。
「……お持ち帰りか?」隣人は言う。「合意か?」
「不本意ですよ。僕が」
「本意ではないお持ち帰りなど聞いたことがないぞ」
「家も名前も判らないのに、人の目の前でぶっ倒れたんですよ?持って帰ってくるしかないじゃないですか」
 隣人――音無さんはうなだれる彼女をまじまじと見つめる。それから露骨に眉間に皺を寄せた。
「それは人間か?」
「人形に見えますか?」
「――人形と言うより、人間の形をした塊のようだ。生命が感じられん」
「……音無さんは時々、怖いことを言いますよね」
 確かにそうだ。彼女は人の形をして人と同じように生活している筈だけど、今は殆ど『人間』とは言えない。ドラッグに飲まれ意識を失った人間は人ではない。
 初めて会った時、外見から高校生に決定された僕に平気で軽トラを貸して、「二十歳以上だと思った」と爆弾発言をしたんだっけ。この人には外見に惑わされない特殊な瞳を持っているのかもしれない。
「あの」腕を担ぎ直して「ちょっともういいですか?本気で重いんで」
「あぁ悪かった。――おやすみ」
「おやすみなさい」
 音無さんは扉を閉めた。僕は自分の部屋の扉を開けた。
 真っ暗な部屋にとりあえず彼女を寝かせ、隙間に布団を敷いて移動させる。熱帯夜特有の肌に纏わりつく空気に眉をしかめながら。
「……とんだお持ち帰りだよ、ほんとに」
 仰向けに寝かせた佐藤さん(仮)は、女のコとは思えない豪快ないびきをかいて熟睡している。楽しそうだな、本当に。人の気も知らないで。
 むかむかと腹の底が沸騰してくる。叩き起こして罵詈雑言を浴びせたくなる気持ちを飲み込むように、冷蔵庫のビールを呷った。
 丸めた背中に強烈な朝の日差しを感じて目が覚めた。

 腕にはめたままの時計を見ると既に7時近い。やばい寝坊した。
 パジャマ代わりのTシャツとハーフパンツを脱ぎ捨てて、布団に寝ている女のコの存在を思い出した。すっかり忘れていたが今はそんなことを考えている余裕も時間もない。女性の前であるまじき格好のまま洗面所へ駆け込んだ。手早く身支度を整えると待ち構えたような腹の虫が朝食を希望する。……モーニング食べ損ねたな、クソ。
「ちょっと、ねぇ起きて。おいって」
 紙パックの野菜ジュースで腹の虫を宥めながら、今度は猫みたいに丸くなってる佐藤さん(仮)の肩を揺すった。――起きる気配がない。
「……あぁもういいや。鍵の心配もしなくていいし、申し訳ないけどココには盗んで得するようなモノもないからね?起きたらさっさと出てってくれよ?」
 判ったのか判ってないのか、佐藤さん(仮)だるそうに右手を上げてふらふらと振った。意識が返ってきただけ昨日よりマシだろう。それでも現状を把握してないあたりドラッグから脱しているとも言い難いが……。
「――っと、電車!遅刻!」
 遅刻一つで大騒ぎする男子高校生は珍しいか?僕は学校が大好きだし『つまらない』と口を揃える授業も大好きだ。毎日、厭きることなく通うのは――最初は与えられた場所だったからかもしれない。でも今は純粋に僕自身が楽しいと思うから通い続ける。
 駅までの道を自転車で全力疾走。息つく暇もなく今度は満員電車へ滑り込む。駅から学校までは短距離勝負。これに水泳が加わったらトライアスロンみたいだ、と動悸を抑えながら校門を抜けて教室へ。
 教師とご対面するかと思いきや、目の前に飛び込んできたのは昨日のメンバー。
「……て、あれ?授業は?」
「自習だ」女史が笑う。「一番乗りの西島にしては珍しい慌てっぷりだったけどな」
「くそ〜……何てマンガみたいなんだ」
「それより」と滝沢。「ちょっと、俺の机集合」
「はあ?」
 いいからいいから、と滝沢に腕を掴まれる。彼の席は窓側の一番後ろなのでよく男たちが女子に聞かれたくない話で密かに盛り上がっている。
 滝沢の席なのに何故か僕が椅子に座らせられた。そして僕を囲むようにみんなが顔を寄せ合ってくる。
「……何か、怖いんだけど」
「しょうがないだろ」声を落として朝日奈は「聞かれちゃマズイんだから」
「ということは、昨日のコトだね?」
 そうそう、と橋場さんが顔を近づけてくる。
「佐藤さん、どうなった?」
 どうなった、と言われても……。ウチに泊めました、てのもまた問題発言とみなされそうだな。かといって知らない家の話はボロが出そうだし。
 それに、彼らに嘘を吐くのはやめた方がいい。
 こんなにも『他人』に優しい彼らなのに。
「――今、家で寝てる」正直に伝えた。「僕の家だよ」
「自宅には届けなかったのか?」と、荷物か何かのように女史が尋ねた。
「……家の鍵が閉まってたんだよ」ここは、ごめん。「夜中近かったし彼女はすっかり熟睡しちゃってるし。しょうがなく」
「それで?まだ寝てるのか?」
「寝てるみたいだったよ。僕も寝坊しちゃってちゃんと声かけなかったけど」
「西島」と再び女史。「あのコをどうするつもりだ?」
「どうするって?」
「このまま放っておくつもりか?」
「出来ることならそうしたいね」
 これ以上あのコに――ドラッグに関わるのはごめんだ。彼女の姿は封印した『彼』の姿を思い出させる。だらしなく醜く情けない『彼』の姿が。
「朝、学校へ来る前にネットで調べてきた」と、事も無げに女史が言う。
「調べた?」ドラッグを?「ていうか、いつの話だよ」
「だから学校へ来る前だ」
「だって、昨日帰ったの夜中近くじゃん。朝っていつの?」
「どうにも気になって眠れなくてな。5時ごろ目が冴えてしまったから駅前のネットカフェで」
 ……睡眠時間が3時間くらいなんじゃないか?そういえば目が少し充血してる。
「女史、肌に悪いよ?」
「うるさい。……ただ、ネットの情報というのは、何て言うか、薄っぺらいんだ。満足できない」
「それで?」
「西島にいろいろと聞きたいことがある」

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