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作者: 花音 (総ページ数: 23ページ)
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*7*
「ドコにでもいるんだよ。普通の顔して、普通に街に溶け込んで、普通にドラッグを売ってる人間が」
そんな人間は見たことがない、と女史が反論する。
「あたしたちは別に今日、初めて遊びに来た訳じゃない。朝まで遊んだことだっていっぱいある。だけどそんな人間を見たことも声をかけられたこともないぞ」
「ドラッグを売る人間は何かしらの合図を送ってくる。それに気づいた人間が――ドラッグを買う気があれば合図に応える。女史たちは合図を知らないしドラッグに興味がないから気づかなかっただけなんだよ」
「……千尋、詳しすぎ」滝沢が笑う。「あ、でもお前を信用してるってのは変わってないぜ?きっとお前の身近にいた奴から聞いたんだよな」
「まあそんなところだよ」話を戻して「ドラッグには色んな種類がある。ちょっと前までは『合法ドラッグ』なんて言われてたモノがあるくらいだ。露天で堂々と売られてるのを見たことがある」
合法?と朝日奈が眉をしかめた。
「ドラッグそのものが違法だろう?」
「そう。確かに違法だ。その辺の基準というか何で合法だったのか僕にも判らない。今は完全に違法だしね。売ってるの見たことない?」
ないよ、と全員が答えた。この街で合法ドラッグすら見たことも聞いたことがないなんて拍手喝采ものだ。
「それで西島」佐藤さん(仮)を指して「彼女はこの後どうなるんだ?」
「……キメた量にもよるけど、さっきむちゃくちゃ吐いたから大分落ち着いてると思う。目が覚めれば普通に戻ってるよ」
「そうか。よかった」
「ただし、またすぐに手を出すと思う」
「……どうして?」
「中毒者だからだよ。体内からドラッグが完全に抜けることはない。少しでもなくなればまたドラッグを枯渇する。そうして次第に量が増えて、キメるモノも強くなっていく」
一度でも手を出せば抜け出せない、悪魔のメビウス。それがドラッグだ。
「彼女の場合、人目も後ろめたさも感じられない。こんな場所で堂々と買おうとしてたんだから。ドラッグはね、『やっちゃダメだ』と思わなくなったらアウトなんだよ」
「彼女がもうアウトだと言うのか?」
「そうだよ」僕は断言した。「常用者の枠じゃない、中毒者だ」
みんなは何を話していいのか判らなくなってしまったらしく、それきり黙りこんでしまった。
時計を見ると既に終電が近い。全員をこの状態で徹夜にするのはまずい状態だ。
「とにかく、今日は解散。朝日奈たちは悪いけど女史と橋場さんを送ってあげて」
「千尋はどうするんだ?」
「彼女を家まで送るよ」
「――え?」
驚いた声を上げたのは橋場さんだった。そりゃそうだろう、僕は彼女の名前すら知らないんだから。
「家が近いから送っていくよ。ご両親には具合が悪くなったとか言っておくし」
「で、でも西島くん。だってそのコ……」
「橋場さんが声かけてくれたけどね、早く帰らないと叔父さんが心配するよ?」
判るでしょう?
違う意味を含めた目線を送ると、橋場さんは「判った」とうなずいた。
君が声をかけた責任はない。あるのは君に売人のことを教えた僕の方なんだから。僕は一人暮らしだし君には心配をかけたくない人がいる。例え女のコでもこんな状態の人間を叔父さんに見せる訳にはいかない。
「大丈夫。彼女の家も知ってるし、両親には上手く伝えておくから」
「何か、悪いな」滝沢がいきなり謝った。「俺ら何にもできなくて」
「滝沢たちには感謝してるよ」
ドラッグに溺れた人間に救いの手を出してくれたこと。
ドラッグの話を聞いても逃げずに考えてくれたこと。
僕を信じてくれたこと。
口に出せない色々なことを黙って受け入れてくれたこと。
本当に心から感謝してる。
僕たちがドラッグの話をしていても、カラオケの終了の電話が鳴っても、佐藤さん(仮)は相変わらず意識不明だった。
滝沢は「もういいよ」と言う僕に「お前じゃ潰れそうだ」と言って彼女をおんぶしてビルを出てくれた。よく呑みすぎて抱えられている女性(男性もか)いるせいか、新宿という街が他人に無関心なのか、誰も僕たちを振り返ることはなかった。
家路を急ぐ人たちで混み合う駅は避けて、人通りも少ない職安センターの前で彼女を下ろしてもらう。
「ほら、滝沢たちは早く戻って。終電に遅れたらアウトなんだから」
「西島はどうすんだよ」
「タクシー拾って帰るよ。彼女は電車には乗れないよ」
今は意識不明だから抱えれば済むけど、目が覚めてまだトリップしてたりフラッシュバックで暴れられたりしたら面倒だ。
「タクシー代は彼女の両親にもちゃんともらうから。ほんと気にしないで」
早く早く、とみんなを急かして駅へと向かわせる。
姿が見えなくなったのを確認してから、ポケットから携帯を取り出した。
「本意じゃないけどね」独りごちて「緊急事態だ。使わせてもらおう」
メモリーには登録していない番号をプッシュする。軽いコール音の後、自分の名前も僕の名前も言わずに電話の主は「どうしましたか?」と尋ねてきた。
「寝てませんでした?」
「いいえ」即答だった。「急用ですか?」
「あのさ、タクシー会社に顔きく?」
事前に定期連絡を受けていたので「今日はご友人と遊ぶ約束をしていませんでしたか?」と言われてしまった。
「不測の事態で女のコを一人拾っちゃったんですよ。意識ないし、電車で帰るのも面倒なんですけど、普通のタクシーで家まで帰ると怪しまれそうでしょ?見た目高校生の僕が、意識不明の女のコ抱えて、新宿から家までタクシー使うのって」
金銭的な疑問、犯罪の臭い、家出か駆け落ちか……無線で警察に通報されそうだ。
「あんたのコネで家まで送ってくれるだけのタクシー、手配して下さい」
「判りました。今どこですか?」
「だから新宿です。職安センターの入り口」
「10分で向かわせます」
言うなり、電話が切れた。
あいつに頼んだタクシーがどこを走っているのか定かではないが、10分とは相変わらず仕事の早い男だ。
駐車禁止のポールに寄りかかるようにして眠り続ける佐藤さん(仮)を見て、思わず溜息が零れる。
「……どんな理由であれ、ドラッグに手を出す免罪符はないよ?ドラッグをやった人間は、生きたまま死ぬか、死んだように生きるか、それしかないよ?」
答えなど返ってくるはずもなかった。