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*110*
ぽっかり空いた丸い穴の口から月の光が降り注ぐ。
「私のナイトになってくれないかしら。命の危険も伴うからそれなりのお返しもするわ」
ナイトは迷わずにうなづいた。
「貴方の要求を聞かせていただけるかしら」
首をかしげるとナイトは真っ直ぐにルリィを見つめて口を開いた。
「もし、俺が戦いで命を落とさなかったら、その時はお前が俺を食ってくれ。もともと俺は生贄専用としてきたんだ。……俺は……この世にいていい存在じゃ、ない……」
最後のほうはまるで自分を責めたてるように聞こえた。
「――そんな、なぜ!?」
聞いても口を割らないナイトにルリィは悲しみの眼を向ける。しかしこれも契約の一つだ。
「……わかったわ」
噛みしめるようにルリィは小さくうなづいた。
今思えばナイトはずっと自分が狼人間で、生きていたら誰かを傷つけてしまうのではないかと恐れていたのかもしれない。だから自ら死を望んだのだろう。
「ナイト、戦いが終わったら貴方はどうするの……?」
考えが変わっているのではないのだろうかと希望をたくしてルリィは静かに聞いた。後ろで息をのむ音が聞こえる。きっと契約の事を思い出したのだ。
「俺はこの世にいてはならない存在なんだ……だから」
「――そんなことないわっ!」
ルリィは反射的に叫んだ。振り返ったと同時に肩にかけていたカーデガンが落ちる。
「貴方は生きていていいの。ううん、生きなければならないの。貴方を必要とする人はきっといるわ!」
私のように。そう続けようとしたときナイトにそっと抱き寄せられた。割れ物に触れるようにそっと、温かい体温が伝わってくる。
「ありがとうな……でも、俺の答えは昔から変わらない。どうせならルリィ、お前に食われたいと願うよ」
「――っ…………」
悔しさと悲しさが混ざって頬に涙が伝う。いつの間に自分はこんなに涙もろくなってしまったのだろう。ルリィもナイトにぎゅっと抱きついて「馬鹿」と小さくつぶやいた。
きっと彼の考えは変わらない。それに自分はあの夜に契約を結んでしまった。これがナイトの望むことなら――
「貴方は大馬鹿野郎ね。そんな馬鹿は私が血を指の先まで一滴残らず吸い尽くしてやるわ」
赤い眼でルリィはその時精一杯の勝気な笑みを浮かべた。
自分のために涙を流して「生きてもいい」と言ってくれた彼女を心から大切に思う。
言葉では伝えられない想いを、言葉の代わりに届けるようにルリィを抱きしめた。
愛しい、そんな言葉で胸は埋め尽くされる。かなりの自分の重傷さ加減に笑ってしまいたいような気分になった。
(次、また生まれ変わったときも、お前に逢いたいよ)
今だけの時間を胸に刻み込むように、ルリィを抱く腕に力を込めた。
「あれで二人とも思いを打ち明けないとか、阿呆なんですか。どんだけ脳みそが鈍感なんですか。僕がハンマーであの男の頭を殴ってきましょうか」
しきりに暴言を吐くケイにキューマネット夫人もひっそりと笑う。
バラ園の隅の草むらに二人は隠れながらルリィとナイトを観察していたのだ。抱き合う二人は月に照らしだされて浮き上がっている。
二人とも周囲にはだだ漏れな気持ちがあふれているのに、一向に気持ちを言おうとはしないのだ。イライラする気持ちを収めるようにひたすらケイは悪態をつく。
「ひっひっひ。切ない、切ないのう。若い者は苦労や悩みが多くてなによりじゃ」
楽しそうに笑う夫人にケイは半分呆れ顔で見る。
「なんで楽しそうにしてるんですか。二人ともやってることは甘々なのに、言ってることは結構過酷ですよ」
眉間にしわを寄せながら隣でまだ笑っている夫人をなだめるように言った。しかしさらにひっひっひっひーと高笑いをあげた。このままじゃ見つかってしまいそうだ。
「ちょ、おばあ様」
静かにと押さえようとすると、ふんわりと夫人は笑った。
「大丈夫じゃよ、きっと。若いもんは悩んだり苦しんだりすることも多いが、その分だけ根っこが強いからのう」
エスプルギアの夜、前夜
皆が決められた位置に着き、その到来を待つ。
不穏な雲が渦を巻き始め、こちらへ向かってゆっくりと進んでくる。町の方はフレルやキャッツが対応してくれるから平気だろう。
「ナイト、派手に暴れることにしようかしら」
意気揚々と宣言するルリィにおいおいとため息をつく。だがとても頼もしいものだ。
「――それじゃあ、いくわよ」
今、鈴のような凛とした声がピストルを引いて開幕を宣言する。