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四章【厄介な秘密情報部】
「そろそろ来るころかしらね? ふふっ楽しみだわ」
「悪魔のよな笑みですね。引きます」
「あらあ、ひどい。とろけるような小悪魔の笑みって言ってほしいわ」
「どちらも同じじゃないですか。後者の方が気色悪いですし」
ミレット山脈を越えたその先。そこは活気栄えた王国が広がっている。
王国のシンボルでもある獅子の描いてある神々しい旗が所々にゆらめき、小さな子供の遊ぶ声、おいしいと有名なミートパイを売る店主の元気な声、ラッパを吹く合奏団の音色、人ごみの中をゆっくりと駆ける馬の蹄、さまざまな音で溢れかえっている。
王国の都市は今日も平和でにぎやかだ。平民から高貴な者まで階級関係なく通ることの許された、都市のど真ん中をつっきる石畳の道は多くの人が行きかっている。
その道をまっすぐ進むと巨大で美しい城が建っている。城は白壁で覆われ所々には純白や金銀が使われており見たものを圧倒した。
その城付近で売っている新鮮さが売りのリンゴ屋の前で二人の男、いや二人女、どちらか分からないややこしい二人組が密やかに話していた。
一方は男のようだが女性特有のしゃべり口調、もう一方は男性服に身をつつんだ凛々しく毒舌を吐く女性だ。どことなく浮いている二人、しかしその二人を一番浮かせている理由は誰もが目を止める美貌だった。
「これにも載ってない、これも載ってない……どこよぉ…………どこにあるっていうのよー……」
ルリィは力なく持っていた本を横に置いた。身の回りは本のタワーが出来上がっていて自分よりも背が高い。ざっと千冊は超えるだろう本達が乱雑に並べられ今にも崩れそうだ。
「片づけながら探せよな。本にのまれて埋まってても助けてやらないぞ」
ナイトが本に埋もれ隠れてて姿の見えないルリィに向かって呼びかける。その呼び声に答えるよう、何個かの本タワーがどかされ本の持ち主であるルリィが現れた。
「だってナイト、見つからないんだもの」
「3日この図書館の中でねばってもか? ここには三千冊以上の本があるから見つかるって3日前は胸を張って得意げな顔してたのに――」
「あーあ! それは言わないで、忘れて? いますぐ忘れてっ。結局見つからないのよ。『月光の雫』の在り処も情報も」
肩を落としてルリィは床に目を落とす。
一度、ケイと協力して調べたときはある古書からたった一文「月光の雫は必ず清らかな水である」ということが分かった。清らかな水、つまり汚れていな物や新鮮な川水などさまざまな液体を試したが一向に効果は出ず、八方ふさがり状態だ。
「最後の手は本からの情報だったのに……」
重々しくルリィは息を吐いた。それは今まで三日間探して疲れた息と憂鬱な気分がまざった大きなものだった。
「ほら、おつかれ」
そういってナイトは手に持っていたまだ温かい紅茶を差し出した。その優しさはルリィを心なしか涙目にさせる。そっと紅茶に口をつけると口の中にローズの香りがパアッと広がった。そして本気で涙を流す。
「そういえばもう長い間ドタバタしててバラ園にも行ってないわ。きれいに咲き誇っているかしら、私の愛おしいバラ達……」
一週間近く目にしていない悲しみと疲れも加わってめずらしく涙が頬をつたった。
「あ、ルリィ涙は試したのか?」
「ああ!」
ナイトの言葉にルリィは足元に散らばった本をさらに蹴散らしてすごい勢いで月光のグラスを自分の頬に当てる。
涙が一滴、月光のグラスの中に納まった。ポツンと音もなく雫は重力に従うまま落ちる。
「……どう?」
グラスに穴が開くんじゃないかというほどルリィはグラスを見つめたが、変化は一向に起きず涙は蒸発してしまう。
「はあああああ…………」
先ほどよりも大きいため息をついた。その様子にナイトは、今日の晩御飯はルリィの大好物の鷲にすることを決めた。
「旬の野菜を詰め込んだミネストローネ、脂ののったベーコンにパリパリのレタス、それを乗せるバターを練りこんだクロワッサンとフランスパン」
今夜の晩御飯のメニューだ。
(本当にナイトはなんでも作れるのね)
毎日違ったメニューの晩御飯はとても魅力的だった。今まで肉や血を好んで食べていたがナイトが家に来てから毎回がごちそうのように豪華でおいしそうだった。
その誘惑に負け、ルリィもナイトと一緒にあまり食すことがなかったものでも食べるようにしてみた。それからというものナイトの料理に惚れ、虜になっているのだ。
「そしてメインディッシュはガーリックと黒こしょうで焼き上げた鷲のステーキ」
「わあ! 私の大好物だわ!」
ルリィは子供のように満面の笑みで笑った。それにナイトも口の端を上げる。
「そんなに喜ぶなんて食い意地はってるな」
「そっ、そんなことないわよ!」
怒りながらルリィはフランスパンに手を伸ばす。
「確かにお肉は好きだけどこういったパン類も好きよ。特に香ばしくて外はカリカリ、中はふんわりのフランスパンなんかは……――!」
ルリィがいきなり音を立てて食卓から立ち上がった。
「おっと、危ない……」
倒れそうになったパンのバスケットを押さえ、ナイトは眉をひそめてルリィを見やる。だがルリィは視線に気づかずにバンッと机をたたいた。
「あるわよ!」
「……なにが?」
ルリィから少し身を引いた。ルリィは片手に持ったままのフランスパンをナイトに突きつける。
「月光の雫を見つける方法!!」