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大罪のスペルビア
作者: 三井雄貴  (総ページ数: 50ページ)
関連タグ: 天使 堕天使 魔王 悪魔  魔法 魔術 騎士  ファンタジー 異世界 アクション バトル 異能 キリスト教 失楽園 
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*11*


            † 六の罪 “白刃に誓いし復讐” (前)


「悪魔でもワインは飲むのね」
 泉に浸かっている影に、イヴが呼びかけた。
「……寛ぎの時間に貴様の声を耳にすることになるとはな」
 ワイングラスを口元より離し、気怠そうに口にするルシファー。
「悪かったわねえ……! まだ谷になんでいるのかも聞いてなかったじゃない」
「しかも居座る気か、厚かましい者だ」
 大きな岩に腰かけた彼女を横目で見遣る。
「あーもうっ、悪かったって言ってるじゃない! こっちだってあなたの入浴を眺めるほど暇してないんだから……」
「――俺には、救わねばならぬ者がいる」
 虚空を見つめ、徐に一言。
「あ、えっと……それも悪魔のお仲間なの?」
「毎度の如く襲いかかろうとせぬのは、此の身を悪魔であると知って怖気付いたか」
「そんな訳ないじゃない。親の仇なんだから」
「仇……?」
 僅かながら、ルシファーの目元に変化が訪れた。
「私の……私の親は、悪魔に殺されたの」
 意を決したように、イヴは明かす。
「親も騎士であったのか?」
「聖騎士ローラン。私の父よ。英雄とまで称えられたけど、最期は悪魔によって帰らぬ人となったわ」
「……良き剣だ」
「へ? あ、ありがと……って、聞いてんの?」
「形見か?」
「まあそうだけど……?」
 暫しの沈黙を挟むと、ルシファーは立ち上がった。
「ちょっと、ええっ……!? あうぁ裸のまま何を!? えっと、私……その、そういうの慣れてなく……」
 目のやり場に困って取り乱す女騎士に歩み寄ると、手を差し出す。
「貸してみよ」
「きゃ……ッ!」
 悲鳴を上げて顔を背けるイヴ。
「案ずるな、直ぐに返そう。お前を討つこと等得物が無くとも容易い」
「そういうことじゃなくて何か着てー! ……って、今……なんて?」
「……此れは…………」
「ねー聞いてる? 私のこと何て呼ん……」
(剣自身が……我が属性に対し尋常ならざる反発を示していると云うのか……?)
 彼女の言葉に耳を貸すことなく、全裸の悪魔は剣を握り締めたまま佇んでいる。
(……正義感の強き持ち主が確固たる信条に基づき振るい続けたが故か、剣自体が聖騎士を形成す要素を帯びかけている…………)
 赤面しているイヴに向き直った。
「真実のみを見通す我が瞳が告げる。やはりかの者を殺めたのは我が眷属に非ず」
「悪魔じゃない……? じゃあ誰だっていうのよ」
「地獄の者ではなかろう。闇の頂点に位置する我が身が此の剣より波動を同じくする殺気の残滓を感じなかった。悪魔との交戰歴は無いと云えよう。此れ程の達人、悪魔とて生半可な覚悟で挑むべき相手に非ず」
「あなたみたいなヤツが本気を出さずにやったとは考えられない?」
 水滴の滴る横顔に問いかける。
「俺は強者と刃を交えれば忘れぬし、斯様な名手を前にして力を出し切らぬ等無粋な真似はせん。他の大いなる悪魔も左様であろうよ」
 そう答えたルシファーの瞳は、どこか遠くを見ているようだった。
「お父様は強かったからね」
「他に、此の剣が云うには以前の使い手と大きく異なる理念で以て用いられていた訳ではない様であるな」
 衣を手に取りつつ、付け加える。
「お父様と……!?」
 目を瞠るイヴ。
「技の程は届いていないと視たが」
「わっ、私だって強くなるわよ……お父様みたいな使い手になってみせる!」
「フッ、然すれば剣もお前に応えようぞ」
 言い残し、ルシファーは去ってゆく。
「あっ、ちょっ……! 今私に何て……」
「剣に見合う腕を……」
「違うーっ! そうじゃなくて……あー、もうッ!」
 遠ざかる痩身へと投げかけられたイヴの怒鳴り声が、静まり返る泉に響き渡った。
「……え……?」
 外套を翻し、戻って来る黒装束。
「なによ。かっこつけて消えるんじゃなかったの」
「名だ。お前、何と云う?」
「相変わらず人に尋ねる態度とは思えないわね……。イヴよ」
 呆れ果てたようでいながらも、照れ臭いのか後半は視線を逸らし、小声になる。
「ほう……イヴか」
「な、なによ……?」
 困惑する彼女。
「否、訊ねただけだ」
「……そう」
「良き名であるな」
「あ、ありがとうね……」
 黙したまま僅かに笑みを浮かべると、黒衣の男は再び歩み出した。
「あ、あのッ! あなたの名前も……教えて」
 慌ててイヴが呼び止める。
「――魔王、ルシファー」
 立ち止まると、十数歩先より銀髪を揺らして彼女を流し見る半面は、確かにこう言った。



「ご主人様はすごく強いけど、それでいて優しいお方なのだ」
 上機嫌に語る幼女と、コクコクと頷く少女。
「他人に壁をつくりがちなアザミとこんなに仲良くなる子がいるとはなあ」
 遠巻きに見つめるデアフリンガーが苦笑を零した。
「女子(おなご)同士、気が合うのだろう。さて、そろそろ時間の方だ」
 二人に近づくツェーザル。
「ベル。長老がお呼びだ」

 沐浴よりの帰り道、ルシファーは夕刻の陽だまりに見慣れた姿を見つけた。
「お、ちょうど良いところに来たね。長老さん、アタシらに会わせたい人がいるんだってさ」
 アモンの説明に、微笑して首肯する長老。
「部屋を用意しておるゆえ、三人でごゆっくりどうぞ。そうじゃ、こんな山奥にいては味わえない珍しい魚が届いたゆえ、ぜひ今宵は……」
「――何処の魚だ」
 ルシファーが冷たい語調で尋ねた。
「海から届いたばかりの……」
「内陸でなくば海であろう。何処の海より誰が贈ってきたのかと訊いている」
 刺すような瞳で長老を直視する。
「ご厚意を疑ってかかるとは無礼千万! もはや我慢ならん。その態度、改めさせてやる……!」
 剣の柄に手を伸ばしたツェーザルの前に無言で歩み出た師は、掌を重ねるようにして制止した。
「許し難き言動の数々、この期に及んでなおも見逃すのですか!?」
「この谷に憎しみはいらん」
 厳かに諭す。
「賢明な判断だ。此方が其の気になろうものなら最後、貴様ら等跡形も無く始末して呉れたわ。……否、唯一人のみを除いて、か」
長老を一瞥するルシファー。彼は応じること無く、その場を後にした。慌てて後を追う弟子と部下たち。
「一昨日、飲み交わした広間にて待っておるゆえ、気が向いたらいらしてくださいな」
 何歩か進んで足を止めると、長老は改めて告げた。

「うわぁあああご主人様ぁあああ……ッ!」
 泣きじゃくって魔王に跳びつくベルゼブブ。
「抜かるでない。万魔殿に着く迄が遠足だ」
「……吾輩を助けに来てくれたのではなく遠足だったのか……ご主人様が来てくれると信じて待っていたのに、ずっと待って…………」
 彼女の手には、ルシファーを描いたと思われる十数枚の紙が握られていた。
「魔王様ったら、お嬢のこと心配してたじゃないか」
「ア、 アモン貴様……ッ!」
 珍しく狼狽える地獄の支配者。
「え、ホント!? ご主人様ッ」
 顔色を一変させ、ベルゼブブは詰め寄る。
「……まあ嘘か真かで云……」
「ホント!?」
 食い入るように覗き込む、丸々とした眼(まなこ)。
「さ、左様だ…………」
 観念したように目線を逸らし、消え入るような声を絞り出した。
「まったく……単純なんだから。ま、お嬢らしくて安心したけどねえ」
 半笑いで呟くアモン。
「単純って言うなー! でも吾輩もアモンに会いたかったぞ」
 喜怒哀楽に富んだ彼女を、両悪魔は温和な面持ちで眺めていた。

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