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大罪のスペルビア
作者: 三井雄貴  (総ページ数: 50ページ)
関連タグ: 天使 堕天使 魔王 悪魔  魔法 魔術 騎士  ファンタジー 異世界 アクション バトル 異能 キリスト教 失楽園 
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*3*

                 † 二の罪 “神の代行者” (前)

 かの者の背後に展開された魔法陣から爆炎が赤々と噴出し、その双唇を閉じる瞬間と同じくして、耳を劈く爆発音が轟いた。
「な、なんだァア!?」
 次々と天高く舞い上がる兵士たち。彼らが目にしたのは、地面が大蛇の如く隆起して破片を撒き散らしながら、水柱のように足場ごと部隊を跳ね飛ばしてゆく様であった。
「この技……あの場から一歩も動かずに……!?」
 十字に座したままの標的を睥睨してドゥーベが唸る。
「マグナ・カーデス。……貴様らに墓標は要らない」
 言い放つと、天へ浮上しつつ焔の鞭で地上を灼き払う魔王。
「さすがと言いたいところだけど、この人数相手じゃキリがないねえ」
 アモンは屋根に飛び乗ると、頭上の相方に声をかける。
「フン、大技を出すに値せぬが谷へ到る前に調子を確認しておくのも良かろう。“あれ”を拡散して地上を一掃する」
 宣言すると、眼前に七の魔力球を十字状に生じさせた。
「――オブスクリアス・メテオ……!」
 煌めきと共に、七発全てが斉射される。
「本来、大軍相手に用いる攻撃ではないが心して受けるが良い」
 前方、射線上に多面体の魔力塊を形創り、それらを七方に反射させた。
「こ、これは……うわぁあああああッ!」
 白光に包まれる一帯。土煙が晴れると、神殿は崩れ落ち、火災は広範囲に及んでいる。周囲を埋め尽くす屍の山よりドゥーベが立ち上がった。その後方に控えていた夥しい兵士たちは半数も残っていない。
「ひ、怯むな……かかれ!」
 主将の檄が飛ぶも、絶望が彼らの足を硬直させている。
「ぬ、どうした! なら我がやる……ッ!」
 馬の背に立ち、長斧を振り翳して跳躍せんとするドゥーベ。なれど、上空の相手は忽然と消えた。敵影だけではない、ドゥーベの斧も柄の下半分が無くなっている。
「どこ行き……」
 真後ろに気配を感じて振り向くと、馬の尻に腰かけ、切断した柄をクルクルと回す男がいた。
「そこかぁあああ!」
 上体を返し様に薙ぎ払う。
「遅いな、人間」
 声を残して今度は、燃え盛る床に降り立っていた。顔色一つ変えず、奪い取った柄を空中に放り投げて掴み取る程の余裕である。
「ドゥーベ様!」
 駆け寄る他の異端狩り。
「目障りだ」
 彼が手を開くと、射出された柄が一人の額を貫いた。
「おのれぇ……!」
 死体が倒れ込むよりも疾く、ドゥーベが疾駆する。
「刃向かうな」
 炎の壁に阻まれて落馬し、のた打ち回る斧使い。
「赦さん……裁きをぉおお!」
 憤怒の形相で業火を一気に駆け抜け、横薙ぎに斬り払った。
「――云ったであろう」
軽々と宙に舞って避け、斧の上に着地した彼は囁く。
「貴様では遅すぎると」
 顔面を蹴り上げられたドゥーベは勢い余って床を滑り、壁に激突して意識を失った。
「ガッ!」
 失神している異端狩り主将に目もくれず、四枚の翼を現出させ、悠然と上昇してゆく謎の男。
「此の身を討とうとは見上げた者共だ。無謀が身を滅ぼすと、己が命と引き換えに思い知るが良い」
 一瞥して語りかけると、左半身を前へと向ける。
「――告げる」
 イヴをはじめとする生き残った者たちは、一連の挙動を絶望と恐怖に満ちた眼差しで見つめるのみであった。
「汝等の滅びを以て」
 魔王の右腕は直角に曲げられ、指先が天を指す。
「世界を浄化せん」
 前方へと突き出された左手に、紫の魔力光が灯った。
「う、うわぁああ……ッ!」
 眩さのあまりに、口々に悲鳴を漏らす兵士たち。
「天の――雷……!」
 その刹那、一面が光の海に呑まれた。

「長老、今の光は……?」
 地平線の彼方、閃光が奔る様に顔を上げるツェーザル。
「うむ……わからんが、はるか遠くで凄まじい魔力が放出されたようじゃ」
 長老は皺をさらに深くする。
(これは何やら一波乱ありそうじゃのう。それが果たして、この谷にとってどう出るか……)
 先刻の少女のことも思い出しながら、竜の棲む谷(ドラッヘ・タール)の長は、いまだ明滅を続けている眩耀の発せられた方角を見つめていた。

「うそ……こんなことが…………」
 目を覚ましたイヴは、変わり果てた地形に絶句する。日没したばかりであるというのに、再び太陽が昇ったかの如く放たれた閃耀。紫電が瞬くと同時に、元より色白の顔が照らし出された。声を上げる間も無い。彼女は気を失った。
「――信じられん。様々な魔術師を目にしてはきたが、あれほどの出力に人間が耐えられるとは…………」
 振り返ると、腕組みをしてドゥーベが立っている。至る所に布陣していた軍勢は見当たらない。大半は跡形も無く消え去ってしまっている。白光が去り、視力の戻った時、既に敵二人の姿は戦場に無かった。難を逃れたのはイヴやドゥーベなど、あの者の真下にまで迫って射線より外れていた数人のみ。遺体の一つも無く、先程の一撃が通過して往った方位へと、亀裂の走ったように荒野が延々と谷を成していた。
「そんな……みんな…………」
 イヴの部隊は彼女を残し、文字通り全滅。
「まさか敵の力がこれ程とは……イヴ殿、何と詫びれば良いのやら……巻き込んでしまったばかりに…………」
 伏し目がちに歩み寄って来るドゥーベに応じることも無しに、彼女は虚空を睨んでいた。
(何もできなかった。このわたしが、何も…………)
 呆然自失の女騎士を、ドゥーベの部下も無言のまま遠巻きに見守る。
「わたしが……わたしが弱かったせいでみんなは……ッ!」
 溢れ出す感情を吐き出すと、項垂れるイヴであったが、暫しの沈黙を挟んで問いが口を衝いた。
「……あいつらは……?」
「あれは手に負える相手ではない。この件は中央に戻って報告する。そなたが最初に申した通り、一切の責任は此方で引き受ける所存であるし今後の行動についても口を挟みはせん。甚だ残念ではあるが部隊も壊滅した今、そなたが任務を継続できないのは致し方なきこと。誰も咎めはしない。いずれにせよ黙秘しておくゆえ、自ら決められよ」
 小さく頷く彼女。
「ひとまず今夜はゆっくりと休め。馬も失われてしまったが、そう遠くない距離に我々の宿がある。これ以上異端狩りに関わる気が起きないとは思うが、良かったら空き部屋に案内しよう。考えるにせよ、眠るにせよ、仲間を弔うにせよ環境は大切だ」
 ドゥーベが提案するも、イヴは両手を握り締め、煌々と紅く満月の照らす夜空を見上げて立ち尽くすのみであった。
(何なのよ、あの馬鹿げた力は……いったい…………)
 彼女には死から遠ざかった安心も、仲間を弔う余裕も無い。黒き世界へと消えたその青年の風貌は、恰も宗教画に描かれる堕天使のようであった――――

「本当に、たった一人であの谷に向かうのか?」
 夜が明け、荷物を纏めるイヴに、ドゥーベが尋ねる。
「幸い目的の護送物は残りましたから。騎士は命ある限り、その任を全うせねばなりません。生き残ったわたしが役目を果たさねば、戦死した者たちも安心して眠れないことでしょう」
 彼女は力強く首肯した。
「流石は気高きローラン様の娘子だ。しかし、くれぐれもお気をつけて」
「大丈夫ですって! 城下に置いてきた本来わたしが率いている隊から何人か派遣してくれるよう、昨晩のうちに増援の要請をしておきました」
 笑顔で一人一人に挨拶し、朝焼けの町を後にする。行き先は、“竜の棲む谷(ドラッヘ・タール)”と呼ばれる辺境の村。古より竜伝説があるとされるが、外界と交流の少ない地ゆえ、真偽の程は定かではない。王が文のみならず物品まで届けるような相手であるからには、単なる辺鄙な集落という訳でもなかろう。ただ、イヴの受けた任はそれらを護送する以上でも以下でもない。同行者たちを護りきれなかった今、彼女にできることは、命を落とした者たちの務めを代行することであった。が――――
(あの男……いったい…………)
 昨日の出来事が脳裏をよぎる度に鼓動が奔る。今は任務の遂行が第一であるのに、不穏な予感が胸中に渦巻いていた。
(いや、今は竜の棲む谷で代表者と会うのが先決。面倒事は後よ!)


 燭台しか明かりの無い部屋。仰々しい装飾の施された窓から顔を覗かせる深紅の月に、男の半面が薄っすらと照らし出されている。中肉中背、齢の程は三十過ぎといったところか。藍色の髪と純白の包帯により顔の幾らかは隠れているが、露わになっている右目が不気味にギラついている。
「王よ、急ぎご報告が……」
「戻った天使共の手先が呼び出された、か」
 床に届きそうなローブを身に纏って座るその者は、徐に返した。
「流石は真実をお見通しになられるお方、やはりご存じでしたか」
「フフフ……己が左眼を以て世界と契約して以来、星が余に告げるのだ」
 上機嫌に杯を口へと運ぶ。
「彼奴が直々に異端狩りを召集する等前例無きこと。どれ、興が乗った。見物と洒落込むか」
 王は不敵な嗤いを浮かべながら禍々しい指環を手に取ると、満足気に眺めた。

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