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大罪のスペルビア
作者: 三井雄貴  (総ページ数: 50ページ)
関連タグ: 天使 堕天使 魔王 悪魔  魔法 魔術 騎士  ファンタジー 異世界 アクション バトル 異能 キリスト教 失楽園 
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*4*

            † 二の罪 “神の代行者” (後)


「じきに彼等が来る頃ですね、先日調達した珍しい茶葉でおもてなししましょう」
「アメと鞭ってヤツね、甘い顔して恐ろしいお人」
 無機質な一室に二人の男女。
「是非おいしいものを味わって頂きたいという好意ですよ、上に立つ者は皆様と素晴らしい文化を分かち合わねばなりません」
 眼鏡姿の美青年が異を唱える。
「その爽やかな笑顔が逆にこわいわぁ。あのお方と兄弟とはとても思えな……」
「僕の前で裏切り者の話は控えてくれますか。胸糞悪い心持ちでお客さんを迎えたくはありませんので」
 消えたと思いきや、彼女の真横に現れ、耳元で囁く男。言葉遣いこそ丁寧ではあるものの、黒縁の眼鏡より覗く眼光は鋭い。
「やだあたしったら、このいけないお口がすぐおいたしちゃうのよねぇ」
「それは大変、いっそ何もできないお口にしてしまえば楽かもしれませんね。お困りでしたら何なりとお申し付けください。……さてガブリエル、そろそろお時間の方ですよ」
 再び和やかな顔つきに戻った若者は、軽く笑いかけると出て往った。

 そこに無いようで在る空間。二人の騎士は、床一面が市松模様の応接間に通された。太古より、天使というのは人間より上位に位置する。この部屋は、人間に対しては閉じてしまっている存在(もの)。仮に入れるとするならば、中の者たちが必要としたか、時空を歪ませるような大規模魔力行使によって抉じ開けられた場合である。最も、人間の扱える魔力では事実上不可能と言って良い。本来ならば彼ら異端狩りは、自身の意思でここにいることは出来ないが、特別に“客人”として参上を認められた。
「此方でしばしお待ちを。大天使長様が参られます」
 そう告げると、背広姿の老紳士は下がった。
 大天使長ミカエル。言わずと知れた最上なる天使にして、神の代行者。あの堕天使ルシファーが謀叛の折は、全天使の三分の一に達する裏切り者を迎え撃ち、世界の命運を決する一大会戦に於いて、ルシファーを一騎討ちの末に退けたと、その勇名を轟かせる。

「――なあ……どう思う?」
 ドゥーベは、護衛として連れてきた小柄な美少女に問う。
「罠、ない」
「ほう、大天使長御自らだけで来るとなると我々の気が変わったとしても一人で何とか出来るという自信の表れ、といったところか……異端を狩る騎士すらナメてかかるとは流石は人ならざる存在といったところだな」
 部下の返答に相槌を打ちながら、異端狩り主将は呟いた。

「お待たせして申し訳ない。 大天使長を務めております熾天使ミカエルです。以後お見知りおきを」
 一変する室内の空気。なれどドアを開けたのは、笑顔の爽やかな好青年であった。金色の髪に黒縁眼鏡、純白のスーツがモノトーンのシンプルな部屋に映えている。
「異端狩り主将“鉄斧”のドゥーベ。お召しにより参上」
「……アリオト」
 この優男に秘められた尋常ならざる波動を感じ取りながらも、武人らしく飾り気の無い挨拶を済ませる両人。
「お二方とも、お越し頂き感謝します。そちらの紅茶はお気に入りの一品でしてね。……コーヒーの方が宜しかったでしょうか?」
アリオトが小さな両手で抱え込む様にして啜るのを目にして、ドゥーベもカップに手を伸ばす。
「美味しく頂戴しております。……で、本題の方は如何様な……?」
「変な物は何も入れていませんよ。本日わざわざお呼びしたのはお察しの通りです」
 ニコニコと微笑しながら、天使の首領は喋り始めた。
「やはり……先日の出来事は既にご存じという訳ですね」
 対照的に硬い表情を崩さずに、ドゥーベが呟く。
「して、彼等は……?」
「ま、簡単に言うなれば悪魔ってやつですよー」
 明朗に答えるミカエル。
「――やはり、人間ではなかったか…………」
「いや、むしろ黒い方、あれが本気なら今頃あなた方はここにいませんよ」
 声こそ明るいが、ミカエルの言葉が冗談ではないことが同じ武人である二人にも理解った。
「黒衣の男の正体、あれは言わずと知れた悪魔の親玉(カブト)、かつて神の右席を許された身でありながら堕天して地獄の主となった私の宿敵……」
「ルッ、ルシファー……!」
 渋い顔を続けていたドゥーベの瞳に、明らかな動揺の色が奔る。
「ご名答ーっ」
 対してミカエルは因縁の相手についての話が出たというのに、軽々しい態度は変わらない。
「異様な雰囲気を感じはしましたが、異端狩りもいつの間に随分と恐ろしい相手と戦うようになったものですね……。しかし何卒ご安心を。既に彼の者は我等が先日もう仕留め……」
「彼は生きてる」
 アリオトの呟きにドゥーベは固まった。
「ちょ……」
(いやいや何を言い出すんだこの子は……乗るしかない、このお誘いに!って、せっかく長い物に巻かれようと来たのに、早くも信用が……)
「あー、知ってますよ」
 微笑みを崩さないミカエル。
「ルシファーは地獄に満ちた魔力を自在に扱え、かの奥義は世界の理すら捻じ曲げる程の出力を誇ります。あなた方も目にしたことでしょう。しかし、怖気づいてはいけません。彼と一緒にいた片方の悪魔、あれはソロモン七十二柱のアモンです。 あの二人は盟友として有名なほどに仲が良い。それほどの大物が同時に顕現するとは、事情はこちらにとって有利なようだ」
「――つまり、このチャンスにまとめて始末したいから協力しろってことなんだけどぉ」
 聞き慣れない女性の声に驚いて目を遣ると、いつの間に居たのか、部屋の角に寄りかかって妖艶な美人が立っている。
「申し遅れました、彼女はガブリエル。私と同じく四大天使の一人です」
「あ……はい」
(彼女が現れた気配すら察知できなかった……もし機嫌を損ねでもしたら、自分たちは生きて帰れないかも知れない)
 威圧感こそ出していないが、この2人がその気になれば人間如き成す術など皆無であろう。ドゥーベの額に汗が滲む。
「で、あなた達……引き受けてくれるのかしら?」
「あ、えっと……」
「やめなさいガブリエル、怖がっているでしょう。――“Qui parcit malis, nocet bonis.(悪人を許す人は、善人に害を与える)”……そういう訳です」
「あらやだ、ニコニコしてるだけであたしよりあなたの方がよっぽどえげつないじゃなーい」
「こっ……このドゥーベ、神の御為に、異端狩りの誇りに懸け、身を尽くしてか、必ずやっ! 悪魔めを成敗して御覧にいれます……っ!」
「頼もしいですね、期待していますよー。なんせ彼らの確認されたのが竜の棲む谷(ドラッヘ・タール)からほど遠くないという場所が場所ですから。あの谷はお得意先でしてね、こちらとしても荒事に及ぶことは避けたいんですよ」
 ミカエルの言葉に、異端狩り主将は息を呑む。
「では……我々が天使側の勢力であると伏せて追い、奴等を討つと」
「その通り! ただし気を付けてくださいね、確実に両名とも仕留めなければ僕達の関与も明るみになってしまう恐れがあります」
「……おいしい」
 紅茶が気に入ったのか、二人の会話はお構い無しに、カップを傾けるアリオト。
「あの……もしも、ですが。その、仮に……討ち漏らした場合には……?」
 熱かったのか、アリオトは無言のまま俯いている。
「はい、二度と領内には戻れないと考えてくだされば」
 笑みを絶やそうとしない大天使長に対し、思わず厳めしい面相を一際強張らせる斧使い。依然として無表情でありながらも心無しか涙目のアリオトは、舌を出したり入れたりしている。
「既に精鋭百騎を含む先遣隊五百を送りました」
「お言葉ですが、其れ程の大部隊が動いては所属も……」
「まあバレやすくはなるでしょうね。でも貴方たちに頼みましたから、あちら様が当方を疑えば作戦失敗の連帯責任を取って頂くことになります」
「そ、そんな……!」
 瞠目するドゥーベ。
「期待してますよー。先日ルシファーとアモンを取り逃がしちゃった分、谷で頑張って挽回してくれるかなー?」
「ぐぬぬ…………」
 既に飽き始めたようなガブリエルと眼前の相手を交互に見比べる。
「くれるかな」
 にこやかに繰り返すミカエル。
「――おかわ……」
 汗を顔中に浮かべようと、動作が鈍ることは無いのが騎士たる所以。
「あ……は、はい…………」
 アリオトの口を塞ぎながら、消え入りそうな震え声を絞り出す。
「大事なことなので2回言いましたー。では、いってらっしゃいー。くれぐれもこちらの手の者だと村の皆さんに感付かれないようお願いしますね」
「はっ! この鉄斧のドゥーベ、身命を賭して臨みます! あの……では、しし失礼をば…………」
 自分のカップにも手を伸ばそうとするアリオトを引きずり、逃げるようにして退出する異端狩り主将を、手を振って見送る最高位の天使。
「頂点に立つ者同士、其の在り方に物申すは無粋と心得るが、雑兵とは云え仮にも友軍……斯様な扱いで宜しいのかな」
 向き直ると、隻眼の男が佇んでいた。
「おやおや、これはソロモン殿。いくらかくれんぼがお得意でも王が盗み聞きとはいかがなものですかね。あ、それと彼等は雑兵なんかじゃありませんよー」
 突如とした王の来訪に顔色一つ変えず、天界の指導者は告げる。
「捨て駒です」

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