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大罪のスペルビア
作者: 三井雄貴  (総ページ数: 50ページ)
関連タグ: 天使 堕天使 魔王 悪魔  魔法 魔術 騎士  ファンタジー 異世界 アクション バトル 異能 キリスト教 失楽園 
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*9*


            † 五の罪 “谷を守護せし者” (前)

「こんな時間から何を騒いでいる? この時間は田畑にいるのではないのか」
 朝早いというのに谷が慌しい。若き剣士は、往来に溢れている村人に問い質す。
「それが大変ですよ、ツェーザルさん」
 言われるがままに後を着いてゆくと、砦の付近に自治団が集まっていた。
「何事か」
 その衆目の先、返事より先に事態の全貌が視界に入って来る。門の外には無数の武装した男たち……統一された装備と規模から察するに、賊徒の類ではない様だ。
「どこの回し者だ。答えようによっては1人も帰さん」
 見渡す限りの人影に、櫓より大声を以て宣告した。
「おっと、悪魔を匿っといてそんな態度でいいのかァ?」
 軍勢の先頭、煙管を片手に、鉢巻を長く風に靡かせる騎兵が挑発的な喋り方で煽る。
「悪魔、だと……何の話だ?」
「もう何日も居座らせといて今更とぼけるとは嘘が下手な若造だなァ、まったくよォ」
「何日もとは……ハッ! 得体が知れないとは思っていたが、やはりあの者たち……」
「そうさァ、悪魔がこの谷に……」
「この谷に悪魔などおらん!」
 一挙に空気が変わった。一喝と共に姿を現した長老が、門の外へと歩み出る。
「やっと話の分かりそうなヤツが来たか。お前さんが村長だな、異端狩り、“騎馬のミザール”。悪魔あらためだァ」
「だから悪魔なぞいないと……」
「ざーんねんッ!」
 嘲嗤うかのように白日を背にしたかの者は、紫煙と共に吐き捨てた。
「イヒヒヒ、まあ誤魔化すだけ損だぜ。こっちは確かな筋から悪魔がいるって情報を受けてんだからよォ」
「もう一度言う。悪魔などおらぬ」
 不気味に嗤うミザールから目を逸らそうともせず、毅然として言い切る長老。
「じじいボケてやがんのかァ!? もういい、勝手にやらせてもらうぜ。……ってことで、これより悪魔狩りを始めまーす!」
 馬上の男は高らかに宣言した。
「させぬぞ。大勢で押しかけてどこの誰かも言わずに村を調べようなど許可できん」
 長老は動じずに返す。
「まあ妨害すんなら皆殺しだ……死にゆく者へ名乗ってやる必要はねぇよなァ!」
 目を見開き叫ぶと、鞭を手に取り、駆け出すミザール。
「よーし、死人はどうせ口聞けないんだし、抵抗するんで仕方なく実力行使したって言えよみんなー。さあ、続け続けェエエッ!」
 楽しむかの如く鞭を振り回し、疾駆する。が、次の瞬間。
「ァン……?」
 その鞭の先端は、虚空を舞っていた。
「……村のみなが苦労して手入れを続けとる田畑を馬で駆けるとは……そちは作物が勝手に生えてきたとでも思っているのか…………」
 長老の威圧感に、遠巻きに見守る村人たちも気圧される。
「お、お前……その距離からどうやってやりやがったァ?!」
 目を白黒させるミザールと配下たち。
「これ以上、この谷を荒らすのであるならば……天使方の手の者とてこのわしが容赦せんぞ!」
 長老の大音声が山々を震わせる。
「あの爺さん、いつの間に動いたんだ……?」
 門の上に着地したアモンも事態を呑み込めていない様だ。なれど、ルシファーには視えていた。元より、長老はその場を離れていない。風術で空気の刃を放ち、瞬く間に鞭を斬り払ったのだ。
「……こんのおォオオオ……討ち滅ぼせェエ! こんな集落、殺し尽くせーッ!」
 ミザールが天を仰ぎ喚くと、後方の部隊が弓を射始めた。自在に風を操り、殺到する矢を悉く逸らす長老。
「防ぎやがったか……えぇい、もっと射ちまくれェ! 十の矢でダメなら百の矢にて射ち殺すんだァア!」
 今度は一斉に無数の矢が放たれた。さすがの彼も、同時にあの数は迎撃しきれない。だがしかし――――
「――疾風の岩盾(シュトゥルム・フェルゼン)……!」
 大地が捲れ上がり、巨大な盾と成って長老の前に展開した。
「地術、か」
「そちたちがいかなる力を持っていようとここでは客人、手出しは無用。ここはわしらにお任せを」
 正対する鞭使いを睥睨したまま、頭上のルシファーに告げる。
「然れば其の妙技、見物させて頂くとしよう」
 長老の実力を信頼して、門上の二人も腰を上げようとしない。
「おのれ老いぼれめェ…! 異端狩りが先鋒、この騎馬のミザールを本気にさせたこと……後悔させてやる!」
 血走った眼を開くと、新しい鞭を手に取った。
「まあすぐには殺さんさァ。谷が火の海と化す様を前に、成す術もない無力さを噛み締めさせてからじわじわといたぶり斃してやろうォ……ッ!」
 鞭を振り翳し、長老へと一直線に突進する。
「ツェーザル、お主はあの兵たちを谷へ入れるな。わしはあの不埒者に身をもって思い知らせねばならん……罪なき人々の生活を奪うことは許されないとな!」
「お任せ下さい」
 抜刀しながら駆け出してゆくツェーザル。
「やっぱいい動きしてるよ、あの兄ちゃん」
 押し寄せる兵士たちを次々と斬り伏せてゆく若き達人に、アモンも賛辞を贈る。
「ハァッ……!」
 ツェーザルは上空高く跳躍すると、軍勢の真っ只中へと飛び込んだ。

「喰らえ死にぞこないがぁァ!」
 目にも止まらぬ疾さでミザールの鞭が唸る。一方の長老も、徒に齢をただ重ねてきただけではない。軽々と鞭先を弾き返す。
「やるな。だがこれで終わるほど甘くはねェッ!」
 返す鞭が続け様に繰り出されたが、これも予見済みとばかりに風術で防壁を生み出すと、難無く受け止めてみせた。
「まだまだァーっ!」
 怒声と共に撃ち込まれる鞭の嵐。だがしかし、長老は顔色ひとつ変えず、多彩な技で鮮やかに捌いてゆく。
「……疾風怒涛(シュトゥルム・ヴンドラング)」
 長老の詠唱に応じ、猛烈な暴風が巻き起こった。地面が砕け、舞い上がった破片が水柱の如く虚空を衝く。丘の津波とも形容すべきその凄まじい物量を誇る岩石の塊は、度肝を抜かれたミザールの元へと押し寄せ、馬ごと下方より突き上げた。
「ふっ、ごぶ…ッ!」
 吹き飛ばされて落馬し、転げ回る。
「地と風の両属性共に結構なものよ。さらに組み合わせて使い熟すとは……ほう、天晴れな力量であるな」
 大小の石や枝が顔面を掠めて飛来しようと、腰を浮かすことも無く、魔力で軌道をねじ曲げるルシファー。
「……よくも……対価は高く付いたぞォ。この俺様に火をつけやがった!」
 立ち上がったミザールは、さらに鞭を取り出すと叫んだ。双鞭を構えつつ、長老へと迫る。
「もう猶予も与えず殺してやるよ、今すぐになァッ!」
 なれど足元の土が突如として立ちはだかり、横転した。
「……悪いが、谷に危害を加えた代償を払ってもらうこととするよ…………」
 再び地に伏したミザールを見下ろし、長老は呟くと、徐に右腕を伸ばす。
「――谷の主が告げる。精霊よ、我が声を届けたまえ」
 莫大な魔力が渦巻き、翡翠の輝きに染められる岩肌。
「フッ……愈々(いよいよ)、と云う訳か」
「おお! 遂に奥義が……!」
 ルシファーとアモンも、長老の奥義が解き放たれるその刻を傍らで見守る。
「怒れる風よ、母なる大地よ……」
 瞼を閉じ、腕を胸元で交差させ、拳を握り締めた。
「な、何だってんだァア!?」
 ミザールは、一帯を包む深緑の閃光に顔を照らし出されながら仰天する。
「万物の根源、自然の意思よ。森より深き我が蒼の証に力を! この愚かな賊に天罰を……」
 大きく息を吸い、開眼。両腕を広げ、その名が開放された。
「――大地の……逆鱗(ウーアゲヴァルト・エルガー)!」
 吹き荒ぶ突風に呼応するようにして谷全体が脈動し、一面の大地が振動と共に、一匹の竜が浮き上がらんばかりに連なり隆起したと思いきや、生きているかの様に這い出す。ミザールへと直走り、到達した土塊は、さながら本物の竜が襲いかかるが如く縦横無尽に怒濤の連撃に出た。揺さ振られ、痛め付けられ、のた打ち回る異端狩り先鋒。細かな小石や砂によって構成されている為、この長い長い竜擬き(もどき)が掠めて通過するだけでも、身体中を刻まれる。土煙と破片により視力も奪われ、もはや防御することも敵わず、なされるがままに変わり果てゆく様子は、先刻までの威勢良く振舞っていた姿とは程遠い。遂に激痛で失神したのか、悲鳴すら上げなくなっている。誰もが絶句し、風圧による轟音と時折鈍い衝撃音しか聞こえない中、ぼろ切れと化してゆく異様な光景が続いた。一連の猛攻が止み、最後に意識を失ったままのミザールを宙に高々と放り投げると、竜に似た処刑者は四散し、再構築され、微動だにしなくなる。この意思に基づいて暴れ回っていたかに見えた静物の集合体が元在った箇所へと収まる頃には、人間であった存在もまた、二度と動くことが無くなっていた。
「こいつは、たまげたねえ……ハハ…………」
 興味津々に観戦していたアモンですら引き攣った笑みを浮かべるのみである。巻き込まれずに済んだ兵士達はおろか、櫓に控えていた村の自治団でさえ、甲冑ごと切り刻まれ、落下で原型をも留めていない無惨な亡骸の痛ましさと、それが温厚な長老により引き起こされたという事実に、愕然と立ち尽くす他無かった。

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