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大罪のスペルビア
作者: 三井雄貴  (総ページ数: 50ページ)
関連タグ: 天使 堕天使 魔王 悪魔  魔法 魔術 騎士  ファンタジー 異世界 アクション バトル 異能 キリスト教 失楽園 
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10~ 20~ 30~ 40~

*8*

              † 四の罪 “時空を超えた邂逅” (後)


「――この谷はお気に召しましたかな?」
 奇妙な滞在者を迎えて2日目の夜更け。ワイングラス片手に、朱色の月光に照らし出された小川を眺めている男の背に、長老は話しかける。
「美しき地だ。都市とは異なり、自然と共に歩む姿が此処には在る。生活のみならず心も満たされた人民は、争うことも無く、手を取り合い暮らす……此れが貴様の理想郷だったとはな」
「村の者はみな、家族ゆえ」
 向き直ろうともしないルシファーに、屈託無く返す長老。
「……あの小娘も家族、か?」
「彼女はアザミ。わしらを家族と思ってくれておれば嬉しいんじゃが……いや、両親の代わりになんて簡単になれても困るか。ホッホッホ」
「左様であろうな。俺も両親等いない。無論、親代わりと思った相手も……な」
「奇遇じゃな。わしも親なしでのう」
「気が合うとでも云う気か。人間に肩入れするは勝手だが、過信せぬ方が身の為であろうよ」
 長老の脇を通りながら、魔王は去り際に言い残してゆく。
「肩入れ、のう…………」
 人影の消えた河原に、独り言が溶けていった。


「まったく、あいつは人に恥かかせないと気が済まない病気か何かなの……汚れてばっちいし、ゴロゴロ転がしやがって有り得ないんですけどー」
 風呂に浸かりながらイヴは不満を垂れている。
「なんか今日のイヴさん怖い……おっぱいはいつも通り大きいけど」
「ずっと独り言いってるし、帰って来た時なんか泥臭かったんだけど」
「えー、まあいつも干物くさいしねー」
 普段なら地獄耳の彼女も、浴場に居合わせた村の女たちが自分を話題にしていようと反応する気配も無く、呆然としていた。
「ちょっと、イヴさんやたらぼーっとしていると思ったらのぼせてる!?」
「干物女さーん、しっかりして下さーい。本当に干からびちゃいますよー」
 担ぎ出されて自室まで運ばれる女騎士。

「はぁ、私ったら何してんのかしらね…………」
 人々が部屋を後にすると、独りでに溜息を吐き、天井を見上げる。彼女の父ローランもまた、騎士であった。国の為、人民の為、剣を振るい、いつしか英雄と呼ばれるに至る。なれど三年前、彼は突如として世を去った。弱冠十六の一人娘イヴが、彼の愛剣を継承することとなる。武勇に於いて天下無双を誇ったローランを破れる者などいないとして、悪魔の仕業によって命を落としたという噂が絶えない。
「――私が……悪魔なんて倒してみせる。それがお父様の復讐のため、人々の安寧のため、神の敵を裁くため…………」
 いつの間にか、剣を握り締めていた。
(あの男、いったい…………)
 信じ難きかの力を彼女は思い返す。
「お父様……あれから三年、脇目も振らずに腕を磨いてきた私には何が足りないのです?」
 答えは理解らない。ただ、一つ断言できることがあるとすれば、あの黒衣の青年と自分との間には圧倒的な壁が存在する、という事実(こと)だ。
「まだ……! まだだわ。この程度じゃ奴には掠り傷一つ負わせられない」
 気が付くと、誰もいなくなった後の鍛錬所へと、彼女の足は向かっていた。ただ一人で剣を握る年若い女。この齢なら普通は親元にて庇護(まも)られているだろう。誰かを好きになり、ときめきに胸を躍らせて日々を送っているかも知れない。だがしかし、斯様に過ごす日常がイヴには存在しなかった。父は既に亡く、母からも離れ、騎士として暮らしている。そして今、自身より悠に強き者を相手とするに相成った。正体不明の敵がいて、己はそれと戦う騎士たる身である。ただ、それだけのことだ。
(そう、あいつは成敗すべき危険人物。あんなに恥をかかされたんだから必ず見返してやるわ……)
 戸惑いを振り払うかのように、一回、また一回と、虚空を白刃で斬り裂く。
「ハァ、ハァ……まだ! まだよっ! こんなんじゃ次あいつに遇ったとしても、また……また私は、何もできない!」
 実力差を痛感しているがゆえに、込み上げる焦り。石室の窓から覗く紅に染まった三日月が、慰める者などいない無力な自分を恰も嘲笑しているかの如く、彼女の瞳には映っていた。

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