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私の救世主はマフィア様!?【完結】
作者: 妖狐  (総ページ数: 14ページ)
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10~

*12*

 日向はみんなの所へ駆け寄ろうとしたが、足が動かなかった。
 なぜか動かしたくても動かないのだ。それは心のどこかでまだ凪たちに嘘に傷つき、また偽りを重ねられることを恐れる自分がいるからだった。
「なんで……動いて!」
 思いとは矛盾する体に日向は困惑する。その時誰かがこちらへ近づいてきた。金髪をなびかせて、一直線に日向のもとへ歩いてくる。
(なぎ……!)
 その場で硬直状態に陥《おちい》っている日向へ近づくと、耐えられないように凪は日向を抱き寄せた。
 痛いほどに強く、もう離さない、ってくらい抱きしめる。
「っ……なぎ、わたし」
「――ごめん」
 耳元で苦しそうに囁《ささや》かれた言葉に胸を抉《えぐ》られるような痛みが走った。
 騙してごめん、と言いたいのだろうか。最初からずっと日向へ嘘をついていてごめん、と。
 いまさら遅い、そう言って突き放そうとしたのに、凪の口から続く言葉は日向の予想とは違っていた。
「守りきれなくて、ごめん」
 自分を悔いるような、切なくて弱り切った響き。一層強くぎゅっと抱きしめられて、本当に息が止まりそうになった。肩に埋まっている凪の金髪が頬をくすぐる。
「僕は最初、関東総合組合マフィアの未来や利益ばかり考えて、君を利用しようって思ってた。信じてほしいって君にお願いしたのに、自分は嘘をついてばかりいたんだ。会った頃は大丈夫だって思ってたけど、でも、日が経つにつれて君を騙すのが辛くなって、自分が醜《みにく》くて……もうだめなんだ」

「――日向が、好きで好きでたまらない」

 日向の目から涙がこぼれた。
 ずっと聞きたくて、でも本当の言葉じゃないだろうからいらないって遠ざけていた願いごと。
 でもその言葉は嘘なんかじゃなかった。
「もう君が悲しむことはしたくない。遅いかもしれないけど約束は守るって誓うよ。信じてくれなんて言わないから。だから……、お願いだから帰ってきて」
 請うような苦しい吐息に日向はもう、疑いも憂いも悲しみも綺麗に溶けてなくなっていた。凪からいつも漂うジャスミンの香りが体を包み込んでいる。
「うん、わたしも、帰りたい」
 背中に回された凪の手がかすかに震えていて、強く抱きしめ返す。
 しかしカチャッという音が後ろで鳴った。

「最後のお別れは済んだかな? そろそろ彼女を返してほしいんだけど」
 志乃が退屈したような声で持っていた銃を日向たちに向けている。凪は日向を背後へ隠すと自分の腰から銃を取り出す。
 一触即発の空気に日向は自分が置かれている状況に気づいた。頭上ではブザーがけたたましく響き、いつの間にか広間には五十人ほどの装備した警察が集まっていた。たった四人でこの数は相手にできない。
「彼女はたった今、僕と取引をしたばかりなんだ。だからもう、日向は僕のもの」
 虫唾《むしず》がはしるような甘ったるい声に、日向は再び恐怖を覚えた。
 志乃はまるで人格が二つあるかのように、やはりさっきとは別人だった。日向へ暴力をふるった時と同じ顔だ。
 銃が凪の頭を狙って構えられていて、指を引いたら今にも発砲しそうだった。
 志乃が日向だけを見つめて舌なめずりをした時、凪の付けている通信機から、ひどく凍りきった梓馬の声が聞こえた。
「渡さない」
 声と同時に警察側に大きな爆発が起こる。続いて他の場所でも連続して爆発が起こった。
 警察はもう凪たちへの意識など、とうになくしどろもどろに逃げ回っている。
「何してるんだっ、位置につけ!」
 余裕そうだった志乃の笑みも消えて罵詈騒音だけが警察の間に響いた。
「ナイス梓馬。いつの間に爆弾仕込んだの? どうしようかと思ってたけど助かったよ」
「蓮華が気づかれないようにやった。でも一部では正宗がかなりキレて暴れてたから、爆弾を仕掛けなくても大丈夫だったかも」
「ううん、ちょっと危なかったから良かった。それにしても蓮華はその手のプロだよね。さすが盗撮で磨かれた技だ」
 通信機で会話し合う二人におろおろと日向は眼を泳がせた。早くこの場から逃げなければ警察が落ち着きを取り戻してきてしまう。
「ああ、そうだ。逃げなきゃ」
 日向の共同不信さに気づき、凪はヘリコプターの方へ走る。
 もう、ヘリコプターは空中へ舞い上がっていて、飛び移るように凪が窓からジャンプする。正宗や蓮華、操縦席に梓馬もいたので日向も安心して飛び込もうとしたとき、髪が引っ張られた。
 バランスをくずして落下しそうになるのを凪が掴んで、助けてくれる。しかし、ビルの窓際すれすれで志乃が日向の長い髪を掴んでいた。
「逃がさない……」
 髪が乱れて口からはよだれが垂れ、眼は血走っている。もう人間とは呼べないありさまだった。
 日向は一瞬、悲しそうな目で志乃を見やると、凪に貰ってずっと正宗の上着に隠し入っていたナイフを抜き取り、掴まれている自分の髪をばっさり切った。そうすることで志乃の手には日向の髪の束だけが握られる。
 誰もが思いがけない行動に驚く。
 だが日向本人はすっきりした面持ちで短くなった髪を手ですいた。
「帰ろうか、みんな」
 ヘリコプターは高く踊るように空へと浮かんだ。

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