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*6*
「で、でかい……そしてなんか変なのがあるっ!」
日向は心の声だだ漏れで、大きな別荘の前に立ち尽くした。
それはヨーロピアン風の屋敷だが、広い庭園には王子様の洋服を来たカエルや、足が生えた卵の大群、頭に耳がついている少女などの像があちらこちらに飾られている。
少し不気味で、とてもメルヘンチックだった。
「叔母はすこし変わった趣味なのよ。可笑しい物が好きで……きっと日向ちゃんを見たら気に入ると思うわ」
「あの、それってわたしが可笑しいっていう意味ですか……?」
微妙な言葉に喜ぶ気にもなれずカエルの王子様を見つめる。
細かいところまで彫られていて実際にはかなりの額がある高級品なのだろうが、センスがセンスなだけにこちらも微妙だ。
梓馬が念入りに監視カメラの位置を確認したり、自作のセンサーを草むらに取り付けると日向へ近づいてきた。
「追ってはいない。安心していい」
「ありがとう」
前髪が長くて瞳を真っ直ぐに見つめることができないが、日向はできるだけ眼を見てお礼を言った。
少しでも気が和らぐように、という梓馬の心遣いが嬉しいのだ。
(そういえば梓馬さんもかなりのイケメン様だった気が……。ちゃんと前髪上げればかっこいいのにな)
なんだか自分の事じゃないのにもったいなく思えてきてしまう。勢いで、えいっと長身の梓馬の前髪を上げるために背伸びして、前髪をかきあげた。
やはり梓馬の瞳は澄み切ったブルースカイ色で綺麗だ。肌も病気を患《わずら》っていると思えてしまうほど白いが、それが逆に美しかった。
「……どうしたんだ」
落ち着いた声なのに眼が困惑の色を映し出していて、つい日向は笑ってしまった。
「前髪、あげた方がかっこいいです」
そろそろつま先立ちもつらいので前髪から手を放して地面に足をつける。
別荘の玄関口へ歩いていく日向は、梓馬の前髪に隠れた顔が淡く染まっているなんて気づきもしないことだった。
「日向ちゃん、日向ちゃん! 海に行かない!?」
懐っこい犬のように尻尾を振りながらやってくる蓮華に日向も大きくうなづく。
避暑地の別荘の後ろには海が広がっているとメイドに聞いたので、日向も気になっていたのだ。
「あ、でも正宗さんたちは誘っていかないんですか?」
薄いコートを羽織りながら問いかけると、蓮華はあらかさまに嫌な顔をした。
「いやよ、むさ苦しい男たちなんて。今夜は二人っきりで海岸デートしましょう」
るんるんと手を引かれて海へと続く屋敷の裏口へ向かうと、そこには見覚えのある人物たちがいた。
「凪さん、正宗さん、梓馬さん!」
「蓮華、独り占めはいけないよ」
思いもよらない出会いに日向は三人のもとへ駆けつけた。
凪が悔しげにしている蓮華に、してやったりというような笑みを浮かべる。
正宗はあきれ顔で二人を見比べると、ぐいっと日向の腕を引っ張った。
「あいつらは置いといて、行こうぜ」
「え、ちょ……わっ」
ほつれそうになる足をなんとか戻して、正宗についていく。
後ろで「なっ、抜け駆けするな!」と叫ぶ二人の声が聞こえたが正宗はそのまま振り向かずに歩いた。
「わあ……! 夜なのに海がキラキラ光ってて、綺麗……」
海岸へ出ると感嘆のため息をついた。
月の明かりが反射して細かい光が左右に散らばっている。波の音が静寂を舞うようにメロディーとなって流れた。
「上もすごいぞ。まるで天の川みたいだ」
言われて頭上を見上げた。そこには降ってくるのではないかというくらいの満天の星がある。一つ一つが独自の輝きを放っていて、眼が惹きつけられて離せなかった。
「あれがオリオン座であちらが北極星です。で、その隣にあるのが北斗七星」
聞いたことのある有名な星々を隣へ来た凪が指さして教えてくれた。ほんの一握りの正座を知るだけで星空がなんだか特別なものになる。
「あっ、あれ知ってる。スバルだよね」
はしゃぎながら指をさすと自分の敬語が抜けていることに気づいた。慌てて敬語を正そうとすると正宗がそれを止める。
「別に敬語じゃなくていいだろ。てか、敬語の方がかたっ苦しくて苦手」
まずそうに舌を出して顔をしかめる正宗に日向は笑った。
確かに正宗に敬語ほど似合わないものはないだろう。
「うん、じゃあこれからは敬語なしで行く。でも呼び名は凪さん、梓馬さん、蓮華さん、正宗で!」
「なんで俺だけ呼び捨てなんだよっ!」
「だってなんか正宗だけ同年代みたいな感覚なんだもん」
「確かに正宗は子供っぽいところあるよな」
凪の一言に正宗以外の皆がうなづいた。
正宗は不服そうな顔をしてるが反抗できないというところは思う部分があるんだろう。
ふいに寒気が体を回って肩をすくめた。
「っくしょん」
むずむずする鼻を押さえてコートを前へ手繰り寄せる。
もっと分厚いコートを着てくれば良かったと後悔した時、夜風にあたって寒かった肌に温かさが訪れた。
擦り合わせていた手には蓮華の手袋が装着され、首元には梓馬のマフラーが巻かれる。そして肩には凪のコートがかけられて、頭には乱暴に正宗の帽子がかぶせられた。
四人を見渡すが全員、無言で夜空を見上げている。
それでも日向の小さなくしゃみに気づき、自分の事よりも優先してくれたのだ。
「っ! …………ありがとう。ぬくぬくしててすごくあったかい」
四人に出会った日から何度も体験しているぬくもりが身を包んで、日向はへへっと微笑んだ。