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*7*
父親がいなくなってからやっと自分にも居場所ができたような気がしていた頃、突然それを壊す大きな台風はやってきた。
「日向ちゃん、日向ちゃん!」
頭の隅で蓮華のあせるような声が聞こえる。
日向は無理やり眼を見開くと寝具から出た。蓮華は何が起こっているのか分からない日向に何も言わず、痛いほど手首をつかんで部屋から飛び出た。
「れ、蓮華さん。一体どうしたんですか」
あまりにも深刻そうな顔に日向も体が強張る。脳裏に最悪の状態が浮かんだ。
「まさか、警察に見つかって捕まりそうに……」
小刻みに震えた日なたの手を蓮華は安心させるように握りなおすと、首を振って小さく答えた。
「まだそこまで悪い状況じゃないわ。でも警察がこっちへ向かってるっていうのは本当。梓馬の仕掛けたセンサーが反応していて、早く逃げないと時期につかまる可能性だってあるわ」
警察は自分たちがここにいるのに気付いたのかもしれない。だが今、逃げればまだ間に合う。
希望だけを頭に入れ、日向も気合を自分に入れた。
いつでも逃げられるようにとセーラー服のまま睡眠をとっていたので、このまま外へだって逃亡できる。
(それに凪さんたちがいるなら、きっと平気だ)
彼らはマフィアだ。きっこんな展開にも慣れっこだろう。
蓮華の誘導と屋敷の人たちの助けを借りて、警察がくる逆方向へ車を走らせる。
とりあえず警察が追ってこれなくなるところまで逃亡する予定だ。
「みんな、まだ逃げ切れる可能性は十分ある。痕跡は残さず、気を引き締めていくぞ」
心強くなるようなしっかりた凪の声に日向もうなづいた。
車のハンドルは凪が握り、梓馬は助手席にナビゲーター及び、警察の情報を探るべくノートパソコンを二台も開きながらヘッドホンをかけて操作している。
隣には掌をしっかりと握ってくれている蓮華とリボルバーの小型銃を構えた正宗が日向をはさむように座っている。
「……どうして、警察に見つかったんだ……?」
前方でノートパソコンを見つめながら梓馬はつぶやいた。
その言葉に日向も、確かに、と首をかしげる。
(アジトから避暑地に来るときは追っ手がいないって梓馬さんは言っていたし……じゃあもう私たちがここに来ることが知られていたってこと? いやでもここは蓮華さんの叔母さんの別荘……まさか情報を漏らす人がいるなんて思えないし。そもそもそれなら先回りして待ち伏せだってできたわけで……)
あまり考える事には向かない脳をフル回転させたが結局理由は、はっきりしなかった。
気づくと梓馬はもう悩むことを止めたようにひたすらノートパソコンのキーを撃っていた。
(なにか、見落としている気がする……――)
思いかけたとき、突然けたたましいサイレン音が耳を貫いた。これは間違えようない警察のパトカーから発せられる音だ。
「どういうことなんだよ、梓馬っ。警察は離れた距離にいるんじゃなかったのかよ!」
怒ったように正宗が怒鳴った。
梓馬も耳にしたサイレン音が信じられないという風に顔をゆがめてノートパソコンを素早く操作する。
「高機能の感知センサーじゃ、警察はここから二十キロは離れた地点に存在を確認している。現に今だってそうだ」
ノートパソコンには地図が広がっていて、警察を現す赤い点と、自分たちの乗る車の黒い点が打たれていた。けれどもその点は背後にいる警察を確認できるほど近くなく、かなりの距離を取って打たれている」
「多分……その赤い点が示す警察の居場所はダミーだ。僕らは罠にかかったんだ」
悔しげに凪が言うと、乱暴な手つきでスピードを上げて車を飛ばす。道を外れてガードレールへつっこむと違う道路へ飛び移った。
「ごめん、かなり暴走する」
警察のパトカーから逃げるためだと分かっていたので、日向たちも無言で了承した。
しかし警察の方も一筋縄ではいかず、どこまで執拗についてくる。
「俺が後ろの車両二体、潰す」
らちが明かないので正宗は窓から乗り出すと、拳銃を構えて後ろの車両二体のタイヤを狙い撃った。見事に弾が命中すると、タイヤはスピンしながら急速に勢いをなくす。
「おっし。多分しばらくはだいじょう……っ!」
喜ぶのもつかの間、目の前から警察のパトカーが何台も突っ込んできた。後ろからもタイヤが壊れたパトカーの間をすり抜けてやってくる。
あっという間に辺りを囲まれて逃げ場はどこにもなくなってしまった。
「こんな数のパトカーを出動させるなんて……相手も本気ね」
衝撃を受けたように蓮華は眼をみはった。
ここがお金持ちの避暑地が多いため市民が少ないのを逆手に、警察が大規模で日向確保を狙っているのが分かった。大きく暴れたとしても市民を巻き込むことはならずに、加えて世間にも過激な行為がばれないのだ。
「ちっくしょー……どうしたらいいんだよっ」
肩すかしくらわされたような忌ま忌ましい顔で正宗は言葉を吐き捨てた。
日向も熱いほど明かりを照らすパトカーの明かりに眼を細めながらも、内部からつきあげられるような恐怖を感じる。
「大丈夫。絶対日向さんは守るから」
凪が肩を押さえて微笑んだ。
片耳だけついているピアスが揺れて、壊れ物を扱うように優しく日向を抱きしめる。
「今から僕らが囮になるから逃げて」
耳元で小さく日向に告げると、相手には分からないようにナイフを手に握らせる。小柄なナイフだが切れ味はとても良さそうだった。
「いちよ護身用に。きっとこれが君を守ってくれるから」
名残惜しげに日向を腕から解放すると凪は正宗に目配せをした。
「頼んだよ、正宗」
「おう、まかせろ」
正宗も力強くうなづく。
凪は両手に銃を抱えると、梓馬と蓮華に合図する。二人も拳銃やライフルガンをどこからか取り出すとうなづいた。そして一斉にパトカー方面に向かって車を飛び出していく。
外の注目を一点に集めると、日向たちも逆方向の森林へ向かって見つからないように車を抜け出した。
「こっからかなり走るが、大丈夫か」
ただでさえ整理されていない山道で、上り坂や下り坂がいくつもある道を走りながら正宗が訪ねた。
日向は親指を立てて前に突き出す。
「わたし足には結構自信あるの。なんたって警察を撒いたこともあるしね! だから気にしないでじゃんじゃんスピードあげちゃって」
強気な声に正宗はふっと噴出しながら、夜のせいで見えにくい山道を駆ける。
「そんなに元気なら、心配ねえな」
そういうなり二倍にスピードを上げるので日向は少しだけ自分が言ったことに後悔した。しかし、いつ警察が日向たちの不在に気づいて追ってくるか分かったものじゃない。今はできるだけ距離を置くために速く遠くへ走るのが最善策だ。
後ろで鳴りやまない銃声の雨に、残してきた凪たちの身をおしつぶされそうになる不安の中で案じながらも、ひたすら日向は足を動かし続けた。