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作者: モンブラン博士 (総ページ数: 198ページ)
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*157*
俺は試合会場を出た後、その足でいきつけの食堂へ向かった。
この食堂は知る人ぞ知る有名店で、早く、安く、美味いがモットーだ。
オレンジ色の電球が優しさを演出し、木製のテーブルが温かさを感じさせる。
この店の女亭主は高齢だが、元気満々で温和で優しく、母のいない俺にとっては、なんでも相談できる、母親代わりのような存在だ。
彼女は、俺が店に来たことをしるといつもの微笑みを浮かべ、
「不動ちゃん、久しぶりね。あなたがここに来たってことは、何か困ったことでも起きたのかしら」
俺は彼女に不動ちゃんという愛称で呼ばれている。
正直少し恥ずかしいが、なんだか嬉しくも感じられる。
俺はとりあえず、大好物の焼そばを注文し、瞑想にふけった。
それから数分後、焼きそばが俺のテーブルに届けられる。
「なんだ、この量は…?」
俺の目の前には、まるで大食いコンテストに出されるほどの大盛りの焼きそばがある。
「不動ちゃん、あなたたちの試合、テレビで見てたわよ」
「……」
「今回は大変ねぇ。星野ちゃんは大丈夫だったかしら?」
「ああ…なんとか。だが、全治1か月の重傷だ…」
「あら…あの子はいつも無理するからねぇ。でも、それがあの子のいいところでもあるわ」
言われてみれば、そんな気がする。
すると彼女が、思い出したように訊ねた。
「そういえば、あなたはあのこと、星野ちゃんに伝えたの?」
「すまない…まだなんだ…」
「そろそろ、伝えたほうがいいわよ。その方があの子のためになる」
俺が星野の実兄であるということ。
名前は違うが、同じ父と母から生まれた、正真正銘の兄。
だが、俺はあいつの目の前に姿を現すことができなかった。
俺が兄と知ったら、弟はきっと動揺するだろうと考えたからだ。
だが、運命は奇妙にも、バラバラだった俺たち兄弟を、スター=レスリングジムというひとつの場所に呼び寄せた。
そして、俺はまだ星野にそれを打ち明けていない―家族がいないと思い込み、あいつは寂しい思いをしているいうのに―。
そう考えると、あいつに厳しく接している、自分が情けなくなってきた。
あいつにもっと優しさをあげたい。
兄として、たくさんの愛情を与えてあげたい。
ふと気づくと、怒り以外の感情を忘れていた俺の目に、涙が溢れていることに気が付いた。
「不動ちゃん、今は誰もいない。たまには怒ることも忘れて、思いっきり泣きなさい。きっと気分がスッキリするから」
彼女の声で今まで押し殺されていた感情が一気に解放されたのか、俺はこの日、店でいつまでも泣き続けた。
俺は怒りをもって、人を救いに導く明王。
だが、今日だけは、泣くことを許してほしい。
明王にも、涙はある。