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作者: 桜 (総ページ数: 28ページ)
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第七章 肆 犯した罪
――雪音――
妖怪の鳴き声から、うめき声から、聞こえた、かすかな人間の声。
その名前は私のもの
その薄汚い声で、呼ばないで
震える手が熱い
体中から汗がでる
歯がガチガチなる
目の前に飛んできたいびつなモノ
遠くから あのおにいちゃんの声が聞こえる
ちらりと横を見ると、恐ろしいものでも視るような形相で、さっきの青年がこっちに向かって手を伸ばしていた。
「逃げろっていっただろう!!!??。」
ごめん、約束破っちゃった。
だけど、これできっと――――――――――――――
鮮血が、空を舞った。
紅い花。その花弁。まるで、椿。
重たいものがのしかかる。
痛くはない。きっとすぐに死んでしまったから。
じゃあ、でも、これは――――――――
これは、なに?
手にあったかすかな感触。冷たく重い剣の感触。そこから伝う、生暖かいものに、異変を感じる。数瞬の出来事から、しきりに自分の背中の衣をつかむもの。大きく、無骨な手。この手は、知っている。
だって、このては――――――――――――――――――――――
「―――とぉ、さま・・・・・・・・?」
毎日、自分の小さな手を握ってくれた。優しい手、忘れるはずもない、この衣の香り。大好きだった、桜の香り。
――あれは・・・・・
少女の目線から自分の侵した罪を知った雪音は、呆然としていた。
――私の、おとうさん・・・・・・・・
名前をしきりに呼んでくれたじゃないか。
救おうと、してくれたじゃないか。
なのに、私は、その姿かたちにおびえて―――――――・・・・
大切なヒトを、この手で――――――――――・・・・・
「ゆき、ね・・・・・。おまえのせい、じゃな・・・いから・・。すべては・・・・・、葵・・・さま・・・のせ―――・・・。だから、おぼえてなくて・・・・いい、ん、だ・・よ・・・・。き・・みは、・・なにも――――――――――・・・・・・。」
――悪くはないのだから。
その瞬間、雪音の頭の中に、さまざまな映像が流れ出た。
『こら、雪音!。』
『まぁ、かあさま。いいじゃないか。雪音もあんなにすらすら上れるようになったんだよ。』
『とおさま!、かあさま!。みて!カブトムシ!!。』
幼いころの。断片。けれども、懐かしい、暖かい、あのころの――
『雪音。』
優しい父の声音。
しかられたことはあまりなかった。
すごくやさしく笑うヒトだったのに。
「とお、さま・・・・どう、して―――――・・・・?。」
「ゆきね。・・ぼく、たちは・・・・。ようかいなんだ・・・。だれもが、しろい・・・かみで・・・青い瞳・・・・。すこしの、ことがあれば・・・・。すぐに、こわれて・・・先ほどのぼくみたいに・・・・理性が・・・なくなる。」
安心させるように、父は、雪音の体をさすった。
「かあさまも・・・みんなも・・・おなじだ・・・。だけど・・・きみだけは・・・じゆうに。どうか・・・いきて・・・。」
父が、少しだけ目をそらし、青年のほうを見た。
「ゆきねを・・・よろしくたのむ・・・・。」
青年が国利とうなずくと、父は安心したかのように微笑んだ。
やさしい、いつもの笑みで。
「・・・・ありがとう、ゆきね・・・・。おかげで、こころは・・・ここに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
――おいていけるから。
雪音は、最後、父が何をいったかわからなかった。
けれども総司にはわかった。
妖の最終形態を終わったものが、そのあとに駆られる罪悪感。それを唯一救うことのできた娘の存在。
――重くなった、父の骸を抱えて、声を上げて、雪音は、泣いた。
中に居る雪音と一緒に。
こうして、白鬼ノ狩リは終わった。
残された二人に、深い爪あとを残して。