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我落多少年とカタストロフ【完結】
作者: 月森和葉 ◆Moon/Z905s  (総ページ数: 42ページ)
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*26*

 ガラス製の扉を開け、人いきれの世界に戻る。
 その後二人は何処へともなしに、町中を歩いた。
 他愛の無い会話を挟み、笑顔の二人だ。

 やがて日は傾き、橙色の光が世界を包み込む。
「今日は、有難うございました」
 そう、嬉しそうに三波は言った。心なしか彼女の顔が赤く染まって見えたのは、夕日の所為だけなのだろうか。
 霧が眩しそうに蒼い眼を細める。
「僕の方こそ有難う。――少し、僕の話をしてもいいかな?」
 少し首を傾げ、無言で続きを促す。
「――僕はね、この世界の人間じゃないんだ」
 蒼い瞳に深い憂いが宿る。
「僕はもしかしたら君たちと会えないような、遠い所へ行ってしまうかもしれないんだ」
「き、霧さん……?」
 三波の表情が堅く強張っていく。
「そうなってしまっても、僕のことを、ずっと、忘れないでいてほしい。僕のことが嫌いでも、北城霧という人間が生きて、君たちと一緒に笑っていたということを、いつまでも忘れないで居て欲しいんだ。それが、僕のたった一つの願いだよ」
 彼は、丸い瞳を細め、優しく微笑む。
 かわりに三波は、今にも泣きそうな表情だ。
「そ、それは……」
「もちろん、今のは僕の見たこの前の夢の話で、僕の頭の中だけの話だ。でも、僕が君たちに忘れられてしまうのは怖いから。僕は君たちを、なによりもかけがえの無い人たちだと信じているから」
 肩に掛けていたリュックサックを下ろし、いつの間に買ったのか紙袋を取り出して三波に手渡した。
「これ、僕から。北都君の分も入っているから、彼にも渡しておいてくれると嬉しいな」
 そう言うと、霧はリュックサックを両肩に背負い直し、三波に背中を向けて走り出した。
「ごめんね、僕ちょっと用があるんだ! 送ってあげられないけど、気をつけて帰ってね!」
 三波も紙袋を胸に抱き、もうすでに遠くなってしまっている霧に向かって精一杯の声で言った。
「霧さんもお気をつけて!」
「うん!」
 夕焼けの太陽の中から、霧の弾んだ声が返ってくる。
「また、明日……!」
 何の気もなしに明日また会いたいという三波の純粋な言葉だが、霧は口元を悲しそうに歪め「うん」と頷いた。

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