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我落多少年とカタストロフ【完結】
作者: 月森和葉 ◆Moon/Z905s  (総ページ数: 42ページ)
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*32*

「――、行きますよ」
 北都が言った。
 怖いことなど何も無い筈なのに、何故か威圧されるような恐怖感を覚える。
 ゆっくりと、一歩を踏み出す。
 ただそれだけのことが酷く億劫に思えた。
 そうやって一段一段階段を上ると、唐突に開けた場所に出た。
 すべてが何も無い、数メートルはあるだろうかという壁に囲まれた広間の様な。
 そこからまた、中心に向かって細長くカーペットが敷かれていた。
 よく見ると部屋の奥は一階分はあろうかという高さに床が持ち上がり、その壁を這うように階段が張り付いている。
 その中央に恭しく置かれた小さなテーブルと、玉座。
「やあ」
 そこに、彼らが捜していた、彼が座っていた。

「き、霧……?」
 彼らが戸惑ったのも無理もない。
 霧は豪奢な椅子に腰を下ろして座っていた。
 その服装が、まず普通でなかった。
 暗い蒼の生地に、金ボタン、そして肩章を付け、同系色のベルベットの外套、白い手袋。それだけでなく、服の裾やそこかしこに丁寧な刺繍が施されている。
 それを着ている彼も、いつもと様子が違っていた。
 いつもの優しい笑みでなく、どこか自嘲的な、皮肉な笑みを浮かべている。
 そして、肩まで伸びた髪。
「霧、それ……」
 悠人が言うと、霧は伸びた髪の一房を摘みあげて言った。
「ああ、これかい?」
 霧が姿を消していたのはたった数週間。その間に伸びたとしては長すぎる。
「そうか、こちらとは時間の流れが違うんだ……」
 半分は独り言だったに違いない。彼らには、その言葉は全く理解できなかったからだ。
「僕はね、つい昨日まで別の世界に居たんだよ」
 彼の声以外に音は聞こえない。全員が黙りこくってしまっている。
「そうしてこっちに戻ってきて、君たちの端末に通信文を送った。僕が別の世界に居た訳は、そのうち分かると思うよ」
 少し眼を細めて微笑む。
 その笑みさえ、別人のようだ。
 三波は、ふと霧の言葉を思い出した。
『僕はね、この世界の人間じゃないんだ』
「霧さん、もしかして、この前のは――」
 少し怯えた顔で言うと、霧は眼を伏せて答えた。
「うん、そうだよ。三波ちゃんには本当のことを言った。あの時は夢だと言ったけど……」
 肘置きに両手を付き、立ち上がる。
「君たちの世界では数週間しか経っていないでしょう? でも、僕の時間では数ヶ月が経ってるんだ」
 それならこの髪も納得出来るでしょう? と微笑む。
「僕は本当にこの世界の住人じゃないんだ。強いて言うのなら――」
「神の国の人間だ」
 唐突に、彼の後ろから声がした。
「お前たちのような下等生物には分からないだろうが、この次元とは別の次元に、神の国が存在するのだ」
 霧の後ろから現れた人物は、黒い外套を着てフードを目深に被っている。霧の夢の中に出てくる人物。
 その人は霧の肩を抱くと、少し誇らしげに言った。
 心なしか、霧の表情が硬く強張る。
「作り話や妄想の世界でない、本当の世界がな。なぁ、我が息子よ」
 ――息子。
 霧の肩から手を離し、フードを下ろす。
 外套が床の上に落ちると、そこから現れたのは、白いローブを纏った白髪の男性だった。
 確かに霧に似ている。がしかし、決定的に違うのはその表情だった。
 霧はいつも優しげな表情をしているが、現れた男性は優しげな様子はどこにもなく、皮肉で、相手を嘲笑うような、そんな表情をしていた。
 肩下までの髪は特徴的な髪留めで纏め、後ろはそのまま背中に流している。
 光を宿さない瞳は、暗い深海の色だ。
 その眼は挑発的に光を反射し、こちらを見据えていた。
「――はい」
 霧が、その声に答えた。
 それだけで、その人物が霧の父親だということは、彼らには疑えなくなってしまう。
 我らが生徒会長の言うことは絶対だ。特に、彼の下に就いている二人には。
 あまりのことに動けなくなってしまった四人を他所に、霧の父親だと名乗った男は言う。
「さぁ、儀式を始めようか」

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