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作者: 月森和葉 ◆Moon/Z905s (総ページ数: 42ページ)
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*33*
「さぁ、儀式を始めようか」
「…………」
そう言うなり、男は闇に姿を消した。
それを見届けると、霧は玉座の横に据えられたテーブルに歩み寄り、その上からガラスの杯を持ち上げた。
「君たち、僕の名前は知ってるよね。北城・霧・コラプス。三つ目の名前、人種の壁が無くなる様につけられたってことになってる。知ってるよね?」
彼が持ち上げたのは、糖蜜色に輝く杯をガラスの飾り玉や宝石で彩った美しい杯だ。
「大抵の名前には意味がない。先祖の名前だったり、出身地だったり、様々だ。でも、僕の場合は違うんだ」
霧はどこから持ってきたのか、酒瓶を傾けると、その杯の中にゆっくりと注いでいく。
「コラプス。僕の名前はね、異国の言葉で、『破壊』という意味なんだ。笑っちゃうよね」
最後まで注ぎ切ってしまうと、空になった瓶をテーブルの上に置き、堅い表情をして息を呑んでいる彼らの方を向いて言った。
「嘘くさいやり方だと思うかい? 実はね、僕もそう思っているんだ。こんな、漫画みたいなやり方でいいのかってね。そういう考えをする時点で、僕はもう感化されているのかな」
手に持った杯に眼を戻し、大きく息を吐き出した。
「――君たち、覚悟しててね」
霧の蒼い目が、いつもより真剣に煌く。
彼らには、その動作が酷くゆっくりに見えた。
手袋を嵌めた手から、芳醇な液体が満たされた杯が離れる。
そして、ゆっくり、とてもゆっくりと、大理石の床に落ちていく。
はっ、と我に返ると同時に、杯が割れる音が響いた。
「……?」
何も起こらない。相変わらず、大理石で囲まれた部屋は寒々として変化がない。ただ、霧の足元で豪奢な杯だったものが割れている。
一人、霧だけがとても悲しそうに顔を歪め、そっと呟いた。
「――ごめんね」
途端、激しい揺れが彼らを襲った。
「きゃ……!」
遥香と三波は立っていることが出来ず、その場に尻餅を突いて座り込む。
「な、何……?」
上を仰ぐと、堅い大理石の天井にヒビが音を立てて刻まれていく。
「あ、あ……!」
三波が呆然と上を指差す。
「どうした、三波?」
彼女に促されるままに天井を見上げた北都の表情が凍りついた。
「天井が……!」
落ちる!
その場にいた全員がそのように判断した。そう、霧も。
「何故――」
霧が上に向かって叫んだ。
「何故! 約束を破った! 僕がお前の言うことを聞くから、彼らには危害を加えるなと約束しただろう! お前の中で約束の不履行は当たり前のことなのか!?」
四人が唖然として固まる。
そうしているうちにも少しずつ壁が崩れていく。
彼は猛然と階段を駆け下りると、四人の元へ行って言った。
「ここはもう崩れる。早く外に出るんだ!」
「しかし、会長! 出口が!」
彼らが入ってきた扉は、既に落ちてきた天井や壁の残骸で塞がれてしまっている。
霧は歯噛みした。最初から、これが目的だったのかもしれない。いや、目的を完全に果たすために、必要な行為といったところか。
「僕を騙したな!」
一際大きく吼えると、逼迫した顔で振り返る。
「早くここから出るんだ。君たちはまだ、生きなくちゃいけない」
「会長!」
それは霧にも言える事なのではないかという意味で北都が叫んだが、彼は聴く耳を持たない。
「遥香、三波ちゃん、立てる?」
二人を立たせると、皆を先導して走り出す。
瓦礫の山をすり抜け、外へと。