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銀の星細工師【完結】
作者: 妖狐  (総ページ数: 135ページ)
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*29*

それからティアラの行動は早かった。
 フレッドにも協力を仰いで調理場を借りると、ドレスの裾を鬱陶《うっとう》しそうにめくりあげて、星硝子《ほしがらす》を高熱で溶かすために必要なものを調理台に並べる。
 さっそくティアラの裏技が発動した。

「溶かす前に星硝子と一緒に食塩とガットウット岩の欠片をいれます。これによって時間を短縮できるんです。純星硝子のワイングラスじゃなくなってしまうので質は落ちてしまいますが、いいですか? フレッドさん」
 フレッドは少し黙り込んでからコクリとうなづく。今はそんなとこで行きづまっている時間はないのだ。
 ティアラはも、返事を返して作業を開始した。

 陶器に星硝子、塩、ガットウット岩の欠片をまぜて高熱でとかす。あっという間に三つの材料は混ざり合い透明な水あめのようになった。
 本来ならここから冷ますのに半日かかるが、ティアラは溶けたものを豪快に水が入っていたボールにいれた。するとすさまじい蒸気が一気に発生し、熱がじゅわっっと音を立てて逃げていく。
 熱風に目を細めながら、水の中に手を突っ込んで躊躇《ちゅうちょ》することなく、さっきまで高温度だった星硝子に触れた。
「これでもう錬《ね》り始められます!」
 その言葉に調理場にいた者たちからざわめきが起こった。
 まるで魔法のような作業に疑いの目も向けられる。
 しかし熱を外へ逃がす効果があるガットウット岩が含まれているおかげで、通常より何倍も早い時間で錬れる状態になっていた。
 ティアラは生暖かい星硝子を五等分すると、ワイングラスのデザインを見ながらおおまかな形を作った。
 フレッドはただ、ただ、圧倒されるようにティアラの作業をじっと眺めている。
 その瞳はまるで何かを見定めているかのようだった。

 誰もが言葉を飲み込んでいる間に、ワイングラスの形をとった星硝子が二つ出来上がった。
「それじゃあ、これを近くに流れていた小川で冷やしてきてくれませんか? 十分ほど浸ければ固まりますから」
 またもや人々は耳を疑った。ついに
「そんなバカなことがあるかっ! いんちきだ!」
 という声まで星硝子に詳しい者たちから上がってきてしまう。しかしティアラはそちらを気にすることもなく、前を見据えていた。
 しかし本当にあの星硝子細工は大丈夫なのだろうか、と影響を受けた他の人々からは不安が出てきてしまう。
 誰もティアラのワイングラスを受け取ろうとせず、時間だけが少しずつ音をたてた。
 ふいにティアラの視線が下をさまよったとき、
「俺が行く」
 それまで壁でたたずんでいたキースが名乗り出て、ワイングラスを二つとも受け取った。しっかり抱えると、空いている手でくしゃっとティアラの頭を乱暴に撫でた。
「川で浸して来ればいいんだな。それなら俺にもできるから、任せろ。でもその他はお前にしかできなから任せたぞ」
「……うん、ありがとう。お願いね」
 触れている手が優しくて、信頼されているような気分になる。
 キースは調理場を出て行くと一瞬にして夜の闇に溶け込んでしまう。しかしなぜか、まだキースの気配がこの場にあるような気がしてならなかった。

 それから残り三つのワイングラスをつくリあげた。まだキースが返ってきてないので、どうしようかとティアラが迷った時、ワイングラスを割ってしまったメイドと調理人一人が名乗り出てきてくれた。
「あなたは、さっきの……」
「はい、ワイングラスを割ってしまった者です。これは私自身の失態なので、どうか微力ながらも手伝わせてください! もう絶対に割ったりなんかしません」
 彼女の顔にはまだ泣いた後が残っているものの、もう弱気な姿はなかった。
 メイドと調理人に残りのワイングラスを預けると、ティアラはまた、キースのときのような緊張や不安がほぐれるような心地がした。
  
 川へ持って行ったワイングラスが全て戻ってきた。五つとも透明感と鈍い輝きを放ちながら固まっている。
「よ、よかった、固まった……」
 ティアラは安心したように息を吐いてワイングラスを見つめた。
 もし固まっていなかったら、なんて想像がずっと頭を駆けていたせいか、疲労がどっと押し寄せてくる。

 最初に含めた塩には冷たい温度を上げる効果があり、また川で冷やすため常に新しい水が流れてきてワイングラスを囲む。そのお陰で短時間で冷えたのだ。
「フレッドさん、ここからは任せてもいいですか。仕上げにワイングラスへ彫りをほどこしてください」
 後は技術の問題だけだ。国一番の硝子細工師がここにいることは最大の幸運だろう。
 残り時間はあと五十分弱。一時間にも満たないがきっとフレッドならやれる。
「もちろん、あとは私に任せてくれ。ここまで感謝するよ、ティアラ嬢」
 力強い言葉に、ティアラは気づかない間に腰の力が抜けてその場にぺたんと座り込んでいた。


 国一番、それはどれだけの力を兼ね備えているのだろうか。その人に敵うものはなく、誰もがひれふしざる負えない。きっと想像できないほどの能力があるのだろう。
 一級星硝子細工師であるフレッドの力量がどれほどのものか、ティアラは目に焼き付けられるように感じた。
 フレッドの細工は、とにかく繊細な削りなのに流れるような手つきで、早送りしているような気分だ。
 上品なクラッシックが何重にもかさなって、脳内に鳴り響く。一つ一つの音が正確で外れることもなく、しかしそこには独自の世界が広がっている。
 時間が足りない分輝きがないのを気にさせないくらい、彫られたデザインは美しかった。
 
 たった二時間で五つのワイングラスが誕生した。
 始めにティアラが言った通り荒々しい作業工程ではあったが見た目はほとんど問題ない。
 きっとこのやり方は星硝子業界に改革を起こすだろう。
 この方法で作られた星硝子細工は星硝子が少ない分、質は落ちるが値段もずっと低くなり、一般人にも手が届くようになってくるだろう。今よりたくさんの人々が幸福を運ぶと言われる星硝子を所有できるようになる。
「どこで、この方法を?」
 作業が終わり、今度は慎重にワイングラスが運ばれた後、フレッドは腕まくりしていた袖を下げながら訪ねた。
 額は少しだけ汗ばんでいるが、一仕事終えたように清々しい顔をしている。
 ティアラは恥ずかしそうに笑った。
「実は幼い時に星硝子細工の練習をするとき、純粋な星硝子じゃもったいないからって今みたいなものを大量に入れて、割増《わりまし》しながら練習してたんです。そのことを思い出してやってみたんですが、なにぶん久しぶりなもので、本当に勝つか負けるかの博打《ばくち》みたいでした」
 少し舌を出してへへっと苦笑いするティアラは、最初の自信は空元気だったと自白した。今だから話せる話だ。
 だがフレッドはそんなところも含めてティアラの職人の腕に大きな興味が膨れ上がっていた。

 親ぼくの儀は何事もなく始まり、終わった。
 五人の王族たちが星硝子のワイングラスへ王国伝統のワインをいれて乾杯をする。それが合図のようにティアラたち招待客にもワインが配られた。
「ワイン飲んだことないけど……うん、挑戦してみようかな」
 受け取ったワインを恐る恐ると口へ運ぶ。しかしワインが口に流れ込む前にワイングラスはキースに奪われてしまった。
「やめとけ子供。こんなところで酔って倒れられたら困る」
「な、子供じゃないわよ! もう立派な大人ですっ。返してよ、わたしのワインー」
 抗議してもワインは返してくれない。しかし代わりに可愛らしいチェリージュースが渡された。
「今はそれで十分だ」
 まだ言いたいことはたくさんあったがしぶしぶ受け取って飲む。甘い香りが口の中に広がって不満も少し溶けた。

「ティアラ嬢、今回は本当にありがとう。君がいてくれなかったら、今頃この場が不信感でどよめいていたころだよ。危ない、危ない」
「あ、フレッドさん」
「げっ!」
 やってくるフレッドにキースは嫌そうな顔をして身をひるがえそうとするが、長い脚で駆け寄ってくると、フレッドの手首をがしっと掴《つか》んだ
「やあ、キースじゃないか!! さっきは話しかけられなかったけど、来てくれてうれしいよ」
「俺は嬉しくねえーよ! しかもごつい男に手を握られてるなんて最悪だ」
 フレッドの目が途端に変態じみたものに変わる。星硝子に関わっていたときは真剣なまなざしで多少見直していたのに、この人は残念な人だ、とティアラはため息をついた。

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