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銀の星細工師【完結】
作者: 妖狐  (総ページ数: 135ページ)
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*50*

「どう、してなの……?」
 誰に問いかけるでもなく、ティアラはその場で呆然となる。しかし試験官は淡々《たんたん》と他生徒の結果発表をするだけだった。
 なぜ星なしという結果が出たのか分からない。別に今回練った星硝子が上手くいかなかったわけではない。むしろいい具合で練り上げられたとさえ思う。艶も十分で、手ごたえもあった。
 だったら、なぜ――?
「……アラ、ティアラ」
 突然、肩に重みがかかりティアラは意識を強引に引き寄せて顔を上げた。開けた視界の先には心配そうなヒューの顔がある。どうやらずっと名前を呼んでいたようだ。肩には手が置かれている。
 幾度か瞬きを繰り返して辺りを見渡してみると、実習室にはもうヒューとアリア、二人しか残っていなかった。
「ずっと動かないで突っ立ってるから何事かと思ったよ。大丈夫かい?」
 やわらかくて優しい声に、思わず目頭が熱くなった。固まって動かなかった神経がゆるゆるとほぐれていくのがわかる。
 うるんだティアラの瞳を見て、ヒューはそっとティアラの手を握りしめた。
「そんなに不安でいっぱいの眼をしないで。君が頑張っていることを僕は知っているから。大丈夫」
 温かい体温が指先を通じて伝わってくる。冷え切ったティアラの手を包み込むヒューの手は、なぜか安心する温もりがあった。けれど涙は流せなかった。これ以上ヒューに心配を開けるような真似をしたくないからだ。
「ティアラさん、いったん部屋に戻って休みましょう」
 アリアも優しく背中に手を当てながら寮へ誘導してくれる。
 ティアラは泣きそうになるのをぐっとこらえながら寮へ足を向けた。


 噂というものは広がるのがものすごく速い。ティアラは寮への帰宅路でそれを実感した。
 アリアと二人で少し遠い女子寮へ向かう途中、何度も視線を感じた。誰もかれもがティアラの星なしという結果を知っていて、生徒の中ではまったく気にしないでじろじろとぶしつけに見てくる者もいた。
「推薦されて学院に入学した者がまさかの『星なし』」
 その事実が生徒の野次馬心に興味を湧きたて、噂は変な尾ひれまでつけて一人歩き回った。
 寮の玄関へつくころにはもうティアラはぐったりと肩を落とすことしかできなかった。削られた精神を引っ張りながら部屋へ重い足を動かす。いつもより長く感じられた帰宅路を終えて部屋へ入るとティアラはその場でどさりと座り込んだ。
「はあぁ……」
 重い重いため息を一つ、つく。なぜ星なしという結果なのかという混乱と悲しみ、そして疲れがティアラに襲い掛かり今にも潰されそうだった。だがそれでもここまで倒れこまずにいられたのはヒューやアリアが側にいてくれたからだろう。
 今この場にはアリアしかいない。ティアラを変な目で見る部外者はいないのだと思うと少しだけ安心感があった。
「ねえアリア、わたしどうして星なしだったんだろう?」
 試験を傍観していたアリアならなにか分かるかもしれない。しかし帰ってきた答えは耳を疑うものだった。
「は? そんなの知るわけないでしょ。ていうか貴方何してくれるの!? フレッド様の推薦した子だっていうから一人部屋という特権まで手放して同室にして仲良くしたのに、本当は星なしランクの実力でしたーなんて……ああ、もう最っ悪!」
 吐き捨てるような冷たい声音。いつも笑顔で上品だったアリアからは考えられない、見下すような視線がティアラには向けられていた。
「え、アリ、ア……?」
 信じられない、信じたくない。目の前にいるのは本当に本物のアリアなのだろうか。
「せっかくわたくしの引き立て役になってもらおうと思ったのに、逆に今じゃ貴方といるとわたくしの株が落ちるわ。もう仲良しごっこはやめにしましょう」
「仲良しごっこ……って、なにそれ! わたし、そんなつもりじゃ」
「わたくしはそうゆうつもりだったのよ。でも貴方は使い物にならなかった」
 ティアラは眼を見開いた。アリアは最初っからティアラを自分の引き立て役、アクセサリーだとでもしか思っていなかったのだろうか。今までどことなく感じてきた不快感。それが今わかったような気がする。自分はずっとアリアの作られた人格や肩書しか見ない物言いに不快感を感じてきたのだろう。
 
 けれど、信じていた。

 ティアラにとってアリアは特別な友達になっていたのだ。
 だがらこそ、突然告げられた真実にティアラは今度こそ何かが砕けた音を聞いた。
「っ――!」
 ティアラは体を起こすと部屋を飛び出した。アリアはそれを止めることなく無言で見やる。その瞳にはもう今までの優しいアリアの面影はなかった。


 噴水から澄み切った水がサラサラと流れ、それは月光が輝かしいばかりに照らす。水は光を反射してさらに光った。
 今夜は満月の夜だ。
 しかしその綺麗な丸い球体の月を視界に入れることはなく、ティアラはうつむいてただ頬を濡らしていた。
(ここに来て、初めてできた友達だったのに……)
 いや、友達だと思っていたのは自分だけだった。
 今日を境に全てが崩れてしまった気がする。涙は止まることなく溢れ続けた。
 頼りにしていたルームメイトの裏切り。理由のわからない最悪の試験結果。後ろにも前にも進むことのできない状況だ。ただどこまでも落ちていく。
 夜風にあたって冷たくなった体をティアラは必死に丸める。学園の中庭に人影はなく、不気味なほどに静かだった。
「さむ、い……」
 現在の季節は温かい風が吹き始めた3月下旬。しかし夜は薄着で外に出るとまだ寒くて仕方なかった。
「……会いたいよ、――……キース」
 ぽつりとつぶやいた。それは自分で発しようとした言葉ではなく、心の奥から零れ落ちたものだった。
 学園に来てから一度も会っていない自分のパートナー(になる予定)のキース。王国パーティー後もネアの酒屋でちょくちょく顔を合わせていたが、学園に来てからは文通などもなくさっぱりだった。もちろん学園に慣れてきたら会いに行こうと思っていたが、思っていたより彼に合えない日々がティアラには長く感じられてしまう。
 いつも自分勝手で強引で意地悪なキース。でも本当はちょっぴり米粒分くらいだけ優しさもあって。
「会いたいよ……っ」
 暗闇に向かって小さく叫んだ。
 願っても会えるわけないのは分かっているけど、想いは溢れて止まらない。今すぐ会いたかった。会いたくてたまらなかった。ティアラは思いっきりキースの名を叫ぼうと息を吸った。
「キ――っ!」

「ティアラ?」

「ス……え、」
 幻聴、幻覚、幽霊の類だろうか。とてもよくキースに似た人物が目の前でいぶかしげな顔をしてこちらを見ている。
(いや、待て、落ち着くんだわたし。いくら神様がいたってこんな都合よくキースがぽんって現れるわけないでしょ。……え、でも、あれえ!?)
 暗闇に目を凝らすと眼を閉じても浮かんでくるキースの姿がある。濃紺に染まった髪に、暗闇で光る金の眼。整った面持ちが少しずつ月光の照らす世界へ近づいてくる。
 光の中に出てきた人物は、まさに会いたくて仕方のなかったキース本人だった。

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