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銀の星細工師【完結】
作者: 妖狐  (総ページ数: 135ページ)
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*110*

 秋の香りが優しく鼻孔をなでる。清々しい朝の空気を胸いっぱいに含んで、ティアラは大きく深呼吸した。
「はーっ」
 一気に吐き出した空気が景色に吸い込まれていく。腰まで伸びきった髪を丁寧に結わいて、頭のてっぺんの位置で結んだ。これで気合の入魂は完了だ。
「今日は私にできる最善を尽くそう」
 確かな宣言は、賑わう学園内に高鳴って響く。

             *

 午前八時に試験参加者が収集された。ほとんどの生徒が工房に集まり、作業台を取り囲んで細工の準備をしている。試験官は学園の先生たちが集い、その場には熱気と緊張、高揚といった細工師の誰もがもつ星硝子への興奮が溢れかえっていた。
 観客者も応援者も今回は数え切れないほどいる。今回はグループ戦なので、大掛かりな星細工が見れるからだ。
「それでは皆さん、準備は済みましたか」
 唐突にマイクを持った審査員が、辺りを見渡して訪ねた。声はぴたりとやんで静寂が流れる。時計は丁度9時を指していて、試験開始の時刻だった。審査員は静かになったのを確認すると、試験の決定事項を読み上げる。
『一、この度のスター獲得試験では、五人一組のグループ参加である。それ以上、それ以下はグループとして認めない。二、制限時間は最大十時間とし、時間内にグループのメンバーである者だけで合同の星硝子を制作する。時間内に完成できなかったものは失格。またメンバー以外の者が手助けしても失格。三、制作する星硝子はお題を取り入れたものとする。最後にお題は『飛行』である」
 誰もがうなづき了承した後、審査員は静かな工房に響き渡るよう、手を上げて声を張りあげた。
「――それでは試験を開始する」
 ざっと生徒が波の流れのように動いた。統率のとれた軍のようにどこのグループもまず、星硝子を練り始める。
 他の生徒に圧倒されながらティアラは手を冷水に浸すと、星硝子をボウルに入れて、素早く練り始めた。みるみるうちに艶を増す水飴状態の星硝子をテンポよく作りあげていく。
(細工に得意なものはないけれど、練りならだれにも負けないわ!)
 心の中で意気込みながら、どのグループよりも早く、多く、しかも質のいい星硝子を練り上げた。
「好調な滑り出しだね。お姉さん、その調子」
 珍しく素直なジャスパーの声援も加わってさらにテンポが上がる。練りあがった星硝子を次はラトとブラッドが形を整え始めていく。
 背景担当のラトは膨大な量の練ってある星硝子を易々と扱っていく。その隣のブラッドも躊躇なくナイフを差し込んで、型を切り始めていた。
 ゆっくりと、でも着実に自分たちの星細工が出来上がっていくのが分かる。
 ブラッドの切った型を次はミラが組み合わせ、命を吹き込むように形へと変えていく。そして最後にジャスパーが神秘的な細かい描写をほどこしていく。
(どうしよう……)
 ティアラは手を動かしながら熱い吐息を口から漏らした。
(楽しくて仕方がないよ)
 一人一人の作業は違っても、一つの作品へ向けてそれぞれが動いている。これぞティアラの理想だった仲間の形だった。
「楽しいね」
 ティアラが我慢できずに一言口にすると、それぞれは一瞬顔をあげて興奮しきった顔でうなづいた。瞳が本能できらめいているのが分かる。
 思わず顔がにやけそうになりながら、ティアラは星硝子を練り終わると手を拭いた。
 次は何をしようかと作業台を見渡す。無職のティアラはカメレオンになると宣言したように、手助けの必要な工程へと加わって行った。

              *

 作業から数時間が経った。どのグループもおおよその形は完成していて、残り半分の過程へと突入し始めている。けれど時間が経つごとに生徒の疲労が溜まっていくのが分かった。浮かぶ汗や、手の疲れ、脳の疲労が積み重なる。
 だがスピードの落ちてきた生徒たちと真逆に、たった一人だけ加速していく生徒がいた。オッドアイの瞳を左右とも怪しく光らせるその様は喜々として獲物を狩るようだ。
「クック……」
 ぞくぞくするような感情が下から一気に這い上がってきて、ジャスパーは微かに身震いして笑った。
「久しぶりだな、この感覚」
 囁くような小さな声は、堕ちてしまいそうなほど魅力的な世界に溶ける。
 目の動きが追いつけないほどの速さで、ジャスパーはため息が出るほどの細かい細工をほどこし続けていた。大きな作品というのは細かいところにこだわったらきりがない。その終わりのない細工の役目であるジャスパーは休む間などなかった。
(ああ、止まらなくなりそうだ)
 狂ったような甘い感覚に身をゆだねたまま、風に吹かれるほどの些細な切り込みをつける。きっとジャスパー以上にこれほどにも細工に快感を覚える者はいないだろう。
(……でも、いけない)
 不意に手の動きが鈍った。いつもは耳に当てているヘッドホンが、存在証明するように肩に圧し掛かる。
(僕はこの快楽を封印したんだ)
 急速に熱が冷めていき、ジャスパーは細いナイフを作業台に置いた。
「疲れたの?」
 ラトの背景を手伝っていたティアラがジャスパーの異変に気づき訪ねた。ジャスパーは小さく首を振る。疲れたわけではないが、思い出してしまったのだ。自分が科学室に閉じこもり、ヘッドホンで世界をシャッドアウトした理由を。
「ジャスパー、すごく楽しそうだったね。もう怖いくらい」
 ティアラは嬉しそうに笑った。何気ない言葉なのだろうが、その一言にジャスパーは眼を曇らせた。
「……お姉さんは僕が怖かった?」
 唐突な問いかけにティアラは首をかしげる。
「えっと、怖いにもいろいろ意味があるんだろうけど……。私が感じたのは止めどないくらいに流れる力の大きさだったかな。それを感じてちょっと怖いって思った」
 説明しずらいな、と笑うティアラをジャスパーは静かに見つめた。
『――怖い』
 一言が脳内に響いて、ジャスパーは静かにヘッドホンをした。昔、ジャスパーはクラス全員にその言葉をぶつけられたことがある。
 お前は怖い。お前はまるで化け物だ。だってそんな気持ち悪いほど細かい細工ができるのだから。
(五月蠅いな)
 耳障りな声はヘッドホンで聞こえないようにした。それでも聞こえてしまう小さな声は校内から離れた旧校舎の理科室に閉じこもって完全に距離を取った。そうして自分を守ってきた。
(僕はこの技術を怖いと言われたんだ。だからあまり人前で披露はしたくない……)
 どんどんハマっていく自分が恐ろしくなった。仲間だけなら見せてもいいが、今は普段いない審査員が眼を光らせている。視線が背後にこびりついているようだった。
(ああ、五月蠅い。視線が、熱気が、五月蠅い)
 無機物が好きだ。彼らは何も言わないから。
「……い、おーい、ジャスパー!」
 突然、ヘッドホンが取り上げられた。驚きで肩をぐらつかせて顔を上げる。目の前にはティアラが怒ったようにヘッドホンを持っていた。
「もう、こんなときに瞑想にはいらないでよ。今は時間がないんだし、もう少し頑張って。あとちょっとしたら試験の休憩が入るから」
 制限時間の事を思い出す。気づけば一時を回っていて、残り五時間しか残っていない。その間にお昼休憩がある程度だ。
「この構造にはジャスパーの細工が必要不可欠なんだからね」
 胸にすとんっと言葉が落ちた。
 ジャスパーはティアラを無言で見つめる。必要。その言葉が音を鳴らす。
(ああ、この音は心地の良い音だ)
 耳を澄ませてジャスパーは独特の笑い声を零した。
「言われなくてもわかってるよ。お姉さんには僕が必要なんでしょ」
「なんでジャスパーはいつも上から目線なの!」
 いつも通り生意気なジャスパーのティアラは唇を尖らす。それを見て、ジャスパーは素の笑みで笑った。
 人の声は五月蠅くて嫌いだ。だけど……。
(お姉さんの声は嫌いじゃないよ)
 細工同様に、銀の髪をもつ不思議な彼女に惹かれていくのが分かる。
 ジャスパーはもうとっくに、鳴り響く心の鼓動の正体を知っていた。
「お姉さんが必要とするなら、僕はお姉さんの傍にずっといてあげるよ」
 ていうか、離れろって言われても、もう離れてあげない。

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